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氷解

亜美が、逃げ出したいほど追い詰められてたなんて、これっぽっちも気付かなかった。

自分の事に精一杯だった。

そんな自分に腹が立つ。


行方を眩ました亜美にも腹が立つ。

心配して心配して、心配が最高潮に達した時、それが腹立ちに変わったのだった。


もう!

どれだけ心配させたら気が済むのよ。

見付けたら絶対に、スクランブル交差点のど真ん中にでも土下座させて、さらし者にしてやるからね。

覚悟しときなよ!





「とにかく行ってみよう」という律さんの提案に頷き、今、私達は電車に揺られている。

車両の最後部に乗り、窓に映る自分を見付けて苛立ちを募らせる。明日電話しようなんて悠長な事言ってないで、今日すれば良かったんだ。

亜美に万一の事があったら、自分で自分が許せない。


「自分を責めるなよ。」

ハッと我に返り律さんの顔を見ると、彼も私を見ていた。

「顔に出てるぞ。自分を責めるなよ。夫婦の問題は夫婦で解決するしかないんだ。まあ、俺が言っても説得力がないけどな。」

自嘲気味に笑う律さんを見て気付く。彼こそ自分を責めているんだと。


「俺やお前が何を言ったところで、最後に決めるのはあいつらなんだよ。たとえ今、他人が介入して解決しても、あいつらが信じ合えないようじゃ意味がない。」

「でも、何か出来ることがあると思うんです。それさえ思いつかずに、心配することしかできない。無力な自分に腹が立って仕方がないんです。」

「お前は無力じゃないよ。必ずお前が必要になるときがくる。それまで…そうだな、見守ってやればいいんじゃないか? やたら他人が入るとややこしくなるのは、俺で実証済みだ。その時がくるまで、お前は見守ってやればいい。」


そう言って律さんはギュッと強く瞼を閉じた。その様はひどく苦しそうで、夫婦の問題だと言いながらも、やはり自分を責めているんだと感じた。

彼は今回のことに、私以上に深く関わってしまっている。きっと自分の所為だと思い込んでいるのだろう。

律さんの方が辛そうだよ。それなのに、私を気遣ってくれるんだね。


「わかりました。律さんが自分を責めるのをやめたら、私もやめてあげます。」

目を開けた律さんが、ポカーンとした表情でこちらを見てるのがちょっと笑えたが、ぐっと笑いをこらえる。


どうか、彼の気持ちが少しでも楽になりますように。


願いを込めて、精一杯軽く言う。

「だって夫婦の問題なんでしょ? 律さんが正真正銘そう思っているのなら、説得されてあげます。でも、私の気持ちだけ軽くしといて、自分は思い悩むなんてずるいですよ。」

冗談めかしてメッと睨む。

「ずるい…?」

「そうですよ。私だけ蚊帳の外なんてひどいです。律さんと亜美が引っ張りこんだくせに。あの時から私だって当事者です。でも、律さんが夫婦の問題だって言い張るなら部外者でもいいですよ。私も、律さんもね。」

「俺は…」

「何ですか? 『最後に決めるのはあいつら』、ですよね?」

澄まし顔で律さんの言葉を逆手にとると、律さんは再びポカーンとして、数秒のちに笑いだした。

「参った!」

真っ赤な顔で、肩を震わせ、腰を折って全身で笑う律さんに車内の視線が集中したが、彼はそんな事お構い無しにゲラゲラ笑っている。

私は明るい顔になった彼にほっとした。

が、いくらなんでも笑いすぎ! そろそろ正気に戻りましょーよー!


「律さん! 笑い過ぎ!」

と、袖を引っ張る。

すると、体を折り曲げたままの律さんが、上目遣いで私を見上げた。

「やられた。美穂のくせに俺を慰めようなんて。」

はあ〜!? 美穂のくせにって何よ!?


私の肩に手を伸ばし、体を起こすと、いつもの彼に戻っていた。

「そうだな。今は、信じてみるか。あいつらの絆を。」

その言葉に嬉しくなって、私は力強く頷いた。


「しかし、電車でなければ押し倒してたのに。残念。」

む。電車でなければ押し倒されてたのか。…残念。

「続きは亜美が戻ってきてからだな。」

怪しく煌めく瞳にゾクッとし、慌てて心の中で打ち消す。うそうそ。残念じゃないです〜。


焦りまくっている私を余所に、律さんは憎らしいくらい冷静になっていた。


「お前、亜美の行きそうな所に心当たりはないのか?」

「えっ。あっ。実家には?」

律さんは首を横に振り、否定した。

「最初に誠二が確かめたらしいけど、行ってないってよ。」

「実家じゃないのか〜。そうなると難しいですね。兄弟はいないし、友人の殆どは、結婚してたり地元に戻っちゃってたりで。一番仲が良かった私とは、今、こうだし。」

「そうか。一応友達に、亜美から連絡がなかったか聞いてみてくれないか?」

「分かりました」と、ケータイを取り出しメールを一斉送信。


『誰か最近、亜美と連絡取り合った?』


後は返信を待つだけ。

二度の乗り換えを経て、誠二くんの元へと向かった。





玄関のインターホンで到着を告げると、固い表情の誠二くんが姿を現した。

「どうぞ。わざわざ来ていただいて、すみません。」「連絡は?」

律さんさんの問い掛けに、誠二くんは黙って首を左右に振った。


奥へと案内されてゆったりとしたソファーに座ると、慣れない手つきで誠二くんがお茶を出してくれた。


「早速だけど、詳しい事を話してくれないか?」

テーブルを挟んで座る誠二くんを真っ向から見据えて、律さんが口火をきった。

誠二くんも律さんを睨み付けるように視線を送り、二人の間に緊張感が漂い始めた。


「今朝、離婚しようと言いました。ごめんな、美穂。お前はやり直せるって言ってくれたのに。」

私に向かって、心底すまなそうな顔をした。

私が首を横に振るのを見届けると、話を元に戻した。

「仕事から帰ってきたら亜美の姿がないので、彼女の実家に連絡を取ってみましたが、どうやら行っていないようです。」


「三つ質問してもいいか?」

「どうぞ。」

「彼女の親御さんは、そんな電話をもらったら、今頃心配しているんじゃないか?」

「居なくなったとは言ってません。親父さんは嘘の吐けない人だから、最初の会話で連絡はいってないと気付きました。だから、適当に近況を尋ねただけで電話を終わらせたんです。」


確かに亜美パパは嘘の苦手な人だ。そして一人娘をとても可愛がっている。亜美が失踪したなんて聞いたら、まず間違いなくここに飛んでくるに違いない。今ここに居ないということは、この状況を知らないのだろう。


「では残りの質問だ。何で離婚するんだ? 何で俺に連絡を寄越した?」

「律さん、それは…」

私が誠二くんの誤解を解いていないから、と言おうとしたが、律さんの言葉が被り最後まで言わせてもらえなかった。「美穂から粗方聞いたが、誠二からは何も聞いていない。美穂を使って探りを入れてないで、直接俺に聞けよ。」

静かな声ではあったが、そこには強い怒りが込められていた。

誠二くんは一瞬たじろいだが、すぐに態勢を立て直し、反撃に出る。

「ご自分の胸に聞いてみたらいかがですか。俺は美穂を使って探りを入れたわけじゃない。泥沼に足を踏み入れようとしてる友人に忠告しただけです。あなたと亜美ができているってね。でも、二人仲良くやって来たって事は、上手く誤魔化せたみたいですね。」


「やっと言ったな。」

張り詰めていた空気を緩ませて、満足そうに律さんが言った。まるで小さな子どもを「よくできました」と褒めているかのように。

言われた誠二くんも、急に空気が変わったことに戸惑いを顕にしている。


「そうやってぶつかって来てくれないと、反論も出来ない。俺と亜美とは何もない。誠二の勘違いだ。」

「こそこそ会っていたのもメールも、勘違いだっていうんですか? あなたが『会いたい』とメールを送った。亜美がそれに応じて、俺の留守にこっそり会っていた。そんな事実があるのに、勘違いって事はないでしょう。」

「またそこか。そこを説明するのか。」

口をへの字に曲げて、心底げんなりした表情で、先日私にした説明を繰り返した。


説明を聞き終えた誠二くんは少しの間呆けていたが、ハッと我に返ると矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。その言葉には、すでに刺はなく敵意は感じられなかった。

「亜美は俺を裏切っていない? なら、『俺にばれていないか』とあなたが尋ねていたのは何のことだったんですか? 別れたくないって言ってたあの言葉は?そうまで言うあいつを、あなたは捨てるんですか?」


「『できてる』という事実がない以上、捨てるもなにもない。」

律さんはそう言い、一拍間を置くと、再び淡々と言葉を紡ぎ始めた。


「俺と亜美が不倫しているという思い込みを捨てて、彼女の想いを想像してみろよ。彼女の想いが誰に向いているのか、お前自身が自覚しなけりゃ、俺が何を言ったって無駄なことだ。今日、お前に離婚しようと言われて姿を消したのは、何でだと思う? それが答えだろ?」

誠二くんはギュッと唇を引き結び、目を瞑って、暫くの間考え込んでいた。


「…別れたくなかったのは、俺と? 俺と別れたくないから俺に何か嘘を吐いていたんですか?」

再び口を開いた誠二くんに、律さんは満足そうに目を細めて数回頷いた。


「嘘と言うより、お前に秘密を持ったんだ。随分前になるが、偶然、とある病院から泣いて出てくる亜美を見つけた。追っていって話を聞こうとしたら、『誠二に嫌われたくないから話さない』と言われたんだ。俺から誠二に話が伝わると思ったんだな。だから俺も詳しい話は聞けていない。」

そう言って律さんはチラッと私を見た。


ああ。彼は自分が『秘密』を知っている事を、黙っていようと決めたんだ。新たな火種になると懸念して。

病院と聞いて、知りたい気持ちが強まったけど、私も同感だよ。誠二くんが知らない事実を、律さんが口にすべきではないね。

やっと開かれてきた心の窓も、また閉ざされてしまうかもしれない。

私も律さんに頷き返し、彼の考えを後押しする。


「それがお前の思っていた『不倫』の真実だ。不倫なんて、どこにも存在していなかったんだ。早く亜美を見付けてやろう。今頃不安になってるだろうから。その後の事は二人でよく話し合えよ。」

そう言うと私を見て、「友達から返信は?」と聞いた。

あ。忘れてた。


慌ててケータイを取り出し、メールチェック。

殆どの友人が返信をくれたけど、芳しいものはないまま残り一件となった。

最後の一件は大学時代の友人で、期待を込めて文字を追う。


『わ〜! 美穂久しぶり〜! この間亜美とメールで話したよ。誠二のやつ、相変わらず亜美にメロメロだね。二世帯住宅プレゼントするらしいじゃん。亜美、すっげえ惚気てたよ。コッチは男日照りだっつうのにさ。美穂はどうよ。男できた? 今度同窓会でもしようね〜。』


暢気な友人のメールに力が抜けてしまったが、取り敢えず報告。

「一人、メールをやり取りしている子がいましたよ。」

二人にメールを見せてため息をつく。律さんの事だ、「同窓会には俺も行く」とか言い出しそう。


先ほどまで項垂れていた誠二くんも、身を乗り出して覗いている。


「二世帯住宅…」

「どうかしたか?」

「今朝、その家を売る話をしたから気になって。あいつ、そんなに喜んでたんだ…」

今更ながら、自分が愛されてたことを思い知ったのだろう、うっすら涙ぐんでいる。

「そこ…かもしれない。」赤い目を律さんと私に交互に向けながら、誠二くんが言った。


直ぐ様律さんは反応して、「誠二、運転しろ。行ってみよう。」

と腰を上げた。

「でも、ただの勘なんです。もし違っていたら。」

「その時は、また別の場所を探そう。俺は、お前の直感を信じる。」

言うなりスタスタ玄関へと歩いていってしまった。


途中、一度振り返り、

「そうだ。忘れてた。誠二。お前、この件に決着がついたら覚えてろよ。美穂に余計なこと吹き込みやがって。信頼を回復させるのに、どれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってんだ。くれぐれも言っとくけど、次は直接言えよ。」

と睨んだ。

それは半分は自業自得ではないでしょうか。

どれだけ根に持ってんだか。

それでも誠二くんには効いたようで、小さくなって「すみません」を繰り返していた。


こうして私達三人は、一路彼等の新居となるはずだった二世帯住宅へと向かったのだった。


今回も読んでくださってありがとうございます。


話の辻褄は合っているか、設定から逸れてはいないか、言い回しでおかしいところはないか、何度も確かめてはいるのですが、何故か投稿後にも間違いを発見して、未熟な自分を痛感しています。

それでもここまでお付き合いくださった皆様に、とても感謝しています。

ありがとうございました。

では、また次回でお会いできましたら幸いです。

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