友
彼と初めて会った日から今日で一週間。再び土曜日が巡ってきた。
律さんは今日も明日もお仕事。
電話は欠かさずくれるけど、ここ数日は会っていない。律さんが足りないよ。
ベッドにゴローンと横になり、天井を見上げた。
そうじも洗濯も午前中に終わっちゃったし、見たいテレビもない。どこかへ出かける気力なんて、もっとない。
こんな事してても、考えるのはあの事ばかり。
「誠二くんに言えない悩みか〜。」
天井に話し掛けてみても、当然何も応えてくれない。
「大体さぁ、水臭いのはどっちよ。」
亜美との電話を思い出し、一人愚痴を洩らす。
そんなに深刻に悩んでいるなら、なんで私に何も言ってくれないの?
そりゃあ、律さんに比べたら、私なんて相談するに足りない相手かもしれないけどさ。
本当は律さんと、新しい人生を始めたかったの?
考えれば考えるほど、自分の嫉妬深さに嫌気が差す。
朝はちょっぴり寝坊して、遅めの朝食の後に掃除洗濯。そして余った時間でゴロゴロウトウト。今までの休日と何ら変わりない一日なのに、一週間前とは確実に違う。
亜美と私の間に入り込んできた彼。律さんの存在が、私を甘くも辛くもする。
恋愛が甘いだけなんて幻想、この歳で持っちゃいないけど、初っ端からコレっていうのはどうよ!?
何が悲しくて親友と恋人に嫉妬しなくちゃならないんだろう。
「はあ〜。」
今日何度目かの深いため息を吐き、ムクリと起き上がる。
「お風呂でも掃除するか。」
確実に家はキレイになりそうだ。
掃除を終えてピカピカになったお風呂に満足し、浴槽に湯をためる。
こういう時は、身も心もサッパリしなくちゃね。気分転換すれば、何かしら新しい発想が生まれてくるかもしれないし。
肩までお湯につかり、一連の不倫騒動を振り返ってみるが、新しい発想などサッパリ浮かばない。とんだサッパリ違いだ。
大体、私が亜美の力になろうなんて、思い上がりも甚だしいよ。
「力になるよ」なんて言っちゃって、「じゃあ犀川さんをちょうだい」って言われたら?
私は彼を譲れるの?
そんな事できっこない。
律さんだって、私を好きだと言ってくれてるもん。
でも、律さんがこの先亜美を好きになったら?
私は彼を失うの?
考えまいとしてきた事がはっきり形を成してきて、私はゾクリと肩を震わせた。湯船の温もりに身を任せても、冷えた心は温まらなかった。
お風呂から上がっても気分は晴れない。
むしろどんより感五割増しだ。
はあ〜。ため息の数だけ幸せが逃げていくって言うけど、この数日でどれだけ逃げていっただろう。この先一生不幸かも。
半ば自棄になって頭をごしごし拭いていると、ケータイからメロディーが流れた。
「もしもし!」
手に付いた水気をタオルで拭い、こんな時に、と語調がきつくなりながらも電話に出る。
『恐いな。また何か怒ってたのか?』
「律さん!」
一度ならずも二度までも。またしても同じセリフを言われてしまった。
それにつけても電話の相手くらい確かめようよ、自分。
「怒ってませんよ、イラついてただけです。ごめんなさい。今仕事中ですよね。電話、大丈夫なんですか?」
『外に出てるんだ。今日定時に上がれそうだから、会えないかと思って。』
クスクスと笑いながら律さんが答える。
どうせいつもプンスカしてるって思ってるんでしょ!
あなたのタイミングが悪いだけです!
「もう! そんなに笑わないでくださいよ。」
『ははっ! 悪い悪い。いつもご機嫌ななめな時に電話して、タイミング悪いな、と思って。』
む。読まれてる?
でも本当はこのタイミングでの電話に感謝です。
声を聞いただけで、冷えた心が温まったから。
『7時に先週の居酒屋でどうだ?』
あ。亜美と作戦会議した?
「場所替えてもらえませんか?」
今は二人の間に、亜美との思い出を入れたくない。
心が狭いな。
「駅がいいです。月曜日に待ち合わせした、あの駅。その方が会社に近いでしょ? 家からも近いし。」
尤もらしい理屈を捏ねて誤魔化す。
『急な仕事が入って、待たせても悪いからな。店とかの方がいいんだけどな。』
「だったら尚更居酒屋で待ち合わせなんてイヤですよ。一人で飲んでろっていうんですか?」
『そうか? じゃあ、会社を出るときに電話するな。用意して待っててくれるか? 同時に出れば、同じくらいに着けるだろう。』
「はい。その方がいいです。」
律さんに悟られないよう、ホッと息を吐く。
『しかし今日は何を怒ってたんだ? ああ。イラついてたんだっけ。』
可笑しそうにまた笑いながら、話を引き戻す。
もう!
触れられたくないのに!
「休日なのに、律さんが構ってくれないからですよ。」
言ってからハッとする。
ウザい女と思われたらどうしよう!
『会いたいと思ってくれていたのか?』
律さんは笑いを引っ込め、真剣な口調で聞いてきた。「…会いたかったですよ。ずっと。」
会って安心したかった。亜美より私との距離の方が近いって。
でも、それは私の嫉妬心から出る言葉だから口には出せなかった。
『俺も会いたかった。ずっと。同じだな。』
彼のこういうところが好き。欲しい言葉をストレートに言ってくれて、私の気持ちを軽くしてくれる。
この言葉一つで、優しい気持ちを取り戻せる。
「ありがとうございます。お仕事忙しいのに電話してくれて。」
『ははっ。俺が美穂に会いたかっただけだし、声が聞きたかっただけだ。お前が気にすんな。じゃ、後でな。』
「はい。連絡待ってます。」
決めた。
優しい気持ちに後押しされて、心に誓う。
明日、亜美に電話しよう。直接話をしてみよう。
亜美が何を悩んでいるのか、どんな気持ちでいるのか。
その上で、律さんが好きだから彼だけは譲れないって話をしよう。
全部には応えてもらえないかもしれないけど、このまま放っておいたら心が離れてしまうだけだ。
どうしたって律さんは譲れないけど、亜美は誠二くんとやり直すって言っていたんだから、その言葉を信じたい。
悩むばかりだった私に、小さな希望の光が見えてきた。
今ならわかる。逃げていたんだって。
はっきりさせるのが怖くて、両目をしっかり瞑ってた。
怖いのは私じゃない。全てを無くすかもしれない亜美の方だ。
そのことに、ようやく気付いたよ。
ごめんね亜美。
明日、あなたの重荷を軽くできるといいけど。