嫉妬
前話で、間違いを発見して修正しました。
メールの日付が、全て2012年になっていたんです。
物語には直接影響はないけれど、私の単細胞な頭が混乱してしまうので、申し訳ありませんが直しました。
ご迷惑おかけしました事、お詫び申し上げます。
今回は今回で、字がいっぱい。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
すみません。
メールで良かったのに、なんで電話しちゃったんだろう。
ちょっと考えれば分かるはずなのに。仕事中に電話なんかしたら迷惑だって。
電話を切ってから、頭の中は後悔で溢れかえっている。請求書を作る手がそのたび止まる。
これ、今日中に出さなきゃいけないのに。
手元には、まだ入力されてない書類の束が、山となって積まれている。
「はあ〜」
仕事なんかしてる場合じゃないのに。
社長に聞かれたら、お説教をくらいそうな事を考えながら、ノロノロと仕事と格闘する。昨日の手際の良さが、まるで嘘のようだ。
今日、彼に会って、何をどう話すかも決めていない。誠二くんが覗き見したメールの事を話せば話は早いけど、私を心配して電話をくれた彼に、迷惑をかけてしまうのは悪い気がする。
亜美と誠二くんには仲直りしてほしい。
ふと、また手が止まっていることに気付く。
「はぁ〜」
仕事なんかしてる場合じゃないのに…
定時上がりを諦め、なけなしの集中力を仕事に注ぐ。時計を見ると、8時を指していた。
9時までには終わるかな。
連絡をくれると言った律さんからは、まだ電話もメールもない。
とにかく、私は私で仕事を終わらせなくちゃ。
誰もいない事務所で一人、端末の音を響かせていた。
最後の一枚を入力して、ようやくホッと息を吐く。
続けて、請求書を印刷。一時代前の印刷機が、大音量で請求書の束を吐き出していく。
印刷した請求書を封筒に入れる作業をしているところで、デスクの上のケータイが震えた。
『美穂?』
「亜美…」
てっきり律さんからの電話だと思って、確かめもせずに出たが、予想外の相手からの電話だった。
亜美と律さんのメールを覗き見したのは誠二くんだけど、共犯のようで何やら後ろめたい。
『水臭いよ〜!』
「え? な、何が?」
言っている意味がわからず、動揺が現れてしまう。
そんな私に気付かず、亜美は言葉を続ける。
『付き合ってるんでしょ。犀川さんと。』
「あ、う、うん。」
『一番に報せてくれると思ってたのになぁ。何で報せてくれないの?』
「ごめん…」
正直、誠二くんから電話をもらう迄は舞い上がっていて、亜美に報せるなんて思い付きもしなかった。彼からの電話の後はそれどころじゃなかったし。
『美穂って結構秘密主義だよね。私が紹介したようなもんなのになぁ。』
ぷうっと頬を膨らました亜美が見えるようだ。
「ごめん。ちょっと色々あって。」
『色々?』
「うん。で、亜美の方はどうなの?」
あまり追及されたくないので、さりげなく話題をそらす。
『う〜ん。今はまだ何とも言えないな。誠二とあんまり話せてないんだ。でも、私の気持ちは決まってるから。私にはもう、誠二しかいないんだもん。』
もう、誠二しかいない…
私は喜ぶべきなんだろうか。悲しむべきなんだろうか。亜美が口にした一言が、亜美と律さんの決別を意味していると察しはついた。
でも、このまま何もなかったかのように、律さんとのお付き合いを続けてしまっていいのかな。
不倫とはいえ、私が亜美から律さんを奪ったんだもん、後味が悪い。
かといって、亜美との友人関係も律さんとの恋愛関係も、終わらせようとは思えない。
どうしたらいいんだろう…
『美穂。私さ、思うんだ。私の目の前にはいつも二股に分かれた道があるの。何かを選ぶときって、その道を選ぶって事なんだよね。道の先にある出来事を私は知らない。だから間違った道を選んじゃう事だってあるんだ。そうやって、見た目には大したことない選択でも、いつでも人生を選択しながら生きてるんだなって。だから常に『この道で後悔しないな』って自分に問いかけるの。その結果が、たとえ自分にとって辛い事でも、自分で決めた事なら受け入れられるから。だから誠二との事がどうなっても、受け入れる覚悟はあるんだ。』
この亜美の告白が、何を意味しているかなんて、『鈍い』と言われ続けている私にだって分かる。
「じゃあ、私と律さんが付き合ってもいいの?」
私の意地悪な質問に、亜美はちょっと息を飲んだが、すぐに笑った。
『それは二人で決める事でしょ。美穂はもっと自信持ちなよ。犀川さんが選んだのは美穂なんだよ。それとも犀川さんが何か言ったの?』
「ううん。」
『そうでしょ。実は彼、午前中に電話くれたんだ。美穂と付き合う事になったって。その時すごく惚気られて、はっきり言って迷惑だったよ。こっちはうまくいかないで苦労してるのに。』
殊更何でもないように話しているけれど、強がりを言ってるのは明白だ。
まだ、思いは残ってるんだ…
亜美と話すのが辛い。
亜美の口から律さんの名前が出てくると、どうしようもなく胸が苦しい。
胸の内側から、じわりじわりと嫉妬の炎が湧いてくる。
亜美の口調から、犀川さんと完全に別れたのは間違いないと思う。
でも、そういう問題じゃない。
彼に見つめられるたび、亜美の事もこうして見つめたのかと思い、彼に抱かれるたび、亜美ともこうして愛し合ったのかと嫉妬に身悶える。
常に亜美の痕跡を追ってしまう。
ようやく誠二くんの気持ちが分かった。夜が嫌だという気持ちが。
『亜美と元通りになって』なんて言ったけど、そんな事無理だよ。好きだからこそ生まれる感情なんだもん。
亜美を、生涯の親友だと思っていた。なのに今はその存在さえ恨めしい。
自分の不倫は許しても、親友の不倫は許せない。
私は最低だ…
電話口では、亜美がまだ何かを語り続けていたが、上の空で流していた私の耳には届かない。
やがて私のボンヤリ具合が亜美にも伝わって、『ダメだこりゃ。』と言って電話を切った。
どれくらいの時間がたったのか。未だ消えない嫉妬に身を焦がしていると、再び電話が震えた。
今度は相手を確認してから出る。
『美穂か?』
私のケータイに、私以外の誰が出るのよ。
「そうです。」
私の固い口調に、只ならぬモノを感じたのだろう。『また怒ってるのか?』と聞いてきた。またって何!?
そんなに、いつもプンスカ怒っているわけじゃないもん。
『昼の事か? サッサと電話切って悪かったな。』
「ち、違います。」
実は、亜美には自分から電話したくせに、私からの電話は速攻切った事にも、ちょっとムッとしてた。
電話をした事、仕事も手に付かないくらい悩んでたのに。バカみたい。
『違うのか。じゃあ、電話が遅くなったことか?』
「すみません。私、まだ少し仕事残ってます。」
『後どれくらいかかりそうだ?』
「30分くらいかな。」
『迎えに行くから待ってろ。』
言うなり電話は切れた。
落ち着かない気持ちで仕事を済ませ、戸締まりと火の元を確認していると、律さんから連絡が入った。
『駅に着いたぞ。どうやって行けばいい?』
「私が駅まで行きます。」
『それじゃ、迎えに来た意味がないだろう。行き方教えて。』
申し訳ないな、と思いつつ会社までの道のりを説明する。
線路添いに真っ直ぐだから、説明は超簡単。
待つこと5分。『着いたぞ』と、電話がきた。
早っ!
慌てて事務所に鍵をかけ、表へと転がり出る。
「わざわざ来てもらっちゃって、ありがとうございます。」
「いや。」
今朝と同じ微笑みで、私を包み込んだ。
「お礼にご飯作ります。家まで来てもらえますか?」「じゃあ、遠慮なく。何作ってくれるんだ?」
「大したものじゃないんで、期待しないでくださいよ。」
駅までは、私の足で10分。律さんの足で5分。二人で歩くと何故か20分だった。
律さんは道すがら、『何を怒ってたんだ。』と追及してくるし、過剰なスキンシップを求めてくるしで、私を散々困らせてくれた。
夕飯、カップラーメンでも出してやろうかな。
夕飯はカップラーメンということもなく、ほうれん草のごま和え、切り干し大根のサラダ、魚の煮付けに味噌汁と、簡単な家庭料理だったけれど、律さんはとても喜んで食べてくれた。
こんなに喜んでくれるなんて思わなかったので、とても嬉しかった。
作りがいがあるなぁ。
こんなに喜んでくれるなら、毎日作ってあげるのもいいなぁ。
お昼にはお弁当を持たせて、「愛妻弁当か」なんて同僚にからかわれたりして。
尽きない妄想にニマニマしていると、おでこをパチンと弾かれた。
「痛っ!」
おでこを擦りながら律さんを見ると、彼もまたニヤニヤ笑い、こちらを見つめていた。
「楽しそうだな。」
「うっ。楽しいです。」
「良かった。俺も楽しい。」
見つめられていることに落ち着かず、「片付けよっかな〜。」と独り言を言い、席を立つ。
空いたお皿を重ねていると、横から彼にお皿を奪われた。
「ごちそうさま。後は俺がやるよ。」
手際よく、流しへと食器を運んで洗い物を済ませてしまった。
私もボーッとしてるのは居心地が悪いので、律さんの洗った食器を、フキンで手早く拭いて棚に収めた。
「手際がいいんですね。」
食器を洗い終えて、捲ったワイシャツを元に戻している律さんに、話し掛けた。
「そりゃな。一人暮らしが長けりゃ、これくらい出来るようになるよ。」
「料理も得意なんですか?」
「そっちはからっきしダメ。だから今日、家庭料理を味わえて嬉しかった。ありがとう。」
「あんな粗食で感謝されると、恥ずかしいですよ。」「外食や弁当で毎日過ごしてると、ああいうあっさりした家庭料理が食べたくなるんだ。はは。歳だしな。」
笑いに誤魔化しているけど、律さんの孤独が見えた気がする。
ちょっぴり切なくなって、キッチンの引き戸にもたれて腕組みをしていた律さんの首根っこにしがみついた。
「あんな料理で良ければ、いつだって作りますから。」
律さんは組んでいた手を解いて、そっと私の背中に回した。
「ありがとう。」
そして私の額には、今度はデコピンではなく、唇が落とされた。
「今日、電話をくれて嬉しかった。『会いたい』って言われて、美穂が俺のものだって実感できた。」
その瞬間、サーッと現実に引き戻された。
そうだ。愛を語るための逢瀬ではなかったんだ。
彼の愛情を疑うつもりはない。とても大切にされているのは分かるから。
過去を変えることができないのも分かる。
でも、確かめられずにはいられない。
この腕で亜美を抱いたの?
その唇で愛を囁いたの?
その瞳で彼女を見つめたの?
確かめたいと思うのは、私の心の弱さだろうか。
律さんの腕からスルリと抜けて、一歩後ろへ下がる。訝しげな顔をした律さんの瞳を見つめ、今日の目的を遂げる。
「律さん。お聞きしたい事があります。」
絡み合った視線に、逃げだしたくなる気持ちを抑えて、大きく息を吐いた。
字で真っ黒な本文を、読んでくださってありがとうございます。
おまけに暗い空気が漂っていて…
すみません。
では、また。