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忠告

途中、誠二視点で回想が入ります。

『美穂!』

私を呼ぶ誠二くんの声に、ハッとする。

「あ。ごめん。」

『美穂の目に映った二人はどんなだった?』

土曜日の居酒屋での光景が、脳裏に浮かぶ。


「最初は確かに、律さんは亜美が…好きなんだと思ったよ。でも、彼は亜美の事、女としては見てないって言ってた!」

興奮して語気が荒くなる。

『美穂。』

宥めるような誠二くんの呼び掛けにも、イライラが増してくる。


「亜美が可哀想だよ。亜美は誠二くんが好きなのに、そんな疑いを持たれて。誠二くんが先に亜美を捨てたんじゃない。『好きじゃなくなった』なんて言われた亜美の気持ち、考えたことあるの?」


『見たんだよ。二人のメール。』

え?

『俺が先に捨てたんじゃないよ。あいつらの浮気が先だ。』

誠二くんはキッパリ言い放ち、私の動揺をよそに、先を続ける。

その内容に愕然とした。


『去年の9月の終わり頃だった。』





〜誠二・回想〜


「ねえ、誠二。」

鏡に向かってネクタイを締める俺に、亜美が甘えた声で話し掛けてきた。


珍しいな。朝はいつも忙しく洗濯や朝食の支度をしていて、滅多に話し掛けてこないのに。


チラリと鏡越しに亜美を見ると、猫のような彼女の二つの瞳とぶつかった。


「ね、誠二。今日も遅いの?」

帰宅時間など、今まで尋ねてきたことなどなかった。今日は珍しい事だらけだ。「いつも通りかな。」

「そっか。たまにはさ、駅まで迎えに行ってあげるよ。雨だしさ。会社出る時に電話してよ。」

「げっ。今日も雨かよ。もう三日も降り続いてるのに。お前が珍しい事ばっかり言うからだよ。」


最近亜美はご機嫌で、なんだかんだと世話を焼きたがる。何か欲しいものでもできたのか?

せっかく優しくしてくれるんだから、少しくらい甘えても、罰は当たらないよな。

「じゃあ頼むよ。」

そう言うと、亜美は満足そうに微笑んだ。




その日の帰宅時間は、思ったより遅くなってしまった。

時計を見ると、間もなく日付が変わろうとしている。


亜美の奴、もう寝ちゃってんだろうな。

起こすのも可哀相だし、雨も止んだし…

歩いて帰ることにするか。


駅からの道をてくてくと歩き、家路に着く。

途中の24時間営業のスーパーで、亜美の好きなエクレアを購入した。

店を出て、ふと駐車場を見ると…

犀川さん?

黒のワンボックスに乗り込む、上司の姿を見かけた。彼の家は、ここから一時間は離れているはず。

人違いか。

気になりつつも、家の方角へ足を一歩踏み出した。


予想に反し、亜美は寝ていなかった。

玄関で鍵をガチャガチャ開けていると、奥から顔を出してきた。頬っぺたをぷうっと膨らませて。


「遅〜い。それに電話してって言ったのに。」

「起きてたのか?」

あれ。風呂もまだか。

洋服を着たままの亜美に驚く。

待っていてくれたのか。

迎えにくるつもりで。

思いがけない妻の労りに、顔が綻ぶ。


にやけた顔で靴を脱ぐと、目の端で、傘立てに立て掛けてある黒い傘を捉える。

自分のものではない、なんの変哲もない黒い傘。

誰の傘だ?

まさかと思いながらも、先ほどの黒いワンボックスが甦る。

…犀川さん?


まさか、な。さっき見かけたのが犀川さんだという確証もないし。

たとえあれが犀川さんだったとしても、置きっぱなしのこの傘と彼を、結び付けて考えるのは馬鹿馬鹿しい。

俺の留守に、彼が何の用でうちにくるんだ?

大体、彼だって、今日は仕事のはずだ。


最近俺は配置換えで、彼の下から他の部所へ転属になったが、それまで彼の忙しさは間近でみてきた。

犀川さんのわけがない。


馬鹿馬鹿しい考えを頭の隅に追いやり、奥へと戻っていった亜美を追った。

犀川さんのわけがないんだ。


食事をしていても、風呂に入っていても、犀川さんの影がチラついて落ち着かなかった。


風呂から上がると缶ビールを一缶手に取り、テレビをつける。

ソファーにドカッと座り、渇いた喉を潤した。


「私もお風呂入って来るね。」

明るい亜美の声に、

「ああ。」

と答え、視線が一点に集中する。亜美がテーブルに置いたケータイだ。


あれを見れば、全て俺の勘違いだったと証明されるはずだ。

だが、その後亜美の目を真っ直ぐ見られるのか?

彼女が気付いたらどうする?

彼女を傷つけてまで、自分を安心させたいのか?


迷っていたのは、一分にも満たない時間だった。

俺は誘惑に負けた。


シャワーの音に耳を澄まし、気配を探る。

持っていたビールを置き、ケータイに手をのばす。

慣れない機種に苦労をしながら、受信ボックスを開く。

大して時間はたっていないはずなのに、今にも亜美が風呂から上がってくるのではないかと、気が気ではなかった。



2011/ 9/28 22:28

From 犀川



これだけで、もう、ケータイを盗み見たことを後悔した。

しかし、犀川さんからのメールが気になり、後には引けなくなった。




2011/ 9/28 22:28

From 犀川

Subject


誠二に気付かれてないか?




2011/ 9/28 22:41

From 犀川

Subject RE:


良かったな。うまくやれよ。




2011/ 9/25 21:13

From 犀川

Subject RE:


いいんだ。どんな理由をつけてでも会いたい。




2011/ 9/25 21:22

From 犀川

Subject RE2:


心配いらない。

お前達の仲を、壊したりはしない。

約束する。

万が一そんな事になったら、俺は手を引こう。




震える手でケータイを操り、今度は送信ボックスを開く。




2011/ 9/28 22:35

To 犀川

Subject RE:


大丈夫です。

何にも気付いてないようです。

この私が、そんなヘマするわけないじゃないですか。




2011/ 9/28 22:44

To 犀川

Subject RE2:


了解です!




シャワーの音が止み、カチャリと風呂場のドアを開ける音が響いた。

慌ててケータイを待ち受け画面に戻す。

俺と亜美が、頬を寄せて幸せそうに微笑んでいる。


どうしたらいいんだ、俺は。

どうすれば亜美をつなぎ止められる?

夫としての怒りはある。当然だろう。

だが、亜美を失うなど考えられない。


ケータイをもとの場所に戻し、またビールを手に、ソファーに体を沈めた。

ケータイを盗み見た後ろめたさと、そのことによって生じた喪失感に、大きなため息がもれる。


「どうしたの?」

プレゼントとおぼしき包みを二つ持って、亜美がリビングに入ってきた。

「疲れた? もう休もっか。あんまり無理しないでね。もう少し早く帰ってこれたらいいのに。」


背中に亜美の温もりを感じた。首に手を回し、背中にもたれてきたのだ。


さっきまで、犀川さんと抱き合っていたんだろ!

その手で俺を抱き締めるな!

喉元まででかかった言葉を飲み込み、回してきた腕をはずした。

「もう寝るよ。」

「待って。」

リビングを出ていこうとしたが、引き留められる。

「今日は9月30日だよ。はい。お誕生日おめでとう。」

持っていた包みを渡された。

そうか。誕生日か。そんな日に妻の浮気を知るとは…

俺もついてないな。

「ありがとう。二つあるようだけど?」

「犀川さんが、わざわざ持って来てくれたんだ。他の人の手前、会社じゃ渡せないからって。」


やはりさっき見かけたのは犀川さんだったのか。

『わざわざ』お前に会いにきたついでに、持ってきたんだろ。

「明日、お礼を言っておくよ。お休み。」

それ以上話していたくなくて、寝室へ向かった。


ベッドを前に、また悶々と悩む。


まさか、このベッドで抱き合ったんじゃないだろうな。


そう思うと、ベッドに寝るのが嫌になり、客用布団をベッドの脇に敷いて、横になった。

プレゼントは開けないまま、枕元に転がっている。

亜美、変に思うよな。

別れたくはないが、触れ合う事に嫌悪感が湧く。

俺はどうしたいんだろう?


混沌とした気持ちを持て余し、眠りに就いた。




6:00AM

アラームの音で目覚める。


亜美はすでに朝食の準備に取り掛かっているようだ。味噌汁のいい匂いがする。

のそのそと起き上がり、キッチンの亜美に声をかけた。

「おはよう。」

「おはよう。よく眠れた?」

いつもと同じ亜美。

いつもと同じように行動する俺。

変わらない日常。


朝食の席で、俺は一つの提案をした。

「ずっと先延ばしにしていた二世帯住宅の件、そろそろ本気で取り組もうか。」

亜美は驚き、持っていたお茶碗を落としそうになった。

「決心してくれたの?」

「ああ。ちょっと会社には遠くなるだろうけど、親父さんたちが心配だしな。」本当の理由に気付くだろうか。

お前を縛るための罠だと。


定年間近な親父さんたちが心配なのは確かだが、この提案には裏がある。

悪いが、親父さんたちには人質になってもらう。

年老いた両親を放り出してまで、浮気を継続しようとは思わないだろう。

それに、俺の給料で都内に家を建てられるはずもない。都内に住む犀川さんとは、物理的に距離ができる。

なにより、俺以外の監視役が二人もできるのだ。

何を迷うことがある。


自然とこぼれる笑みに、亜美も安心したように微笑んでいる。

「早く実現させよう。」

力強く言うと、彼女は頷いた。


そして完成間近、俺は

「お前のこと、好きじゃなくなった。」

と彼女に告げたのだった。

本心ではない。

だが、もう限界だ。

再び覗き見てしまったメールに愕然としたのだ。


『別れるくらいなら、嘘をつくくらい平気。』


彼女は、まだ続けようとしていたのだ。

彼との関係を。

やり直したいと思っていた俺の気持ちを踏み躙って。





〜美穂・現在〜


『後は亜美の出方をみようと思った。俺を取るか、犀川さんを取るか。そしたら、お前まで参戦してくるんだもんな。びっくりしたよ。』

いきなりそんな話をされて、びっくりしたのはこっちだってば!

たった一日で、天国から地獄へと突き落とされた気分だよ!


まだこの手は、彼の温もりを覚えている。耳は甘い囁きを、唇は熱さを…身体中で彼を覚えているのに!


「今聞かせないで! そんな話聞きたくないよ!」

『美穂。そうだよな。ショックだよな。ごめん。正直、今、犀川さんがどう思っているのかはわからない。お前達が付き合う事で、亜美も目が覚めるかもしれない。でも俺は、どうしても犀川さんが許せないんだ。信頼していたのに!』

絞りだすかのような苦しげな言葉が、胸に突き刺さる。


因果応報。

のほほんと自分の事しか考えずに犯した罪が、今、自分に返ってきたんだ。

まさかこんな形で不倫された側の気持ちを思い知らされるなんて。

そっか。律さんがあの時私を受け容れてくれたのは、同じ穴のムジナだったからなんだ。

「あはは! 可笑しい!」

『美穂?』

心配そうな誠二くんの声。私が狂ったとでも思ってる?


「大丈夫だよ。亜美は誠二くんのところに戻ってくるよ。だから誠二くんも、亜美を許してあげて。元通り、仲のいい二人に戻って。」

『戻れるかな。』

「亜美は誠二くんを愛してるもん。後は誠二くん次第だよ。もう一度、信じてあげて。」


あの日の亜美を思い出す。「別れたくない。」って言ってた亜美を。


『お前はどうすんだよ。』

「どうするかな?」

本当に、どうするかな?

あの人が、なんで亜美から私に鞍替えしたのか、今亜美をどう思っているのか。そんな事さえわからないんだもん。

「なるようになるよ。」

強がり半分、本気半分でそう答えた。


誠二くんとの電話を切ると、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


ケータイの時刻を見ると、12時55分。

気持ちが挫ける前に、電話帳で検索して『犀川律』に発信した。

どうか、声が震えませんように。


『美穂?』

聞きたくて、でも聞きたくない低い声が、私の名を甘く呼んだ。

濃密な一夜が甦る。


願いは虚しく、放たれた言葉は震えていた。

「今晩会いたいんです。」


『犀川さん、1番にお電話です。』


遠くの方で、女性の声が響いた。律さんはそれに、「わかった。」と返事をした後、私に応えた。

『遅くなるけど、いい?』

「何時でも構いません。」

『また連絡する。』


ブツッという音と共に、通信が途絶えた。


途中、視点が変わったりメールの記述があったりで、読み辛かったら申し訳ありません。

特に犀川メールは、途中から微妙に日にちを変えてあったりして…すみません。


読んでくださって、ありがとうございます。

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