プロローグは長電話
「『お前の事、好きじゃなくなった』って言われたの!」
友人の亜美からの電話に、私は受話器を落としそうになった。
「え?誰に言われたの?」亜美は5年前、熱愛の末、学生結婚をした。それはもう、見ているのもバカバカしくなるほどのバカップルぶりで、明けても暮れてもイチャイチャしていた。
だから冒頭のセリフが、旦那さんである誠二くんの言った事とは思えなかった。
私の的外れな質問に、亜美は電話の向こうから今にも飛び出して来そうな勢いで叫んだ。
「誠二に決まってるでしょ!!」
耳、痛っ!
「だってさぁ。信じらんないよ。誠二くんがそんな事言うなんて。あんたしか目に入ってないみたいなバカップルぶりだったじゃん。」
「半年前まではね、私も愛されてる自信があったんだ。でも、半年前からおかしくなっちゃったの!朝帰りはしょっちゅうだし、全然しゃべんないし、二人でいてもメールばっかり気にしてるし!部署が変わったからかなって自分に言い聞かせてたんだけど、昨日の夜、ついに言われた。『好きじゃなくなった』って。『でも、浮気はしてない』って言い張るんだよ。美穂〜、信じてよ!」
「う〜ん。そこまで具体的に言われれば信じるけど、そんな事言って、誠二くんはどうしたいんだって?離婚したいのかな?」
交際期間中なら『好きじゃなくなった』『はい。じゃ、別れましょ』で済むと思うんだけど、結婚してるからには、そんな簡単に結論はだせないと思う。少なくとも、誠二くんは亜美に対して責任があるはず。もう少し時間をかけて話し合うべきじゃないのかな。
『責任』ということを考えれば、学生結婚をした亜美に社会経験は無いし無収入。放ってはおけないだろう。
家だって一人っ子の亜美のご両親と暮らせるように、二世帯住宅を建設中だ。定年を間もなく迎える亜美パパに、この先何十年もローンを払うなんて無理だよ。
「『今後のことは亜美が決めていいよ』だってさ。私が離婚したいならしてもいいし、このまま夫婦を続けたいならそれでもいいし、って。」
なんじゃそりゃ。
「夫婦を続ける選択肢があるなら、なんで『好きじゃなくなった』なんて言うの?もっと話し合って関係改善に努めればいいじゃん。」
私の問い掛けに、亜美は暫し沈黙する。
そして大きくため息をつき、呟いた。
「夜がね、イヤなんだって。」
「!」
夜って言うと、アレだよね?私、間違えてないよね?
「え〜と。つまり、エッチをしなければ夫婦続けてもいいぞ、って事?」
「って事。」
「なんじゃそれ〜っ!まだ27歳の若さで、今後の人生エッチなし?ありえないでしょっ!!」
「だよね!夫婦ってさ、それだけじゃないけど、それだって大切だよね!たとえ盆暮れ正月くらいの頻度だとしてもさ。」
ウンウン。電話の向こうの亜美には見えないのに、大きく頷く。
人間、体が触れ合っていれば『好き』の気持ちも強まるもんね。
「離婚…するしかないのかなぁ…」
悲しげな亜美の声で、まだ誠二くんへの愛が失われていないことがわかった。
「亜美…」
「結論を出す前に、少し足掻いてみたいんだけど私一人じゃどうしようもないの。美穂、協力してくれないかな。」
そうだよ。足掻け足掻け。
まだ間に合うかもしれないじゃない。
決意に満ちた亜美の声に、私も意を決する。
不肖立川美穂、
「協力させていただきます!」
敬礼をしつつ、元気に返事をしたのだった。
「ありがとう!美穂ならそう言ってくれると思ってたよ〜。あのね。もう一人協力してもらえるアテがあるんだ。誠二の会社の先輩で、犀川律さんて方。よく、うちに飲みに来てくれた人なの。誠二に違和感を感じてたから、少し相談したんだ。優しい人だから『なんでも相談にのるぞ』って言ってくれてるし、多分協力してくれると思う。」
「そっか。その人が協力してくれれば、会社の様子とか聞いてみられるね!ホントに浮気してないかも調べてもらえるかも。誠二くんの会社の先輩だったら心強いよ。」
『犀川さんに会えるかどうか聞いてみる』と言って、亜美は電話を切った。
こうして誠二くんの心を取り戻すべく、私達は立ち上がったのだった。
絡まった糸は、必ず解れると信じて。