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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅲ 天使は微笑み、悪魔は嘲笑う
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天使は微笑み、悪魔は嘲笑う-1

 静かに佇むシャイアの屋敷は、人目を避けるように森の一角にあった。

 アンナは毎朝起きると、ポストの中を調べるのが癖になっていた。前の屋敷にいたときからの日課で、何も届かないと分かっていても、やらないと落ち着かない。

 アンナがポストを開けると、

「あら?」

 この日はいつもと違った。ポストの中に封筒があったのだ。当て先だけで、発送元の住所はない。封筒にはシャイアの名前が書いてあった。

 シャイアたちはひっそりと誰からも隠れるように生活しているので、アンナは封筒を訝りながら屋敷に戻った。

「お嬢様、お手紙が届いていますよ」

 アンナが寝室の扉を開けると、シャイアは鏡の前に立って、服の上からドレスを合わせていた。ベッドの上にもドレスが何着か広げてあった。

 シャイアは黙って封筒を受け取ると、すぐに封を切って中身を確認した。封筒に入っていたのは一枚の招待状だった。

「お嬢様、それは?」

「パーティの招待状よ。大した規模ではないけれど、社交界の貴族たちが集まるわ」

「出席なさるのですか?」

「当然でしょ」

「それにしても、一体どなたがその招待状を送ったのでしょうか? わたしたちがここに住んでいる事を知っている人がいるのでしょうか?」

 アンナは得体の知れない招待状に不安を隠しきれず、恐ろしいものを見るような目つきで封筒を見た。

「この招待状は買ったのよ」

「買った?」

「お金さえあれば、これくらいのものは簡単に手に入るわ」

「どうしてそんなものをお買いになったのですか?」

「すぐに分かるわ。パーティは今夜だから、留守をお願いね。あと、たぶんこの屋敷は必要なくなるわ」

「ええ?」

 アンナにはシャイアの言う意味がまったく分からなかっが、シャイアが招待状を見つめて狂気を帯びた微笑を浮かべたとき、ぎくっとした。それで、シャイアがパーティに行くのは、復讐の為だという事だけは分かった。

 シャイアはそれ以上は語らず、再びドレス選びに集中した。アンナは一礼すると、黙って部屋を出て行った。


 コッペリアは幼児用の背の高い椅子に座り、テーブルの上のグラタン皿に視線を落とした。表面のチーズが音を立てて香ばしい匂いを舞い上げ、ホワイトソースが焼けたチーズの下で煮えて食欲を誘う音律を奏でる。

 コッペリアがフォークを取る姿を、アルが側で宙に浮きながら見守っていた。コッペリアはフォークでソースとチーズが絡み合ったマカロニを突き刺し、よく冷ましてから口にした。

「どうですか、僕の料理の味は」

「・・・まあまあだね」

「え、まあまあ・・・自信あったのにな、コッペリアは厳しいね」

「悪くはないけど、まだまだだねぇ」

 と言いつつ、コッペリアはいい勢いで料理を口にしていく。そんなのんびりした時間を邪魔するように、シャイアが居間の扉を開けて顔を覗かせた。

「なぁに、また食べてるの」

「まるで、わたしが食べてばかりいるような言い方だねぇ」

「食べてばかりいるでしょう」

 鋭く突っ込まれても、コッペリアは何食わぬ顔で食事を続ける。

「出かけるから早く食べてしまいなさい」

「出かけるだって?」

「あなたのドレスを買いに行くの」

「ドレス? そんなもんいらないよ」

「いるの、今夜のパーティには、あなたも連れて行くんだから」

 コッペリアは聞き流してグラタンをさっさか口に運んでいく。

「聞いてるの?」

「服なんて、これでいいじゃないか」

 コッペリアがいつも着ている赤紫色のドレスの裾を引っ張る。

「フェアリーはステータスの一つにもなるのよ。いい加減な格好をさせれば、わたしの品位が疑われるの」

「わたしはアクセサリーじゃないよ」

「約束、忘れたわけではないわよね」

「・・・わかったよ」

 コッペリアは不服そうだったが、お互いに協力しあうという約束がある以上、仕方なく受け入れた。


 シャイアとコッペリアは、来宴用の豪奢な辻馬車で、パーティの会場であるさる貴族の豪邸に向かっていた。季節は初夏に入り、少し蒸し暑い夜だった。

 蹄鉄と車輪の音が絡み合い、闇夜の町に響き渡る。街灯に小さな虫が集まって、飛び回る虫の影が、建物の壁に大きく映り、寂寞の中に不気味さを付け加えていた。

 まだ寝るような時間でもないのに、夜の街には酔っ払いの一人もいなかった。その理由は、シルフリアの劣悪な治安によるものだ。フラウディアは全体的に治安が低下しつつある国だが、その中でもシルフリアは最も酷かった。殺傷事件など日常茶飯事で、殺人や誘拐などの悪質な事件も非常に多い。そのおかげでシルフリアには悲惨な事件が起こっても、何も感じない、命に対する感覚の麻痺した人間が増えていた。夜には出歩かないのがシルフリアの常識なのだ。出歩けるのは護衛の付けられる裕福な人間だけだった。

 辻馬車を頼んだときには、護衛がいなければ馬車は出せないと言われたほどだ。無論、コッペリアがいるので、それは何の問題もなかった。

 馬車は街の中心部を突っ切り、綺麗に区画された貴族街と呼ばれる所まで来た。立派な邸宅が立ち並ぶ金持ちばかりが住んでいる居住区だった。この辺りは見回りの兵隊もいて、まだ治安は良い方だったが、それでも歩いている人は少なかった。

 間もなく、一際大きな屋敷の前で馬車は停車した。正面の門を隔てた少し先は別世界だった。まず、明るさが違う。パーティの為に複数特設された常夜灯の光は、街の街灯とは異質な電気の光だ。電気はフェアリープラントの商品で、利用する為には月に相当な額を払わなければならない。この電気も、金持ちに与えられた特権のようなものだ。

 庭は真昼のように明るく照らされ、貴婦人や紳士たちは、立ち話をしたり、テーブルでワインを片手に笑談したりと、外の空気に触れながら、思い思い楽しんでいた。

 屋敷の窓から漏れる光は、もっと強烈で、その昭光には自然と足が向いてしまいそうな魅力があった。

「中に付けましょうか?」

「ここでいいわ」

 御者は素早く馬車の横に回って扉を開けた。シャイアは柔らかな足取りで馬車を降りると、門の前にいる燕尾服の若者に招待状を見せた。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、今日は存分にお楽しみ下さい」

 シャイアは何事もなく迎え入れられた。金持ちが道楽でやっているパーティだ。招待状さえ持っていれば、何も疑われる事はなかった。

 受付役の若者は、シャイアに見とれて次に来た紳士に咎められた。

 シャイアは青いドレスを選び、それに合わせて髪にはシルクの青い薔薇を飾っていた。

 銀髪に雪肌のシャイアが寒色系のドレスを着ると、さらに肌の透明感が洗練され、光を帯びたような素肌は妖精のごとく美しかった。さらにピジョンブラッドのペンダントが、青いドレスに良く映える。

 一方、シャイアの肩に居座るコッペリアは、紅色のドレスを着て、青銀の髪を束ねる黒いリボンも、上等のシルクのものに変わっていた。

「窮屈だねぇ、何でこんなに裾が長いんだい」

「黙りなさい。今のあなたは、わたしの格を量る材料になるのよ。恥をかかせるような真似をしたら、明日の夕食は抜きにするわよ」

「それは嫌だ」

 コッペリアはすまし顔で自分なりに品の良い表情を作る。彼女の場合は食べ物で脅すのが最も効果的だった。

 シャイアがパーティの会場に近づくと、外にいた貴族たちの注意が一気に降り注いだ。

 婦人、紳士、例外なくシャイアの姿に釘付けになる。そして、その次にコッペリアを見て驚嘆の溜息をつく。この順番は、一人の例外もなかった。

 特に若い独身貴族は、シャイアの話で夢中になった。

「誰だい、あの美しい婦人は」

「さあな、あんな美人は見た事もないが・・・」

「連れていたフェアリーを見たかい。あんなの見たことないよ。相当な代物に違いない。美しいだけじゃない、あれは才女だね」

 屋敷に一歩入ると、ワルツの演奏が耳に心地よく響いてきた。奥の演台で、演奏家たちがそれぞれの楽器を持って音楽を奏でている。天井のシャンデリアは太陽のように眩しく、オレンジ色の優しい光が、屋敷の中にあるもの全てに注いでいた。

 シャイアが屋敷の中に入ると、波のように感嘆の吐息が巻き起こった。踊っている最中に、それを止めてまで見る者もいた。たちまち若い貴族たちの間では、シャイアの話題で持ちきりになる。

 シャイアの耳元で、会場の嘆息を凌駕する溜息が漏れた。シャイアは嫌な予感がして見ると、コッペリアの視線はある一点に集中していた。

「シャイア、凄いご馳走があるよ。食べてもいいのかい?」

 コッペリアは、テーブルに並んだ料理に飛びつきたいのを辛うじて抑えていた。シャイアにもそれがよく分かった。

「あんまりがっつかないでよ。さっき言った事を忘れないようにね」

「わかってるよ」

「好きにしなさい」

 シャイアの許しをスタートダッシュの合図にして、コッペリアは燕のような速さで貴族たちの間を飛び抜け、ご馳走の並ぶテーブルに降り立った。すると、燕尾服を着た初老の使用人が近づいてきて言った。

「お美しい婦人の、お美しい妖精さん。よろしければ何かお取りしましょう」

「そうかい、じゃあ、これとこれとこれと・・・・」

 コッペリアは、殆ど全ての料理を指定した。

 シャイアは空いているソファーに座ってじっとしていた。貴族たちの態度は、彼女の計算通りだった。そして、これからどういう事が起こるのかも予測済みだ。シャイアが自分から動く必要はなかった。

 ―ある程度の地位と財産のある男じゃなければ駄目ね。そして、なるだけ愚かな方がいいわ。それこそ、自分は世界一と思っているくらい馬鹿な方がいい。

 シャイアは、若い男たちに目配せをしながら考えていた。

 男たちは、シャイアと目が合うと、視線を逸らさずに見つめ返したり、微笑を浮かべて愛想を振りまいたり、恥ずかしそうに目を逸らしたりと、十人十色の反応があった。

 ―初なのは駄目ね。あまり真剣だと、こっちもやりにくい。遊んでそうな男がいいわ。馬鹿で、地位も名誉もあって、遊んでそうな男・・・ま、焦らなくてもどうせ向こうから寄ってくるわね。

 ワルツの演奏が終わりに近づくいた時に、三人の若い紳士が、わざわざシャイアの側に来て話し合った。シャイアがそれに耳を傾けると、その中の一人がひたすら自慢話をしていた。財産の事や、領地の広さや、地位の高さなど、シャイアに聞こえるように話している。この男はシャイアにアピールしているのだ。それくらいの男なら、この会場にいくらでもいた。

 シャイアは飽きた振りをして、その男の様子を観察していた。男はシャイアに相手にされていないと感じると、腹を立てて睨みつけてきた。それでも歯牙にもかけずにいると、男は仲間に懐から何かを出して見せ付けた。

「これが何だか分かるか」

「君、これは・・・」

 男が持っていたもの、それは拳銃だった。他の二人はあっけに取られていた。

「こいつは中々便利な物でね。生意気な領民を一発で黙らせる事が出来る。撃つのは領民だけに止まらないけどね」

 シャイアはこの男の馬鹿さ加減に笑いたくなった。男は遠まわしに脅しているのだが、その程度で怯むシャイアではない。パーティの席でそんな物を出すのも常識外れだ。まるで刃物を持って強がっている悪餓鬼のようだった。

 ―こいつがいいわ。

 シャイアは男の事を見つめて笑いかけた。すると男は、慌てて拳銃を懐にいれて、機嫌よく笑い返した。

 シャイアが照準を定めると、丁度ワルツの演奏が終った。そして、小休止の時間を置いてから、気持ちを高揚させるようなギャロップの演奏が始まる。これは、ダンスのパートナーを探せと言う合図だった。

 シャイアの前に次々と若い貴族たちがやってきた。シャイアは彼らの申し出を丁寧に断っていった。

 例の男は、少し離れて見ていた。自分が選ばれると確信しているから余裕がある。シャイアがそう思わせるような態度を取ったのだ。

 やがて意中の男がシャイアの前に立った。

 男が手を差し出すと、シャイアはそれを取って立ち上がり、ドレスの裾を摘んで会釈した。微笑を浮かべて相手を見つめるのも忘れない。追い撃ちをかけるようにシャイアからほのかに漂う香水の匂い。男はシャイアの魅力にすっかりやられてぼうっとした。

「さあ、踊りましょう」

「あ、ああ」

 男はシャイアの手を引き、選ばれし者の栄光を胸に、それが当然と言う様に中央に進み出た。既にパートナーを選んで準備していた貴族たちは、シャイアの為に場所を空けた。

 男は嫉妬や羨望の眼差しに陶酔した。シャイアに選ばれなかった貴族たちは口々に噂した。

「あれはユーディアブルグの領主だろう。奴は暴君と呼ばれている男だぞ。あの貴婦人は何であんな男を選んだんだ」

「きっと、旨く口説いたんだろう。女遊びも相当なものらしいからな」

 そんな噂は一つや二つではなかった。悪い噂をする貴族たちに大なり小なりの悪意はあるだろうが、ただそれだけではないのも確かだった。

 やがて、二度目のワルツの演奏が始まった。シャイアは男と見詰め合ったまま、流麗にステップを踏んでいく。

 男は近くで見ると、なかなかの美丈夫だった。背は高い方ではないが、少し癖のある金髪は鮮やかで瑞々しく、鋭い目元から非行少年のような幼さと危なさを感じる。シャイアは鋭い感性で、この男の性格を瞬時に見抜いた。

「わたしはエルヴィン・シュラード、君の名は?」

[シャイアよ」

「シャイア、何故わたしを選んでくれたんだい」

「あなたなら、わたしの事を分かってくれそうな気がしたの」

「君の事?」

「後で話すわ。今は楽しみましょう」

 エルヴィンは満ち足りた気持ちで踊り続けた。シャイアは彼の姿を見ながら、心の奥でほくそえんでいた。

 しばらくして、シャイアは踊り疲れた振りをして、エルヴィンを外に連れ出し、二人はテーブルを挟んで向かい合った。

「さっきの事だけど、どういう意味なんだい」

「わたし、最近お父様が亡くなって一人になってしまったの。頼れる身寄りもなくて、とても心細いの・・・」

「それは気の毒に、わたしでよければ力になるよ」

 その話はエルヴィンにとって、シャイアを手に入れるチャンスに思えた。

「どうしたらいいのか分からなくて、途方にくれているのよ。お金だけはあるんだけれど、それでも一人で生きていく自信がないわ」

「今はどうしているんだい?」

「前のお屋敷は売ってしまって、召使たちも暇をやってしまったわ。今は、シルフリアの近くに小さなお屋敷を借りて、側にいるのはメイド一人とフェアリー二人だけ」

「なるほど・・・」

 エルヴィンはどうしたものか考えた。今すぐにでも連れて帰りたい気持ちだが、たった今知り合ったばかりで、シャイアがそれを受け入れるのか自信がなかった。それに、貴族として軽率な行動も慎みたかった。しかし、目の前の麗人を誘うのに今が千載一遇の機会であるのも確かだ。

 二人が話すのを止めると、野外に響いてくる音律と、ワインを片手に語り合う貴族たちの声が、虫の声と重なり合った。それは、なかなか耳に心地の良い雑音だった。シャイアがそれに耳を傾けていると、屋敷の窓からコッペリアが飛んできた。

 コッペリアは二人の間に浮遊して、交互に顔を見た。それでエルヴィンの思考は中断され、彼は見たこともない形のフェアリーに目を見張った。

「こっちにいらっしゃい」

 シャイアは邪魔して欲しくない気持ちを声色に込めて言った。コッペリアは大人しく従って、シャイアの膝の上に収まった。

「驚かせてしまったかしら。わたしのフェアリーなの」

 見ればコッペリアの口の周りがソースで汚れているので、シャイアは引きつった顔をしてハンカチを出した。せっかく作った雰囲気が台無しである。しかし、コッペリアがここに来たのは、彼女なりの計算があっての事だった。

「もう食事はいいの?」

 コッペリアはシャイアに口を拭かれながら頷いた。

「全部の料理を食べてきたよ。パーティってのはいいもんだね」

「まあ、呆れた子ね・・・」

 コッペリアがさらに余計な事を言うので、シャイアは苦虫を噛んだ。

 エルヴィンは、突然現れたフェアリーを興味深そうに見つめていた。

「かわいらしいね。わたしはエルヴィンだ、よろしく」

 エルヴィンが手を出すと、コッペリアが小さな手でそれに答えた。

「コッペリアだよ」

「それにしても、見たこともない形のフェアリーだが、どこで手に入れたのかね?」

「彼女は、お父様が誕生日に送って下さったのよ。黒妖精と言っていたわ」

「黒妖精だって!!?」

 エルヴィンは、シャイアの想像以上に過剰な反応をした。

「珍しいフェアリーらしいわね」

「珍しいなんてものじゃない! 本当に黒妖精だとしたら、それは大変な事だよ!」

「この子がそんなにすごいの?」

 シャイアは、黒妖精のことはコッペリアから聞いていたが、わざと知らない振りをした。エルヴィンを話しに乗せて、目的の方向へと導いていく。

「黒妖精と言えば、あのエリアノが手がけたフェアリーだ。世界中に四体しかいない。アレキサンドライト、キャッツアイ、カシミールサファイア、ピジョンブラッド、それぞれが至宝のコアを持つ最高傑作のフェアリーだ」

「よくお知りなのね」

「ああ、フェアリーには興味があって、昔色々と調べたからね。黒妖精の名前はどの書物にも載っていなかったけどね、夢幻戦役の時に付けられた渾名があるんだ。宵闇の女帝、漆黒の天帝、断罪の天子、群青の炎帝、それぞれが神の如き力を授かっているという言い伝えもあるんだよ。確かその中に、六枚の翅を持ったフェアリーがいたはずだ」

 エルヴィンはコッペリアの姿をじっと見つめた。

「そのフェアリーには、六枚の翅があるね。しかも、見たこともない美しい色彩だ」

「断罪の天子と言うのはわたしの事さ」

「ふむ、その真紅の瞳に、シャイアが身に付けているルビーのペンダント、どうやら信じてもよさそうだね」

 エルヴィンは熱っぽい瞳でシャイアを見つめた。

「君は美しいだけじゃない。黒妖精を連れているというだけで、もう一流の才女だよ。わたしは、シャイアと会えたことを心より神に感謝する」

「まあ、そんな、言い過ぎですわ。フェアリーなんて、誰だって契約する事は出来るのでしょう」

「フェアリーの主人になれるのは、妖精使いとしての資質のある人だけだよ。最高のフェアリーには一流の人間が主人となるのは定石さ。屑共の中には、ワーカーを可愛がって妖精使いの真似事をしている愚か者もいるがね」

 エルヴィンは、どうしてもシャイアが欲しくなった。類まれなる美しさに加えて、黒妖精まで連れているとなれば、もう迷っている事は出来なくなった。

「シャイア、わたしのところに来ないか、不自由はさせないよ」

「え? でも、それは・・・」

 シャイアはすぐには飛びつかずに一歩引いた。出来るだけ男の気を引くつもりだった。

「わたしでは駄目かい?」

「いいえ、そうじゃないの。わたしは商家の娘なのよ。貴族のあなたとはとても釣り合わないわ」

「ああ、そんな事かい。最近では貴族と平民が結婚するのは珍しい事じゃないよ。それなりの持参金があれば、問題はない」

「ありがとう、あなたの気持ちは嬉しいわ。少し考えさせてもらえるかしら」

「ああ、もちろん。いい返事を待っているよ」

 シャイアはパーティが終わらないうちに馬車を呼んで帰路についた。

 シャイアは馬車に揺られながら、窓から見える三日月を見ていた。コッペリアはその隣にぴったりくっついて、シャイアの顔を見上げた。

「何ですぐにあいつの申し出を受けなかったんだい」

「軽い女って思われたくないからね。出来るだけ良い印象を作った方が得でしょう」

「フフッ、わたしはお父様からのプレゼントかい。うまい事言ったもんだね」

「いきなり出てくるから、取り繕うのが大変だったわ」

「でも、役に立っただろう」

 シャイアは月を見るのを止めて、コッペリアに微笑んだ。

「そうね、結局はあなたのお陰ね。感謝はしているわ」

「約束だからねぇ」

 馬車は陰気なシルフリアの街を駆けていく。途中で、フェアリープラント社の前を通った。頂上が見えないほど巨大なビルが、シャイアたちを見下ろしていた。

 シャイアはこのビルを見る度に、父を殺した人間への憎悪を燃え上がらせるのだった。


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