終わりと始まりのワルツ-1
ニルヴァーナは爪先に感じる肉の感覚に戦慄した。決して触れてはいけない者に触れてしまった、そんな感覚と恐怖がニルヴァーナの小さな体を震わせる。幸い、ニルヴァーナの爪はシャイアの胸に浅く突き刺さっているだけで致命傷にはなっていなかった。
「もういいでしょう、これ以上コッペリアを虐めないで」
シャイアがそう言うのと同時に、ニルヴァーナはシャイアの胸に暗い色が広がるのを直視した。そしてぶたれでもしたような勢いでぱっとシャイアから離れた。ニルヴァーナはシャイアの声や姿に贖い難いものを感じて混乱した。サーヤ以外にそんな人間がいるなど、この妖精にとっては青天の霹靂だった。
その状況で、サーヤとリーリアが姿を現した。二人とも様子が気になって走ってきたので息を切らしていた。
「やっぱり、シャイアさん」
サーヤはニルヴァーナにコッペリアが殺されると確信していたのだが、コッペリアの存在がいつまでも消えずに感じられたので、何か尋常でない事が起こっていると分かっていた。リーリアにはサーヤのような力はないが、シャイアがこの場に現れるのは当然の事のように思えた。
シャイアは現れた二人の少女の事など気にも留めず深く傷ついたコッペリアを抱き上げた。そして、薄汚れた小さな頬に自分の頬を寄せて愛おし気に瞳を閉じる。コッペリアはシャイアにこうして抱かれていることがまるで夢のように思えて、言い表し様のない心地よさの中に身を沈めていた。
「こんなに傷ついて、可愛そうなコッペリア。あなたの使命は無くなったわ。だから、これからはわたしの為に生きなさい、これは命令よ」
「シャイア……」
コッペリアの赤い瞳から次々と涙が零れ落ちた。嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。
シャイアは振り返ってサーヤを見つめた。シャイアの瞳が月明かりを吸って輝き、サーヤはその神秘的な光に吸い込まれていくような気がした。
「シルフリアは完全に滅びたわ、悪いのはコッペリアなの? サーヤ、あなたが答えなさい」
サーヤは胸を射抜かれるような逆らえない衝撃を受けて、即座に口を開いた。
「コッペリアは悪くないよ。悪いのは人間だよ。人間がフェアリー達に酷いことをいっぱいしたから、コッペリアがその罪を清算したんだよ。コップに水を入れていったら水が溢れるように、人間たちがフェアリーに対して犯した罪が清算しきれないほど膨らんで溢れてしまったの。だから、コッペリアはこうするしかなかったの」
まるで自分がコッペリアであるかのようにサーヤは言った。コッペリアにどうしてシルフリアを滅ぼしたのかと聞けば、サーヤと殆ど同じ事を言うだろう。
サーヤの言うことに満足したシャイアは穏やかな微笑を浮かべた。サーヤもリーリアも、こんな優しげな表情のシャイアを見たのは初めてだった。
「ありがとう、サーヤ」
シャイアはそう言い残すと、サーヤたちに背を向けて歩いていった。サーヤとリーリアは、夜の闇がシャイアの姿を隠すまで無言で見つめていた。
黒妖精二人の運命に導かれた戦いの終わりを告げるように、夜空に光が溢れた。サーヤもリーリアも、そしてシルフリアから出て行こうとしていたシャイアも、フェアリーに生かされた全ての人間が夜空を見上げた。コッペリアに付いて来た無数のフェアリー達が、光を放ちながら空を漂うシャボン玉のようにゆっくりと地上に向かって落ちていく。フェアリー達はその命を消し、周囲に光の粒を放ちながら徐々に姿を消していった。その悲しい光が滅んだシルフリアの街に雪のように降り注ぎ、街全体が淡い光に包まれていく。
シルフリアから少し離れた丘では、フェアリー達によって街から離れた丘に運ばれた子供たちと、子供たちを運んだフェアリー達、その中にはシャイアに使えてたメイドのアンナとエレンや、サーヤの後を追ってきたマリアーナの姿もあった。彼女らは幻想的な街を見下ろしていた。街が今までとはまったく別のものに生まれ変わっていく、この光景を見ていた人々の目にはそんな風に見えた。
「フェアリー達が光となって消えていくわ。こんな光景は見たことがないのだわ……」
次々に落下しながら光を撒いて消えていくフェアリーを見つめているリーリアに、サーヤは不安の色を表して言った。
「これはコッペリアの力だよ。人を殺してしまったフェアリーは、心が完全に壊れてしまうわ。そうなる前に安らかに死なせてあげるの」
「どうしてサーヤはそんな事が分かるの?」
「分かるよ、わたしも同じ力を持っているから。矢に射抜かれて苦しんでいたフェアリーも、わたしを庇って死んだウィンディも、わたしの腕の中で光になって消えていったの。どうしてそうなったのか、今はっきりと分かったよ。わたしが苦しませたくないと思ったから、二人とも光になったんだ」
サーヤは傷ついたシルメラを抱きながら、死して光と成っていくフェアリー達を見上げていた。悲しみはまったくなかった。コッペリアの優しさによってフェアリーに死がもたらされているのだ。サーヤにとってむしろそれは心が安らぐ光景だった。しかし、自分という存在に対して浮かんだ疑問には苛まれた。
「どうしてわたしはコッペリアと同じ力を持っているの? わたしは一体何なの?」
不安げに光降る闇を見ているサーヤの顔を、シルメラはじっと見つめていた。
サーヤは自分の中にフェアリーと通じる不思議な力があると認識し、それを当たり前のように自然に受け入れていた。自分にどうしてそんな力があるのかと真剣に考えた事はなかったし、考える余裕もなかった。今までは何も考えずに、ただただフェアリー達の為に力を尽くしてきた。それが今、ニルヴァーナの言葉を受け止め、コッペリアの力を直視し、自分という存在が分からなくなっていた。
フェアリー達の放つ光によって、滅んだシルフリアの街は夜明け近くまで輝き続けていた。
シルフリア滅亡から四日目の朝、サーヤとリーリアはシルフリアの近くにある森の中の小さな墓地で墓を立てていた。そこには前院長のフィヨルドやシェルリの墓もある。少女達はそこに木杭を立てただけの簡素な墓を新たに加えていた。
「こんな感じでいいかな?」
「いいわね、なかなかに立派なものよ」
木杭にはクラインの名が刻んであった。リーリアからクラインの死を知らされた時のサーヤの悲しみようは大変なものであった。サーヤは丸三日間も泣いたり塞ぎ込んだりしていて、四日目の今日、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。リーリアにクラインの墓を作ろうと言ったのはサーヤなのである。リーリアはその提案に賛成してくれた。
サーヤもリーリアもフェアリーを連れていなかった。墓地の中で立った二人の少女が佇んでいる。寂寥とした静けさの中でサーヤは言った。
「クライン先生、本当に死んじゃったんだね。わたしとウィンディの絆をくれた、大切な人だったのに……」
そう言ってサーヤは、右腕にあるプラチナのアメシストの腕輪を触った。ウィンディがいなくなった今も肌身離さずに付けているそれは、ウィンディとクライン、二人の形見になってしまった。
「悲しいことばっかりで嫌になるね……」
サーヤは堪えきれずに泣いてしまった。リーリアはそんなサーヤを自然に抱き寄せて、自分も涙を流していた。少女たちの悲しみは森の中に深く染み込んで、木陰に埋もれる墓地は暗い感情の底に沈んでいった。
気が済むまで泣きあった少女たちは、シルフィア・シューレに帰る道すがら並んで歩いていた。そして、リーリアが地面に目に付いた小石を蹴りながら言った。
「ウィンディのお墓も作らなければいけないわね」
「……うん。でも、それはまだいいよ。わたしの中でちゃんと整理をつけてからにしたいから。正直、ウィンディが死んだってまだ信じられなくて……」
「悪いことを言ってしまったわね」
「うんん、気にしないで、いつかはちゃんと向き合わないといけない事だって分かってるから。でも、色々あって疲れちゃったから、少しの間だけウィンディの事は考えないようにしたいの」
「貴方は今まで色々と頑張りすぎているから、しばらく休んだほうがいいわ」
「うん、そうするよ……」
今のサーヤからは、以前のような何者にも屈しない強い意志が感じられなかった。リーリアにはそれが分かった。ウィンディの死がサーヤに大きな影響を与えていることは間違いなかった。
サーヤがシルフィア・シューレの門を潜ると、子供の姿が学校のそこかしこに見られた。街が滅亡したにもかかわらず、シルフィア・シューレは何事もなかったかのように無傷だった。学校の生徒にも一人の犠牲者もでていない。今のシルフィア・シューレは、学校兼孤児院となっている。多くの子供たちがフェアリーに親を殺されて孤児となってしまった。副院長のマリアーナを先頭にして、学校の生徒たちが総出で孤児たちの世話をしていた。中には自分も孤児となっている生徒もいる。そしてサーヤの周りに自然に集まってきたフェアリー達も、子供たちの世話を手伝っている。気があった子供と一緒になるフェアリーもいて、校内は街が滅んでいるとは思えない程に明るく活気があった。そして不思議なのが、子供たちがフェアリーを当然のように受け入れているところだった。目の前で親をフェアリーに殺されている子供も少なくないのにだ。子供達は津波か山火事にでも親を殺されたような感覚を持っていて、やり場のない悲しみを見せる時があるが、フェアリーに対しては憎しみも恐怖もなかった。
サーヤにフェアリーと一緒にいる女の子が近づいてきて言った。
「お帰りなさい、サーヤお姉ちゃん」
「ただいま、ミミちゃん」
ミミは自分のフェアリーのリトと一緒に箒を持っていた。二人で学校の掃除をしていたのだ。
「地下にいるあの子達、早くお外に出してあげようよ」
ミミが言うと、サーヤの表情に陰が走った。
「そうね、もう少し落ち着いてからにしましょう」
「え~、昨日も同じこと言ってたよ」
ミミは片方の頬だけ膨らませてつまらなそうな顔をしていた。
地下のあの子達とは、クラインの遺作となった三人のフェアリー達である。本当はもう放しても良い頃なのだが、サーヤはフェアリー達の良い母親になれる自信がなくて何日も見送っていた。
「サーヤ!」
呼ばれてサーヤが顔を上げると、頭上にシルメラとニルヴァーナの姿があった。ニルヴァーナがサーヤに近づいてきて、何やら物欲しそうな顔をする。サーヤはニルヴァーナの求めているものを理解していて、やんわりと抱いてやった。するとニルヴァーナは満足そうな様子で目を閉じる。サーヤの右手の薬指には、ニルヴァーナとの契約を示すアレキサンドライトの指輪があった。
シルメラはニルヴァーナにちょっとだけ嫉妬しながらいった。
「話したい事があるんだ」
「シルメラの方から話したい事なんて、珍しいね」
サーヤが微笑する。その笑みにも力がない。普段のサーヤなら大輪の向日葵のように輝くような笑みが、今は月夜の晩に下を向いて咲いている可憐な百合のような印象になっている。サーヤと繋がっているシルメラにとっては、それはどうにも拭い難い違和感となった。
――ウィンディ、どうしてお前は死んじまったんだよ。お前はサーヤとずっと一緒にいなければいけなかったんだ。
シルメラは弱ったサーヤを見る度にそんな事を考えてしまう。しかし、ウィンディがいなければサーヤは確実に凶弾に倒れてこの世から消えていただろう。どうにもならない悲しい現実に、シルメラは幾度も打ちひしがれるのだった。
サーヤと黒妖精達は寮の部屋に入り、ニルヴァーナとシルメラがサーヤを挟む形で三人で並んでベッドに座った。
「話ってなに?」
「この事はサーヤには話さないつもりだったんだ。サーヤにとって知る必要のない事だし、知ったら混乱させるだけだと思ってたからさ。でも、サーヤが自分に対して迷っているのがはっきり分かるから、言う事にしたよ」
「それは、わたしが持ってる力に関係あるんだよね?」
「ああ、そうさ。今から言うから心して聞いてくれ」
「うん」
サーヤが頷くと、シルメラは一瞬迷うように口を閉ざした。
「……サーヤはわたしたちのお母様、つまりエリアノの生まれ変わりなんだ」
「わたしがエリアノの生まれ変わり……シルメラには分かるんだね」
「ああ、分かる。普通は誰が誰の生まれ変わりかなんて分からないけど、お母様に近しいフェアリーには、お母様の命をはっきりと感じる事ができるんだ。わたしはサーヤに会った瞬間に、この人はお母様なんだって分かったよ」
「他にもわたしの事が分かるフェアリーがいるの?」
「何人かいる。黒妖精は言うまでもないが、お母様に一番近かった二人の白妖精にエイン・ヴァルキュリアのフェアリー達、この辺りはサーヤの存在に気づいているはずだ」
「エイン・ヴァルキュリアって、フェアリーラントで助けてくれたフェアリー達だね」
サーヤはブリュンヒルドと初めて会った時の事を思い出した。あの時のブリュンヒルドのサーヤを見る目には、何か特別な輝きがあった。それが何だったのか、今はっきりとした。
シルメラから告げられた真実に対して、サーヤは戸惑いはしなかった。自分が持つ妖精に多大な影響を与える力が、シルメラの言うことを裏付けていた。しかし、その事実を知った為に、ウィンディに対する思いがよりいっそう辛いものとなった。
「わたしはエリアノの生まれ変わりなのに、フェアリーを助けるために生まれてきたのに、ウィンディを助ける事ができなかった……大切な家族だったのに……」
サーヤは両足を抱え、顔をフェアリー達に見えないように両膝の間に隠して黙ってしまった。ニルヴァーナはそんなサーヤを不思議そうに見上げていたが、シルメラの方はサーヤが泣いているとすぐに分かったので、ニルヴァーナの手を引いてそっと二人で部屋を出て行った。一人残されたサーヤは、涙に暮れながら言った。
「ウィンディ、あなたに会いたいよ……」
それからサーヤは、悲しみに打ちひしがれる中で眠っていた。疲れていたこともあって、サーヤは昼ごろから朝まで眠り続けた。
ウィンディは長い間、光の中を漂っていた。その世界は全てを温かく包み込み、ウィンディはとても気持ちが良くてずっと眠っていた。まるでサーヤに腕にずっと抱かれているようだった。
『ウィンディ、ウィンディ!』
「あう?」
誰かに呼ばれてウィンディが目を開けると、周りは全て銀色の世界であった。
『ウィンディ、貴方はこっちに来ては駄目よ』
どこからともなく語りかけてくるその声に、ウィンディは聞き覚えがあった。
「あう、シェルリ?」
『ウィンディ、貴方はサーヤの側にいなくてはいけないわ。だから、元の世界に帰るのよ』
ウィンディはサーヤの名を聞いて、殆ど朦朧としていた意識が即座に引き起こされた。今までこの白い空間で眠っているのが余りにも心地よくて、サーヤの事を忘れかけていた。
「あう! サーヤっ! ウィンディ帰る! サーヤのところに帰るの!」
『ウィンディ、それでいいわ。サーヤの事を思って前に進むの、きっと光があなたを導くわ』
ウィンディはシェルリの声に言われるままに、素直にまっすぐにサーヤの事を思って翅を開き飛翔した。
「サーヤ、サーヤっ!」
幼子が母を捜し求めるように、ウィンディは飛びながら光の中にサーヤの姿を探し続けた。すると周りの光の濃度が増し、ウィンディの飛ぶ速度が上がっていく。誰かに背中を押されたような気がしてウィンディが後ろを振り返ると、ずっと遠くの方に光の中に立っているシェルリと、それに寄り添って飛んでいる笑顔のテスラの姿が見えた。次の瞬間、ウィンディの速度がさらに上がり、ウィンディ自身が光となって銀色の世界から消え去った。
翌早朝、ニルヴァーナとシルメラは、サーヤの部屋から少し離れた部屋で二人で寝ていた。ニルヴァーナがぱっと目を覚ますと、無言でシルメラを叩き起こした。かなり強く体を揺すられて起こされたシルメラは、目をこすりながら不機嫌そうに言った。
「何だよ、ニルヴァーナ」
「サーヤの部屋に何かいる」
「なに!?」
シルメラが神経を研ぎ澄ますと、確かにサーヤの部屋の方からフェアリーの気配を感じた。
「この気配はテスラ? ……違うな。けど、どうやらわたしが知っている奴のようだぞ、誰だ?」
それから黒妖精の姉妹達は、サーヤのいる部屋に向かった。
その頃、サーヤは小さな手で頬をペチペチと叩かれていた。
「あう、サーヤぁ」
「う~ん、ウィンディ、止めて」
サーヤはまどろみの中で、当たり前のようにそう言った。ウィンディが生きていた頃は、朝に小さな手で起こされることは良くある事だった。
「起きてサーヤ、お腹すいたよぅ」
なおも小さな手がサーヤの頬を打ち続ける。
「え?」
今のこの状況の不思議さに気づいたサーヤは跳ね起きた。サーヤのすぐ側に青い瞳のフェアリーがちょこんと座っていた。それは前にセリアリスから託された、器だけになった黒妖精だった。
「サーヤ起きた!」
青い瞳のフェアリーは諸手を挙げて喜んだ。例え姿が変わっても、それがウィンディだとサーヤにはすぐに分かった。しかし、にわかに信じられず、自分は夢の中にいるんじゃないかという思いが捨てられなかった。今目の前にいるフェアリーに触ろうとしたら消えてしまうのではないか。その瞬間に夢から覚めて、再び現実の世界で目覚めるのではないのか。サーヤは疑いと恐れを抱きながら手を伸ばした。
「ウィンディなんだね、分かるよ」
「うん、そうだよ! ウィンディね、起きたら何か変わっちゃってて、びっくりしちゃった!」
サーヤが手を触れて抱き上げても、ウィンディは消えたりはしなかった。それはしっかりとした現実の感触であった。サーヤが確かめるようにウィンディを見ていると、不意に鼻を摘まれた。
「えへへ」
そしてウィンディが笑顔を浮かべる。ウィンディと初めて会ったときも、サーヤは同じ事をされた。サーヤの手の中に確かにウィンディは存在している。それを知った瞬間にサーヤの瞳から涙が溢れた。そしてサーヤはウィンディを抱きしめた。
「夢みたいだよ、またウィンディに会えるなんて、またウィンディを抱きしめることが出来るなんて……」
「サーヤどうしたの? 泣いてるの? ウィンディが変わっちゃったから?」
「……ちがうよ、嬉しいの……貴方がここに居てくれるから……」
「ウィンディもサーヤと一緒だと嬉しいよ!」
この時に、シルメラとニルヴァーナが部屋に入ってきた。二人は生まれ変わったウィンディの姿を見て驚きの余り硬直してしまった。
「あーっ、シルメラ!」
ウィンディは嬉しそうに手を振った。黒妖精の姿に変わっても、ウィンディの中にあるものは何一つ変わっていなかった。
「まさかウィンディの命が黒妖精の器に入って蘇るなんてな」
そう言ったのはシルメラだった。その日の夜の事、サーヤはウィンディを含めた黒妖精たちと寮の屋上に出ていた。夜空には満天の星が輝いていた。
「ウィンディ黒妖精? シルメラと同じ?」
「そうだ。わたしと、ニルヴァーナとも同じ黒妖精だ。きっとテスラがお前を導いてくれたんだな」
「ウィンディね、夢の中でテスラと会ったよ、あとシェルリとも!」
夜空を見ていたサーヤは、それを聞いて驚きと共にウィンディを見つめていた。
「本当にシェルリと会ったの?」
「うん! シェルリがね、サーヤの側にいなさいって言ったの。だから、ウィンディはサーヤのところに帰ってきたの」
サーヤが思いを馳せて瞳を閉じると、目じりから一粒の涙が落ちた。
「あなたがウィンディをここまで連れてきてくれたんだね。ありがとう、シェルリ」
シェルリは死してなお友を助けてくれた。サーヤはこの世にはもはや居ない親友に感謝し、その思いは永遠に消える事はない。
サーヤは再び夜空を見つめる。ウィンディが帰ってきて、自分がなすべき事を冷静に考えられるようになった。
「サーヤ、これからどうするんだ?」
シルメラが言うと、サーヤは星に祈りを捧げるように両手を組んで言った。
「わたしは、わたしの出来ることをするだけだよ。フェアリーと人間が一緒に幸せになれるように、やれるだけの事をやるの」
自分はエリアノの生まれ変わりである。それをシルメラから聞かされたサーヤには、自分の中にある力を使役しようというはっきりとした意思が生まれていた。今までは何となく、フェアリー達に影響を与える力を使っていた。何か差し迫った事があるときだけその力を発現させていたのだが、今この瞬間から、サーヤは自分の持つフェアリーと人間を幸せにする力を自分の意思で進んで使うようになった。
サーヤは目を閉じて視界から星と夜空を消し、強く呼びかけた。
――フェアリー達よ、わたしの声が聞こえるのなら、ここへ来て! みんなで幸せになりましょう!
そのフェアリーにだけ聞こえる声は、シルフリアから広範囲に渡って広がっていった。やがて、各地から野良になっていたフェアリーがシルフリアへと、サーヤの元へと集まってきた。その数は百に迫っていた。