地獄の季節-11
「銃撃隊前へ! 奴らを追撃する! グラムロ様からの命令だ、補足したら容赦なく撃て!」
神殿騎士団は銃撃隊を先頭に前進する。時を同じくして、クリームヒルト率いる王国騎士団が逃げる群衆の最後尾、つまりサーヤたちがいる所へと差しかかっていた。そして前から来るクリームヒルトとサーヤの目が合った。互いに一度会っただけで名前も知らない。しかし、強さと美しさを併せ持つクリームヒルトはサーヤの中に強い印象として残っている。クリームヒルトはすれ違い様に、右手を上げ二本指を立てて合図を送った。サーヤはそれを見て王国騎士団が自分たちの為に戦ってくれるのだと瞬間的に分かった。クリームヒルトを先頭に駆け抜けて行く騎士達を、サーヤは立ち止まって見送った。
「どんな風の吹き回しか知りませんが、王国騎士団は味方となってくれたようですわね」
「うん」
セシリアにサーヤは頷くと、心の底からクリームヒルトと王国騎士団に感謝して言った。
「ありがとう、本当にありがとうございます」
前進する神殿騎士団の前に、いきなり王国騎士団は現れた。二つに分断していた部隊はあっという間に集まって一つとなり、瞬時に整列して見事な陣形を作った。サーヤ達を追っていた神殿騎士団にとっては青天の霹靂で、どういう事なのかまったく訳が分からなかった。
クリームヒルトと共に陣形の先頭にいたシュウは言った。
「上将軍、ここからどうするのですか?」
「どうもしないわ、このまま待機よ。わたし達が前にいる限り、神殿騎士団は進む事はできないわ。いくら妖精王庁の権威が強いと言っても、王国に対して戦いは挑めないでしょう」
銃撃隊を率いていた隊長がクリームヒルトに近づいてきて、憤怒を吐き出しながら言った。
「王国騎士団は何を考えている! そこをどけ! 我々は異端者を追跡せねばならぬのだ!!」
「わたし達はここから動きません。罪もない人々を撃とうとしているあなた方を通す訳にはいかないわ」
クリームヒルトが言い放つと、銃撃隊の隊長は色々と喚き散らしたが、クリームヒルトはそれを無視して騎士団を一歩も動かさなかった。
リーリア達は王国議員と一緒に議場に監禁されていた。リーリアはサーヤの事が心配でたまらなかったが、今の状況ではどうしようもない。それどころか、自分の命の方が危ない状態だ。捕まれば異端者として断罪されるのは目に見えていた。しかし、周りを取り囲む神殿騎士達は動こうとしない。騎士達はグラムロの命令を待っていた。
この時、守護騎士エルカンナが来て伝令から来た情報をグラムロに伝えた。
「理由は分かりませんが、王国騎士団が銃撃隊の進行を妨げています。もはや異端者の討伐は不可能です」
「な、なぁにぃっ!!? 何なんだそれは!? それがアリオスの命令なのか!?」
「恐らく宰相は関係ないと思われます。軍を率いている者の裁量でしょう」
「きっとクリームヒルトですね」
と魔法使いのソフィーエルが口を挟む。
「まさか、クリームヒルトと言えば上将軍であろう。その様な者がこんな愚かな行為をするとは思えん。死罪になっても文句は言えんではないか」
「クリームヒルトは真の天才ですけれど、融通のきかないところがあります。恐らく彼女の中にある騎士としての理念に従ったのでしょう」
エルカンナは包み隠す様な言葉を使った。要はクリームヒルトは罪もない人々を守っているという事なのだが、まさかグラムロにそんな事は言えない。
神殿騎士団の高官たちがしのごの言っているこの時、セリアリスは聴覚を研ぎ澄まして逃げる隙をうかがっていた。最大の問題はソフィーエルの連れているトゥインクル・レスティアのリーリエだ。このフェアリーの監視がある限りは動けない。しかし、今この瞬間、リーリエはグラムロやエルカンナと話し合っている主の事を見ていた。ニルヴァーナがセリアリスの服を引っ張ってそれを伝える。
「ニルヴァーナ、頼むわね」
「了解……」
ニルヴァーナは飛び出し、円陣を組む騎士達の一角に突進した。体当たりを受けた一人は後方に吹っ飛んで壁に激突、それからニルヴァーナは周りにいる騎士達を次々と蹴り倒していく。気付いたリーリエが白いカボションの宝石が付いた柄だけの槍を斜に構えて向かってくる。そして槍の柄の先端に白いフォトンの刃が現れ、上段から斬りつけた。ニルヴァーナは両手の爪を伸ばし、それでフォトンの刃を防ぐ。議場は一気に騒然となった。
「今だ! 行くぞリーリア!」
クラインがリーリアの手を取り、ニルヴァーナの開いた活路に向かって走る。議員達の中にも教会の苛烈な拷問を恐れるあまり逃げ出す者が出た。
「逃がすな! 殺しても構わん!」
そんな声が騎士達の間から聞こえた。真っ先に動いたクラインとリーリアは、うまく議場から逃げ出していた。
この混乱に乗じて、ティアリーはマリアーナと手を繋いでテラスに出ていた。
「逃げるよ、マリアーナ」
「待って、まだセリアリスとリーリアが中に」
「今は逃げるしかないわ! 行くよ!」
議場から悲鳴が聞こえた。誰かが騎士の剣を受けたらしい。今議場に戻ったのなら、その先にあるのは異端者として処刑される運命だ。マリアーナは辛い決断をしなければならなかった。
「分かったわ、お願いティアリー」
「しっかりつかまって!」
ティアリーは両手でマリアーナの右手をしっかりと掴むと、手をつないだままテラスから飛び上がった。マリアーナは空中で後方の遠くなっていく議場を見つめた。今はセリアリスやリーリアの無事を祈る事しか出来なかった。
リーリエと戦っていたニルヴァーナはあっさり接近されて蹴りを喰らい、議場の固定された机に向かって吹っ飛ばされていた。小さな体が幾重にも並ぶ机を粉砕し、視界を遮る程に埃が煙った。リーリエは力が出せない昼間のニルヴァーナでは到底勝つことは出来ない相手だった。
セリアリスは埃と机を隠れ蓑にしてニルヴァーナを探した。この時は目が見えない事が逆に利点となった。鋭い感覚と聴覚で物の気配を正確に掴み、埃で曇る議場の中を的確に移動することができた。
「あら、あの子がいないわ」
さっきまで抱いていたエインフェリアのルーシャがいなくなっていた。セリアリスはすごく心配になったが、今の状況で探す事は出来ない。とりあえずニルヴァーナの気配を追った。するとニルヴァーナが四つん這いで机と机の間をはしっこく移動しながらセリアリスの元に戻ってきた。
「大丈夫?」
「……平気」
ニルヴァーナはいくつもの机に激突して破壊したにもかかわらず、かすり傷程度のダメージしか受けていなかった。
「良かったわ。これからどうしましょうか?」
「……逃げる」
「うまく逃げられるかしら?」
セリアリスがそう言った時に、ルーシャが埃の煙の中から現れてセリアリスの懐に飛び込んだ。
「ルーシャ、どこに行っていたの? 心配したわ」
「これ、あげる」
ルーシャは金の鎖のブレスレットをセリアリスに渡した。セリアリスは手に触る感触でブレスレットに大粒の宝石が付いているのを確認した。
「これは、ペリドットね」
セリアリスは目が見えなくとも宝石がペリドットである事が分かった。何故なら、エインフェリアのコアがペリドットだからだ。ルーシャはセリアリスの役に立ちたくてブレスレットを拾ってきたのだ。その時、セリアリスの心が定まった。彼女の中には、いつかはやらなければならないと思っていた事があった。今がそれを実行する時だと悟ったのだ。
「ニルヴァーナ、良く聞いて、ここで貴方とお別れするわ」
それを聞いたニルヴァーナは、セリアリスの言う事が理解できないまま、今にも涙が零れそうな悲しい顔になり、激しく首を横に振った。セリアリスは目が見えなくとも、ニルヴァーナがどんな顔をしているのか手に取るように分かる。
「大丈夫よニルヴァーナ、別れると言っても、ずっとさよならするわけじゃないから。いつかまた会える日がくるわ。今は貴方だけで逃げなさい、わたしにはルーシャがいるから大丈夫よ」
どうしてセリアリスがそんな事を言うのか、ニルヴァーナには分からなかったし、信じる事も出来なかった。セリアリスはニルヴァーナの気持が分かるので、安心させる為にブロンドをなでながら言った。
「貴方が自分の使命を果たしたその時に契約を解除するわ。その後はサーヤのところに行きなさい。あの子には、あなたが必要になると思うから」
ニルヴァーナはその話を聞いてだいぶ心が落ち着いた。黒妖精はサーヤの元へと回帰する、これは自然の流れなのだ。
セリアリスはアレキサンドライトの指輪を出した、彼女が付けているものとお揃いの指輪だった。セリアリスは、それをニルヴァーナの小さな手に握らせて言った。
「その時が来たらこれをサーヤに渡しなさい」
「……セリアリス……」
ニルヴァーナの緑の瞳から涙が零れ落ちた。
「さようならは言わないわ。行きなさい、わたしの可愛い黒妖精」
ニルヴァーナは頷くと漆黒の蝙蝠の翼を開き、まだ辺りに煙っている埃を突き抜けてテラスの窓から外に飛び出した。ニルヴァーナは空中で一度だけ振り返って議場の方を見つめてから、青空に向かって高く上昇していった。
リーリアとクラインは議場から廊下に出たが、すぐに追手が現れた。リーリアは足の怪我のせいでクラインの手を借りなければ走れないので、逃げ切る事は到底不可能だった。
「待て!」
神殿騎士達が次々と廊下に飛び出してくる。リーリアに抱かれているエクレアは物々しい雰囲気に怯えていた。
「ただの人間だったら契約なしでも、いでよミューズドラゴン! サラマンダー!」
レディメリーの近くに二つの魔法陣が現れ、そこから全身が水の龍と、炎を纏った蜥蜴が出現する。両方とも以前にシルメラとの闘いで召喚した時の半分以下の大きさだった。人間相手ならこれでも十分に脅威となる。
二体の召喚獣が近づくと騎士達は緊張して身構えた。とその時、リーリエが議場の出入り口から飛び出してきて、フォトンの槍の一振りで二体の召喚獣を寸断して消し去った。
「そんな!?」
レディメリーは悲愴な叫びをあげた。前から迫るのは最強クラスのフェアリーに無数の神殿騎士、逃げる事の叶わぬ絶望的な状況だった。
「レディメリー、契約の宝石を!」
クラインが手を出して叫んだ。絶望の中にあったレディメリーは、地獄から天国に救い上げられたとでも言うように喜びに満ちた。
「やっと契約する気になったのね!」
レディメリーは首にかけていたピンクトパーズのペンダントが付いたネックレスとクラインに渡す。するとクラインは微笑を浮べた。それを見たレディメリーから喜びが消えて背筋が凍った。何故かとても嫌な予感がした。
「レディメリー、わたしの最後のお願いだ、リーリアを守ってくれ。あの子はここで死なせてはいけないんだ」
クラインはピンクトパーズを握りしめるとリーリアを見つめた。
「この状況から逃げる方法はこれしかない! 受け取れリーリア!!」
クラインはピンクトパーズをリーリアに向かって投げた。宝石が輝きを放ちながら弧を描き、リーリアが伸ばした手の中に落ちる。
「クライン先生……」
リーリアは呆然としていた。
「リーリア、レディメリーと契約するんだ! 君は優秀な妖精使いであると同時にミスティックシルフの適合者だ! レディメリーの力を最大限に発揮させることが出来る!」
「何言ってるのよクライン、馬鹿なことは止めてよ!」
「レディメリー、リーリアと共に行け!!」
有無を言わさぬ怒号、クラインがレディメリーを怒鳴るなど初めての事だった。
クラインは近くにあった受付に使われていた小机を前面に押し出しながら神殿騎士達に向かって突っ込んでいった。
「うおおおぉーーーーーっ!!!」
思いもよらぬ攻撃を受けて騎士達は怯んだ。
「リーリア、逃げろーーーっ!!」
「貴様、邪魔するか!!」
クラインの周りの騎士達が次々に槍を突き、次の瞬間にクラインは体中を七本の槍に貫かれた。瞬く間にクラインの体中が真っ赤な血で染め上げられていく。
「……頼むよ……レディメリー……………」
それがエリアノの真理に触れた男の最後の言葉であった。
レディメリーは許容範囲を遥かに超えた悲しみと悲惨さの前に声が出なかった。ただ呆然として見開いた桃色の瞳から涙を流していた。
リーリアはクラインの死を前にして下唇を噛んで一粒の涙を流した。そして少女は、ピンクトパーズを握った手を開いて言った。
「レディメリー、契約よ」
「……え?」
レディメリーは全てが訳が分からなかった。余りにも衝撃が大きすぎて、クラインの死すらちゃんと理解できていなかった。それに向かってリーリアは言った。
「レディメリー、わたしと契約なさい!!!」
リーリアの凍てつくような悲しみと、焼けつくような怒りから発せられた声がレディメリーを突き動かした。
「うわああああぁっ!!」
レディメリーは泣き叫びながら飛んできて、ピンクトパーズを持つリーリアの手を握った。その瞬間、宝石から桃色の光が発し、余りの眩さに神殿騎士達は目を開けていられなかった。
リーリアと繋がったレディメリーの中に、何とも言えない心地よさが広がる。目の前で死んだクラインが、そこにいるような気がした。
「ああ……」
レディメリーは目を閉じて深く息をついた。彼女の中に今までにない安心感と、何人の介入も許さない深い絆が生れた。
「全部分かったよ……クライン」
レディメリーが蝶のような桃色の翅を開いた。まだ涙に濡れている妖精の瞳には、戦う意思が燃え上がっていた。
「リーリア、貴方がいれば、わたしは何でもできる!!」
騎士達が直視できない光の中で、リーリエは目を開いて状況を見極めていた。
「ミスティックシルフと契約を!?」
ピンクトパーズの輝きが収まり、リーリアとの契約が完了したと同時にレディメリーは叫んだ。
「いでよ、聖龍ディバインストーム!!」
「召喚はさせない、速攻で攻める!」
リーリエがフォトンの槍を斜に構えて翅に白き光を宿らせる。自分のスピードならそこから一瞬でレディメリーを真っ二つにできる。リーリエがそう思った瞬間、すぐそこの窓の外に強烈な輝きが現れた。リーリエがはっとしてみた時、それは目の前まで迫っていた。彼女は咄嗟の判断で右腕に付いている三角形のスモールシールドを構えた。
「ルーンシールド展開!」
スモールシールドから広がった光のバリアがリーリエ前面を覆った。そこを窓ガラスを消失させながら光の波動が襲う。バリアと波動が衝突して凄まじい衝撃波が発生した。近くにいた神殿騎士達は全員吹き飛ばされた。壁に叩きつけられて潰れる者や、窓から投げ出されて墜落する者もいた。ルーンシールドで守られたリーリエだけは、何事もなかったように無傷で止まっていた。
リーリエは議事堂の外に見えるものに驚愕する。巨大な白い龍が翼を羽ばたかせて雄たけびを上げていた。
「あんな強力な龍を、わたしの攻撃も許さない一瞬で召喚するなんて……」
リーリエは窓枠に捉まって、ようやく立っている状態の少女とレディメリーを見た。
「ミスティックシルフの力だけではない、マスターが優秀なんだわ」
レディメリーが窓を開けると、白い龍が直ぐ近くまで飛んできた。
「行くよリーリア!」
レディメリーはリーリアの手を取って飛び上がり、新たな主を龍の背中に乗せた。その時にリーリアは、床に転がったクラインの遺体を見て胸を痛めた。残酷な殺され方をしたのに死に顔が安らかであるのが救いだった。
「クライン先生、わたしは必ず生き延びます」
リーリアが生き延びる事が、クラインの死に報いる唯一の方法だった。
「ディバインストーム、シルフリアに向かいなさい!」
レディメリーの命令で、リーリアを乗せた龍は巨大な翼で起こした旋風を議事堂に叩きつけながら飛び上がった。リーリエは風に煽られながら離れて行く龍を見ていた。
《何があったのリーリエ?》
リーリエの頭の中にソフィーエルの声が直接響いた。
「マスター、異端者がミスティックシルフと契約して逃げました」
《ミスティックシルフと契約したですって? リーリエ、その異端者を抹殺しなさい。放っておけば妖精王庁の脅威になります》
「了解しましたマスター」
リーリエが翅を開くとそれが白い輝きに包まれる。続いて二つの小さな魔法陣が現れた。
「ジェムカウンター、ジェムコメットを展開、ここから対象に対して遠距離攻撃を試みる」
魔法陣の一つからは六つのジェムカウンターが次々と出てきてリーリエの周囲を回る。もう一つの魔法陣からは蹴球ほどの大きさがある光の玉が一つ出てきて、ジェムカウンターのさらに外周を回り始めた。連なる六つの光の玉と、もう一つの大きい方の光の玉はそれぞれ違う軌道で右回りと左回りの周回を繰り返す。其々の光の軌跡が惑星を交差する二重の円環を思わせる。
「ブリューナク、バスターモード」
リーリエがもうかなり離れていて豆粒程度の大きさしかないリーリア達にフォトンの槍を向けた。すると白い光で形成されている槍先が二つに分かれて、その間の空間に雷光のような光が弾けた。
「コメット、魔砲をブーストしなさい」
大きい方の玉がリーリエの肩の辺りに止まり光を放ち始める。次にリーリエの右目の中に魔法円が浮き出てきた。この特殊な魔法により、リーリエは遥か遠くの敵まで捉える事ができるのだ。
ブリューナクの槍先に光が収束してエネルギーが球体を成し、それがどんどん膨らんでいった。
一方、レディメリーはリーリエの動向にいち早く気付いていた。
「何かやるつもりね、させないわ! いでよ守護龍セントエスト!!」
レディメリーの近くに巨大な魔法陣が現れ、そこから新たな龍が飛び出してくる。こちらの龍も白いが、表情が優しげで翼に光でも宿っているような光沢があった。
その時、リーリエは対象を補足した。
「見えた、フォトン・シャイニングレイ!」
リーリエの槍先から巨大な白い光線が発射された。破滅の光が急速にリーリア達に近づいていく。
「撃ってきたわ! セントエスト、防御しなさい!」
レディメリーの命令でセントエストは自らの体を包み込むように翼を前で交差させた。そこにリーリエの魔砲がぶつかる。セントエストは体全体を防御結界にして敵の魔砲を完全に防いだ。リーリアは龍の背中の上からそれを見ていた。
「すごいわレディメリー」
「リーリアがいてくれるから、わたしは強くなれるんだよ」
議事堂の方では、魔砲を撃った後のリーリエが槍を斜に構えていた。
「魔砲は駄目ね、いくら強化してもあの龍がいる限りは届かない。ならば、近距離から直接叩く」
リーリエは槍先と翅に同時にフォトンの光を宿らせて飛び上がり、光の粒を散らしながら空を切る速さで突き進んだ。
「今度は近づいて来るわ。なら狙い撃ちよ! いでよ炎龍ムスペルブラスト、ミューズドラゴン、サラマンダー!」
次々と召喚獣が現れ、その全てが向かってくるリーリエに攻撃をしかけた。リーリアが乗っている龍まで長い首を動かして後ろを向き口から光線を噴き出した。しかし、無数の火の玉も、強烈な勢いの水塊も、龍の光線も、リーリエにかすりもしなかった。嵐のように向かってくる無数の攻撃を、リーリエは信じがたい素早さと身のこなしで避けていった。
「何て奴なの!? 攻撃がぜんぜん当たらないわ!?」
「トゥインクル・レスティアは、あらゆるフェアリーの中で最も高い機動性を持っていると聞いた事があるわ」
リーリアが言った。それが本当である事を、目の前の現実が突きつけていた。ミスティックシルフは遠距離の攻撃は得意だが、近づかれると弱い。そうなったらリーリアを守る事は不可能だ。
リーリエは目標の排除を確信していた。
「この程度の攻撃は問題ではないわ、目標との接触まであと一分」
リーリエが槍を持つ手に力を込めたこの時、想定外の攻撃を受けた。凄まじい電流が彼女を襲う。地上から空へ遡る稲光の直撃を受けていた。
「っつ、ああああぁっ!!?」
リーリエの行く手を遮るように、周囲に無数の稲光が走った。
「ぐうぅ、カウンターバリア!」
六つのジェムカウンターがリーリエの周囲に展開して、全身を包み込むバリアを張った。
「一体何が……」
稲妻は下から走っていた。リーリエは下方を見て険しい表情になった。地上すれすれに巨大な魔法陣が現れていて、そこから上空に向かって稲妻が放出されていたのだ。
「これは複合魔法!? 異端者のフェアリーが使っていたのは召喚魔法のはず、この魔法を使っているのは……」
リーリエは瞳に魔方陣を宿し、遠視で目標を確認した。そして、抹殺の対象が小さなフェアリーを抱いているのを見つけた。
「二体目のミスティックシルフ!?」
リーリエが驚愕の声を上げた時、レディメリーの渾身の一撃が襲ってきた。リーリエの動きが止まったところに、全ての召喚獣の攻撃を集中させたのだ。リーリエは一気に議事堂の方へ押し戻された。
「この攻撃は耐えられない。コメット、バリアブースト」
大きい方の光球がリーリエの近くに止まって輝き出すと、同時にリーリエを守っているバリアも輝いて強度が増した。しかし、レディメリーの攻撃は彼女の予想の範疇を遥かに超えて強烈だった。
「これでも耐えられない!? ならばジェムカウンターをロードしてさらにバリアを強化!」
ジェムカウンターの一つがリーリエの槍の柄に付いている白い宝石に吸い込まれた。リーリエを守るバリアの輝きがさらに強くなり、ようやくレディメリーの攻撃に耐えうる強度となった。しかし、自分自身は守れても、押し戻される勢いはどうにもならなかった。リーリエは議事堂の壁に激突して大穴を開けた。崩れる瓦礫と共に粉塵が噴きあがった。リーリエはすぐに粉塵の中から姿を現し、自分の開けた穴から空を見上げた。もう目標の姿は彼方に消えていた。
「ミスティックシルフが二体とはね、さすがに分が悪いわ」
《リーリエ、異端者はどうなりましたか?》
ソフィーエルの声が聞こえてきた。
「申し訳ありませんマスター、議事堂まで後退させられました。異端者は二体のミスティックシルフと契約していて非常に手強い相手です」
《二体のミスティックシルフですって……》
「まだ追跡は可能です」
《追わなくていいわ、こちらに戻りなさい》
「了解です、マスター」
同じ頃、恐ろしいフェアリーの追跡から逃れたリーリア達は胸をなで下ろしていた。
「あの攻撃でも倒せないなんて、とんでもない化物だわ」
レディメリーは嫌な汗が止まらなかった。リーリエが倒せていない事は攻撃したレディメリーが一番よく分かっている。
「もう追ってはこないでしょう。それにしても驚いたわ、生まれたばかりのエクレアが魔法を使って守ってくれるなんて」
「リーリアがピンチになったから力を発現させたのね。さすがはわたしの妹ね、偉い偉い」
「えへへ」
エクレアはレディメリーに頭をなでられて嬉しそうに笑っていた。
サーヤの近くではまだエインフェリアとシルメラ達との闘いが続いている。エインフェリアはとにかくしつこくサーヤ達を追ってくる。シルメラとローズマリーは敵の攻撃から人々を守るので精一杯で反撃がままならないので状況は悪くなる一方だった。
「こいつらいい加減にしろよ!」
シルメラは次々と放たれる若草色の光線を鎌で弾き返していた。
「まずいわ、突破された!」
三体のエインフェリアがシルメラ達の横をすり抜けていった。
「行かせるかよ!」
シルメラが後を追おうとすると、後背の敵から激しい攻撃にあった。振り向いて防御せざるを得なかった。
「くそ、このままじゃサーヤが!」
三体のエインフェリアがサーヤを見下ろし、逃げる人々に槍を向けた。
「あなたたち、お願いだから止めて!」
サーヤの声は、このエインフェリア達には届かなかった。レギオンによって強固に意思を統一されているのだ。
エインフェリア達のフォトンの槍が強く緑色に輝く。人々に向かって魔法を放とうとしていた。
「ちょっと待った!」
突如現れたティアリーが、エインフェリアと逃げる人々の間に入った。その姿を見たサーヤは、その場に救いの光が差したように感じた。
エインフェリアの槍から閃光が放たれる。
「必殺、ホーリーバリア!」
ティアリーがかざした両手から、光が広がる。それはあっという間に後方で逃げる人々を覆う程の白い光の天幕となった。わずか三発の攻撃に対して大袈裟すぎる程の防御結界だ。エインフェリアの攻撃はティアリーの白魔法によって打ち消された。。
「サーヤ、無事でしたか!」
続けてマリアーナ前から走ってきた。
「マリアーナ先生! 何がどうなっているんですか? リーリアとセリアリス先生は?」
「議場にいきなり神殿騎士団が踏み込んで来たのです。わたしは逃げるのがやっとで、リーリアとセリアリスがどうなったのかは分かりません」
「そんな、リーリア、セリアリス先生……」
「サーヤ、心配なのは分かりますけど、今は逃げる事が先決です。守りはティアリーに任せて下さい」
「シルメラ、わたしが来たからにはもう大丈夫よ、思いっきり戦いなさい!」
「助かったぞ。しかしな、必殺っていうのは敵を倒す技に付けるもんだ、味方を守る魔法で必殺なんておかしいぞ」
「うるさいわね! わたしは敵を倒す魔法なんてないからあれが必殺でいいの! 余計な突っ込み入れるんじゃないわよ、このカラスの妖精め!」
「さすがエクレアの姉妹だ、口が悪いな」
「さっさと働け黒妖精!」
「わかったよ、じゃあいっちょやるか」
シルメラは黒い翼を開いて鎌を逆手に持ち代えると、まず近くにいた三人のエインフェリアを刃の付いた方とは逆の柄の天辺の部分で瞬時に打ち倒した。気を失ったフェアリー達は墜落していった。
「行くぞローズマリー!」
「オーケー、反撃開始よ!」
シルメラとローズマリーはエインフェリアの群れに突っ込んでいく。シルメラは鎌で、ローズマリーは大きな氷の塊を撃ちだして攻撃した。氷の礫や鎌の打撃を受けたフェアリー達が次々と墜落していく。フェアリーは主人の命令がない限り仲間を殺す事はないので、全員気を失っているだけだった。ティアリーは逃げる人々を魔法で守りながら徐々に後退していた。しかし、倒したエインフェリアは意識を取り戻した者がまた向かってくるので、敵の攻撃は際限がなかった。
「くそ、こいつらまとめて倒さないと逃げられそうにない」
「どきなさい、わたしがやるわ!」
ローズマリーがエインフェリアの軍団の中に単身突撃していく。当然、敵が襲いかかってくるが、ローズマリーはそれらを全て蹴り倒してから六枚のブルーの翅を開いた。その瞬間に変化が始まった。急激な温度低下によりローズマリーの周囲の空気が凍って煙のように白いものが漂い始めた。背筋も凍るような冷気がサーヤが率いる群衆の方にまで流れてくる。唐突に真冬にでもなったような寒さに人々は震えだした。ローズマリーのすぐ近くにいたエインフェリアの軍団は凍りついて動きが止まり、次々に墜落していった。全てのエインフェリアの動きが止まるのにそう時間はかからなかった。
黒妖精のシルメラがローズマリーの実力を目の当たりにして舌を巻いていた。
「ローズマリー、何てすごい奴なんだ。あの力は黒妖精に匹敵するな」
妖精たちの活躍のおかげで、サーヤに付いてきた人々は一人も犠牲にならずに済みそうだった。
エインフェリアとシルメラ達が戦っていた後方で、ブリュンヒルドは翅に青いフォトンの輝きを持つフェアリーを見つけていた。ヒルドはそのフェアリーの前に舞い降りた。
「お前がレギオンだな」
「へぇ、エイン・ヴァルキュリアシリーズか、見るのは初めてだね」
「青いフォトンの輝き、ブルーダイヤモンドのコアを持つトゥインクル・レスティアだね」
「その通りだよ。僕はトゥインクル・レスティアのアールシェイン」
アールシェインと名乗ったフェアリーが前髪を除ける為に頭を振ると、青銀のショートヘアが陽光を受けて輝いた。ボーイッシュな少女である。彼女は右の腰にだけ手を当てて自信満々という様子だった。その青い瞳は太陽の光で七色の複雑な光彩を放っている。ダイヤモンド特有のファイアという現象だ。他のトゥインクル・レスティアと違って装備は軽装だった。武器らしいものは何も見当たらず、防具は金属製の手甲と青いレザーの胸当てだけ、衣服と背中のショートマントは水色で、マントには蔓から見事に咲く朝顔が描かれていた。長いスカートの左右にはスリットが入っていて、全体として動き易さを重視ていて武道着のような印象があった。
ヒルドはアールシェインに無表情で言った。
「エインフェリアを引かせろ」
「嬉しいね! 何十年もの間、本気の戦いなんてしていない。 君が相手なら不足はないよ」
「……時間の無駄だ。お前ではわたしには勝てない」
「面白いねぇ! わかったぞ! 君はブリュンヒルドだろう? 最高峰と謳われるフェアリーでなければ、この僕を相手にそこまでの自信を見せる事はできない。ますます戦いたくなったよ!」
ブリュンヒルドは無言で剣を抜いた。それを見た途端、アールシェインの星のように輝く瞳が見開かれた。
「何だいその剣は、刃がついていないじゃないか!?」
「その理由は、トゥインクル・レスティアのあなたが一番良く分かっているはずだ」
「まさか……」
ヒルドの柄だけの剣から白光が噴出し、光が剣を形作った。
「フォトン・ウェポンだって!? トゥインクル・レスティア以外にフォトン・ウェポンを持つフェアリーがいたなんて……」
「エイン・ヴァルキュリアとトゥインクル・レスティアは、同じ白妖精を基礎にして生まれてきた。だからわたしがフォトン・ウェポンを使えても不思議はない。お前たちの中にも一体いるはずだ、ルーンシールドを持つフェアリーがね」
「……確かにいるね、おもしろいじゃないか! 見せてもらおう、君の実力を! 来い、ジェムコメット!」
アールシェインの頭上に魔方陣が現れ、そこからサッカーボール程の青い光の玉が飛び出した。
「それは何だ」
ヒルドはアールシェインの周りを周回する球体に警戒しながら言った。
「トゥインクル・レスティアは夢幻戦役後に生まれた新世代のフェアリーだ。他のフェアリーにはない機構を持っているんだ。ジェムコメットとジェムカウンターさ。カウンターはコメットよりもずっと小さくて数が多い。消費する事で大きなエネルギーを得る事ができるけど、一度使ったカウンターは再生成までに数時間かかる。僕の持っているコメットはカウンター程のエネルギーは得られないけど、代わりに消えずに僕の周りを回り続ける。そして半永久的に僕を強化し続けてくれるんだ。強化の対象はパワーだけではなく、スピードやディフェンスにも及ぶ。頼りになる奴なのさ」
「……便利だな」
「そろそろ行くよ、フォトン・ベルセルク!」
アールシェインの両方の手甲から三本ずつ青い光の刃が伸びた。ヒルドがはっとした瞬間に、相手の姿が視界から消えた。
「なに!? どこに行った!?」
ヒルドはアールシェインが消えた事で取り乱しはしなかった。あえて目では追わずにまっすぐ前を見据えた。
「横か!」
ヒルドが光の剣を横に振ると、確かな手ごたえが伝わった。見るとアールシェインがフォトンの爪で剣を防いでいた。
「すごいね君! 気配だけで僕を捉えるなんて!」
「これ程の速さとは……」
「驚いたかい? トゥインクル・レスティアは全てのフェアリーの中で最高の機動力を持っているんだ。その上、コメットがスピードをさらに強化してくれている!」
アールシェインが少し距離を置いたかと思うと、目にもとまらぬスピードで突出し、高速で両手の光の爪で斬りつけてきた。まるで降り続く豪雨のように激しく終わりのない攻撃を、ヒルドは光の剣一本で何とか防いでいた。しかし、完全に防御する事はできず頬や体の数か所が浅く切り裂かれていく。
「はぁーーーっ!」
アールシェインは止めとばかりに、ヒルドの頭上から両手の爪で斬り下ろしてくる。ヒルドは光の剣を右腕のスモールシールドに当てて橋渡し、敵の渾身の攻撃を防いだ。フォトンの刃がぶつかり合い、彼女の目の前で火花が散った。
「くぅ……」
「おや、どうしたんだい? フォトンのパワーが足りてないんじゃないのかい?」
「そこのところは素直に認めよう。わたしのフォトン・ウェポンは試作品なのでね。完成されたお前たちのフォトン・ウェポンには及ばない」
ヒルドは剣を両手持ちに変えて相手を押し返した。
「はーっ!」
アールシェインは押し返された力を利用して上昇してから止まると、右の拳を上げた。すると右手のフォトンの爪が消えて代わりに拳自体が青い輝きを放つ。アールシェインはその拳を突き出し、螺旋状に舞いながらヒルドの向かっていった。
「フォトン・ブレイカーフィスト!」
それに対してヒルドは右腕のスモールシールドを前に出した。
「ルーンシールド!」
盾に刻まれた光のルーンが輝き、広がった光のバリアがヒルドの全面を覆う。アールシェインの拳がそこに炸裂した。盾と拳の間で光が弾けて目が眩むほどの輝きが発生した。そして、アールシェインは拳を打ち込んだ瞬間の感覚に驚かされた。
「何だこの盾、滅茶苦茶硬い!!?」
「無駄だ。ルーンシールドは全ての攻撃を防ぐ絶対防御の盾」
「この僕の全力の攻撃で微動もしないなんて、衝撃すらないと言うのか!?」
「その通り、何も感じないな!」
ヒルドは盾を構えたまま前に出ると、アールシェインを押し返して吹き飛ばした。アールシェインはヒルドの上空で止まり、彼女等は対峙した。
「トゥインクル・レスティアは攻撃を主体としたフェアリーだ。その攻撃が通用しないとなれば、戦いは不利だ。悪い事は言わない、エインフェリアを引かせて撤退しろ」
「嫌だね、僕はもっと君と戦いたいんだ」
「……仕方がない、ならば分かるまで叩き伏せるのみ」
「うふふっ、楽しいなぁこの戦いは! 是非とも分からせてほしいね!」
アールシェインが再び両手に光の爪を宿らせて飛んだ。それから彼女はヒルドの周りを素早く動き回って翻弄した。
「いくらその盾が凄くても、守れるのは前面だけだ!」
ヒルドは視界からアールシェインが消えると、即座に反転した。そこにアールシェインが突っ込んでくる。フォトンの剣と爪が交差して強く輝いた。
「く、動きが読まれている!」
「どんなに素早い攻撃だろうと、後ろから来ると分かっていれば防御は容易い!」
ヒルドは純白の翼を開いて前に出る。
「たあーーーっ!」
「なにっ!!?」
アールシェインは一方的に押し返され、ヒルドの剣の一振りで吹き飛ばされてしまう。
「馬鹿な、力負けしているだと!? こっちはコメットでパワーを強化してる上にフォトンの出力も上なんだぞ!?」
ブリュンヒルドは翼を開いてアールシェインの頭上へと上昇する。
「逃げるのか!?」
「圧倒的に優位なわたしが、なぜ逃げる必要がある。距離と取っただけだ、魔法を使うためにな!」
ブリュンヒルドが軽く開いた手を前に突きだすと、彼女の腕に寄り添うようにフォトンの槍が現れた。
「行けグングニル! 敵を撃ち抜け!」
ヒルドの槍の射出によって空気が震える。ヒルドとアールシェインの間には距離があったが、光の槍は瞬きする間もなくアールシェインの目前に迫っていた。
「速い!?」
アールシェインは咄嗟に反応し、最小限の動きで槍をかわす。光の槍は彼女の横を擦過し、腕を浅く切り裂いた。
「危なかった……」
「油断するなよ」
「何だって?」
怪訝な顔をしていたアールシェインが、背後に殺気を感じて振り向いた。先ほど避けた光の槍がまた迫ってきていた。避けるのは間に合わないと悟ったアールシェインは、手を前にかざして叫んだ。
「障壁!!」
アールシェインの前面が青い光のバリアに覆われ、そこに光の槍が衝突した。バリアと槍の間で激しいせめぎ合いが始まった。
「くそ、誘導してくるなんて! それにこのパワー、コメットでバリアを強化しているのに捲られそうだ……」
「神話のグングニルと同じさ、その槍は敵を刺し貫くまでどこまでも追い続ける」
ヒルドは羽ばたいて悠然とアールシェインの背後に回った。
「動けなくとも容赦はしない」
ヒルドが剣を横一文字に構える。
「なめるなよブリュンヒルド!!」
アールシェインはヒルドが斬りかかってくる前にバリアを消し、同時に海老反りになった。光の槍はアールシェインの胸を掠めて通り過ぎ、その向こう側にいたヒルドに向かって直進した。
「なに!?」
ヒルドが横に飛ぶと、その目の前を槍が通り過ぎた。もう少し反応が遅ければ串刺しになっていた。安心する間もなく、アールシェインが反撃してくる。彼女の足先に青いフォトンの刃が突きだし、海老反りの状態からばく転してヒルドに蹴りを叩きこむ。ヒルドが身体を後ろに引くと、アールシェインの足先の刃がヒルドの鎧を斜めに切り裂いた。
「何という身のこなし……」
「僕は格闘技が得意なんでね」
ヒルドが翼を開いて上昇する。戻ってきたグングニルがその背後に隠れていた。
「しつこいんだよ!!」
アールシェインの手甲からサーベル状のフォトンの刃が伸びた。
「フォトン・ジェノサイダー!!」
アールシェインの正拳突きによって、青い光の刃と白い光の槍がぶつかり、槍の方が砕け散った。それからアールシェインは、息を上げながらヒルドを見上げた。
「わたしの攻撃を防いだばかりか、同時に反撃までしてくるとは見事と言う他はない。しかし、お前に勝ち目がない事は変わらない。そろそろ理解してきたはずだ」
アールシェインは悔しそうに歯を食いしばったが、すぐにその表情が和らいで微笑を浮べた。
「確かに君の言う通りだ、僕では勝てそうにないね。まあ、勝つ必要のない戦いだし、マスターには適当にやれと言われている。ここは引く事にするよ」
アールシェインは青い輝きに包まれた翅を開くと、ヒルドから離れてフェアリーラント王城の方角へと去った。その姿はあっという間にヒルドの視界から消えてなくなっていた。
ヒルドは剣を納め、ほっとしたと言うように深く息をつく。その瞬間に、ヒルドは背筋をまさぐられるような怖気を感じて上空を見上げた。視界に飛び込んだのは、抜けるような青空の中に漂っているいくつもの雲であった。
「何だこの感覚は、あの雲の向こうに、とてつもなく恐ろしい者がいる……」
ヒルドは思わず剣の柄に手を掛けていた。彼女はしばらく身構えていたが、雲の向こうにいる者が動く様子はなかった。「……敵ではないようだな」
ヒルドは心を落ち着けると、その場から飛び去った。
ブリュンヒルドが見つけた雲の向こうにいる者は、議事堂で起こった事の一部始終を密かに見下ろしていた。
「最後に残った希望の光を潰したか、やはり人間は愚かだな。だが、人間共が愚かであれば、わたしの存在意義が生れる」
オーロラのような鮮やかな色彩が蠢くように変化していく闇色の翅が開かれた。ブリュンヒルドお恐れさせ雲の向こうにいた存在はコッペリアであった。この恐ろしい妖精は、サーヤやリーリアが求めた妖精たちの希望が砕かれたにも関わらず、弦月のように異様な笑みを浮べていた。
「わたしは季節を告げる風、地獄の季節を告げる風、罪深き人間共よ、裁きの季節の到来だよ」
それからコッペリアは、心の底から愉快そうな笑い声をあげながら、フェアリープラントのある方角へと飛んで行った。