地獄の季節-10
「え?」
リーリアの時が止まった。エクレアが近くに来てリーリアの名を呼んだが反応がない。彼女はただただ、呆然とするサーヤとその足元に落ちて動かないウィンディを見ていた。サーヤのすぐ近くにいたセシリアとココナも同じだった。彼女等には目の前で起こった悲劇に対処する術はなかった。
サーヤは恐ろしい絶望の予感の中で膝を付いて、地に横たわるウィンディに手を伸ばし、それに触れようとした瞬間に怖気に襲われて手を引いた。ここから先の現実を見てはならないと本能が拒絶を示していた。だが、サーヤがウィンディを放って置けるわけはない。サーヤは本能の拒絶の壁を打ち壊してウィンディを抱き上げた。そうしてウィンディの姿を見た時、絶望は予感から拭いがたい現実へと変貌した。サーヤを狙った弾丸はウィンディの心臓部分に直撃し、小さな胸に赤い染みが広がっていた。
「ウィンディ、嘘でしょ、嘘だよね、きっとこれは夢かなんかなんだよ……」
サーヤの見開かれた瞳から涙が零れた。サーヤの後ろでは銃声に驚いた人々が混乱していたが、サーヤには何も聞こえていなかった。少女はただ自分が愛した妖精を見つめていた。そしてシルメラも、サーヤ以上の絶望に落ちていた。
「弾がコアに直撃している、これじゃもう……」
シルメラも涙を流した。サーヤの涙とは違う、救いようのない無慈悲な現実の前に流れ出た涙だ。
ウィンディが目を開けた。するとサーヤの中の絶望の闇が僅かな希望の光に照らされる。サーヤが微笑みかけると、ウィンディは満面の笑みを浮べて言った。
「サーヤ、だあいすき……」
いつもサーヤを和ませてくれた可愛らしい妖精、いつもと変わらない笑顔、その笑顔のままウィンディは幸せだった悠久の時を止めた。
「ウィンディ? どうしたの!? 返事をして! お願いだから返事をしてよ……お願いだから……」
サーヤの止めどなく零れる涙がウィンディの小さな体に降りかかっていく。するとウィンディの体全体が淡く輝き出した。それが何を意味するのかサーヤには分かっていた。
「嫌だ!? ウィンディを連れて行かないで!! わたしの命よりも大切な家族なの……だからっ!!」
ウィンディの輝きが強くなり、小さな体は完全な光となった。そして無数の光の粒が舞い上がり、光と共にウィンディの姿は消えて無くなり、サーヤの手の中には砕けたアメシストのコアだけが残された。サーヤは空を見上げ涙を流しながら絶望から溢れ出る叫びをあげた。
再び銃声が轟いた。サーヤの頭を的確に狙った弾丸は、シルメラの大鎌によって弾き返される。そしてシルメラは、屋根の上にいる狙撃手を見つけると、鎌を振り上げ怒りにまかせて屋根に向かって突っ込んでいった。
「このやろう、よくもウィンディをーっ!!!」
狙撃手は慌てて銃を構え直すが、気づいた時にはもうシルメラは頭上で鎌を振り上げていた。
「うわああーーーっ!?」
狙撃手の悲鳴と同時にシルメラは大鎌を狙撃手の脳天に打ち下ろした。しかし、サーヤの周囲に起こっている異常を感じ取ってシルメラは攻撃を止めた。鎌はもう少しで頭を割る所で、曲線を描く鋭い歯で狙撃手の額が薄く切れて血が滲んでいた。狙撃手はその場に座り込んでだらしなく涙と鼻水を流していた。シルメラはもう狙撃手の存在など忘れたかのように飛び去りサーヤの元に戻った。
議事堂前の広場にはいきなり長銃を持った兵隊が乱入してきて、彼らはサーヤ達の前に整列して銃を構えた。サーヤと共に行進してきた人々は混迷の度合いを深めた。サーヤのすぐ近くで全てを見ていたセシリアは、銃撃隊の胸のところに白いシルエットの妖精のマークがあるのを見て怪訝な顔をした。
「神殿騎士団の銃撃隊ですわ。なぜ妖精王庁がこんな事を……?」
「嘘、何で神殿騎士団がこんな酷い事をするの? サーヤさんは何も悪い事なんてしていないのに……」
ココナの受けた衝撃は計り知れなかった。何故なら、ココナの姉は神殿騎士団の守護騎士なのだ。ココナは今まで神殿騎士団は法の秩序を守る正義の味方だと思っていた。目の前で泣いているサーヤを見て、その認識は砂の城のように脆く崩れ去った。
一方、後方に控えていた王国騎士団の方では、前方で何が起こっているのかクリームヒルトに詳細に伝えられていた。
「嫌な空気になってきたわね。エイン・ヴァルキュリアを前に出しましょう。もしもの時はブリュンヒルド達に人々を守らせます」
「本気ですか上将軍、神殿騎士団とやりあったら間違いなく反逆罪になります……」
そう言うシュウの顔には悲愴が浮かんでいた。
「シュウ、貴方の気持ちは良く分かるわ。貴方が考えている事の方が正しい事も。権威に従うならば、神殿騎士団に協力して先導者の少女を捉える方が正しいわ。けれど、わたしにはそれは出来ない。わたしは権威よりも騎士としての道に従います」
「……上将軍、納得はいきませんが、貴方がそこまで言うのならついて行きます。貴方という人にはそうするだけの価値がある」
「右に同じ! やるなら早い方が良いわよ」
「ありがとう二人とも、全ての責任はこのクリームヒルトが負います」
シュウとファエリアの気持ちを受け取ると、クリームヒルトは感謝の気持ちを微笑にして表し、それから上空に向かって叫んだ。
「ブリュンヒルド、姉妹たちを連れて前に出なさい! もしものときは頼むわね!」
「了解した! オリビア、ヴァナ、行くぞ!」
エイン・ヴァルキュリア達が翼を広げて飛んでいくのを見送ったクリームヒルトは騎士団に向かって言った。
「騎士団を二つに分けて、左右から民衆の前に回り込みます。急ぎなさい!」
この時、議事堂内にも神殿騎士団が乱入していた。彼らは議事堂内で議員達を一か所に集めると、円状の陣形を組んで一人も逃がさないように体勢を整えた。その中には神殿騎士団の中核をなす四人の守護騎士もいた。一人はいつかシャイアと邂逅したシュリ・オウミ、そしてポニーテールのブロンドで白い制服とマント姿でハルバートを持ち、右腕にブルーダイヤを飾った白銀の腕輪を輝かせる乙女の騎士エルカンナ・クロエ、その隣には三角帽子の中央にダイヤモンドが輝く青き魔女ソフィーエル・リューミル、そして最後は長髪のブロンドの女で黒のライトメイルに赤いマントを纏い背中に女手には明らかに余る大剣をしょってピンクダイヤの輝く首飾りを付けているイルティス・フロウェン。エルカンナ以外の守護騎士にはそれぞれ、リコリス、リーリエ、タイムというトゥインクル・レスティアシリーズのフェアリー達が付いていた。
リーリアは先ほど受けたショックから立ち直らないうちに訳の分からない状況に追い込まれていた。冷静に周りの状況を確認するのは難しい状態だったが、それでも守護騎士達と彼女等に従うフェアリー達がいるのを見て、ただならぬ事が起こっている事を肌で感じた。
――神殿騎士団、教会、妖精王庁? どうして彼らはこんな事を……?
リーリアがそう考えた時、シャイアの声が脳裏を突いた。
――あの人が言っていた、お母様を殺したのはプラントではないと。そうだったのね、お母様を殺したのは彼らだったのだわ。教会が、妖精王庁が、お母様を殺した……。
リーリアは本当の敵を、そして真に恐ろしい敵を今この瞬間に知った。
「わたしたちをどうするつもりなんだ?」
議員の一人が怯えながら言うと、神殿騎士の一人が答えた。
「黙って待っていろ。すぐに貴様らへの裁定が下される」
議員達の不安は極限に達した。そして緊張が高まる議事堂内に驚くべき人物が姿を現した。妖精王朝の大司教の頂点に立つ教皇最高顧問のグラムロであった。教皇のリータはまだ子供である為、実質的に妖精王朝の全権を握っているのはグラムロである。その男が直接出向くとはそれ相応の重大事があるということだ。
グラムロは後ろ手手を組みながらゆるりと議員達を縁で取り囲んだ兵隊の外側を巡りながら言った。
「平和の為に人間と妖精の調和を図る法案ですか、尊い事です、素晴らしい事です」
グラムロが穏やかに言う響きの中には、一種の異様なものがあった。リーリアやセリアリスには、この男がとても恐ろしい物を隠し持っている事が分かった。
グラムロは実しやかに言った。
「妖精王庁も平和を望んでいます。だがっ!!」
グラムロは立ち止まって突然声を強めると目と憎悪をむき出しにして議員達を睨んだ。
「平和は人間の手によってのみもたらされるものだ! 人間と妖精を同等に扱うなど、エリアノの教えに反する異端の行為である! 許す事はできぬ!! 異端者は裁かねばならぬ!!」
この時にリーリアは全てを悟った。これは妖精王庁が仕掛けた罠だったのだ。教会が教義として定めているエリアノの教えに反する者を一網打尽にする為の罠だったのだ。リーリアの愛するレアードや母が妖精の為にと動きを起こした時から罠は始まっていた。リーリアは全てをなげうって愛する人と母の為にここまで来た。全てをなげうって妖精王朝の仕掛けた網に飛び込んだのだ。突入してきた神殿騎士団は異端者を確実に特定する為に議論が最終段になるのを待っていたのである。
エリアノは人間の為にフェアリーを創造した。それが教会の教義の根幹である。聞いただけではリーリアが成そうとしていたフェアリーと人間の調和と違いはなさそうだが、その本質は全く違う。教会の支持するエリアノの教えによれば、あくまでもフェアリーは人間の為に存在する従者で、家畜と同じである。フェアリーをどうしようが人間の勝手なのだ。リーリアはフェアリーの存在を貶めてきた最大の要因はフェアリープラントと考えてきたが、エリアノ教会の教義こそが妖精と人間の関係を破壊した元凶であった。
グラムロの激昂の前で、議員達は取り乱した。リーリアを馬鹿にして追い出そうとした議員は自分の席の紙を取って震えながら言った。
「待ってくれ、わたしは無実だ! ほら見てくれ、妖精保護法案に反対票を入れようとしていた、ちゃんと反対と書いてあるだろう!」
無様な姿を晒す議員に、神殿騎士団を率いて来たエルカンナは軽蔑的な視線を送りながら言った。
「後程公正な審判を行いますのでお静かに」
議員は反対票を持つ手を震わせながら黙った。
それからグラムロは誰もいないテラスに出た。異様な沈黙の中で、大司教の足音だけが高く響き、それが議員達の緊張と不安をさらに高めていく。
グラムロがテラスのフェンスから下を覗き込んだとき、彼の人の好い笑いを浮べた顔が急激に歪み、目を見開いて悪魔でも乗り移ったかのような形相となった。グラムロはその顔で、ウィンディを失って泣き崩れているサーヤだけを睨みつけていた。
「何をしている、その娘を早く撃ち殺せ!!! エリアノの教えに違背する異端者であるぞ!!!」
グラムロの一声で銃撃隊の銃口が全てサーヤに向けられた。発砲すればサーヤだけに止まらず、多くの民衆を犠牲にする事になるが、そんな事はお構いなしに銃撃隊はグラムロの命令に傀儡の如く従った。
発砲の直前、エイン・ヴァルキュリアの三人がサーヤと銃撃達の間に素早く割り込む。彼女等は左腕のルーンの刻まれたスモールシールドを前に構え、ブリュンヒルドが叫んだ。
「ルーンシールド!」
三人の妖精から巨大な光の盾が展開された。無数の銃弾はそれに弾かれ一発も通らなかった。しかし、銃声によりサーヤに付いてきた人々の混乱は更に大きくなり、逃げ惑う者も出てきた。
エイン・ヴァルキュリアを目の当たりにしたグラムロは驚愕の余り一瞬言葉を失った。
「……どういうことだ!? 何で王国騎士団のフェアリーが邪魔をする!? おのれアリオス! この借りは高くつくぞ!!」
グラムロは振り返ると守護騎士達に呼びかけた。
「イルティス、シュリ、あのフェアリー共を始末しなさい」
『はっ!』
女たちはグラムロに向かって敬礼すると、テラスに出てきて広場の様子を見た。エイン・ヴァルキュリア達はこちらを見上げていた。
「タイム、大司教様からのご命令よ」
「分かった」
イルティスがタイムと呼んだ黒一色の制服を着たフェアリーは、フェンスの上に立ってクリアピンクの4枚の翅を開いた。すると翅に眩いばかりのフォトンの輝きが宿る。風が吹き、ツインテールの金髪と可愛らしいピンク色のタイムの花が描かれた白のショートマントが宙を舞う。ダイヤの輝きを宿す桃色の眼光がエイン・ヴァルキュリア達を捕えた。
「リコリス、お前もゆけ」
主の命令を受け、リコリスもタイムと同じようにフェンスの上に立ち、クリアレッドの翅にフォトンの光を宿した。彼女等を見てブリュンヒルドは言った。
「トゥインクル・レスティアのフェアリー達か、やっかいだな」
嵐の時を予感させるように強風が吹き荒れ、空の向こうから気配が現れる。それに最初に気づいたヴァナは思わず叫んだ。
「ちょっとちょっと、何なのよこれ!?」
他のフェアリー達も気づいた、無数のフェアリーがこちらに向かってきているのに。
「この感じ、この数、知っているぞ! 前にシルフィア・シューレに襲ってきた奴らだ!」
シルメラが蒼白になって言った。余りにもまずい状況だっ
た。
ついに姿を現した五〇体のエインフェアリア達、その最後
尾にはクリアブルーの翅にフォトンの輝きを纏ったフェア
リーが付いていた。彼女はさも楽しそうに言った。
「さあ、賑やかな宴の始まりだ!」
この時、ブリュンヒルドは冷静に状況を分析していた。
「オリビア、ヴァナ、お前たちはトゥインクル・レスティア
を止なさい。ルーンシールドで防御に徹して決して彼女等に対して反撃を行ってはならない。特に光の玉を使ってきた時は気を付けなさい。そこの黒妖精と青い妖精はエインフェリアの相手を頼む」
「お前はどうするんだ?」
シルメラが言うと、ブリュンヒルドは向かってくるエイン
フェリアの集団を見上げた。
「あのエインフェリア達の中にはレギオンとなっているフ
ェアリーが存在する。わたしはそれを叩く。そうすればエイ
ンフェリアの動きは止まるはずだ。それまでは何とか持ちこ
たえて欲しい」
「分かった、こっちは任せろ」
「頼んだよ、黒妖精」
ブリュンヒルドは白い翼を開いて飛び上がると、数枚の白亜の翅を宙に置いてエインフェリアの軍団に向かっていった。
この混沌とした状況の中で、サーヤはまだウィンディの死に打ちのめされていた。その姿を見つめながらセシリアは考えた。
――妖精王庁の教皇最高顧問の大司教まで出てくるなんて、妖精王庁はサーヤさんを恐れているのだわ。この子には何かがある。だからこそ多くの人が惹きつけられてここまで共に歩んできた。
セシリアはそこまで考えると、サーヤの前に立って言った。
「サーヤさん、お立ちなさい! 今は悲しんでいる時ではありません!」
「だって、ウィンディが、ウィンディが……」
「目を開きなさい!! 貴方には、貴方についてきた人々を守る義務があります!!」
それを聞いてサーヤは涙に暮れた顔を上げた。セシリアはサーヤの瞳を見つめて放さずに言った。
「サーヤさんが望んでこうなったわけではありません。しかし、みんな貴方を信じてついて来たのです。貴方にはみんなを守るだけの力があります! ならば今は立ち上がって戦う時です! 悲しむのは後になさいませ!」
サーヤは砕けたアメシストを強く握ると袖で涙を拭いて立ち上がる。
「わたしはどうすればいいの?」
「まずは何とかして皆さんを誘導しなければ」
サーヤは心の中で強く念じた。そうすれば何とかなるような気がした。
――みんなお願い、貴方達の大切な人を連れて逃げて!
サーヤの願う声は波動となってフェアリー達の間に広がっていった。無数のフェアリー達が各々の主の手や体の一部を引っ張って移動し始めた。混乱していた人々は自分のフェアリーに殆ど無理矢理に引っ張られて驚いたが、おかげで粛々と人々の退避が進み始めた。
フェアリー達が同時に起こした行動にセシリアは目を見張った。
「これは一体!? サーヤさんが何かしたのですか?」
「フェアリー達に心の中で呼びかけたの、通じたみたい」
「……なるほど、教会が貴方を恐れる理由が何となく分かってきましたわ」
サーヤと共にいたココナは、その状況を見て驚くと同時に深く心に響くような感動を得た。そんなココナにサーヤは言った。
「ココナちゃんも早く逃げて」
「サーヤさん……」
「ここまで一緒に来てくれてありがとう、すごく嬉しかったよ」
ココナはサーヤに付いていきたいと思ったが、妖精使いでもない自分がいても足手まといになるだけだ。だから今は逃げる事にした。
「サーヤさん、落ち着いたら会いにいってもいいよね? ちゃんとサーヤさんとお話ししたいの」
「うん、もちろんだよ。待ってるよ、ココナちゃん」
それからココナは手を振りながら走り去り、近くの細い路地に入っていった。
サーヤ達は逃げる人々のしんがりになった。サーヤとセシリアは上空を見上げる。エインフェリア達が迫ってきていた。サーヤは胸のキャッツアイのブローチに手を当て、セシリアは首にかけていたネックレスを取りだし、そのペンダントにある宝石を右手に置いた。
「シルメラお願い、みんなを守って」
「神聖なる青き宝石アウィンよ、ローズマリーに力を与えよ」
二人の宝石が同時に輝き出した。
上空にいたシルメラは強大なサーヤの魔力の供給を得ると、大鎌を構えた。
「よし! 行くぞローズマリー!」
「了解よ、お姉さんに任せなさい」
二人の妖精が上昇して迫りくる脅威を迎え撃つ。同時にエインフェリアの集団から無数の光線が放たれた。緑色に美しく輝く光は確実に逃げる人々に向かっている。シルメラの鎌に漆黒の炎が宿り、ローズマリーは氷の障壁を展開した。
「だあーーーっ!!」
シルメラの鎌の一振りと共に黒い炎が広範囲に噴きあがり、無数の光線を飲み込んでかき消した。ローズマリーの氷のバリアもかなりの数の光線を弾き返したが、撃ち漏らされた数発の光線が周りの建物に直撃して爆発した。巨大な瓦礫が逃げる人々の上に落下し始め、かん高い悲鳴があがる。シルメラが神速で人々と落ちてくる瓦礫の間に飛び込んだ。
「このやろう!」
大鎌の一振りで巨大な瓦礫が吹き飛ばされ粉々になった。間一髪、人々はシルメラに救われた。
「くそ、二人だけじゃ防御するので手一杯だ!」
「防御を担当してくれる人がいないと反撃できないわね、このままだとまずいわ……」
エインフェリア達の攻撃は止まる事なく続けられる。シルメラとローズマリーは雨のように降ってくる光線を何とか防いでいたが、かなり厳しい戦いになっていた。
一方、オリビアとヴァナはトゥインクル・レスティアのフェアリー達と対峙している。オリビアは盾を前にして構えていたが、ヴァナは剣を抜いた。その剣に赤い炎が燃え上がる。
「ヴァナ、何をするつもり?」
「攻撃には自信があるわ、あんな奴らに負けはしない」
「お止めなさい、ヒルド姉様が防御に徹するように言ったのよ、必ずそうしなければならない理由があるわ」
「平気よ、負けるもんですか!」
「どうなっても知りませんよ」
ヴァナは真紅の翼で飛翔して桃色に輝く翅のタイムに向かっていく。タイムは腰の辺りにクロスして差してある二本のショートソードを抜いた。その姿を見たヴァナは馬鹿にされているような気になって怒りを露わにする。
「あんた、何のつもりよ」
タイムが抜いたのはショートソードではなかった。両刀とも刀身がなく柄だけしか存在していなかったのだ。
「……双刀ラヴィス、起動」
タイムの声に反応して、二つの剣の柄から桃色の光が吹きだし、一瞬にして桃色に輝く二振りのショートソードが現れた。同時にリコリスも柄だけの刀を抜き、それに真紅に輝く刀身宿す。
「その剣、あんたらがフォトンウェポン使いだという話は本当だったのね」
ヴァナが言った後に、タイムとリコリスの近くに小さな魔法円が現れ、そこからそれぞれが宿すフォトンの色と同じ輝きを持った野球ボール大の球体が次々と飛び出してきた。その数はタイムが六つでリコリスは四つ、それらは列を成して光の尾を引きながら真円を描き、まるで衛星のように彼女等の周りを周回し始めた。その一つ一つはまるで小さな彗星のようである。
「何なのよあの光の玉は……?」
ヴァナは見た事もない光の玉に妙な威圧感を覚えると共に、ブリュンヒルドがトゥインクル・レスティアが光の玉を使って来たら気を付けろと言っていた事を思い出した。
その時、タイムが二本の光の剣を交差させて言った。
「ジェムカウンター、ロード」
タイムの持つ二つの剣の一方の柄の中心に、ピンク色のカボションの宝石が付いていて、光の玉の一つがその宝石の中に吸い込まれた。すると二本の剣の輝きが増して刀身が一回り大きくなった。
「行きます」
タイムが光の翅を開いた次の瞬間、ヴァナの目前に迫った。
「速い!?」
タイムは右手のショートソードをヴァナの首筋に向かって打ち込む。
「なめるんじゃないわよ!」
ヴァナは燃え上がる剣で桃色の光剣を迎え撃った。二つの剣が衝突して火花が散る。そして次の瞬間、ヴァナの炎の剣が寸断されて真っ二つになっていた。
「う、うそでしょ!?」
驚くヴァナに対して、タイムはその場でバレリーナのように綺麗に一回転して勢いをつけて二の字で斬りつけてきた。
「ルーンシールド!」
ヴァナのスモールシールドから円形の光の盾が広がって、寸前の所でタイムの攻撃を防ぐ。盾と二本の剣の間で光の破片が散り、ヴァナは強烈な衝撃と共に後方へ吹き飛ばされた。
「くぅ、何てパワーなの!?」
ヴァナの後方に気配が生れた。振り向くとリコリスが刀を上段に構えて待ち構えていた。紅刀は一回り大きくなっていて、リコリスの周りを周回する光の玉が一つ減っている。
「まずい、やられる!!」
リコリスに背中を晒していたヴァナを守るようにオリビアが飛び込んでくる。リコリスは構わずに攻撃した。ルーンシールドと紅刀がぶつかって花火のように派手な光が咲いた。リコリスが力任せに刀を振り抜くと、オリビアは弾き飛ばされてすぐ後ろにいたヴァナに受け止められた。
「ヴァナ、ありがとうございます」
「何なのよ、あいつらのパワーは異常だわ」
「わたしたちエイン・ヴァルキュリアが持つルーンシールドはどんな攻撃も受け付けない完璧な防御力を持っているけど、彼女たちに限っては例外みたいですね。わたしたちとは真逆の攻撃に超特化したフェアリー、あの光の玉を使うと飛躍的に攻撃力が上がるみたい。ルーンシールドなら彼女たちの攻撃を防ぐ事は出来るけど、防御の上からでも凄まじい衝撃がありました。今の攻撃で腕が痺れています」
「ブリュンヒルドの言った通りだわ、反撃なんてしようものなら一瞬でやられるわね……」
「勝つ必要のない戦いです。お母様が逃げる時間が稼げればいいんです、防御に徹しましょう」
「悔しいけれど、そうするしかないか」
オリビアとヴァナは背中合わせになってそれぞれルーンシールドを前に構える。再び光の翅を開いて二人のフェアリーが迫った。背中合わせなので防御にのみ集中する事が出来るが、フォトンウェポンを防いだときの衝撃にオリビアもヴァナも苦しげな表情を浮かべていた。タイムとリコリスはしばらく好き勝手に攻撃した後に距離を取って武器を構えた。
「ジェムカウンター、ロード」
タイムの言葉に反応するようにまた光の玉が柄の宝石に吸い込まれる。リコリスは黙していたが、やはり自身の武器にジェムカウンターをロードした。この光の玉は持ち主の意志に反応するのだ。それを見ていたヴァナは険しい表情を浮かべていた。
「また光の玉を使って来たわよ。武器も壊されるし涙が出て来たわ……」
「あの光の玉が無くなれば、攻撃力を上げる事はできなくなるわ、そうすれば反撃できます」
「無理無理、絶対持たないって」
「……とにかく頑張りましょう」
フェアリー達が頑張っているおかげで、サーヤ達は比較的安全に逃げる事が出来ていた。しかし、妖精同士の激しい戦闘の最中で神殿騎士団の本隊が逃げるサーヤ達を追いかけて動き出していた。