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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅹ 地獄の季節
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地獄の季節‐4

 シャイアは夜になる頃にシルフリアに着くと、街で有名な高級宿に入った。メイルリンクは他のフェアリーの例に漏れず、小さな体からは想像出来ない食欲を示した。シャイアはそれは分かっていたので、ホテルの中に幾つかあるレストランの中でビュッフェ形式の店を選んだ。メイルリンクがどんどん料理を平らげていくので、走り回る給仕が大変そうだった。

 その夜、メイルリンクがいてくれるお蔭で、シャイアは安心して眠る事ができた。前の日は殆ど眠る事ができなかったので、彼女にしては珍しく朝の遅い時間まで目覚めなかった。

 先に起きていたメイルリンクはしばらく一人で遊んでいたが、あまりのつまらなさに、ついに痺れを切らしてシャイアを起こし始める。

「ねぇ、シャイア起きて、つまんないよ~、お腹もペコペコだよ~」

 小さな手がシャイアの頬を何も叩く。それは子犬の甘噛みに似た、ごく軽い平手だが、メイルリンクはシャイアが起きるまで意地になって続けた。

 ようやくシャイアは目をさまして薄目を開ける。

「……うるさいわよ」

「シャイア起きた! 早くご飯食べよ!」

 シャイアが怠そうに起きて壁時計を見ると、午前一〇時を過ぎたところだった。

「少し寝過ぎたわね」

 シャイアはすぐに着替えると、朝食の為にメイルリンクと一緒に昨日の夜と同じレストランに赴いた。レストランの使用人の二人が、シャイアの姿を見て囁き合った。

「昨日の美人が来たぞ」

「何度見ても目を疑うような美しさだね。本物の女神かもしれない」

「そんな呑気な事を言っている場合か、あのフェアリーも一緒だ」

「また走り回らないといけないね」

「昨日の夜は店長が大赤字だって頭抱えてたぜ」

 そんな話をしている使用人たちの側の席にシャイアは座った。朝食もビュッフェである。何でも食べ放題なのでメイルリンクはご機嫌だ。

「シャイア、早く食べようよ!」

「少し待ってなさい」

 シャイアは使用人が持ってきた子供用の椅子にメイルリンクを座らせた。

「これでいいわ。ちゃんとここで食べるのよ、いいわね?」

「は~い」

 メイルリンクは皿を持って、ものすごい勢いで食べ物の並んでいるテーブルに向かって飛んで行った。それから数秒後、シャイアは信じられないものを見た。メイルリンクが大きな銀製の皿を持って戻って来たのだ。

「面倒だから、これごともってきた~」

 メイルリンクはビュッフェのソーセージの皿を丸ごと持ってきた。流石のシャイアもこれには驚かされた。

「ちょっと、何やってるの!? そんな事したら他の人がソーセージを食べられないでしょう! 置いてきなさい!」

「大丈夫だよ、シャイアにはソーセージ分けてあげる」

「そういう問題じゃないの! 他の人に迷惑だから置いてきなさいと言っているの!」

「え~っ、なんでぇ?」

 メイルリンクは本気で訳が分からないという顔をしている。シャイアは言葉を失った。この妖精に物事を理解させるのは容易ではない。シャイアが困っていると、近くの使用人が言った。

「お嬢様、お気になさらずに。ソーセージはすぐに補充しますから大丈夫ですよ」

「あら、悪いわね……」

 使用人の親切心は有難かったが、小さな妖精が巨大な銀の皿一杯にあるソーセージを次々と食べる姿はとにかく目立つし、おまけにシャイアも凄い美人ときている。否応なしに集まる視線にシャイアはとても恥ずかしい思いをした。

 メイルリンクの食欲の前に、店の使用人たちは走り回って何度もビュッフェの皿を入れ替えなければならなかった。

 ようやく食事が終わって店を出る時に、シャイアは一〇枚近い金貨を店に支払った。金貨一枚でも多すぎるくらいなので、支払いを受けた使用人は驚いた。

「お嬢様、チップにしては多すぎます」

「わたしの連れのせいで、これくらい払わなければお店は赤字でしょう」

「いやはや、気を使って頂いて申し訳ありません。店長が喜びますよ」

「じゃあね」

 シャイアが店を出ようとしてメイルリンクの姿を探すとどこにもいなかった。シャイアはすごく嫌な予感がした。その時にすぐそこで馬の嘶きがして馬車が急停止する。シャイアが見ると、それはフェアリーワーカーを運搬する馬車で、檻になっている荷台に一〇体近いフェアリーが閉じ込められていた。そして、馬車の前でメイルリンクが浮遊して邪魔している。シャイアは慌てて外に出た。

「何をしているのメイル!?」

「こいつ仲間を閉じ込めて虐めてるよ、殺してもいいよね?」

 それを聞いた馬車の乗り手は、可愛らしいフェアリーが醸す残忍さの前で唖然としていた。

「殺しちゃ駄目よ」

「どうして? こいつは仲間を虐める悪い奴だよ。殺してもいいんだよ」

「駄目と言ったら駄目!! 言う事が聞けないなら食事を抜きにするわよ!!」

 シャイアはいつもコッペリアに言う事を聞かせるのに使っていた伝家の宝刀を出した。メイルリンクは食事抜きと聞いた途端に、まるで殺されでもするように悲愴な顔をした。

「あうぅ、じゃあ殺すのは止める……」

 そう言うと、メイルリンクは馬車の横に回り込み、四枚の翅を伸ばした。それから翅が空気を切り裂いて左右に振れると、馬車の檻の鉄格子が切断され、鉄くずとなった檻の一部が次々と地面に落ちて甲高い音を響かせた。

「な、何をするんだ!!?」

 御者が慌てて馬車を下りる。メイルリンクは近づこうとする御者に言った。

「それ以上来たら殺しちゃうよ」

 殺意で輝く朱の瞳に睨まれて、御者は動きと一緒に息まで殺した。彼は目の前の妖精の殺意が本物であると肌で感じて足が震える。気持ちよりも本能によって示された恐怖によるもので、余りにも異様な感覚だった。

 檻の中のフェアリーたちは簡単に逃げられる状況にも関わらず無反応で目が死んでいた。フェアリーワーカーなので心の扉が閉ざされている。そんなフェアリー達に向かってメイルリンクは手を上げて叫んだ。

「それ、みんな逃げろ~!」

 ある種の命令にしか反応しないはずのフェアリーワーカー達は、メイルリンクの声に反応して死んでいた瞳が輝きだした。そして彼女たちは、格子の無くなった所から出て次々と青空に向かって飛び立って行った。フェアリーワーカーを運んでいた御者に成す術はなく、ただ阿呆のように口を開けたまま飛び去っていくフェアリー達を見上げている。それからフェアリーがいなくなった籠を見て頭を抱えた。

「なんてこった、これじゃ大損だ、もう店はお終いだ……」

 御者は急に立ち上がり、シャイアに近づいて言った。

「あれはあんたのフェアリーなのか!?」

「そうよ」

「どうしてくれるんだ!? 貴重なワーカーを全部逃がされてしまったんだぞ!?」

「あの子が逃がしたフェアリーの代金は弁償しますわ」

「ほ、本当か? 8体もいたんだ、かなりの額だぞ」

 シャイアは黙って御者の男に小さな袋を渡した。ずしりと重いそれの中身を確認した男は、袋一杯の金貨に目を見張る。

「これで足りるかしら?」

「いや、お嬢様、これは多すぎるくらいですよ。今持ち合わせがないので、店に帰ってお釣りを」

「多い分は迷惑料よ。取っておいてちょうだい」

 急に態度を変えてへつらう男に、シャイアはうんざりしたような様子で言った。男は思わぬ儲けが出た事に喜び、何度もシャイアに頭を下げてから馬車に乗って去った。

 シャイアはメイルリンクに手招きする。恐ろしくも可愛らしい妖精は、母親に褒められるのを期待する子供のようにうきうきしながら主の元に飛んだ。するとシャイアは、メイルリンクをしっかり捕まえて厳しい目で見据えた。

「まったく、余計な悪戯をして! いい加減にしなさい!」

「あうぅ、どうして怒るの? わるいのはさっきの奴なのに……」

「あんなのいちいち気にしていたら、シルフリア中の人間を殺さなきゃいけなくなるわ」

「そうなの? じゃあ全部殺しちゃえばいいんだよ」

 メイルリンクは可愛らしい顔に三日月のような異様な笑みを刻んだ。シャイアは少し顔をしかめ、それ以上は何も言わなかった。

 

 メイルリンクが起こした騒動の後、シャイアは馬車でシルフィア・シューレに向かった。時刻はもう昼に近づいていた。

 学校に向かう馬車の中で、メイルはずっと不満気に頬を膨らませていた。

「ぷうっ」

「その顔を止めなさい。怒っているのはわたしの方よ」

「メイル悪くないもん」

「聞き分けのない子ね。いいこと、今度わたしの許しもなしに余計な事をしたら、一週間食事を抜きにするわよ」

「そんなにご飯食べられなかったら死んじゃう……」

「フェアリーは食事がなくても死なないと前にも言ったわ」

「あうぅ……」

「わたしの言った事、ちゃんと分かってる?」

「分かってるよぅ」

 メイルリンクは今度は口を尖らせつつ、両足を交互に動かして空を蹴っていた。シャイアはその愛らしい姿を見つめながら、先ほどの道端での出来事を思い出した。

 ――メイルの声でフェアリーワーカーが意思を取り戻していた。この子はコッペリアと同じ力を持っているんだわ。

 それから程なくして、シルフィア・シューレの校庭に馬車は乗り込んだ。


 サーヤはティアリーの魔法のおかげもあり、刺されたお腹の傷は完治して生活の場が医務室から寮に移っていた。

 この日は休日だったので、サーヤはフェアリー達とゆっくりとした時間を過していた。

 みんなで楽しくおしゃべりしている時に、シルメラが急に黙って恐ろしい怪物でも見るような顔になる。

「シルメラ、どうしたの?」

「すぐ近くに強い力を持ったフェアリーの気配を感じる。これはコッペリアか? ……いや、似ているけど違うな」

「あ、わたしも分かった。なんかウィンディみたいな感じがするよ」

「そうだ、ウィンディにも似てる。こいつは何だ? コッペリアにもウィンディにも似た気配を持っているなんて、何だか気味が悪いぞ……」

「どんなフェアリーなんだろう! 早く会いに行こうよ!」

 サーヤはフェアリーの事になると居てもたってもいられなくなる。彼女はウィンディとシルメラを連れて寮を出ると、未知のフェアリーの気配を追った。


 シャイアは校庭から動かずにただ待っていた。彼女にはそうしているだけで目的の者が自分から近づいて来ると分かっていた。

 しばらく待っていると、メイルリンクが反応した。

「お~い!」

 メイルリンクは手を振りながら、黒焦げになって半分以上崩れている校舎の方に向かって飛んでいく。そして、サーヤが校舎の陰から姿を現した途端に、その胸に跳び込んでいった。

「うわっ!? なに!?」

「あはは、お姉ちゃん大好き!」

「見ろサーヤ、こいつの姿を!?」

 シルメラに言われて、サーヤはいきなり抱きついてきたフェアリーをじっくりと見る。

「コッペリアと同じ翅だね。姿も良く似てるけど……」

「それはわたしのお姉たまの名前だよ」

 それを聞いたシルメラは不審そうに眉を寄せた。

「コッペリアがお姉様だと? どういうことだよ……」

「可愛い~」

 シルメラが難しい顔をしている横で、サーヤはメイルリンクに頬ずりしていた。

「名前はなんていうの?」

「メイルリンクだよ! メイルでいいよ!」

「メイルちゃんだね。わたしはサーヤだよ」

「サーヤ、覚えた! サーヤ大好き!」

 ここでようやくサーヤは、自分に近づいてきた令嬢の存在に気付いた。

「あ、シャイアさん!? どうしてここに!?」

「あなたはどんなフェアリーでも手懐けてしまうのね」

 サーヤはシャイアの姿を見ると、胸の鼓動が早くなって体が熱を持った。

 ここでメイルリンクはサーヤから離れてウィンディに近づく。

『あう?』

 二人とも同じ言葉を発して、同じように首を傾げた。互いに何か感じるものがあるらしい。

「わたしメイル!」

「ウィンディだよ!」

「ねえねえ、一緒に遊ぼうよウィンディ」

「うん、メイルと一緒に遊ぶ~」

 シャイアは無邪気な妖精たちを見て微笑を浮べた。

「お友達が出来て良かったわね、ゆっくり遊んでらっしゃい」

「シルメラ、二人の事お願いね」

 サーヤに言われると、シルメラは心配そうな顔をした。

「出来ればサーヤの近くにいたいんだけど……」

「わたしはサーヤと二人きりで話したい事があるの。悪いんだけれどあの子たちの遊び相手になってもらえるかしら、黒妖精さん」

 シルメラはマスターでもないシャイアの声に贖い難いものを感じてしまう。それはあのコッペリアをも従えてしまう、シャイアの器量の大きさによるものだ。サーヤの声にも同じような力があるが、その本質は全く違っている。例えるならサーヤが青空に輝く太陽で、シャイアは夜空に輝く満月という所だ。

 サーヤはシルメラに向かって頼み込むように手を合わせた。

「シルメラはあの子たちを見ててあげて、ね」

 サーヤにそこまでされては、シルメラには逆らう事は出来ない。彼女は仕方なくサーヤから離れた。

 邪魔な妖精たちがいなくなるとシャイアは言った。

「リーリアはいないの?」

「ああ、リーリアはやる事があるみたいで、ここのところはお屋敷にずっとこもってますよ」

「そう」

 これで誰にも邪魔される心配はない。シャイアはそう思って心の中でほくそ笑んだ。

「どこか二人で話せる場所はないかしら?」

「今日は日曜日だし、校舎には誰もいませんよ」

「そう、ならその辺りの教室でいいわ」

 サーヤはシャイアをマイスタークラスの教室に案内した。かつては妖精使いを目指す優秀な生徒たちが勉学に励んでいた場所だが、今はマイスタークラスにいた生徒の殆どが他の学校に移ってしまっていた。薄暗い教室にはどこか物悲しさが漂っている。

 そこでサーヤは、シャイアに心を奪われた時の事を思い出した。あの時は教室で首を締められて殺されそうになった。それにもかかわらず、サーヤは死を恐れるよりもシャイアの人間離れした秀麗さに惹きこまれていった。それは愛よりももっと唐突あり、魔的な香りに満ちている。フェアリーの為なら命もいとわずに戦うサーヤでも、シャイアの前では子犬のように無垢な従順さに支配されてしまうのだ。

「あの、話って何ですか……?」

 サーヤは声を発する事すら恐れ多いというようにびくつき、そしてシャイアの持つ暗い美貌に飲み込まれていた。

「貴方には話をするよりも、もっと良い方法があるわ」

 シャイアはサーヤの青緑の瞳を見つめながら近づき、二人の体が触れある程に接近する。サーヤはもう何も考えられなくなり、ただシャイアの悪魔的な魅力に身を委ねた。

 シャイアはサーヤの腰にやんわりと左手を回し、右手で柔らかな頬をそっと触って撫でた。二人の顔は触れあうほどに近づいていた。

「さっきので良く分かったわ。あのメイルリンクを一瞬で手懐けてしまうなんて、貴方はフェアリーの為に存在する人間なのよ。女神として崇められているエリアノをも超える存在、そして純真無垢で誰にも傷つける事が出来ない至高の存在、何て可愛らしいのかしら」

 サーヤは頬を優しく撫でられながらシャイアの吐息を間近で感じて、自分の存在が溶けてなくなりそうな程の熱に侵された。

 シャイアは微笑を浮べる。その優雅な一つの動作には、相手を見下す心や、確たる力を示す威光など、多くのものが含まれていた。それを見たサーヤは奇妙な衝撃を受けた。

「サーヤ、貴方は良く分かっているわよね。わたしだけは別よ、唯一貴方を支配する事が出来る。貴方はわたしに逆らう事は決して出来ない」

「ああ……」

 サーヤは夢魔の夢に犯されているように、軽く口を開けて熱を吐き出す。そんな少女の唇に、シャイアは自分の唇をゆっくりと重ねた。サーヤは何が起きたのか訳が分からなかった。サーヤの中にある全てのものが滅茶苦茶になる。思考を挟む余地などない。ただ溺れる程に甘美な一時を本能で受け入れるしかなかった。

 シャイアはサーヤから離れると、全てが自分の思い通りになっている事を確信して、くすりと短く笑った。

「サーヤ、天国にでも逝っちゃっているような顔をしているわよ。貴方はわたしの事が好きなのよね? 心の底から愛しているのよねぇ?」

 シャイアが言うと、サーヤは胸の辺りを鷲掴みにして、両目をぎゅっと閉じて苦しそうな声をだした。

「そんな、そんなのって……」

「間違っていないわ。本当に美しい者の前では、男も女もなく惹かれてしまうものよ。サーヤがわたしを愛する気持ちは間違っていない、だからそんなに苦しまないで」

「シャイアさん……」

 それからシャイアはサーヤの顔を近づけると、少女の耳元で囁いた。

「わたしも貴方の事が好きよ」

 サーヤは胸を強く打たれて、まるであらゆる苦しみから救われたかのような喜びに満ちた。

「わたし……すごく、嬉しいです……」

「でも、わたしの事を裏切ったその時は」

「……嫌いになる?」

「嫌いになんてならないわ。ただ、貴方という存在がわたしの中から消えるだけよ。貴方が近くにいてもわたしは何も感じない、貴方が何を言っても聞こえない、サーヤという存在はわたしの中で無となる。それだけの事よ」

 シャイアは今までとはまるで違って、サーヤを殺したいような目で見つめていた。裏切ればシャイアの言う事が確実に現実となる、サーヤはそれを瞬時に思い知らされ体を震わせた。シャイアの中からサーヤの存在が消える、これは嫌われるよりも遥かに恐ろしい事だ。シャイアから自身が忘れ去られた世界など、サーヤには怖くて想像する事も出来ない。

 サーヤは目に涙を浮べて言った。

「わたし、絶対に絶対に! シャイアさんを裏切ったりしません!」

「そう、ならわたしの願いを言うわ。何があってもコッペリアの邪魔をしないこと」

「わかりました、絶対にコッペリアの邪魔はしません」

「それでいいわ。ちゃんと言い付けを守ったら、ずっと好きでいてあげるわよ、サーヤ」

 シャイアはサーヤの心を蕩かすような笑みを漏らしながら去っていった。


 早足で校庭に出てきたシャイアが見上げると、ウィンディとメイルリンクがシルメラに抱きついて遊んでいた。

「わぁい、抱きつき~」

「シルメラお姉ちゃんの羽綺麗だな~、メイルもこういうの欲しい!」

「こら、お前ら、いい加減に放せよ」

 シャイアは馬車の近くまで行って車体の扉を開けると言った。

「メイル、帰るわよ!」

「え~っ、ウィンディともっと遊びたいよ~」

「早く来ないと置いていくわよ」

 シャイアは車内に乗り込み、御者に命令してすぐに馬車を出させた。

「あーっ、シャイア、待って!?」

 メイルリンクは馬車に向かって飛んだ。その時に振り返ってウィンディに向かって手を振った。

「ばいば~い」

「またね、メイル~」

 それからメイルリンクはあっという間に馬車に追いついて、車体の窓から中に入ってシャイアの元へと戻った。

 シャイアはメイルリンクの入って来た窓から視界に広がる海原の景色を見ながら微笑を交える。

「これで、あの子はコッペリアの邪魔は出来ない」


 その頃、コッペリアはシルフリアにあるフェアリープラント社のビルの屋上に立っていた。そこはシルフリアで最も高い場所で、街が一望できる。

 コッペリアはシャイアの存在を感じると、遥か遠くの海辺に小さく見えるシルフィア・シューレを見おろす。彼女はコアのある左胸をそっと押さえて言った。

「シャイアはまだ、わたしとの契約を解いてはいない。これなら最後に残された役目を果たす事ができるね」

 シャイアに嫌われはしたが、絆は断たれていない。それはコッペリアにとって最後の希望であり、なによりも嬉しい事であった。

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