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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅱ 夢幻戦役
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夢幻戦役-3

 ニルヴァーナは、開け放った窓際に立ち、目を閉じた。

 椅子に座って点字の本を読んでいたセリアリスは、小さな従者の異変に気付いて言った。

「どかしたの?」

「聞こえる・・・コッペリアの声・・・」

「声?」

 ニルヴァーナは目を開けて天を仰ぐ。

「とても悲しい・・・・・・」

 セリアリスは立ち上がり、ニルヴァーナを後ろからそっと抱いた。

「そんなに悲しい声なの」

 ニルヴァーナは無言、ただ一度頷いただけだった。彼女は知っていた。コッペリアの声が、妖精史の終わりと始まりを示唆している事を。


 帰ってくると、馬車から降りたコッペリアは、弱った蚊のようにふらふら飛んで、屋敷の中に入って姿をくらませた。

 シャイアが探してみると、コッペリアを寝室のベッドで見つけた。コッペリアはベッドに体を埋めて、声を殺して泣いていた。

 出かける前のシャイアは、コッペリアがこんな姿をさらすのを楽しみにしていた。いつも冷静な可愛らしい殺人鬼が、ショックを受けるのを見てみたいと思っていた。が、いざそれを目の当たりにすると、言いようのない哀れみに襲われるのだった。

「泣いたってしょうがないでしょう。あなたのそんな姿を見るのは気味が悪いわ、止めなさい」

 シャイアは他人を励ましたり褒めたりした事がないので、どうしたってそんな言葉しか出てこない。コッペリアは泣き続けるばかりだった。

 シャイアは眉をひそめて苛つきを面に出すと、コッペリアに両手を伸ばし、表情とは裏腹に優しく抱き上げた。それからベッドの端に座ってコッペリアの頭をなでてやる。それをしばらく続けた。

「聞いておくれよ、わたしたちの話を」

「ええ」

 シャイアが短く答えると、コッペリアは自分が生まれた頃の話をした。それは今から五十年も前の事、そして夢幻戦役という戦争が起こった時代でもあった。


 いくつかのランプが淡い輝きを燈し、狭い部屋にある試験管やフラスコや、さらには何に使うのか検討もつかない機械類を、光が浮き彫りにしていた。その中でも特異だったのが人間の子宮を模倣した四つの水槽だった。それらは全て魔法の羊水で満たされ、一つ一つの水槽で小さな少女が膝を抱えて眠っている。蝙蝠の翼、漆黒の翼、六枚の翅、蜻蛉の翅、少女達はそれぞれ背に翼を持っていた。

 水槽の一つ一つを、愛おしそうに見ていく女がいた。その姿は部屋の雰囲気に似合わないもので、額には涙型のダイヤをあしらったサークレットを飾り、煌びやかなドレスを着ている。

 銀に限りなく近い金髪はランプの炎で鮮明に輝き、堀の深い顔は目の覚めるほど端整だった。瞳は穢れのない湖のように緑味のある青で、その宝石のような輝きは、深い知性の現れだった。

 この女性こそ、コッペリアの生みの親にして、フェアリーの創造主と呼ばれている、伝説の妖精使い、エリアノ・ミエルだった。

「もう少しだけ我慢してね。目が覚めたら、みんなでお散歩にいきましょうね」

 エリアノは実の子供に語りかけるように、コッペリアの水槽を覗き込んだ。その時、コッペリアは薄く目を開けて、エリアノの微笑む顔を見た。それは、五十年経っても色あせる事のない光景だった。

 エリアノは、四人の黒妖精の誕生を間近にして、これから成すべき事を考えた。

 ―フェアリーは人間に尽くす存在、害をなす事は殆どないわ。このフェアリーたちを元にして、もっとたくさんのフェアリーが生まれれば、人間とフェアリーの織り成す平和な世界が出来上がるはず。

 エリアノは、実現可能と信じている理想郷を思い描いて何ともいえない歓喜を感じた。だが、それを完全に否定して、十分に起こり得る最悪の事態も考えない訳にはいかなかった。

 人間は、楽をしたがる動物である。自分の事だけしか見えない人間も多い。世界中のどんな動物もやらない愚かな行為を人間は簡単にやってのける。そんな人間ばかりがフェアリーを利用しようとすれば、どんな事になるのか、考えれば考えるほど恐ろしかった。

 エリアノは迷った。人間の優しさと英知を信じたかった。だが、その真逆にある悪魔的な性質も見逃すわけにはいかない。

 ―フェアリーたちを解き放つのは止めた方がいいのかもしれない・・・。

 あまりに迷って鬱々としたエリアノは、そんな事も考えた。しかし、自分の娘同然のフェアリーたちを今更消す事など考えられなかった。そして、一つの結論に至った。

―人間がフェアリーたちを苦しめるような事になれば、その時は、絶対に許さない! 人間がわたしの可愛い子供たちを苦しめるような世界を作ったら、その時は罰を与えましょう。

 エリアノは空想の世界に怒りを煮えたぎらせ、人が変わったように険しい形相になっていた。彼女はその瞬間だけ、恐ろしい狂気に支配されていた。

 エリアノは黒妖精たちを見ながら、一人一人の能力を頭の中で計っていく。そして、一つの水槽の前で足を止め、中のフェアリーを覗き込む。

「コッペリア、あなたがいいわ。もしフェアリーたちが不幸になったら、救ってあげるのよ。出来るわね」

 そしてエリアノは、コッペリアにだけ特別な仕様を与えた。通常、フェアリーと契約する場合、選択権は完全に人間側に依存されるのだが、コッペリアに限っては契約する人間を選択する事ができた。来るべき時に、コッペリアが使命を果たすためには、そうする必要があったのだ。


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