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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅸ 崩壊
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崩壊‐11

 フェアリーラントにある貴族ご用達の宿舎にセシリア・メルビウスはいた。セシリアは一人が泊まるには広い部屋で、自分のフェアリーと一緒にテーブルを囲んで紅茶を飲んでいた。セシリアの長くウェーブのある髪は栗色で、髪の一部を三つ編みにして背中に流し、三つ編みの上の方に赤いリボンを結び、鳶色の瞳と整った面立ちにからは負けん気の強さが感じられる。そして、群青のドレスの上には長袖の先にフリルの付いた薄桃色のカーディガンを着て、右手の薬指には1カラット弱の大きさのアウイナイトの嵌った白銀の指輪が輝いていた。彼女の前にいるフェアリーのローズマリーは、六枚の翅を持ち、それは世界で唯一無二と言って良い程の深さと美しさを持つ青だった。足元に届きそうなほど長い髪は銀色で、青い服はへその部分が出ているので艶かしい。そのフェアリーは熱い紅茶を、冷たい息を吹きかけて懸命に冷ましていた。その部屋に、セシリアと同じウンディーネ・シューレの生徒三人がノックしてから入って来た。全員が女生徒だった。

「みなさん、御機嫌よう」

 セシリアの平静とした容姿に、同級生たちは困惑していた。

「ねえ、セシリア、フィヨルド先生の事件は解決したのに、まだここにいるつもりなの?」

「もう先生の仇は討てたんだから、スノーブルグに帰りましょうよ」

 同級生たちの言葉を聞いて、セシリアは持っていたティーカップを置いた。

「フィヨルド先生を殺したのはロジャーという男で間違いありません。けれど、フィヨルド先生のお父様を殺した犯人はまだ見つかっていませんわ」

 それを聞いた女生徒たちは訝しい顔を見合わせた。

「そのロジャーっていう人が、フィヨルド先生のお父様を殺したって話だけど……」

「世間ではそういう話になっていますが、わたくしはマレシュトロフ先生の殺害状況を詳しく知っていますの、ただの人間が頭を粉々に吹き飛ばす事など不可能ですわ、リーリア・セインから貰った手紙にも書いてありましたが、マレシュトロフ先生を殺害したのがフェアリーである事は間違いありません。シルフィア・シューレの一連の事件にはフェアリープラントが深くかかわっているのです。わたしはプラントに一撃を加えるまでは、ここを動くつもりはありませんわ」

 それを聞いたセシリアの同級生たちは、更に困惑の色を深めた。セシリアは、彼女等の不安を取り除く為に言った。

「あなた方に強要はしませんわ。フィヨルド先生の件は解決したのだし、スノーブルグにお帰りなさい。わたくしはここで反撃のチャンスを待ちます」

 セシリアの意思の強さに打たれて、女生徒たちは困惑を打ち消し、お互いの顔を見て頷くと、その中の一人が言った。

「わたしたちはセシリアに付いていくよ。ここまで一緒にきたんだもの、最後までがんばりましょう」

「ありがとうございます、感謝いたしますわ」

 セシリアの同級生たちが出ていくと、ローズマリーがすっかり冷めた紅茶を飲んでから言った。

「してやられたわね、もう少しのところだったのに」

「マレシュトロフ暗殺という言われのない罪まで着せられて処刑されるなんて、ロジャーという男も哀れですわ。そして、人の命を隠れ蓑にするプラントは絶対に許せません」

「どんなにうまく隠れたとしても、極悪には必ず粛清の時が訪れる、その時は近いわよ」

「そうなれば貴方の力が必要になるでしょうね」

「出来れば、フェアリーの力なんて使わない方がいいわ、犠牲が大きくなるからね」

「ローズマリーの言う通りですわね……」

 セシリアは何となくティーカップに半分残った紅茶を見つめながら言った。彼女はフェアリーの力なしにプラントの粛清は難しいと考えていた。それは、一度戦いになれば、妖精と人間の関係を大きく変革させる為の革命になると確信していたからだった。


 カーラインは神殿からフェアリープラント社に帰ってきてからというもの、不機嫌極まりない状態が続いていた。シャイアを除いた周りの者に当たり散らし、側近でも必要以外は近づかなくなっていた。一ヶ月の自主謹慎が原因なのは言う間でもあるまい。シャイアはそんなカーラインの怒りを、甘い言葉で巧みに沈めて周りの者に安寧を与えていた。シャイアにとっては周りの人間などどうでもよかったが、カーラインから欲しいものを奪う為には必要な事だった。

 カーラインが神殿から帰ってきて三日後の朝、シャイアはカーライン二人きりになると、カーラインの後ろからおもむろに抱きついた。シャイアは復讐の最終幕を下ろす為に、汚物のように思っている男にでも、官能的な嬌態を晒した。

「ずっとご機嫌斜めなのね」

 カーラインの耳元にシャイアの吐息が優しく触る。その上、細やかな肌の感触と熱が首に絡み付き、女の匂いが甘く香った。シャイアの魅力の前では、カーラインの機嫌の悪さなど、刹那的に花園の底に葬られた。カーラインは麻薬に似た快感と彷彿とした気持ちの中で言った。

「怒ってばかりですまないね」

「これからという時に一ヶ月も謹慎を命じられれば怒るのも仕方がありませんわ」

「競技場のイベントは既に準備は整っているので問題ないが、ここで一ヶ月もわたしが動けないとなると、エインフェリアの輸出による利益の損失額が計り知れん、何とかしたいものだが……」

 そこでシャイアがカーラインの前に回り込み、右手で彼の頬に触れながら、目と目を合わせて言った。

「ねぇ、エインフェリアの輸出の件は、わたしに任せてくれない? 絶対にうまくやってみせるわ」

「何? 君がか?」

 シャイアは両手でカーラインの頬を包み込むようにして、相手が目を逸らせないようにして言った。

「そうよ。わたしが宝石鉱山を経営しているのは知っているでしょう。外国にも宝石を輸出しているわ、物はちがうけれど、ノウハウはある。宝石の流通ルートを流用して、エインフェリアの輸出先を拡大する事だって出来るわ」

 シャイアはカーラインに接吻を期待させる程に顔を近づけて言った。

「ねぇ、いいでしょう」

「し、しかし、本当に大丈夫なのかね?」

 カーラインが緊張してひきつった顔で言うと、シャイアは彼から離れた。

「じゃあ、賭けをしましょう」

「急に賭けとはどういう事だい?」

「信用してもらう為よ。もし、わたしが一ヶ月で貴方の期待する結果を出せなかったら」

 シャイアは自分の胸に右手を当ててから続けた。

「わたしは貴方の物になるわ、望むことを何でもしてあげる」

「何、本当か!!?」

 カーラインは色めき立ち、喜色を露わにした。

「ええ、本当よ。けど、期待しない事ね、必ず貴方の想像を超える結果を叩きだしてあげるわ」

「どちらにしても嬉しい事だよ。よし、その賭け乗ろう」

 シャイアは微笑を浮べた。カーラインには到底分かりえない事だが、シャイアにとっては終幕への足掛かりを得た瞬間であり、それは会心の微笑だった。

「それともう一つ、お願いがあるの」

「何だね? わたしの出来る事なら何でも叶えてあげるよ」

「輝石炉が見たいわ。嫌だと言ったら、さっきの賭けの話はなしにするわよ」

 シャイアの効果的な脅しの前で、カーラインは少しだけ迷ってから言った。

「あそこに入れるのは、わたし以外には技術部でも一握りの人間だけだが、お前になら見せてもいいだろう」

「嬉しい、早く見たいわ」

「では、早速行ってみようか」

「コッペリア、おいで」

 窓枠に座っていたコッペリアは飛び上がると、主の懐に潜り込んだ。

 輝石炉は生産ラインの奥にあった。輝石炉を中心にして横に長いアーチ型の部屋が六方向に伸びていて、それぞれの部屋でフェアリーワーカーやエインフェリアが生産されていた。生産ラインの左右の壁には卵形の水槽が百以上も埋め込まれていて、その中でフェアリーが創られて行くのだ。その為のエネルギーを供給しているのが輝石炉だ。輝石炉のエネルギーは膨大で、フェアリーの生産以外に、フェアリープラントの各施設やフェアリープラント社ビル、更に貴族街にも電気を供給できる程だった。それ以外に、特別な施設にも電気が送られていた。この世界の電気は非常に高価なものであるが、それだけに電気を使える者は夢のように便利な生活を送れるのだった。

 シャイア達はエインフェリアの生産ラインを通って輝石炉に向かっていた。水槽の中で眠るエインフェリアが緑色の光で映し出されていた。エインフェリアの生産ラインは、この一ヶ所だけだが、エインフェリアの能力の高さを考えると、一度に百体も作れるというのは恐ろしい事だった。

「もう何体か出荷しているのよね?」

 シャイアの声が研究所内に響いた。

「ああ、王国騎士団と神殿騎士団に五十体ずつ売ったよ。普通はエインフェリアの運用にはプログラムの構築やチェックに時間がかかるのだが、強力なフェアリーをレギオンにすればそれが必要なくなる。王国も神殿も強力なフェアリーを持っているからな」

「レギオン? 何なの、それ」

「早い話が司令塔だよ。フェアリーというのは思念で意思を伝える事が出来るらしいのだ。エインフェリアを遥かに凌ぐ力を持つフェアリーならば、思念で命令して動かす事が出来るのだ」

「それは良い事を聞いたわねぇ、コッペリア」

 シャイアが言うと、抱かれていたコッペリアは邪悪な笑みを浮べた。カーラインがそれを見ていたならば、ぞっとしたに違いない。

 カーラインは生産ラインの奥までくると、巨大なアーチ型の扉の横に付いている鍵穴に、金色の鍵を入れて回した。すると扉が音を立ててゆっくりと左右にスライドしながら開いていく。中から眩い光が漏れてきて、扉が全部開いた時には、シャイアは太陽にも匹敵する眩しさに手をかざしていた。その光は、巨大な筒型の炉の天辺にあるものが放っていた。

「これが、輝石炉……」

 始めて見る輝石炉の巨大さと荘厳さに、シャイアですら圧巻だった。炉からは数えきれないほどの配線やパイプ通っていて、それらは全て生産ラインに繋がっていた。

 シャイアは輝石炉の天辺で輝きを放っているものを注視したが、太陽を直接見る程の眩しさに邪魔されて、それが何なのか確認する事は不可能だった。彼女がカーラインに聞こうと思ったその時に、コッペリアが言った。

「あれは、エリアノダイヤモンド…………」

「その通り、さすがはエリアノの創った黒妖精だ。あの光の正体は3976カラットのラウンドブリリアンカットのダイヤモンドだ。原石の状態では5千カラットを越えていたと言われている。元々は妖精女王エリアノの持ち物だったが、エリアノが国政から身を引く時に、我が父クランセルが譲り受けたものだ。あの巨大なダイヤモンドからあふれ出る膨大なエネルギーを炉に取り込んで供給しているのだよ」

 カーラインが得意になって説明している時に、コッペリアはシャイアの胸の中で今にも泣きそうな震える声で言った。

「違うよ、あれはお母様のものだ、今でもお母様の宝物なんだ…………」

 シャイアはコッペリアから輝石炉が見えないようにして抱きしめた。

「もう用は済んだわ、こんな所すぐに出ましょう」

 コッペリアは大切な宝物を奪われた母の無念を思って泣いていた。シャイアはカーラインがまだ何か説明しているのを無視して、走って輝石炉の外に出た。それからシャイアは、コッペリアが泣き止んで落ち着くまで子供をあやすように抱いていた。


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