崩壊‐9
シルフリアにはフェアリープラントが直営する大規模な競技場が存在していた。昼間は格闘技や陸上競技、蹴球などが行われ、人々を賑わしていたが、夜中になると囚人や奴隷等を使って殺し合いをさせ、それで賭けをする事が平然と行われていた。それも国家権力と結びつきの深いフェアリープラントが主催している事なので、競技としての殺し合いが公然と認められている事になる。この恐ろしい競技は十数年前から行われるようになった。それはちょうど、フラウディア王国全土でフェアリーの奴隷化が激しくなり、フェアリーを道具として見るのが当たり前となった頃でもあった。フェアリーに対する人間のどす黒さが、人と人との間にも強い影響を与えていたのだ。フラウディア内で殺傷や殺人が急増してきたのもこの頃からだった。
フェアリーを道具として扱うのは、命を道具として扱うのと同義だ。意志を潰したフェアリーを隷属化するフラウディアでは、そこに住む人間の多くが、命の尊厳に対して麻痺状態となっていた。そんなフラウディア国内は、どこも終焉の様相を呈していた。その中にあって、事態を急速に深刻化させる恐るべきことが、シルフリアで行われようとしていた。
シルフィア・シューレは、カーライン・コンダルタの陰謀により、世間から隔絶された状態になっていたので、新しい情報を知る為にはこちらから街に出かけていくしかなかった。しかし、身を守る術のない生徒たちが街に出るのは危険が大きかったので、強いフェアリーを持つ者が一日おきに街に出て様子を探り、ついでに多少の食料を調達するという役目をおっていた。今日はシェルリの番だった。
サーヤがエインフェリアのシルフィア・シューレ襲撃を阻止してから一週間が過ぎていた。この頃、フラウディアの街中のあちこちで、ある噂が囁かれるようになった。どのようなものかは分からないが、競技場でフェアリーを使って今までにない画期的な競技が行われるのだと言う。街にテスラと一緒に買い物に来ていたシェルリは、その噂を聞いて重く覆いかぶさるような不吉なものを感じた。それは不安などと言う生易しいものではなく、何かを直接的に破滅させようとするような黒々とした恐怖のようなものだった。
シルフィア・シューレは校舎の方はエインフェリアの攻撃にさらされて、ほとんど壊滅状態だった。講堂と生徒たちの寮だけが綺麗に残っていて、遠くから見ると異様なものがあった。その異様さは、学園全体の空気そのものと言ってもよかった。
シェルリはシルフィア・シューレに帰ると、寮の中にあるサーヤが療養している部屋に行った。
サーヤはティアリーから治療を受けた後に、話をしているところだった。そこにはリーリアとエクレア、そしてサーヤのフェアリー達がいた。
「もう動いても大丈夫よ、このわたしの素晴らしい白魔法により、サーヤの傷は塞がったわ、お礼に跪いて忠誠を誓ってくれてもいいわよ」
「何を偉そうに、まだ完治には程遠いでしょ」
得意満面の表情で胸を張って言うティアリーに向かって、部屋の一角にある長椅子にリーリアと一緒に座っていたエクレアが言った。
「だって、偉いもん。わたしがサーヤの命を助けたのよ」
「ありがとうティアリー、本当に感謝しているよ」
ベッドの上のサーヤがウィンディを抱きながら言うと、ティアリーは嬉しそうな笑みで答えた。彼女はサーヤの命を助けられたことを、心の底から喜んでいた。
窓枠に腰かけていたシルメラは、呆れ顔になっていた。
「跪いてって……さすがはエクレアの妹だな」
「それ、どういう意味よ!」
「わたし、お姉様みたいに性格悪くないわ」
「こら! 姉に向かって何てこと言うのよ!」
フェアリー達のやり取りを見て、リーリアとサーヤは笑い声を漏らした。その後にリーリアはサーヤに近づいて言った。
「どう、傷は痛む?」
「うん、少しだけね、でもだいぶ良くなったよ。心配かけちゃってごめんね」
「サーヤ、元気になった~」
ウィンデイがもろ手を挙げて喜びを表した。そんな時にシェルリが部屋に入ってきて、部屋の中を見回した。その後、少し間を置いてシェルリは言った。
「リーリア、二人だけでお話したいんだけど」
「何かしら?」
「その前に、テスラはここにいてね」
シェルリに抱かれていたテスラは、下に降ろされると不安そうな顔で見上げた。
「すぐに戻ってくるからね」
サーヤは何気なく出ていく二人を見ていた。その後は何も気にせずに、寂しそうなテスラを呼んで妖精たちとの会話を楽しんでいた。
シェルリは、サーヤに隠し事をするのは気が引けたが、悪い予感がしたので、リーリアだけに相談することにしたのだ。
「街で変な噂を聞いたんだけど」
シェルリは街での噂を話した。それを聞いていくうちに、リーリアの表情は見る間に固くなり、暗鬱とした影が差す。
「プラントが、フェアリーを使って競技を行うですって……」
「わたし凄く嫌な予感がするの、サーヤの事も心配で……」
「わたしも同じことを考えていたわ、この事はサーヤには知られないように配慮しましょう。あの子はフェアリーの為ならば命を捨てる事すら厭わない、まだ傷も癒えていないのだし、この事を知ったら何をしでかすか分からないわ」
「ずっとは隠せないと思うけれど、せめて傷が治るまでは隠し通さなきゃいけないと思うの」
「わたしが出来るだけサーヤの側に付いて気を付けるわ、それと噂についての情報も集めましょう」
「ありがと、リーリア。じゃあわたしは、これから毎日、競技場を覗いてみるね。何かあったらすぐに知らせるから」
シェルリが言うと、リーリアは怖いくらいに真剣な顔になった。それはシェルリが無条件に怒られるのかと思うくらいだった。
「あそこで何が行われるのか真実を知る必要はあるけれど、あれを監視するつもりなら覚悟をしなさい。どんなものを見ても取り乱さない冷静さが必要よ、それこそあなたのお姉さんや、テスラが目の前で殺されても冷静でいられるくらいのね」
リーリアがいきなり異様な事を言うのでシェルリは面食らった。今この瞬間、リーリアはシェルリに真の覚悟を迫っていた。
「う、うん、わかった、覚えておくね」
リーリアには、シェルリの言葉からはっきりと迷いが感じられた。リーリアは表情だけではなく、今度は本当に叱るような調子で言った。
「……シェルリは分かっていないわ、競技場の監視の話はなしよ。それに、何もこちらから出向かなくても、あそこで何かがあればすぐに情報が流れるわ、後はわたしに任せなさい」
激しさはないが、それが余計に言葉に重さを持たせていた。
「でも、わたしだって役に立ちたいよ……」
「役に立つ方法なんて、他にいくらでもあるわ。競技場の噂の事はもう忘れなさい」
シェルリは肩を落としながら黙って頷いた。リーリアは目の前の親友が素直に言う事を聞いてくれた事に安堵していた。それからシェルリは医務室に入り、まだ廊下にいたリーリアに、サーヤとシェルリが明るく話し合う声が届いた。それを聞きながらリーリアは思った。
――シェルリはサーヤのように無理はしないけれど、二人は似たところがあるわ。けど、サーヤには本物の覚悟がある、だからどんなに恐ろしい事が起こっても揺るぎはしないし、必ず正しい道を選んで進んでいける。しかし、シェルリには本物の覚悟がない、だからと言って困難を前にして逃げるような子でもない、あの子が受け止めきれない恐怖を前にした時、どんな行動に出るのかまったく想像がつかないわ。気を付けるべきなのは、サーヤよりもシェルリの方かもしれない。
リーリアはそこで考えるのを止めて、セリアリスとマリアーナに競技場の噂の事を知らせる為、二階にある院長の部屋に向かった。