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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅸ 崩壊
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崩壊‐8

 カーラインが怒り任せに机を叩く音が響いた。フェアリープラント社のビルで、カーラインは自分の部屋にクラインを呼びつけて問いただしているところだった。シャイアもコッペリアを抱きながらその場にいて、彼女たちはカーラインの激怒などまるで無視してビルの最上階から見る景色を楽しんでいた。

「どういう事だ、クライン!! お前の作ったエインフェリアが、シルフィア・シューレから戻らずに行方不明になっているんだぞ! しかもあの学校の破壊命令を放棄してだ!」

 それを聞いたクラインは、地獄に漂っていた身を天国にすくいあげられたように安堵した。彼は何がどうなっているのか分からなかったが、カーラインの怒りを鎮めなければならなかった。

「貴様、失敗したな。あのエインフェリアは失敗作だったんだな!」

「いや、そんなはずはありません、あれは間違いなく最高傑作です」

「なら、どうして戻ってこないんだ!!」

「考えられるのは、プログラムに誤りがあったか、フェアリーのプログラムに何かが干渉したかですが……」

 プログラムが誤っているとは考えられなかった。心に鍵をかけられたフェアリー達は、確実に命令された通りに働く。それに変化を与える為には研究所でプログラムを書き換えるか、何らかの要因で心の鍵が外れるしかないが、どちらにしても容易に出来る事ではなかった。

「黙っていないで答えんか!!」

 それからもカーラインは叱責を飛ばしたが、クラインはエインフェリアが暴走した原因の究明に思考の全てを集中していたので、まるで聞こえていなかった。

 シャイアはカーラインが赤い顔をして憤激する様子を見ながら嘲笑っていた。彼女はエインフェリアに何が起こったのか大体分かっていたので、カーラインの様子がより無様で醜悪に見えた。

 やがて、シャイアと同じ答えをクラインも導き出した。彼の脳裏にサーヤの姿が稲妻のようによぎったのだ。彼は刹那にその答えが間違いのない事を確信していた。

 ――そうか、サーヤ、君が学校を守ってくれたのか。よくやった、本当によくやってくれたよ。

 クラインは目に涙を浮かべて、サーヤに感謝した。クラインにとっては、サーヤはシルフィア・シューレを守っただけではなく、娘同然であるエインフェリアによる殺戮を阻止してくれたのだ。

 この一件について、クラインは原因不明と言うしかなかった。カーラインはそんな言葉で済ませるほど甘い男ではなかったが、その場にいたシャイアがうまく執成(とりな)してくれた。クラインはカーラインの不興を買うだけで済んだ。


 シルフィア・シューレの襲撃があってから二日後、ティアリーは主の許しを得て遠出していた。

 彼女はフェアリープラントの上空で止まり、森の中にある実験場を見下ろしていた。実験場にはドーム状や半筒状の建物が無数にあり、その中心にある六角形の塔が一際目立っていた。ティアリーはその中からフェアリーと似ているようで全く次元の違う強大なエネルギーの胎動を感じていた。それ以外には無数にフェアリーの存在を感じるが、その中で特にはっきりとしていたのは姉妹であるレディメリーの気配だった。

「やっぱり、レディー姉様はここにいるんだ」

 ティアリーがこうしている間に、レディメリーの方も妹の存在を間近に感じているはずだった。

「あっ!!?」

 ティアリーは邪悪な妖精の存在を感じて声を上げた。それが急激に近づいていた。すぐに彼女はその場から逃げ出そうとして翼を開いた。その瞬間に、背中を圧迫するように強烈な気配が背後を取っていた。

「おや、ティアリーじゃないか。まさか三人目のミスティック・シルフにも会えるとはねぇ」

 ティアリーはその声に引かれるように振り向いた。その可愛らしい顔は青ざめていた。コッペリアは真紅の瞳で侮るような笑みを浮べながら、ティアリーを見つめていた。

「コッペリア……」

「レディメリーを探しに来たのかい?」

「そうよ! レディ姉様を襲ったのは、あなただったのね!」

「さあ、それはどうだかねぇ」

「とぼけないでよ! 姉様は無事なんでしょうね!」

「レディメリーのマスターがプラントに従うのなら、レディメリーもついていく行くしかないだろうさ」

「そんなろくでもない奴がレディ姉様のマスターになれるわけないわ! 本当の事を言いなさいよ!」

「少なくとも、今はレディメリーは自由の身さ。マスターと一緒に、あの研究所の中にいるんだよ」

「嘘よ……」

「その目で確かめたらどうだい。ただし、このわたしを退ける事が出来ればの話だけれどね」

 ティアリーは攻撃にはまったく向かないフェアリーだったので、コッペリアを退けるなど不可能だった。そもそも、戦う意味もなかった。コッペリアの言っている事が真実である事を、ティアリーは悟っていたからだ。ティアリーは真実とは思いたくなかったが、フェアリーは嘘は言わない生き物なのだ。

「きっと、レディ姉様のマスターは脅されているのよ! だから、あの研究所から出られないんでしょう!」

「それは違うね。あの男は魅入られたのさ、このわたしを元にして生まれた妖精にねぇ。今頃レディメリーも見ているだろうよ、破壊と恐怖を糧として生きる、ガーディアン・ティンクの姿をねぇ」

 ティアリーは緑の瞳を悔し涙で輝かせた。反論したいが、レディメリーのどうにもできない状況を、はっきりと知らされた。今のティアリーに出来るのは、シルフィア・シューレに戻って、状況をマリアーナに報告する事くらいだった。

 研究所の方では、乙女の(メイデンブラッド)をコアに持ち、コッペリアを元に構想されたフェアリーが既に完成していた。クラインは自分が恐ろしいフェアリーを創っていると自覚しつつ、その研究を止める事が出来なかった。彼はコッペリアと乙女の血からなる妖精の創造への渇望に負けてしまったのだ。

 筒状の水槽に溜まった羊水の中に、闇色の翅を持つフェアリーがいた。水槽はその下の機器に直結されていて、機器についているボタン類で制御するようになっていた。その周りにはシャイアとレディメリーを連れたクライン、そしてカーラインがいて誕生したフェアリーの見守っていた。

 そのフェアリーの容姿はコッペリアによく似ていた。髪の色は青銀であるし、翅は四枚だが、コッペリアと全く同じ闇の中にあるオーロラのような色彩を放っていた。体はフェアリーワーカーと同じサイズで、コッペリアよりも一回り小さい。何よりも特筆すべきは、ゆっくりと開いた可愛らしく大きな瞳の色だった。コッペリアのピジョンブラッドの瞳よりもさらに鮮烈で、限りなく真紅に近い朱の輝きは見つめられるだけで魅了されそうだった。

「おおお!! 素晴らしいフェアリーだ、ぜひわたしのものにしたい!!」

カーラインが言いだすと、シャイアは狂った人間でも見るように深い軽蔑を込めてそれを一瞥した。

「契約の宝石はあるのだろうね」

 カーラインの考えが本気だと知ると、シャイアの気持ちは軽蔑から嘲笑に変わった。あまりの愚かさ加減に、声を出して笑ってやろうかと思ったくらいだった。

「残念だけれど、契約の宝石になる乙女の血は見つかっていませんわ。何せ奇跡的な色合いの宝石ですからね」

 シャイアは静かに水槽の中の妖精を見つめながら言った。

「契約の宝石は見つかるのか?」

「ええ、その内には見つかると思いますわ、それまで楽しみにしてお待ち下さい」

 シャイアは心にもない事を言いながら、妖精の朱い瞳を見て離さなかった。妖精の方もシャイアをじっと見つめていた。それは赤子が母親を見る目と同じだった。

「あなたの名前はメイルリンクよ。どう、可愛らしいでしょう」

 シャイアが話しかけると、メイルリンクは水槽の中で嬉しそうに笑っていた。それを側で見ていたクラインは、水槽の妖精がもうシャイアのものである事を知っていた。メイルリンクはコッペリアと姉妹か親子のような関係にある、それがシャイアに傾倒するのは当然の摂理と言えた。

 シャイアはメイルリンクから目を離すと、クラインに近づいた。彼女はおもむろにクラインに向かって両手を伸ばし、愛おしい様な手つきでクラインの頬や髪をなでると、口づけをした。その一瞬で世界が変わった。狭い部屋の空気が感情の激流で激しく脈打つように思われた。レディメリーは激しい嫉妬心から殺したいような目でシャイアを睨み、カーラインは何が起こったのか未だに理解出来ずに呆然と立ち尽くしていた。その中で一番驚いたのは、口づけをされた当人だった。こんなところで何の前触れもなく、女神と見間ごうばかりの麗人から口づけを賜るなど非現実的とさえ思えた。

「約束のご褒美よ。わたしの為に役に立ってくれて、ありがと」

 間近で言うシャイアの胸を焦がすような吐息が、クラインの唇に触れた。この時になって、彼はようやく現実に戻ってきた。

「な……君は、いきなり何てことを…………」

「あなたはこの為に、頑張ってくれたのでしょう」

「ち、違う! わたしは! わたしはっ!」

 クリエイターとしての恐ろしい探究心に負けたとは言えなかった。それに、シャイアからの褒美を全く期待していなかったかと言えば、それも嘘だった。クラインは声を詰まらせて苦悶の表情を浮かべていた。シャイアな彼の苦しみを全て分かっているのか、それを楽しんでいるように小悪魔のような微笑みを浮かべていた。

 その時、いきなりカーラインが獣のような叫び声をあげた。

「ぐがああっ!!! どういう事だ、シャイア!! お前らできていたのかぁっ!!?」

 カーラインは、のた打ち回るような嫉妬と憎悪のせいで顔を真っ赤にして、醜悪な姿をさらした。シャイアはあまりにも下らないカーラインの言いがかりに、鈴が鳴るように高笑いした。カーラインはたちまち子供が泣くような表情になって言った。

「な、何がおかしいんだ……」

「だぁってぇ、あなたが馬鹿みたいな勘違いをしているんだもの。この人にはご褒美を上げただけよ、それ以外の何でもないわ。貴方だって、わたしの役に立ったらキスくらいしてあげるわよ」

「そんな、わしはお前の役に立っているじゃないか。なんなら、地位も名誉も財産も与えてやるぞ」

「はぁ? そんな下らないものいらないわよ。わたしが欲しいものをくれなきゃ、ご褒美はあげられないわねぇ」

「何だ、言ってくれ、何でも言ってくれ! お前の為ならば、何だってやるぞ!」

 近くで見ていたクラインは、カーラインが今にもその場にひれ伏すのではないかと思った。カーラインは他人にそう思わせる程に、シャイアに媚びていた。これは愛というよりも、シャイアの魅力にやられて精神的に病んでいると言う方が正しい。シャイアはそのことを確信しつつ、幽玄に微笑みながら言った。

「エインフェリアを世界中にばら撒くのよ、それが出来たら貴方の物になってもいいわ」

「おお、何だそんな事か! どの道そのつもりだよ、世界中がエインフェリアを欲しがるのは目に見えている。すぐだ、すぐにお前をわしの物にしてみせるぞ!」

「頑張ってね」

 シャイアに対するカーラインの固執には異様なものがあった。クラインは、もはやカーラインがシャイアの傀儡になってしまっていることを理解した。そして、シャイアの弦月のような暗い笑みを見ていると、今更ながらエインフェリアとメイルリンクを創造した自分の行為に、言いようのない恐怖を感じるのだった。


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