シュークリームパニック‐2
サーヤは学校の帰りに、沢山の苺シュークリームを買って屋敷に戻った。
「いい、ウィンディ。わたしはお買い物に行くけど、絶対にこのシュークリームは食べちゃ駄目よ。ご飯の後にみんなで食べるんだからね」
「はいっ!」
ウィンディは元気よく手を上げた。
「本当に分かってるのかな。シルメラは、ウィンディが食べないように見張っててね」
「ああ、任せておけ」
「じゃあいってきま~す」
シルメラは手を振って部屋から出て行くサーヤを見送った。
「さてと」
シルメラがふと見ると、ウィンディは、じっとシュークリームの箱を見つめていた。既に怪しげな空気が漂っている。
「…………ウィンディをこの部屋から離した方がよさそうだな。ウィンディ、外に遊びにいくぞ」
「うん、行く」
「よし」
シルメラはウィンディと手をつないで窓から飛び出した。
「ん?」
シルメラは庭に用意されたテーブルでお茶を飲んでいるエクレアを見つけて降りていく。
「ふん、なかなかいけてるわよ」
「ありがとうございます」
紅茶を淹れたメイドがやうやうしく頭を下げていた。
「お前、メイドにお茶なんか淹れさせて、何やってるんだよ」
「あら、誰かと思ったら真っ黒な妖精さん」
「人聞きの悪い呼び方をするな」
「優雅にお茶を楽しむのはレディの嗜みよ」
「リーリアの真似してるのか」
「真似じゃないわよ! 常識よ! レディの常識っ! ま、がさつな女には分からないわよね」
「何だとてめぇ……。レディって言うんなら料理の一つでも作ってみろよ」
「料理!?」
「そうさ。レディだったらそれくらいは出来るよな」
「そう言うあんたはどうなのよ!」
「料理は得意だぞ。なんだったら、今すぐ作ってやろうか?」
「うっ……。ふ、料理が身についてるだなんて、今まで貧しい生活をしてきたという証拠ね。可愛そうに」
「口のへらねぇ奴だ…………」
「あら?」
「なんだよ」
「ウィンディがいないわ。確か一緒に来たわよね」
「あ!? やばい!!」
シルメラは焦って黒い翼をばたつかせ、もといた部屋に戻った。時既に遅し、ウィンディはシュークリームを両手に持って、小さな体からは想像し難い速さとダイナミックさで食べまくっていた。
「ああ、なんてこった…………」
「ちょっと、デザートが食べられてるじゃないの!」
シルメラが箱の中身を確認すると、
「すっからかんだ……」
「あんたがしっかり見張らないからでしょ!」
「面目ない」
エクレアに責められて、シルメラは素直に謝った。ウィンディはきょとんとその様子を見ていた。
「あんた、ものすごく悪い事したんだからね! ちゃんと反省しなさいよ!」
「はうぅ……」
「まあ、そうまくし立てるな。ウィンディには、わたしからよく言ってきかせるからさ」
「あんたとサーヤが甘やかすから、ウィンディはいつまでも子供みたいなのよ! もっと厳しく躾なさいよ!」
「ウィンディは元々はワーカーなんだ。そんな急に色々覚えられないよ。ゆっくり時間をかけてやらないと」
「甘い、甘すぎるわ」
その時、エクレアの顔によからぬ企みを含んだ意地の悪い笑みが浮かんだ。
「あーあ、それにしても、大変な事をしちゃったわね。リーリアがこれを知ったら、怒りを爆発させるわよ」
「はは、そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないわ! リーリアは、はしたない子が大々々の大っ嫌いなのよ! 普段は落ち着いているけれど、怒ったらそれはもう凄まじいわ! それこそ天変地異にも匹敵するくらいよ! あんたたちなんて、もうここにはいられないわ! サーヤだって追い出されるに違いない!!」
エクレアがわざとらしく力を込めて言うと、ウィンディが怯えて震えだした。
「あうぅ、あたしのせいでサーヤが追い出されちゃうよぅ…………」
「そうよ、あんたのせいでサーヤは路頭に迷う事になるのよ。まったく、なんて可愛そうなのかしら!」
「いやいや、あるわけねぇだろ。お前、いい加減なこと言って、ウィンディを怖がらせるんじゃない!」
「少なくとも、この子は大目玉を食らうわよ。リーリアの強烈な怒りの稲妻でその身を焦がすがいいわ」
「こ、怖いよぅ…………」
「ふざけるのもいい加減にしろよ!」
怒ったシルメラに、エクレアは粗悪品を誉めそやして高値で買わせようとする商人のように狡猾な目をして言った。
「ねぇあんた」
「なんだ?」
「ウィンディが怒られるのは可愛そうで見てられないでしょ。あんたが身代わりになってあげなさいよ」
「身代わりだと?」
「そうよ。わたしに任せれば、全てが丸く収まるわ」
「嫌な予感しかしねぇよ」
その時に、下の階から少女たちの話し声が聞こえてきた。
「リーリアが帰ってきたわ」
エクレアはうきうきした調子で言った。すぐにリーリアとサーヤが部屋に入ってきた。
「あーっ!! シュークリーム!!」
サーヤが空になって転がっている箱を認めて言うと、ウィンディがしゅんと小さくなった。
「ウィンディ! いけない子ね!」
「あう…………」
「違うわ。シュークリームを食べたのはウィンディじゃなくて、こいつよ」
とエクレアはシルメラを指差した。
「なっ!?」
エクレアは顔を引きつらせたが、ウィンディが怒られると思うと、何も言えなかった。
「うそ、シルメラがそんな事するわけないよ」
「本当よ! 止めようとしたんだけど、こいつは卑劣にも、皆のデザートを守ろうとしたこのわたしを、ぶっとばして引き摺りまわして黙らせた挙句に、苺味のシュークリームをゆっくりと頂戴したのよ。本当なんだから!」
―こいつ、ふざけた事を! よし、見てろよ。
シルメラはいきなり頭を下げて言った。
「ごめんなさい! わたしが食べました!」
「本当なの!?」
目を丸くして驚くサーヤに、シルメラは訴えるように哀れみを醸し出す目をして言った。
「食べたのは本当さ。けど、エクレアが一緒に食べようって誘ってきたんだ」
「ちょ、なに言ってるの!?」
「エクレアはわたしだけを犯人に仕立て上げようとしてるのさ。本当に最低で卑劣な妖精だ」
「違う違う! こいつは大嘘つきよ!」
「普段の行いを見ていれば、どっちが本当の事を言っているのか分かるだろ?」
「なるほど」
納得したようにそう言ったのはリーリアだった。
「なるほどって何!? リーリアはわたしが信じられないの!? 自分のフェアリーなのに!」
妖精たちを見ていたサーヤは、何かを思いついてリーリアに耳打ちした。その後でリーリアは、エクレアとシルメラの手を掴んだ。
「二人共こっちへ来なさい」
リーリアは妖精たちを隣の書斎に連れ込んで言った。
「デザートを盗み食いした罰よ。しばらくここで反省していなさい」
リーリアは後ろ手にドアを閉めた。その時の音がかなり大きかったので、二人はリーリアが怒っていると思った。