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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅶ シュークリームパニック
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シュークリームパニック-1



「おい、元気出せよ」

 シルメラはずっと塞ぎこんでいるエクレアに言った。

「うるさいわね。あんた黙ってなさいよ」

 反駁する姿に、いつもの毒と棘がない。いつもエクレアの強烈な個性に晒されているシルメラにとっては、どうにも物足りなかった。

 昨日、コッペリアに負けてからというもの、エクレアは元気がない。

 フェアリーたちは学校の中庭にある日当たりの良い芝生の上に集まって、エクレアを慰めていた。

 テスラが身振り手振りを加えて言った。

「コッペ姉さまはとっても怖いし、強いし、だからしょうがないよ~」

「エクレアがコッペリアに劣っていたわけじゃないさ。勝負には時の運ていうのもあるからな」

 シルメラはもう一度慰めてみるが、エクレアはいじけたように膝を抱えて座り込み、背を向けていた。

 ウィンディは何をしているのかというと、飛んでいる紋白蝶を追いかけていた。

 そこへ桃色の蝶の翅から輝きを散らしながら、レディメリーが飛んできて、エクレアの近くに降りてきた。

「あ、君は……」

「こんにちは」

「あの、この前はすまなかった。謝って済むとは思っていないが…………」

 シルメラがどんな罰でも受ける覚悟をした陰気な空気を漂わせると、レディメリーはこの上なく明るい笑顔でそれを吹き払うように言った。

「そんなに気にする事はないわ。あなたは何も悪くないもの」

「それじゃ、わたしの気が済まない」

「気にしない気にしない。それよりも、お姉さまの事なんだけど、コッペリアに負けたんですってね」

「ああ、それでこの通り元気をなくてしるんだ」

「しょうがないお姉さまね。まあ、お姉さまが負けは、リーリアの負けってことになるから、ショックなのは分かるんだけど、いつまでもうじうじしてたって仕方ないじゃない。そんな姿を晒していたら余計に惨めだし、リーリアだってがっかりしちゃうわよ。だいたい、一度負けたくらいでそんなに落ち込むなんて、それだけで相手の実力を完全に認めているようなもんだわ。わが姉ながら、情けないったらありゃしない」

「さすがはエクレアの妹だな、言う事がえげつない……」

 エクレアは無言で立ち上がると、レディメリーに迫っていった。

「あんたね、もう少し姉をいたわりなさいよ!」

「ほら、元気が出て来た」

 してやったりという顔のレディメリーに、エクレアがむっとして罵声を浴びせようとした妙なタイミングで、いきなりウィンディがエクレアの前におりてきて、その頭に手を乗せた。

「エクレア、元気だせよ」

 周りにいたフェアリーたちは思わず吹き出し、エクレアは何かに耐えかねるように下を向いて顔を伏せる。

「あ、こいつ、笑ってるぞ」

「よかったわお姉さま、完全復活ね」

「うるさい、うるさい! あんたたち、あっちに行きなさいよ!」

 その時、チャイムが鳴った。

「あ、昼休みだ」

「わ~い、ごは~ん」

 それからすぐに、いつもの顔ぶれが中庭に姿を現した。

「いたいた、シルメラ! ウィンディ!」

「サーヤ、おなかすいた~」

 ウィンディはサーヤの懐に飛び込んだ。

「はいはい、今日は表の方にいって食べようね」

 サーヤたちは校庭の方に出て、校舎の近くにある芝生の丘に腰を下ろした。

「いつもは中庭で食べるのに、何で今日は校庭なんだ?」

「目的は院長室にあるみたいね」

 リーリアが言った。サーヤはじっと三階の院長室の方を見つめていた。院長室の窓枠には、ニルヴァーナが座ってじっとしていた。

「ニルヴァーナってかわいい。おさわりしたいなぁ…………」

「なるほど…………」

 主の恍惚とした表情に、シルメラは引いた。

 その間に、他のフェアリーたちはサンドウィッチの詰まった大きなバスケットを空けて、勢いよく中のものを食べ始める。リーリアとシェルリは別に持ってきた小さい方のバスケットからサンドウィッチを取り出した。

「サーヤ、早く食べないとなくなっちゃうよ」

「うん」

 サーヤはサンドウィッチを一口食べてから言った。

「どうやったらニルヴァーナとお友達になれるかな」

「あなたはフェアリーの事しか頭にないのね」

 ポットの紅茶を三つのカップに注ぎながら、リーリアが言う。

「だぁってぇ、可愛いんだもん!」

「ニルヴァーナに近づくのは簡単だぞ」

「え、うそ!? どうしたらいいの! 教えて!」

 持っていたサンドウィッチをほっぽりだして、サーヤはシルメラに迫る。シルメラは苦笑いしながら言った。

「ニルヴァーナは苺が大好物なんだ。本物の苺があれば一番いいが、苺味のお菓子でも釣れる」

「苺が好きなんて、可愛いなぁ。何か苺味の美味しいお菓子ないかな?」

 サーヤがリーリアとシェルリに向かって言うと、二人は少し考えてから言った。

「苺って言ったら、苺ショートとか、苺味のチョコレートとか、ありきたりだけどね」

「ラ・ミルエールの苺シュークリームなんてどうかしら? 値段も手頃だし、本物の苺をふんだんに使ったクリームが美味しいと評判よ」

「苺のシュークリームか。よし、それでいってみよう! すぐに買ってくる!」

 サーヤは猛ダッシュで走り出し、数分後にシュークリームを手にして戻ってきた。その頃にはフェアリーたちもリーリアとシェルリも食事を終えて、お茶を楽しんでいた。

「ふふ、これで、ニルヴァーナと仲良くできる!」

「あう~」

 ウィンディが飛んできて、いつもの定位置であるサーヤの頭の上に乗った。

「よ~し、いくぞ!」

 サーヤと共に、フェアリーたちも院長室の下に集まった。

「ほーら、美味しい苺味のシュークリームだよ」

 サーヤは苺味のシュークリームを手に乗せて上にあげると、窓際のニルヴァーナは鼻をひくつかせて苺の匂いを捕え、ゆっくり立ち上がってサーヤの事を見下ろした。同時にウィンディが、シュークリームを見つめて紫の瞳を輝かせた。

「あ、気付いた! もう少しっ!」

「あう~っ」

「あっ!?」

 ウィンディが飛んでシュークリームをキャッチした。

「こら、ウィンディ!」

 ウィンディは小さな口で、シュークリームにぱくつく。

「ああ、食べちゃってる……」

「そうなると思ったよ」

「ウィンディの目の前にお菓子なんて置いたら取られるに決まってるじゃない」

 シルメラとエクレアが言うと、サーヤはがっかりして肩を落としたが、不屈の闘志で燃え上がって再び力を漲らせる。

「もう一個買ってくる!」

 そして二度目の挑戦。

「シルメラ、ウィンディをしっかり押さえててね」

「ああ、分かってる」

 サーヤがシュークリームを高く上げると、早速ニルヴァーナが反応を見せた。

「あ、立ち上がった。こっちにくる!」

 ニルヴァーナは窓枠から飛び降りて、黒い蝙蝠の翼を羽ばたかせながら、サーヤの前に降りてきた。

「苺…………」

「そうだよ、苺味のシュークリームだよ。あげるからおいで」

 その後ろで、お菓子に飛びつこうとするウィンディを、シルメラが懸命に押さえている。

「あうう!」

「駄目だぞ。ウィンディはさっき食べたんだから」

 ニルヴァーナはシュークリームをもらうと、その場で食べ始めた。その隙にサーヤはニルヴァーナを抱き上げた。

「やった、捕まえた! 可愛い!」

 サーヤはニルヴァーナのブロンドや翼をなでてご満悦の様子だった。それを見ていたエクレアが呆れ顔で言った。

「餌で釣られるなんて、まるで犬か猫ね」

「ニル姉様がマスター以外の人に近づくの初めて見たよ」

「サーヤだから出来る事さ」

「やっぱり、サーヤって普通の人間じゃないわよね」

 テスラとシルメラとレディメリーが言った後に、エクレアがいかにも滑稽だという顔をした。

「確かに普通の人間じゃないわ。妖精フェチな人間ね」

 確信を突いた一言に、妖精たちは笑いを浮かべるしかなかった。

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