破滅への序曲‐3
「あはは、よせよウィンディ、くすぐたいよ」
「あう~」
「二人共、あんまりうるさくしちゃ駄目だよ」
朝からウィンディとシルメラは広い居間にあるソファーの上でじゃれあっていた。サーヤは口では注意しながらも、楽しそうに自分のフェアリーたちが遊ぶ様子を見ていた。
リーリアと並んでテーブルの前の椅子に座っているエクレアは仲のよい二人を、ちらちらと横目で見て気にしていた。紅茶を飲みながら本を読んでいたリーリアが言った。
「あなたも仲間に入れてもらったら?」
「こ、このわたしが、あんな子供っぽい事するわけないじゃない」
「相変わらず、素直じゃないんだな」
シルメラが飛んできて、エクレアの対面の椅子に座りながら言った。
「何ですって!?」
「一緒に遊びたいなら、そう言えばいいだろ」
「はぁ? 何言っちゃってるの、このカラス女は」
「何だと!?」
「その真っ黒で汚らしい翼は、カラス以外の何者でもないわ。あんまりうざいこと言ってると、羽を全部むしり取るわよ」
「こいつ……。お前こそ何だ、そのやたらと派手でギラギラした翅は、目が痛くなる!」
「言ったわね! もうあったまに来た!」
「だったらどうだって言うんだ」
「こうするのよ!」
エクレアは七色の翅を開いて浮き上がると、横に飛んでシルメラから離れたかと思うと、ブーメランのように弧を描いて勢いをつけ、目標に向かって突っ込む。
「エクレア・ドロップキーック!!」
「うあっ!!?」
シルメラはまともにエクレアのキックを食らって椅子から吹っ飛び、絨毯の上に落ちると、うつ伏せのまま動かなかった。
「あう?」
ウィンディが近づいて黒い翼をつつくと、それに反応したかのようにシルメラは動いた。
「てめぇ……」
「おーっほっほっほ、思い知ったか!」
「人が下手に出てれば調子に乗りやがって!」
「何よ、やるって言うの?」
「接近戦ではわたしの方が上だ!」
「ぎゃーっ、黒い悪魔が襲ってくる!」
「誰が悪魔だ!」
シルメラは逃げようとしたエクレアを後ろから捕まえると、引きずり下ろして絨毯の上に押さえつける。
「もう逃げられないぞ、観念しろ」
「いやーっ! 助けて! 喰われる!」
「喰う訳ないだろ! お前はわたしを何だと思ってるんだ!」
「ウィンディも遊ぶ」
「うわ、よせ、ウィンディ」
シルメラはいきなり後ろから抱きつかれて焦り、その隙にエクレアが反撃した。
「復讐のくすぐり攻撃」
「きゃはっ!? やめろ、そこ弱いんだ!」
「ウィンディもやる~」
「馬鹿、お前まで一緒になるな!」
結局は三人一緒になって騒ぎ出した。リーリアはその様子を見て微笑を浮かべ、それからそっと居間から出て行った。
サーヤは、リーリアがいなくなったのに気付くと、自分も廊下に出た。リーリアの姿は廊下に飾ってある大きな肖像画の前にあった。描かれているのは白いシャツに黒いズボンの男が立っている姿で、微笑を浮かべる表情も碧眼も優しげで、金髪は少年のように瑞々しい。男は美丈夫というだけではなく、どこか心惹かれる魅力を持っていた。
「やっぱりここにいた。ずっと気になってたんだけど、この人ってリーリアの恋人なの?」
「な、何を言っているの? そんなわけないでしょう」
「顔が真っ赤だよ」
サーヤが茶化すように言うと、リーリアは顔を背けて黙ってしまった。
「少なくとも好きな人だよね。毎日この人の絵の前で寂しそうな顔してるもん」
「……愛しているわ、心の底から」
不意に言ったリーリアの瞳から、涙が零れ落ちた。
「リーリア?」
「この方はもういない。お母様と同じ、フェアリープラントに消されてしまった」
「え……?」
リーリアの涙が全てを物語っていた。サーヤは何と言っていいのか分からず、やっとの思いで一言だけいった。
「フェアリープラントって、何なの?」
「奴らは本当の悪魔よ」
本当の悪魔、リーリアの声は、サーヤの心の奥深くに刻まれた。