シルメラ‐7
フェアリーとマスターの心が一つになったとき、絶大な力を発揮する。サーヤの腕輪のアメシストは、辺り一帯を明るく照らすほどに眩く輝いた。
「く、何だよ、アメシストなんて低劣な宝石のくせに! 行け、シルメラ! 魔力を出来る限り送ってやる、あの屑共を殺せ!」
シルメラは命令通りに大鎌を上に振り上げて、サーヤに向かっていく。ウィンディは自らが風のとなって飛び、シルメラと中空でぶつかった。
ウィンディは振り下ろされた鎌の柄を掴み、シルメラとの力比べになったが、大鎌はウィンディに押さえつけられたま
まびくともしなかった。ウィンディの周りから起こるそよ風を受けながら、シルメラは感動に近い驚きをもって言った。
「お前とサーヤの力は、これほどのものなのか」
「うーっ!」
ウィンディは一気に前へ押し進み、シルメラを校舎の壁に叩きつけた。
「ぐあっ!」
シルメラは黒い羽を散らしながら地面に墜落し、後から手放した大鎌が近くに突き立った。
丁度その場面で、コッペリアとエクレアがやってきて、上空から戦いの様子を見下ろした。
「ウィンディがシルメラを圧倒してる!? どうなってるのよ!?」
「サーヤ、やはりそうなのか……?」
コッペリアがよく分からない事を言うので、エクレアはそれを見て怪訝な顔をした。
ウィンディはサーヤの前に降りて、両手を前に突き出す。その周りに空気の渦が生まれ、それはあっという間に嵐のような激しさになり、横薙ぎの竜巻となって鎌を拾い上げたシルメラを攫った。
「くあぁっ!」
シルメラは息ができないくらい強烈な風を受けて後方に吹き飛び、マスターの前まで押し戻されていた。
「お前、ワーカーなんかに負けたら、どうなるか分かっているんだろうな!!!」
猛り狂うエルシドの形相に、シルメラは背筋が凍り、同時に覚悟した。彼女にはもう分かっていた。サーヤとウィンディには決して勝てないという事が。
再び飛び上がるウィンディに、シルメラは青く燃え上がる黒羽を投げつける。それらはウィンディを包み込む目に見えない空気の壁に阻まれ、青い爆炎をあげ、ウィンディはたちまち炎と煙の中に埋もれてしまった。
「ウィンディ!」
サーヤの腕輪のアメシストが輝き、宙でうねる青い炎が、ウィンディの周囲に発生した竜巻に瞬く間にかき消された。そして雨と土を巻き上げて激昂する風が、ウィンディの掌に収束してゆく。ついには辺りが静まり返り、聞こえるものは
雨だれの落ちる音だけとなった。ウィンディの掌の上には半透明の球体が出来上がっていた。
シルメラが鎌を振り上げて向かってくる。風の化身となっていたウィンディは、後方の空気を爆発させ、途轍もない勢いで飛び出した。シルメラはその速さについていけず、まともにウィンディの突撃を受け、風の力を封じた玉を腹部に押し付けられていた。
「ちゃーっ!!」
果敢なウィンディの声が響き、シルメラはくの字に折れて地面に叩きつけられていた。その瞬間に空気が爆ぜて無数の黒い羽と土が吹き上がり、四方八方に強烈な風を撒き散らす。ずっと様子を見ていたシェルリや、ようやくここまで辿り着いたところのリーリアたちは、いきなり襲ってきた強風に肝を潰した。
「どうなっているの!?」
「戦っているのは、貴方のフェアリーでも、コッペリアでもないわ」
シャイアが言うと、リーリアは目を凝らして見上げた。
「あれは、ウィンディ!!?」
いつの間にか雨が上がり、灰色の雲の向こうに太陽の明るさが垣間見える。
ウィンディは地上に降りて、シルメラが墜落した場所に穿たれた大穴を心配そうに見ていた。そこにサーヤも走ってくる。その時、傷だらけで服もボロボロになったシルメラが穴の底から這い上がってきた。
「う、ううっ、ぐっ…………」
シルメラは立ち上がろうとしたが、力尽きて前に倒れた。
「シルメラ! シルメラ!」
ウィンディは大切な友達の名前を呼び続けた。すると、それで元気を取り戻したように、シルメラは立とうとしたが、方膝をついて座り込むのがやっとだった。
「ウィンディ、約束を守ってくれたな」
シルメラは手を伸ばしてウィンディの頭を撫でて言った。
「あうぅっ…………」
「シルメラ…………」
サーヤもウィンディも、胸を締め付けられるような悲しさを抱き、何といっていいのか分からないという顔をしていた。シルメラは二人に笑いかけて言った。
「ウィンディの瞳の輝きは、どんなフェアリーよりも美しい。サーヤがウィンディのコアを輝かせているんだ」
シルメラにはまだ言いたい事があったが、いつの間にか近づいていた恐怖の存在に言葉を飲み込んだ。エルシドが無表情でシルメラの横に立っていた。
「この、役立たずが!!!」
エルシドは力一杯シルメラの腹を蹴り上げる。
「がはぁっ!?」
シルメラは血を吐きながら吹っ飛んで泥の上に転がった。
「止めて!!」
「うるせぇっ!!!」
凶行を止めようとしたサーヤに、エルシドは隠し持っていたナイフを振り上げて本気で切りかかる。サーヤはそれを危ないところで避けた後、腰が砕けて尻餅をついた。
「そんなにあいつが好きかよ」
エルシドが狂気そのものの笑みを浮かべると、サーヤは嫌な予感に背骨が凍りつくように感じた。
エルシドは腹を押さえて苦しんでいるシルメラに近づき、それを一切の手加減をせずに踏みつける。
「うあっ!」
「ワーカーなんかに負けやがって! この役立たず! ゴミ屑! お前なんか最低のフェアリーだ!」
エルシドは執拗にシルメラを踏みつけ、最後に全身の力を集中して、シルメラの左翼に足下を叩きつけた。骨が砕ける気味の悪い音がした。
「うあああああぁっ!!?」
シルメラが仰け反って悲鳴をあげる。
「翼が折れたフェアリーなんて、もういらない。この場で処分してやる!」
エルシドは、シルメラを地面に押さえつけると、折れた方の翼を掴んで引き上げた。激痛にシルメラは苦悶を浮かべるが、声を出さずに耐えていた。そのあまりに残酷な仕打ちに、それまで呆然としていたサーヤの中に、シルメラを守りたいという気持ちと、エルシドに対する怒りが、よく乾いた枯葉の山に火を付けるように、一瞬にして燃え上がった。