シルメラ‐6
土砂降りに近い激しさの雨が降りしきる中、サーヤは泥水を跳ねながら走り続けていた。そして、学校の中庭にある大きな樫の木を見つけると、その幹を背にして隠れた。
「サーヤ…………」
不安そうに見上げるウィンディを、サーヤは息を弾ませながら抱きしめた。
「どこいった!」
エルシドは雨に打たれながら、サーヤたちを血眼になって探す。
「シルメラ、お前は奴らの気配がわかるだろ、早く燻りだせよ!」
「……わかった」
シルメラは樫の木に飛んで近づくと、大鎌の一閃で太い幹を、まるでバターでも切るように輪切りにした。巨木が傾ぎ、ゆっくり前に倒れていく。
「うわわっ!?」
サーヤが慌てて大木の向こう側から出て来た後に、樫の木は百以上も折り重なる年輪を露にして倒れ、学校中の生徒が地震と勘違いするほどの振動を起こした。
サーヤはウィンディを抱いたまま逃げる。
「シルメラ、一気に止めを刺せ!」
マスターの恐ろしい命令を、シルメラは忠実に実行した。自分の翼から黒い羽を三本むしり取ると、それらが青い炎に包まれる。シルメラはそれを逃げていくサーヤに向かって投げつけた。
「お母様、どうかわたしに罰をお与え下さい………」
シルメラは罪悪感に支配されてそう口にした。
青く光る3本の黒い羽がサーヤのすぐ後ろの地面に突き刺さった瞬間に、大爆発が起こった。
「きゃあーーーーーっ!!?」
サーヤは背中に衝撃と爆風を受け、前に投げ出されて泥土の中に叩き落された。
「サーヤ! サーヤ! サーヤっ!」
ウィンディの必死に呼ぶ声に、気を失っていたサーヤはすぐに気付き、体中の痛みを我慢しながら立ち上がる。洋服もウィンディも泥まみれだったが、激しい雨が顔や手に付いた泥を見る間に洗い流していく。
「シルメラ……」
「サーヤ……」
シルメラはサーヤの目の前で黒い翼を広げていた。雨に濡れていても、シルメラが泣いている事がサーヤにははっきり分かった。
「わたしには、どうしたら貴方を助けられるのか分からないよ…………」
サーヤも涙を流し、ウィンディを足元に立たせると、シルメラに両手を大きく広げて見せた。
「そんな事をしても駄目なんだ! フェアリーはマスターの命令には逆らえない!! 頼むから逃げてくれ!!!」
それでもサーヤはシルメラを優しく包み込もうとした。
「何やってんだこいつは、正真正銘の馬鹿だな! だったら望み通りにしてやるよ。シルメラ、そいつから殺せ!」
悪夢のような命令が、激しい雨音に混じってシルメラの耳に届く。
「駄目だ、サーヤ、逃げて!」
シルメラは叫びに近い声を上げながら大鎌を振り下ろす。その時に、サーヤの青緑の瞳の輝きにシルメラは撃たれ、大鎌の切っ先がサーヤの頭の上で止まった。それはマスターの命令に対する奇跡的な抵抗だった。
「ああ、その目は…………」
「何やってるシルメラ! 鎌を振り下ろせ! 命令だ!!」
シルメラは、もうこれ以上は抵抗できないと分かると、心の崩壊が始まった。
「この人を殺すくらいなら、壊れてしまった方がいい…………」
シルメラの瞳の輝きが次第に曇ってゆく。サーヤはシルメラの心が遠くに行くのを感じて、命の底から叫んだ。
「だめえぇぇーーーーーーっ!!!」
雨音をかき消して響き渡る心の叫びに、アメシストの腕輪が反応して激しく紫の光を放つ。同時にウィンディはマスターの危機に、力を発現させた。
「あうーーーーっ!!」
サーヤとウィンディを中心に、巨大な竜巻が巻き起こり、それに巻き込まれたシルメラは、激しい空気の流れに晒され、攻撃どころではなくなった。
「やーーーっ!」
ウィンディが突っ込んできてシルメラに体当たりする。
「うわあぁぁぁっ!!?」
シルメラは大きく弧を描いて吹っ飛び、エルシドの近くに落下した。エルシドは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。
「な、な、なんだ!!? フェアリーワーカーが、黒妖精に攻撃したっていうのか!!?」
「これが、ウィンディの力か」
シルメラは立ち上がり、微笑を浮かべた。
「ウィンディ!?」
サーヤは風を巻いて飛んでいるウィンディ見上げた。いつも無邪気で可愛らしいウィンディは、マスターを守る為に小さな勇者となって黒妖精の前に立ちはだかっていた。
「ウィンディ、戦う! サーヤを守るって、シルメラと約束したから!」
「え!!?」
何と悲しくも優しい約束なのだろうか。それを聞いたサーヤは、何としてもシルメラを助けたいと願った。
「シルメラは悪くない。でも、シルメラのマスターは悪い人。だから、ウィンディは戦うの」
「それでいい」
シルメラは晴れやかに言う。この二人を見ていて、サーヤはようやく気付く事が出来た。
「わたし達が止めてあげれば、シルメラはこれ以上悲しい思いをしなくて済むんだね」
サーヤは右の腕輪を高く上げて言った。
「ウィンディ、シルメラの為に戦って!」