シルメラ‐5
「勝負は付いた。エルシド君、大人しく引きたまえ」
「ど、どうして、黒妖精は最強のフェアリーのはずなのに!?」
「確かに黒妖精は最強だよ。フェアリーだけの力なら、レディメリーよりもシルメラの方が上だ。しかし、フェアリーが真の力を発揮するのはマスターと心を通わせた時なのだ。君はまったくシルメラとかみ合っていない。それではわたし達に勝つことは出来んよ」
その時、いきなりエルシドの表情がとてつもない憎悪と憤怒に歪み、狂人の姿を呈すると、走り出してクラインに向かってきた。
「ふざけやがって! 許さないぞ、僕の邪魔をする奴は、誰であろうと!!」
エルシドは、学園の副院長に対して、鈍く光るナイフを振り上げた。あまりにも突飛な行動に、クラインは驚き、咄嗟に二の腕を前に出して胸を庇った。ナイフが彼の腕に突き刺さり、クラインは顔をしかめて呻いた。
「ぬぅっ……」
「クライン!!?」
レディメリーが、マスターの方に気を取られたその時だった。
「レディメリー、後ろだ!!!」
焦燥の極まったクラインの声に、レディメリーははっとして振り向く。そのときにはもう、シルメラが目前に迫っていた。
「たあぁーっ!」
シルメラが放った横薙ぎの大鎌に、レディメリーが胸を切り裂かれ、宙に鮮血が舞う。
「あ、あぁぁ…………」
レディメリーは美しい桃色の翅から輝きを無くし、全身の力を失って地に落ちる。
「かはっ、かふぅっ!?」
レディメリーは肺から競り上がってきた血を吐き出すと、それっきり動かなくなった。
「レディメリーーーーーーっ!!?」
クラインのまるでわが子を目の前で殺されたような嘆きが学校中に響き渡る。
「わははははっ!! やった、やったぞ! 僕のシルメラが、副院長のフェアリーを倒した! やっぱり黒妖精は最強だ!」
シルメラは両目をぎゅっと閉じて、レディメリーを殺傷してしまった事に、深く心を痛めていた。
「そんな、酷いよ、酷すぎる…………」
サーヤは、クラインに抱き上げられるレディメリーと、心がぼろぼろに傷ついているシルメラを見て、たまらない気持ちになって涙を流した。
「先生、この子、息してないよ!?」
「大丈夫だ。コアが傷ついていなければ蘇生出来る。それよりも、サーヤが危ない」
シェルリの目に、サーヤに近づいていくエルシドの姿が映る。
「く、なんという事だ、わたしが油断をしたばかりに……」
「誰か、エルシドを止めて!!」
シェルリの叫びに誰一人応える者はいなかった。
「この学校には、もうシルメラを止められるようなフェアリーはいない」
「テスラ、早くリーリアを連れて戻ってきて…………」
今のシェルリには、それを期待する以外の術がなかった。
「もう邪魔する奴はいない。今度こそ屑妖精をこの世から消し去ってやるよ」
エルシドは殺意から生まれる喜悦を表情に浮かべつつ、大木の後ろに隠れているサーヤに近づく。
「逃げるんだ、サーヤっ!!!」
普段は大声など出さないクラインが言うと、固まっていたサーヤは体をびくつかせた後、ウィンディを抱きながら逃げ出した。
「追え、シルメラ! 屑妖精をバラバラにしろ!」
「く…………」
シルメラはあまりの辛さに泣きそうな顔をしながら、サーヤたちの追跡を始めた。
シャイアはリーリアが驚くほど的確に最上のダイヤだけを素早く選んで買い付けていった。
「あなたは期待以上の物を持ってきてくれたわ。さすがにわたしが見込んだだけの事はあるわね」
「お褒めに預かり光栄だわ。では最後に、これを買ってもらいたいわ」
リーリアは他のダイヤとは別に、洋服の中に忍ばせていたダイヤをテーブルの上に出した。
「まあ、素晴らしいピンクダイヤモンド」
「お近づきの印よ」
リーリアの言い値は、驚くほど安価だった。シャイアはその好意を素直に受け取り、ピンクダイヤを買い付けた。
「丁度よかったわ。欲しがっているお客様がいるのよ」
「喜んで頂けたようね。よかったわ」
「ええ、とっても」
「姉妹がすぐ近くまで来ているよ」
いきなりコッペリアが言い出すので、商談をしていた二人は眉を潜めた。
「テスラだわ」
続けてエクレアが言った直後に、テスラが店の中に飛び込んできた。
「リーリア、助けて! サーヤとウィンデイが殺されちゃう!」
テスラが開口一番でそんな事を言うので、さすがのリーリアも少し面食らった。それを聞いて最初に動いたのはコッペリアだった。彼女はオーロラのように緑や赤の光が蠢く六枚の翅を開いたかと思うと、高速で飛んでテスラの横をすり抜け、外へ出て行った。シャイアが声を掛ける暇もなかった。
「エクレア!」
「うん!」
多くを語らずとも、エクレアはマスターの意思を即座に理解し、コッペリアの後を追った。
「悪いけれど、商談を中断させてもらうわ」
リーリアはそう言うと、ダイヤの敷き詰められているトランクを後に残して、走って店の階段を下りていった。商人にはあるまじき行為だが、リーリアにとっては時価数千万のダイヤなどよりも、親友の命の方が遥かに重要だという事だった。
シャイアはダイヤを金庫にしまうように店員に言い残し、やはり急ぎ足で店を出て行った。外では馬車の用意にもたつく使用人にリーリアがいらついていた。
「わたしの馬車の方が早いわ」
すぐに店の前に黒塗りの箱馬車が乗り付けられた。
「御者台にはわたしが乗ります」
メルファスが颯爽と御者台に飛び乗り、二人の令嬢が乗り込むと走り出した。
シャイアは、コッペリアが自分に何の断りもなしに出て行ったのが気に入らなかった。何がコッペリアをそうさせるのか、この目で確かめなければ気が済まなかった。
エクレアとコッペリアは音速に近い速度で飛び、シルフィア・シューレに向かっていた。
エクレアは頑張ってコッペリアに追いつこうとしたが、少しずつ二人の距離は開いていた。
「急ぎな。フェアリーの歴史が動く瞬間が見られるかもしれないよ」
「あんたは何を言っているの?」
コッペリアは不適な笑みを浮かべただけで、何も返さなかった。
暗黒雲の中から落ちてきた光が二体の妖精を照らし、町全体を揺らすような唸りが轟く。それからすぐに大粒の雨が降ってきた。