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闇色の翅  作者: 李音
妖精章Ⅳ フェアリーに祝福されし少女たち
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フェアリーに祝福されし少女たち-5

 パーティの会場には貴族達に連れられる着飾ったフェアリーがかなりいた。金持ちのフェアリーは心を持った格の高いものが多いが、その殆どは自由に食事もさせてもらえず我慢を強要されていた。食いしん坊のフェアリーにとって、それは死ぬほど辛い事だった。上流階級にはフェアリーを装飾品の一部としか考えない人間が多いのだ。

「お前いくらなんでも取りすぎよ。どれが何の料理か分からない状態になってるわ。それじゃ色んな料理の味が混ざってしまうわ」

 エクレアは料理が山盛りになっているウィンディの取皿を見て呆れ顔で言った。沢山の料理に嬉しくて仕方のないウィンディは、エクレアの話など聞こえずにどんどん料理を口に放り込んでいた。

「あんたには料理の味なんて関係ないのか……」

「おいし~~~」

「はぁ……」

 エクレアは数枚の取皿を料理ごとに使い分けていたが、食べている量はウィンディと大して変わらなかった。

「そのフィレ肉、もっと厚く切っておくれ」

「こ、これくらいでしょうか?」

「もっともっと」

「では、これくらいで……」

「うん、いいねぇ。大きいままじゃ食べづらいから、八等分にしておくれ」

「かしこまりました」

 使用人の青年は小さなフェアリーが相手でも慇懃に対応して、通常の三倍はある厚さのフィレ肉を切っていた。

「うん? あのフェアリー、どっかで見た事があるわ」

 エクレアは大海老のオリーブオイル焼きシルフリア風を食べながら、六枚の翅のフェアリーを見ていた。向こうの方も気付いて近づいてきた。

「あ、コッペリア~」

「コッペリアですって!!?」

 ウィンディが嬉しそうに言うと、エクレアは持っていた取皿を落として驚愕した。

「ウィンディも来ていたのかい」

「うわ~」

 ウィンディはコッペリアの皿の上のフィレ肉を見て紫の瞳を輝かせる。

「食べるかい?」

「いただきま~す!」

 二人でフィレ肉をつつき始めると、取り残されたエクレアが言った。

「ちょっと、和気藹々とやってるんじゃないわよ。コッペリア、わたしを忘れたの!?」

「ひふぁしぶりらね、うくれれ」

「肉食いながら喋るんじゃないわよ! わたしは楽器じゃない!」

 コッペリアは大きな肉の塊を飲み込んでから言った。

「夢幻戦役いらいだねぇ。あの時にお前の心は壊れたと聞いていたが、元気そうじゃないか」

「そ、それは……」

「ブラックオパールのコアを持つお前が簡単に壊れるはずもないか」

「……あんたがこんな所にいるってことは、まさかマスターがいるの?」

「そうだよ」

「コッペリアにマスターが…………」

 エクレアは信じがたい事実を突きつけられ、料理を食べるのも忘れていた。

「ウィンディ」

「あい?」

「お前まったく飾り気がないねぇ。これをやるよ、きっと似合うよ」

 コッペリアはダイヤとアメシストをあしらった金の髪飾りを外して、ウィンディの頭に付けてやった。

「ありがと~」

 エクレアはそんな二人のやり取りを見て、少し羨ましそうな顔をした。

「この二人、どうして仲がいいの?」


 シャイアはここに来た目的の七割は果たしたが、まだ会いたいと思っている人物がいた。それを探していると、考えもしない顔見知りから声をかけられた。

「あの、シャイアさん?」

 シャイアはその少女を見て眉をひそめる。

「サーヤ?」

「わあ、やっぱりシャイアさんだ」

「何で貴方みたいな子がこんな場所にいるのかしら?」

「そ、その、友達に連れてきてもらったの」

「ふぅん」

 サーヤはシャイアに見つめられただけで、鼓動が高まり顔が火照った。こんなのはおかしい事だと分かっていても、目の前の麗人の悪魔的な魅力はサーヤの心を鷲掴みにして離さなかった。

「あの事、誰にも喋っていないでしょうね?」

「絶対に誰にも言いません。わたしシャイアさんの役に立ちたいと思ってるんです」

 絞め殺されそうになった相手にそんな事を言うサーヤを、シャイアは頭がどうかしているのではないかと思ったが、すぐに可憐で純真な少女の真摯さを感じ取り、全てを理解した。

「本当に役に立ちたいと思っているの?」

「はい!!」

「わたしの言う事なら何でも聞くと約束できる?」

「わたしの出来る事なら何でもします……」

「いい子ね」

 シャイアの顔が不意に近づくと、サーヤの鼓動はさらに早まり、体は樹木のように固まった。シャイアはサーヤの頬に口づけをした。

「あぁ…………」

「ふふっ、これは契約料よ。約束、忘れないでね」

「は、はい…………」

 サーヤはキスをされた時にシャイアの甘い吐息を感じて呆然自失となった。シャイアにとっては利用できる人間は一人でも多い方がいい。口づけ一つで何でもいう事を聞かせられるのなら安いものだった。


 リーリアは酷くつまらなそうな様子で会場の隅の方のソファーに座っていた。次から次へと来る貴族や豪商たちのおべっかにも辟易したし、そもそもパーティというものは子供の頃からあまり好きではなかった。そんなリーリアに向かってエクレアが星屑のような輝きを散らしながら飛んできた。

「あ、いたいた」

「もういいの?」

「お料理は全種類食べたし、満足したよ」

「軽く三十種くらいの料理があったと思うのだけど……」

「楽勝よ」

 エクレアが降りてくると、リーリアはそれを抱きとめて膝の上に乗せる。

「何でこんなパーティに参加したの? リーリアってお父様の事をものすごく嫌ってるんじゃないの?」

「お父様の為ではないわ。会って話してみたい人がいるのよ。そろそろ探しに出かけようかしら」

「リーリアが会いたがるなんて、一体どんな……」

 何となく前を見たエクレアは、七色の遊色を湛える瞳を大きく見開いた。

「あーーーっ!?」

「なに?」

「あ、あれがコッペリアのマスター!?」

 コッペリアを右腕に抱いたシャイアが、リーリアの近くまで来ていた。

「やぁっと見つけたわ。あなたがリーリア・セインでしょう。七色のフェアリーを従えていると言うから、すぐにわかったわ」

「今から貴方を探しにいこうと思っていたところよ」

「それは光栄なことだわ。シルフリアで最も気高く聡明と謳われる乙女に気にしてもらえるなんてね」

「あなたの噂は千里を駆けているもの」

 リーリアは相手と同じ様にエクレアを右腕に抱いて立ち上がると、左手でドレスのスカートを摘んで慇懃に挨拶した。

「リーリア・セインです。以後お見知りおき下さい」

「シャイア・シュラードよ」

 シャイアも相手と同じ様にドレスのスカートを摘んで挨拶を返した。

「ねえ、わたしたちが手を組んだら素敵だと思わない?」

「残念だけれど、わたしと一緒にいても何の特にもならないわ。利益を求めるならお父様のセイン財団に入る方がよほど建設的よ」

「あの男は駄目よ。貴方だって分かっているくせに。それに、財団というのは利を生むための組織ではないはずよ。セイン財団の目的は人とフェアリーの救済でしょう」

「その為に力を貸してくれるとでも言うのかしら?」

「貴方の返答次第ね」

「わたしに何を求めているの?」

「わたしが知りたいのは、貴方の持っているダイヤモンド鉱山の事よ」

「なるほど、それなら話は分かるわ」

「その歳でダイヤモンド鉱山を経営するなんて、貴方は正真正銘の才女ね。わたしも宝石鉱山を二つ持っているから、経営の難しさは良く知っているの」

 シャイアは幽玄の極みともいえる美しい顔をリーリアに近づけて言った。

「あなたはここにいるつまらない人たちとは違うわ」

「わたしは自分が特別な人間だとは思っていないわ」

「ふふっ、まったく動じないのね。今までの人たちは、わたしが近づいただけで怯んでしまっていたのに」

 シャイアはリーリアから離れると言った。

「わたしの鉱山は、色石は素晴らしいのだけれど、ダイヤモンドはまったく駄目なの」

「良いダイヤモンドをお店に流して欲しいのね」

「そう、話が早くて助かるわ。その代わり、わたしは貴方のセイン財団の傘下に入るわ」

「財団に入るには、審査を受ける必要があるわ」

「じゃあ、三日後にわたしのお店に来てもらえるかしら?」

「時間は?」

「十四時でいかが?」

「学校にいる時間だけれど……調整するわ」

「決まりね、待っているわよ」

 話がまとまったまさにその時、会場の入り口の方から和やかな雰囲気を粉々にする悲鳴が起こった。

「あぁ、あぐ…………」

 暴漢を止めようとして胸を一突きされた使用人の一人が、白いシャツに血染めの花を咲かせて倒れた。それを見た貴婦人達は、たちまち混乱して大騒ぎになった。

「邪魔をするから悪いんだ」

 剣を持ったボロ着の男がパーティの会場に乱入していた。よく見ると男の着ている服は、元は貴族が好む上物のコートだと分かる。男の端正だった顔は薄汚れて頬はこけ、逃避生活の苦渋がにじみ出ていた。

「お前がここに入っていくのをたまたま見かけたんだ。この魔女め!」

 男は血走った目でシャイアを睨むと、早足で近づいていく。

「あなたのように薄汚い男に何が出来るというの?」

「言ったな! 殺してやる!」

 シャイアはまるで男の挑戦を受けるとでも言うように、優雅な足取りで歩き出す。リーリアはその後姿を怪訝に見つめていた。

「この僕の苦しみを、お前も味わえ!!!」

男は薄笑いを浮かべるシャイアの前で剣を振り上げる。その瞬間にエクレアが言った。

「あの人、殺されるわ!」

 それを聞くと、リーリアは考えるよりも体の方が先に動いて走り出した。

「やめなさい!!」

 男はどす黒い憎しみを込めて、シャイアを真っ二つにするくらいの力で剣を振り下ろし、同時にシャイアの腕の中にいるコッペリアが異様に歪んだ笑みを浮かべた。

「死ねーッ!!」

 刹那、会場の隅々まで響き渡る響音と共に、真っ二つに折れた剣が弾け、爆ぜた血肉や骨が飛び散った。突然振ってきた真っ赤な雨をまともに受けた数人の貴婦人は、泣き叫んだり気を失ったりした。ただ一人、サーヤだけは赤い雫がドレスについても身じろぎもせず、暗い炎で身を焦がすシャイアの姿をじっと見つめ続けていた。

「ああ、あ?」

 少し前までシャイアの夫だった哀れな男は、色々と足りなくなっている右手を、算数が分からない幼子のような顔で見ていた。右手の小指と薬指が粉々に砕けてなくなり、中指は肉がほとんど削げ落ちて血まみれの骨がむき出しになっていた。

 人間のものとは思えない異常で奇怪な悲鳴がパーティの会場に嵐となって吹き荒れる。シャイアは自分の足元で無様に転げまわる男を、冷ややかに見下ろしていた。

「痛い、痛いよ!!! お母さん助けて!!!」

「自分で消し去ったものに助けを求めるなんて、何て愚劣なのかしら」

 エルヴィンは這い蹲りながら、あまりの激痛に泣きじゃくる顔でシャイアを見上げた。

「あなたのそんな姿を見ても、哀れみなんてこれっぽっちも感じないわ。むしろ、その無様で滑稽な姿に怒りがこみ上げてくるくらいよ」

「あ、が、うぐ……わああぁぁぁっ!!!」

 エルヴィンは激痛とあまりの惨めさに、子供じみた泣き方をした。そこへようやく拳銃を持った衛兵たちがなだれ込んでくる。

「お怪我はありませんか?」

 隊長らしい大柄な男が、苦しんでいるエルヴィンなど見向きもせずにシャイアに言った。

「大丈夫よ。わたしのフェアリーが少しやり過ぎてしまって、その男は今にも死にそうだけれど」

 二人の衛兵がエルヴィンの両腕を掴んで立たせる。彼の右手のおぞましい負傷に、男達は眉をひそめた。

「……大丈夫だ。この怪我なら死にはしない。早く手当てをしてやれ」

 エルヴィンは情けない悲鳴を漏らしながら、衛兵たちに連れて行かれた。

 リーリアは、冷たい微笑を浮かべるシャイアが、人間とはまったく違う恐ろしい存在のように思えた。今の残酷極まる一事で、シャイアはリーリアにそれほどの印象を与えた。


パーティが終わりに近づいてきた時間、ウィンディはサーヤのところに帰ってきた。

「遅かったね。ずっと食べてたの?」

「あう~~~っ」

 ウィンディは満面の笑みで応える。

「満足したみたいだね。よかった」

 その時、サーヤはウィンディの頭に輝いている見た事もない神秘的なアクセサリーを見つけた。

「ウィンディ、その頭に付けてるのどうしたの?」

「貰ったの」

「貰ったって、そんな高そうなもの誰が……」

「友達、コッペリア!」

「コッペリアって、どこかで聞いた事あるような……。とにかく、そんな高価そうなものもらえないよ。持ち主に返さなきゃ!」

 サーヤはパーティの会場を散々歩き回ってコッペリアを探したが、結局は見つからず、やがてリーリアに呼び止められた。

「そろそろ帰るわよ」

「う~っ、困ったなぁ」

「何が困ったというの?」

「ウィンディがものすごく高価そうな髪飾りをもらっちゃって、持ち主を探して返さなきゃって思ってさ」

「そういう好意は素直に受けておくものよ」

「う~ん、そうだ、リーリアならこの髪飾りの価値とか分かるよね」

「見てあげるわ」

 リーリアはウィンディの髪に輝いている金の髪飾りを見て、ほんの一瞬だけ眉をひそめてから言った。

「ダイヤは偽者だし、金もメッキだし、アメシストだけは本物みたいだけど、たいした価値ではないわ。玩具に近いものね」

「そうなんだ、よかった。じゃあ、大切にしようね、ウィンディ」

「うん!」

 それを聞いたエクレアは、マスターの耳元で囁くように言った。

「何でそんな嘘つくの?」

「本当のことを言ったら、サーヤの心臓が止まってしまうわ」

「あは、確かに」

 実は1カラットを超えるダイヤもそれを支える地金の黄金も本物で、実際に買うと数百万ルビーはするものだった。サーヤは何も知らずに、ウィンディと一緒に喜んでいた。


 夜道を渡る馬車の中で、シャイアは上機嫌に珍しく歌などを口ずさんでいた。

「ダイヤモンドが手に入るのがそんなに嬉しいのかい?」

「ダイヤモンドですって? そんなものはどうでもいい事よ」

「それが欲しくてあの娘に近づいたんじゃないのかい?」

「逆よ。ダイヤモンドが欲しいと言うのはあの子に近づくための口実、セイン財団に入るのが本当の目的よ」

「そのセイン財団って言うのに入ると、何かいい事でもあるのかい?」

「ええ、とっても良い事があるわよ」

 シャイアは馬車の窓から三日月を見ながら、やはり三日月のように鋭く狂気的な笑みを浮かべて言った。

「リーリア、わたしの手の中で躍らせてあげるわ」


フェアリーに祝福されし少女たち……END


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