フェアリーに祝福されし少女たち-4
この日の夜、シャイアは社交界のパーティへと足を運んだ。念願の招待状が届いたのだ。差出人の名はデビス・セインと言って、巨大な宝石商組織、『ル・ビアス』を総括するセイン財団の長である。
シャイアは自家用の馬車の中でほくそ笑んだ。その隣にはコッペリアが寄り添って座っていた。
「思ったより早く来たわね」
「妙に嬉しそうだねぇ」
「セイン財団はシルフリアにある一流の宝石商社を束ねているわ。つまり、セイン財団から招待状を貰うという事は、わたしが一流として認められているという証になる。それは目的に一歩近づいたという事を意味するわ」
シャイアの喜びは復讐者としての一面からにじみ出る陰湿なものだった。一流の宝石商社として認められた事など、彼女にとってはどうでもいい事だった。
「利用できそうな人がいるといいわねぇ」
「お前なら誰だって利用するだろう」
コッペリアがそんな事を言っても、シャイアはまるで褒められて嬉しいとでも言うように微笑を浮かべていた。
パーティの行われる場所は、シルフリアの町から北の方向の高台にある、フェアリーラント王家が所有するシルフリア城だった。実際はコンダルタ家のものと言ってもいい城で、夢幻戦役で帝国軍を退けたクランセル・コンダルタに、その功績を称えて贈呈されたものだった。
シャイアとコッペリアが馬車から出てくると、迎えに来た城の使用人は、シャイアのあまりの優美さに声をかけることもわすれて呆然としてしまった。
ディープブルーのマーメイドラインのドレスはシャイアの清冽な肢体を余すところなく強調し、裾に沿って付いているフリルが大人の色香の中に少女の可憐さを加味する。ジュエリーは大粒のピジョンブラッドのペンダントと、淡いピンクダイヤをあしらったプラチナの腕輪のみで、ドレスの印象を引き立てる、強調しすぎない程度のものだった。そして大きく開いた胸元から見える真珠のように白い肌と谷間には同姓までもはっとさせるような艶かしさがある。
コッペリアの方は何時もの様に青銀髪を黒いリボンでポニーテールにして縛り、半袖とスカートと沢山フリルの付いたロゼ色のドレスに、頭には小粒のダイヤとアメシストを順番に並べた金の髪飾り、胸には妖精の形をした小さなプラチナのブローチを付けていた。そのコッペリアが近くにいるだけで、シャイアの魅力は何倍にも引き立った。
「そんなにじっと見つめられたら恥ずかしいわ」
「あ、も、申し訳ございません!!?」
からかうように言うシャイアに、若い男の使用人は慌てて謝り、城の中に案内した。
パーティの会場である城の広間は、クリスタルを通して降り注ぐシャンデリアの輝きで満たされ、煌びやかなドレス姿の貴婦人たちがソファーに座って笑いあったり、豪商や貴族の男達が立ち話したりしていた。セイン財団が主催するパーティは、宝石商や貴族たちが商談や情報交換を行う場なので、堅苦しい形式ではなく、立食したり気ままに踊ったりと、話が弾みやすいように考えられていた。
「本当にわたしも来てよかったのかなぁ」
「問題ないわ」
シャイアが到着する少し前、リーリアとサーヤがフェアリーたちを連れてシルフリア城に入っていた。
リーリアの忠実な従者のメルファスは、馬車から降りた二人の乙女にやうやうしく頭を下げて言った。
「いってらっしゃいませ」
サーヤは可憐な少女らしく袖に膨らみのある水色のドレスを着て、ウィンディは何時ものようにスカートにフリルの付いた緑のワンピース姿だった。
少女達を見て、近くにいた貴族たちは口をそろえて褒め称えた。
「まあ、何て美しい」
「どこの令嬢だい?」
「あれはセイン財団のリーリア嬢だよ」
「容姿端麗とは聞いていたが、これは何とも・・・」
「連れているフェアリーも至高の美しさですわ。本当に羨ましいこと」
リーリアはその美しさと高貴さを十分に引き立てるドレスを着こなしていた。ダークレッドの上に赤い薔薇を敷き詰めたように模様が入っていて、長いスカートと半そでの裾には赤いフリルが付いている。白い右肩をむき出しにし、薔薇模様のドレスに覆われている左肩から右の脇の下まで斜めに胸元が開いている少々大胆なデザインだった。ジュエリーは中指にあるブラックオパールの指輪のみである。エクレアもまったく同じ様式のドレスを着ているが、模様が違っていて白地の上にピンク色の薔薇が咲いていた。
「みんなリーリアのこと噂してるみたい」
「気にする事はないわ、行きましょう」
リーリアがパーティ会場に入ると、たちまち多くの人が集まり、挨拶していく。
「うわぁ、リーリアって有名人なんだ」
「セイン財団の半分はリーリアのものだから、みんなご機嫌取りに必死なのよ」
「半分?」
「さーて、美味しいものがいーっぱいあるから、食べにいこっと」
「ウィンディも美味しいもの食べる!」
「じゃあついてきなさい」
「あ、ちょっと、二人共!?」
ウィンディとエクレアはサーヤを残して料理の置いてある場所に直線距離で飛んでいった。サーヤはどうしていいのかわからなかったので、リーリアが人々から開放されるのを待つ事にした。
「おお、リーリア! 来てくれたか!」
いきなり燕尾服の中年の小太り男が現れてリーリアに近づくと、周りにいた貴族や宝石商のオーナーなどが、自然に道をあけた。この男がパーティの主催者のデビス・セインだった。
「御機嫌よう、お父様」
「あの事は考えてくれたかね?」
「何のこと?」
リーリアが本気でわからないふりをすると、デビスは手をすり合わせて娘のご機嫌取りを始めた。
「意地悪をしないでおくれ、セイン財団を一つに戻すという話だよ。お前が承諾してくれないと、本当に困るんだよ」
「フェアリープラント社との関係を絶ってくだされば喜んで従いますわ」
「頼むから困らせないでおくれよ。フェアリープラント社と敵対するなんて、本当に馬鹿げたことだよ。それが分からないお前ではないだろう」
「フェアリープラントはフェアリーと人間の関係を完全に破壊しつくした、破滅への導き手です。このままではシルフリアは滅びますわ」
「おいおい、声が大きいぞ。ここにはフェアリープラント社のオーナーも来ているんだ」
「そうなのですか、望むところです」
「これはお前の為でもあるんだよ。フェアリープラントに目を付けられてしまったらお終いなんだ」
「お父様は、わたしの心配などしていないわ。セイン財団の力と、お母様のダイヤモンド鉱山が欲しいだけなのだわ」
「そんな悲しい事を言わないでおくれ・・・」
「いくら話をしても無駄です」
「リ、リーリア!」
リーリアは父から離れてサーヤの腕を掴むと言った。
「向こうでフェアリーたちと一緒に食事でもしましょう」
「う、うん」
デビスは呆然と去っていく少女達を見ていたが、会場の入り口の方が騒がしくなると、リーリアに見せたのと同じくらいの媚をもって手をすり合わせ、騒ぎのある方へ急いで向かった。
人間離れした容姿端麗な女性の登場に、会場の貴婦人や貴族男性たちは騒然とした。今やシャイアは名実共にユーディアブルグの女領主となっていた。追い出されたエルヴィンは、シャイアに領民殺しと母殺しを立証されて追われる身にまで落ちていた。
「いや、はや、よく来てくださった。わたしが主催者のデビス・セインです」
「この度はお招き頂き、光栄の極みですわ」
「これは噂以上の美しさだ。その上にユーディアブルグを治め、黒妖精のマスターとは、神は二物を与えずという言葉は嘘ですな」
それからデビスはシャイアが抱いている小さな少女を見て言った。
「本物の黒妖精を見るのは初めてですよ。ううむ、これは娘のフェアリーに劣らない美しさだ・・・」
コッペリアはそわそわして、いまにも飛び出していきたそうだったが、シャイアがしっかり抱いていたので動けなかった。
「離しておくれよ、うまそうな匂いがするんだよ」
「黙りなさい」
「はっはっは、可愛いものですな。料理ならたくさんあるから、いくらでも食べるといいですよ」
「もう我慢できないよ、離しておくれ」
「まったく、食い意地ばっかり張って・・・」
シャイアは仕方なく離すと、コッペリアはものすごい勢いで食べ物の方にむかっていった。
「来て早々になんですが、貴方には是非ともセイン財団に名を連ねてもらいたいのですよ」
「そうですわね。考えさせて頂きますわ」
「良い返事を期待していますよ」
シャイアはデビスの申し出を受けるつもりはなかった。デビスが役に立つ人間ではないと見抜いたからだった。
それからデビスはシャイアにシルフリアの名士たちを紹介していった。
「最後はあの方ですな」
デビスとシャイアは、シャンパンを片手に貴婦人たちと立ち話をしている長身の中年男に近づいた。金糸で蔓草のような模様が入ったベストの上に、膝丈の黒いコートを着て、首にはゆったりとした白いスカーフを巻いている、見るからに身分のありそうな姿だった。
男はシャイアを見ると、話を中断して奇跡でも見ているように灰色の瞳を見開いていた。
「デビス君、この美しい夫人は誰かね?」
「この方が噂のシャイア・シュラード嬢ですよ」
「おお! 最近ユーディアブルグの領主になったという噂の人か!」
「シャイア様、この方はフェアリープラント社のオーナーであらせるカーライン・コンダルタ伯爵です」
「お会いできて光栄ですわ」
カーラインはシャイアと握手をすると言った。
「今ご婦人方とフェアリーの話で盛り上がっていたところです。よかったら貴方も聞いていきませんか?」
それからカーラインは得意げに話を再開した。
「どこまで話したかな・・・そうだ、フェアリーワーカーの心を壊さないとどうなるかというところでしたな。一言でいうならば白痴だよ。見ているだけで叩き殺したくなるようなどうしようもない白痴が生まれるのだ。ワーカーのコアは宝石と言っても、石ころにも劣らない粗悪品ですからな、そうなるのが当たり前なのです。だから心のない人形にしてある種の命令だけ従うようにプログラムしてやる。そうすると我々の生活に役立つ道具となるわけだ」
「フェアリークリエイターの力もなしに、どうやってあれだけのフェアリーを量産しているのでしょう?」
シャイアが聞くと、カーラインは気障っぽく指を立て、もったいぶった調子で言った。
「それは、企業秘密ですよ」
シャイアはコッペリアが側にいなくて本当に良かったと思った。目の前にいるのは、コッペリアに叩き殺されてもおかしくない類の人間だった。
「美しいお嬢さん、喉が渇いたでしょう。シャンパンでもいかがかな」
シャイアはカーラインが使用人を呼ぶ前に言った。
「ええ、頂きますわ」
シャイアはいきなりカーラインにぐんと近づき、彼の持っていたシャンパンのグラスを優雅な手つきで奪った。そして、目の前でそれに口を付ける。カーラインは女神のように繊細で、夢魔のように妖艶なシャイアの唇に目を奪われ、ほのかな香水の匂いと、もう少しで手の届きそうな場所にあるシャイアの肢体の気配に頭の奥が痺れた。シャイアはシャンパンを半分だけ飲んで、呆然としているカーラインの手に返した。
「ありがと」
シャイアは相手に吐息を感じさせる距離で言ってから、魅惑的な微笑を浮かべつつ去っていった。
それを見ていた貴婦人達は、何てはしたない娘だと思ったが、シャイアの圧倒的な魅力は、教養のある女たちを黙らせるほどのものがあった。
カーラインはグラスのシャイアが口を付けた部分にキスをして、動かしがたい意思の下に言った。
「必ずあの女をものにしてみせる」