フェアリーに祝福されし少女たち-3
「よく似合っているわよ」
「わぁ、生まれて初めてだよ、こんなに可愛い服!」
サーヤはリーリアから貰った白いセーラー服を着て鏡の前の自分を見つめていた。半そでの裾と短いスカートの裾にはワンポイントの青い縞が入っていて、ネクタイは薄ピンク色、背中にはコンパクトな空色のリュックを背負って、アメシストの腕輪もあつらえたようにマッチしていた。全体的にサーヤの雰囲気にピッタリの明るい色合いになっていた。
サーヤは学校に来て三日目で掃除係からマイスタークラスに転進することになった。
「そろそろ馬車が来るわ」
リーリアとサーヤはそれぞれのフェアリーを連れて馬車に乗り、屋敷からシルフィア・シューレに向かった。歩きで登校する生徒達を尻目に、サーヤはちょっとだけ得意になって窓から顔を出した。
「うわ~っ」
潮の香りが鼻腔をなでる。前から迫ってくるシルフィア・シューレの三階建ての赤い屋根の校舎と、その裏側には高く聳える時計塔が見えた。左手には草原が広がり、更に向こうに青い海が広がっている。サーヤが初めて見る景色ではないが、マイスタークラスの生徒として一歩を踏み出したばかりの少女には、この上なく新鮮なものに見えた。
「あう~っ」
ウィンディも一緒に窓から顔を出すと、それを見た登校中の生徒たちは、可愛らしい姿に微笑を浮かべていた。
マイスタークラスでは、掃除係りから異例の編入をしてくるサーヤの事がすっかり噂になっていた。
「どんな子なのかしら?」
「とてもいい子よ」
「え? リーリアの知ってる人なの?」
「うちの居候だもの」
「そうなんだ!」
リーリアとシェルリが話していると、担任の教師についてサーヤが入ってくる。教師の簡単な紹介の後にサーヤは言った。
「サーヤ・カナリーです。こっちのフェアリーはウィンディって言います。えっと、目標とか言うんだっけ。え~、人間とフェアリーが平和に暮らせる国を作りたいです」
それを聞いたシェルリは、これ以上ないというくらいの嬉しさを交えて言った。
「あの子、いい友達になれるわ!」
「ええ、間違いないわね」
サーヤの紹介が終わったとき、一番前の席からあからさまな嘲笑が起こった。その少年はサーヤと同じくらいの年頃で、緑の鳥打帽に黄色の宝石のブローチを飾り、銀糸で複雑な文様が描かれた金のボタン付のジャケットや、青いシルクのキャニオンズなどから、身分の高さが伺えた。茶髪に瞳は鳶色で、何人も侮るような目つきは、いかにも捻くれていそうに見えた。
少年の隣には長い髪と瞳が黄色のフェアリーが座っていて、空ろな目をしていてまったく動く気配がなかった。
「おいおい、何でこんな奴がマイスタークラスに入ってくるんだよ。こんなゴミ屑フェアリーを連れた奴がさ」
「ゴミ屑だって!!?」
「そいつはフェアリーワーカーだ! 荷運び用の四八番だよ。僕はフェアリープラントによく行くから分かるんだ。間違いない。ワーカー連れて妖精使い気取ってるなんて、まじで笑っちゃうよ」
「おやめなさい、エルシド・コンダルタ」
「なにぃ?」
リーリアが上の席からエルシドを見下ろしていた。
「あなたにはサーヤの右腕にあるものが見えないの?」
「なんだって?」
エルシドはサーヤの腕輪を見ると、この世のものとは思えないものを見たように目を見開いた。
「契約の証だと!? フェアリーワーカーと契約なんて出来ないはずだぞ!?」
「ワーカーの心を開いたからこそ、サーヤはここに来たのよ。それが分からない貴方は三流ということね」
「何だと!? リーリア・セイン! もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってあげるわ。あなたは三流よ」
「く、許さないぞ!」
「あら、勝負でもするつもりなのかしら?」
エクレアがリーリアの前に出てきて七色の輝きの翅を広げる。
「相手になるわよ、くそ餓鬼」
「ぐ、ちくちょう・・・・・・」
エルシドは歯軋りしながらそっぽを向いた。リーリアはシルフィア・シューレの主席なのだ。戦いを挑んだところで負けるのは目に見えていた。
サーヤはリーリアとシェルリの間の席に座った。
「あんな人の言う事は気にしては駄目よ」
「平気よ。なんて言われたって、ウィンディはわたしの大切な家族だもん」
「とっても良いフェアリーだと思うわ」
「ありがとう!」
サーヤとシェルリは合った瞬間から旧知の仲のように気が合った。主人達と同じ様に、テスラとウィンディも教室の隅の方で遊び始めた。
「なによ、あたしの事は怯えて顔も見なかったくせに」
エクレアが不服そうにじゃれあっているフェアリーたちを見ていた。それを横目で見ていたリーリアが言った。
「あなたも一緒に遊んだらいいわ」
「じょ、冗談言わないでよ。高貴なフェアリーのこのわたしが、あ~んな教室の隅でなんて遊べないわよ。ふん、羨ましくなんてないもんね」
「本音が出ているわよ」
「う、うるさい!」
テスラはウィンディの手を引いて言った。
「外に遊びに行こう。学校の屋根の上がとっても気持ちいいんだよ」
「うん、行く~」
それを見ていたシェルリは、今までに見た事のないテスラの行動に驚いた。
「あの臆病なテスラが自分から外に出るなんて、よっぽどウィンディが気に入ったんだわ」
「いいお友達が出来てよかった」
サーヤは嬉しそうに言った。
ウィンディとテスラは学校の赤い屋根の頂点に座って遠くに見える青い海を眺めていた。
「風が気持ちいい~」
「あう~」
テスラがのびをすると、ウィンディもそれを真似する。それからぼーっと景色を眺めている二人の近くに、音も立てずに別のフェアリーが降りてきた。何気なくテスラが横を見ると、コーンフラワーブルーの瞳とピジョンブラッドの瞳がぶつかった。
「うわぁぁっ!?」
テスラはびっくりして立ち上がり、さらに足を踏み外しそうになって焦った。
「何をそんなに驚いているんだい」
「コ、コッペ姉様!?」
「久しぶりだねぇ、テスラ」
「あ~っ、コッペリア!」
ウィンディはぱぁっと笑顔になると、コッペリアの懐に飛び込む。それを見たテスラは冷や汗をかいた。
「駄目だよウィンディ、危ないよ!」
テスラの危惧に反して、コッペリアはウィンディを抱きとめて満更でもない顔をしている。
「飴おいしかった~」
「そうかい、まだあるよ」
ウィンディはコッペリアからまた飴を貰うと、紫の瞳を本物のアメシストのように輝かせていた。
「お前も食べるかい?」
「え、わたしは・・・・・・」
「何を疑ってるんだい。毒なんて入ってやしないよ」
テスラは恐る恐る姉に近づいて赤い包装のキャンディーを受け取る。
「ありがとう・・・・・・」
「びくびくするんじゃないよ、相変わらず気が弱いねぇ」
「ふうぅ、だって・・・」
「痛い目に合いたくなかったら、全てが終わるまで大人しくしてるんだね。と言っても、お前がわたしに戦いを挑むことはないかねぇ」
「ニル姉様とシル姉様もいるわ」
「邪魔する奴は叩き潰すだけさ」
コッペリアはそれだけ言い残して飛び上がり、ユーディアブルグの方向に飛んでいく。ウィンディはコッペリアの姿が見えなくなるまで陽気に手を振り続け、テスラはコッペリアから貰ったキャンディーを食べずに懐に入れていた。
授業が終わるチャイムが鳴りサーヤが廊下に出ると、後ろから呼び止められた。
「おい、お前」
サーヤが振り向くと、エルシドがそこに立っていた。
「お前のフェアリーに何が出来るのか見てやるよ。放課後、海岸近くの草原に来い、絶対だぞ」
「うん、いいけど・・・」
サーヤは一抹の不安を覚えながら言った。
この日の課程が全て終わると、サーヤはエルシドに言われた通りにウィンディを連れて草原に来た。エルシドは黄色い瞳のフェアリーを連れて先に来ていて、サーヤを待ち構えていた。サーヤは嫌味な薄笑いを浮かべる少年に、困った顔をして言った。
「ウィンディに何が出来るのか見たいって言ってたけど、ここじゃ無理だよ」
「はぁ?」
「ウィンディはね、お掃除が得意なんだよ。だから校舎の方に行こうよ」
「お前、僕を馬鹿にしているのか!!」
「ど、どうして怒るの?」
「今分からせてやるよ、バトルだ!」
「え?」
「レティ、あの屑を殺せ!」
エルシドが黄色のフェアリーに命令すると、鳥打帽を飾っているブローチの宝石が光だす。
まったく意思のないレティは、ただただ主人の命令を実行するだけだ。翅を広げるとサーヤの近くに浮いているウィンディに向かって飛んできて、お腹に飛び蹴りを喰らわせる。
「きゃうーーーっ!!」
「ウィンディ!!?」
サーヤは悲鳴に近い声を出し、地面に叩きつけられて転がったウィンディを抱き上げる。
「大丈夫!?」
「あうぅ、痛いよぅ・・・・・・」
「何て酷い事するの!!!」
「何って、ゲームさ。僕のフェアリーとお前のフェアリーを戦わせるんだ。早くその屑を離せよ、ゲームにならないだろ」
「フェアリーはそんな事をさせる為にいるんじゃない!!」
「離さないならお前ごと攻撃してやる。やれ、レティ!」
レティが向かってくると、サーヤはウィンディを庇って背中を晒した。そこへレティの小さな足下が打ち込まれると、想像を絶する衝撃を受けてサーヤは吹っ飛んだ。
「きゃあーっ!!」
「サーヤ、サーヤっ!!」
「いったい・・・」
サーヤはウィンディをしっかり抱いて守っていた。
「レティ、魔法で攻撃しろ!」
エルシドの命令でレティが上に向けた掌の中に黄色の光が現れ、少しずつ大きくなっていく。その間にサーヤは体の痛みに耐えながら立ち上がった。
「お願い、もう止めさせて」
「嫌だね、その屑を殺すまでは止めない」
「貴方のフェアリー泣いてるよ」
「はぁ? 何言ってんだお前は?」
「心のずっと奥で、こんな事したくないって泣いてるんだよ。お願いだから、その子に酷い事させないで」
サーヤは涙を流して必死に訴えた。その姿にエルシドは訳が分からずうろたえた。
「お前、頭がおかしいんじゃないのか!? こいつはとっくの昔に心が壊れてるんだよ!」
「違うよ! 酷い事ばかりさせるから心を閉ざしちゃったんだよ! 貴方には妖精を使役する資格はない!!!」
「うるさい!! レティ、思い知らせてやれ!!」
レティは掌の光球をサーヤたちに向かって投げつけた。成す術はなく、サーヤは蹲ってウィンディに覆いかぶさった。
「エクレア!」
光球が着弾して爆発を起こし、砂が吹き上がり、舞い上がった若草が鮮やかに吹雪く。エルシドは勝ち誇った笑いを浮かべていた。
海から流れてきた風に粉塵と煙が洗い流されていく。サーヤとウィンディの前を、巨大な魔方陣の結界と七色の瞳と翅のフェアリーが守っていた。
「あのフェアリーは!!?」
「フェアリーにはあらゆる攻撃行為をさせてはいけない。校則でそのように定められているわ。それを守れない貴方は退学にされても文句は言えないわね」
そう言って歩いてくる少女を見て、エルシドは焦燥を隠せなかった。
「リーリア・セイン!!?」
「そんなにゲームがしたいのなら、わたしたちが相手になるわ。行きなさい、エクレア」
「舐めるなよ、迎え撃てレティ!」
エクレアは七色の翅を開いて、非常な速さでレティの目前まで迫った。
「な、何だよあの速さ!?」
二人のフェアリーは向かい合ったまま動かなかった。
「何してるレティ、そいつを倒せ!」
「愚かね、よく見なさい」
レティはエクレアに見据えられて、目に見えて体を震わせていた。心を失っていても、本能が相手の恐ろしさを知らせていたのだ。
「力の差があまりにも大きすぎるとこのようになるわ。戦わずして勝負はついたわね」
「ち、ちくしょう、ちくしょーーーっ!!」
エルシドは狂ったように悔しがり、震えているレティのところまで歩いていく。
「この、役立たず!!!」
エルシドは自分のフェアリーを思いっきりひっぱたいて叩き落した。
「ひ、酷い!!!」
「最低ね・・・・・・」
サーヤとリーリアから非難されても、エルシドは悪びれもせずにレティの髪を鷲掴みし、頭を引き上げて言った。
「こんな奴もういらない、処分してやる」
「その子をどうするつもりなの!?」
「お前には関係ない!」
エルシドは理不尽な憎悪をリーリアとサーヤぶつけながら言った。
「いいか、この借りは必ず返すからな! 必ずだ! よく覚えておけよ!」
そのとち狂った姿には、フェアリーたちも開いた口が塞がらなかった。
「あうぅ・・・・・・」
「あんな奴、院長に訴えてさっさと退学にすればいいのよ!」
「残念ながら、それは無理だわ。エルシドの父親はフェアリープラント社のオーナーなのよ。プラントは教会や国家権力とも関係が深いし、コンダルタ家はフェアリーラント王家にも関わりがあるわ。この程度の事なら簡単にもみ消すでしょうね」
「セイン財団の力で何とか出来ないの?」
「他人を陥れるために財団の力は使えないわ」
「ふむぅ、難しいのね」
「仕返しすると言っていたから、サーヤは学校ではわたしの近くにいなさい」
「うん・・・・・・」
サーヤは上の空に答えた。エルシドが連れて行った心のないフェアリーの事が心配で仕方がなかったのだ。