フェアリーに祝福されし少女たち-2
サーヤは仕事が終わると、昼間の教師との約束を思い出し、職員室に行ってみた。そこにはあの青年の姿はなく、職員に尋ねると、地下の研究室にいるということだった。
サーヤが研究室に続く階段を、下りていくと他の教室とまったく同じ様な木の扉があった。入ってみると、サーヤが考えていたよりはずっと大規模な施設がそこにはあった。教室二つ分くらいの広さの部屋に、溶液の入った大きな卵形の水槽がいくつか並んでいて、他にもフラスコや試験管、それに見た事も無いような器具も多かった。ここには電気が通っているらしく、天井に埋め込まれた電燈が施設をオレンジ色の光で満たしている。
サーヤが恐る恐る入っていくと、早速ウィンディが周りの器具に興味を示し、卵形の水槽に顔をつけて中を覗いた。
「こら、触っちゃだめだよ」
歩いていくと、研究所の奥の方にもう一つの扉が見えた。
サーヤがその扉を開けると、本を読んでいた若い教師が快く迎えてくれた。
「待っていたよ」
この部屋は研究室よりずっと狭く、周りの本棚にはフェアリーに関する書物が敷き詰められている。
「あの、ここは?」
「ここはわたしの研究室さ。こう見えてもフェアリークリエイターなんだ」
「クリエイター?」
「君は何も知らないんだね。本当に変わった子だ」
男は本を閉じてサーヤに近くの椅子に座るように進めた。
「まずは自己紹介をしよう。わたしはクライン・フォーレスト。シルフィア・シューレの副院長をやっているんだ。そして、このフェアリーはレディメリー」
「よろしくね」
レディメリーはクラインの後ろにある机の角に座っていた。
「わたしはサーヤ・カナリーと言います。この子はウィンディです」
ウィンディはサーヤに抱かれていて、物珍しそうに周りを見回している。
「サーヤとウィンディか。聞きたい事は色々とあるけど、まずはこれをあげるよ」
クラインは机の引き出しからプラチナの腕輪を取り出し、それをサーヤに差し出す。腕輪にはオーバルカットの紫色の宝石が嵌っていた。
「そ、そんな高価そうなもの貰えませんよ!?」
「これは君に必要なものだ。ウィンディと絆を深める媒介になるものだからね」
「絆を深める媒介?」
「まあ、とにかく、わたしの言うとおりにしてほしい。まず腕輪を付けて、それからウィンディの手を握るんだ」
「こうですか?」
クラインの言う通りにすると、腕輪の宝石が急に眩い紫の光を発し始めた。
「な、何この光!? 腕輪が熱い!?」
「ウィンディの瞳の色からコアはアメシストだと分かっていた。その腕輪に嵌っているのもアメシストなんだよ」
「何がどうなってるんですか!?」
「君はウィンディと契約したんだ。これでその腕輪の宝石を通して、ウィンディに魔力を与える事が出来るよ」
「魔力?」
「簡単に言うと、君がウィンディのことを強く思うほどに、ウィンディの力が強くなって潜在能力を発揮する」
「はぁ・・・」
サーヤはよく分かっていないようだった。
「まあ、そのうちに分かるよ」
「あの、この腕輪返します」
「駄目だ! それはもう君とウィンディの絆そのものなんだから、外してはいけないよ」
「そんな事言われても、やっぱり駄目ですよこんな高価なもの・・・」
「ふぅむ、じゃあそれをプレゼントする代わりに、わたしの願いを一つ聞くというのはどうかね?」
「わかりました、何をすればいいですか?」
「掃除係からマイスタークラスになってもらおうかな」
「マイスタークラスっていうのになればいいんですね」
「詳細は後で知らせるから、今日はもう遅いので帰りたまえ」
サーヤが学校を出た頃には夕暮れで、帰り道は夕焼けで真っ赤に染まっていた。まだ下校途中の生徒達もいて、サーヤはそれに混じってウィンディと話しながら歩いた。
「マイスタークラスって、どんなお仕事なんだろうね?」
「マイスタークラス~」
ウィンディは大きな声でサーヤの言葉を真似る。
「貴方に聞いても分からないよね。お屋敷に戻ったらリーリアに聞いてみよう」
サーヤは屋敷に戻ると、すぐにリーリアの部屋を訪ねた。リーリアは丸テーブルの前で椅子に座って本を読んでいた。
「お帰りなさい、遅かったわね」
「うん、ちょっと副院長さんに呼ばれて」
「クライン先生に?」
「それよりも、聞きたい事があるの、マイスタークラスって、どんなお仕事なの?」
「あなた、惚けるにも程があるわね。マイスタークラスは仕事ではないわ。どうしてそんな事を聞くの?」
「その、クライン先生がね、この腕輪をくれる代わりに、掃除係からマイスタークラスになって欲しいってお願いされたの」
「何ですって!!?」
リーリアはいきなり大声を出して立ち上がる。サーヤはそんな反応をされるとは思っていなかったので慌てた。
「マイスタークラスって、そんなに大変なお仕事なの?」
「だから、仕事ではないと言ったでしょう。マイスタークラスは、シルフィア・シューレのエリートだけが集まる特別クラスの事よ」
「え、ええぇぇぇぇっ!!?」
「ようやく理解したようね」
「む、無理だよそれ! 聞いてないよそんなの!」
「クライン先生がそこまで言うのだから、サーヤにはそれだけのものがあるという事よ。よかったじゃない」
「よくないよ! わたし馬鹿だし、学校に行くお金も無いし・・・」
「それなら心配ないわ。クライン先生がマイスタークラスに入れたいと言ったのだから、学費免除の手続きが取られるはずよ」
「学費免除って、お金払わなくていいってこと?」
「そういうことになるわね。マイスタークラスでも特に優秀な生徒だけが学費免除の審査を受けることが出来るわ。滅多にない事だけれど」
「何か、とんでもない事になってる気がする・・・・・・」
うんと言ってしまったものは、今更どうにもならなかった。マイスタークラスへの転身は、サーヤが激流に飲み込まれるきっかけとなるのだった。
シルフリアからユーディアブルグに帰る馬車の中で、シャイアは何気なく窓から流れていく景色を見ていた。隣に座ってすましていたコッペリアが不意に言った。
「あの娘」
「え?」
「お前がさっき絞め殺そうとした小娘だよ」
「絞め殺すだなんて、物騒な言い方をしないでほしいわ」
「お前の殺意は本物だったね」
「あれがどうかしたの?」
「あの娘が連れていたフェアリーは、人間共がワーカーと言っている類のものだった」
「何を言っているの? あのフェアリーは自由意志を持っていたわ、ワーカーなはずがないでしょ」
「あの娘が心の扉を開けたんだ。わたしと同じ能力を持っているんだよ」
「へぇ、人間にもそんな事が出来るのね」
「あり得ないね。だが、ウィンディの壊れた心を取り戻したのは間違いなくあの娘だ。そんな事が出来る人間がいるとすれば、一人しか考えられない」
「誰なの?」
「・・・・・・」
コッペリアは口を閉ざした。シャイアがいくら訊ねても、その名を言う事はなかった。コッペリアはその答えに確証が持てなかったのだ。