鴻鵠の番 3 ~望まない運命ならば消してしまえばいい~
※※ご注意※※
本作は【鴻鵠の番 ~この出会いは絶望でしかなかった~】の続編ではありません。
【鴻鵠の番】をベースにした、全く違うお話です。
あらかじめご了承下さい。
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「ルドルフ様…その方は…?」
キオナ・ユアンスの目の前には、婚約者でありレイオン伯爵家長子のルドルフとガロン男爵家のエレーゼが立っていた。
「彼女は俺の愛する女性だ。お前の入る余地など、どこにもないんだよ」
そういながら、彼の腕の中にいる女性を抱き寄せる。
エレーゼ・ガロン
金髪のストレートにピンクライトの瞳。
華奢な体つきなのに豊満な胸と臀部。
そんな彼女はキオナの婚約者に抱きつきながら、面白そうに微笑んでいる。
「でも…あなたは私の婚約者で…」
「親が勝手に決めた婚約者だ。両親は何かとおまえを大事にしろとうるさく言って来る。だから貴族としておまえと結婚はするさ。ただし白い結婚だがな。将来エレーゼが産んだ子供をレイオン家の跡取りとする。おまえとは3年経ったら離縁するから覚えておくんだな」
そういうとルドルフはテーブルクロスを引っ張った。
ガッシャーン! バリン!
テーブルの上にあった物が全て地面へと落ちる。
その中には、キオナがルドルフの為に作ったお菓子が入った箱も置いてあった。
「いこう、エレーゼ」
「ええ、ルドルフ」
「あと、ゴミはちゃんと捨てて置けよ」
グシャッ グシャッ
二人は箱を踏みつぶして去って行った。
ルドルフの好物と聞いたから、前から何度も練習していたフィナンシェ。
ひとつひとつ丁寧に個装し、箱にはリボンをかけた。
喜んでもらえると思って持ってきたのに……
キオナは力なくその場にへたり込んだ。
ルドルフと婚約して2か月。
珍しく彼から連絡があった。
『我が家に来て欲しい』と。
キオナは嬉しくて急いで仕度をした。
ちょうど練習していたフィナンシェがきれいに出来上がったばかりだった。
(これを持って行ったら、ルドルフ様に喜んでいただけるかしら?)
キオナは淡い期待を抱いて婚約者の元へと向かった。
しかし、ルドルフの隣にはキオナではない女性が立っていた。
喜びにあふれた想いは霧散し、ただ項垂れる事しかできないキオナ。
そんな彼女の様子を見ながら、侍女たちはどうすればいいのか躊躇している。
「キオナ様」
彼女の名を呼ぶ声がした。
「セヴェル様…」
彼女の隣にしゃがんだのは、ルドルフの弟セヴェルだった。
ルドルフと同じ少し癖のあるセピア色の髪にアイオライトの瞳がキオナを見つめた。ルドルフには向けられた事のない優しい眼差しだった。
彼は原型を留めていない箱を見ると、一瞬動きが止まった。
「なんてことを…っ!」
その声には静かな怒りが込められていた。
セヴェルはボロボロになった箱を、そっと手に取る。
中には個装されていた複数のフィナンシェが、無残に潰されていた。
彼は一つ取り出すと封を開け、それを口に入れる。
「セ、セヴェル様っ やめて下さい!」
セヴェルの予想もしない行動に、キオナはあわてて止める。
「レモンが入ってるのかな? ほんのり爽やかな香りの中に優しい甘さが広がって…とても美味しいです」
セヴェルはゆっくりと味わうように、フィナンシェを口に運ぶ。
「……あ、ありがとうございます…でも、もうやめて下さい…っ」
「キオナ様…」
セヴェルは自分の行動が余計に彼女を傷つけてしまったのかと思い、食べるのを止めた。
「…今度は、今度はきちんとした物をお持ちします。セヴェル様に」
「…!… はいっ 楽しみにしています」
キオナの言葉に、嬉しそうに微笑むセヴェル。
(あなたはいつも私を気遣ってくれる…あなたが“鴻鵠の番”なら良かったのに……)
ルドルフが冷たくする度にセヴェルはキオナに寄り添ってくれていた。
キオナの心の中で変化が起きるのも、ごく自然な事だったのかもしれない…
ルドルフはキオナにとって『鴻鵠の番』だった。
鴻鵠とは白鳥の別名で、白鳥は一夫一婦制の鳥。
相手が死ぬまで添い遂げる習性がある。
キオナはルドルフを一目見て、それに気が付いた。
そして両親に話し、レイオン伯爵家へ話を進めてもらった。
但し、『鴻鵠の番』に関しては内密に…とお願いしていた。
キオナはルドルフに、自然に自分へ心を向けてもらいたかったのだ。
しかし両家顔合わせの時から、ルドルフはキオナに対して好意的ではなかった。
キオナの姿を目にした途端、ルドルフの眉間に皺が寄るのが分かった。
彼女の白銀の髪は老婆のようで、赤い瞳は血のように見えたのだろうか。
これは遥か昔、先祖である獣人の種族が『ウサギ』だった事に起因している。
何十年かに一人、先祖返りで獣人の色を模した子供が生まれる事があった。
今世ではキオナがそうだった。
ルドルフはキオナの『番』
恋とか愛という感情の前に、本能で相手を求めてしまう。
だが…少しでも好かれようと歩み寄るキオナに、ルドルフは残酷なほど冷たかった。
約束をしたレストランで待っていてもルドルフが現れる事はなかった。
晩餐会ではエイーゼをエスコートし、キオナは一人放置された。
そんな事が何度もあった。
その度にキオナのルドルフに対する想いに、少しずつヒビが入り始めていった…
だが、どれだけ蔑ろにされてもこの本能を消す事はできなかった。
彼が存在する限り……
そして、今日の出来事は…彼を『番』として求める事は叶わないのだとはっきり分かった瞬間だった。
キオナはある決意をする。
「婚約解消ですか!?」
父である伯爵家当主から呼び出され、何事かと執務室に赴いたルドルフ。
キオナとの婚約か解消されたと言う朗報を聞き、思わず笑顔になる。
(やっとあの老婆のような女から解放された!)
ルドルフの心は喜びで溢れていた。
しかしその喜びは、続く父親の言葉で消え去った。
「ああ、彼女はセヴェルと婚約を交わす事になった。そして後継者はセヴェルとする」
「―――――――――え?」
「私は何度も言ったはずだ、キオナ嬢を大切にしろと。それなのに男爵家の娘にうつつを抜かしおって!」
「そ、それはっ けどそれがなぜセヴェルが後継者になる事になるんですか!? 俺は長男ですよ!」
「この国では後継者は当主の指名制だ。そもそも政略結婚の重要性を考えられないようなヤツに当主としての器があるとは思えんわっ おまえはキオナ嬢の『鴻鵠の番』だったんだぞっ!」
「こ…鴻鵠…って、あれはただの伝承では…」
「伝承ではなく真実だったんだ。そして、番つがいと出会えば、家門繁栄を齎す瑞兆とも言われている。だから大事にしろとあれほど言ったのに! まぁ、セヴェルとは番ではないが、ユアンス伯爵家と縁戚になって損はないからな」
「そ、そんなっ それなら初めから教えてくれていたら良かったじゃないですか!」
「ユアンス伯爵から強く口止めされいた。この事を知っているのは私と妻だけだ。キオナ嬢が番としてではなく、自分自身を見て欲しいと言っていたからな。けどお前はただの一度もキオナ嬢と向き合う事はせず、ぞんざいに扱う始末。お前がキオナ嬢にした事の報告は全て受けている」
「ま、待って下さい! すぐに彼女に謝罪してきますっ そしてエイーゼとは別れます!」
「彼女が自分にとってどれほど価値ある存在か分かった途端それか。どこまでも自分中心の考えしかできないのだな、おまえは。ここまで浅はかな人間だったとは…」
レイオン伯爵は呆れながら深く息を吐いた。
「ち、父上…」
「諦めろ。これはもう決定事項だ」
「か、彼女は俺の事を愛しています。きちんと詫びればきっと許してくれるっ そしたら後継者はまた俺になりますよね?」
「そのキオナ嬢がお前との婚約を解消したいと申し出ているのだ。彼女のところに行くのはよせ、後悔するぞ」
「今、キオナのところに行かなければ後悔します!」
ルドルフは父親の制止を振り切り、急いでキオナのいるユアンス伯爵家へと向かった。
『鴻鵠の番』?!
そんなもの伝承だと…っ 普通そう思うだろう?!
最初から教えてくれていたら、俺だってそれなりに彼女の事を大事にしたさ!
セヴェルに後継者の座を奪われるなんて、冗談じゃない!!
だが…今更キオナに謝罪してもすでに遅すぎる事に、ルドルフは気づいていなかった…
ユアンス伯爵家に到着すると応接室に通されたルドルフ。
出されたお茶を飲みながら、想い焦がれるようにキオナが来るのを待っていた。
キオナが現れると、ルドルフは平身低頭で謝罪した。
「今までの無礼な態度は心から謝罪する。だからお願いだ! もう一度やり直させてくれっ キオナ!」
「…鴻鵠の番に関しての恩恵を知った途端、掌返しですか。こうなるのが嫌だったからレイオン伯爵様に口止めしていたんですよ。それに…『番』ならきっと気づいてくれる…そう信じていた…っ けれどあなたは!」
「キ、キオナ…」
もともとルドルフは後継者の器ではない。
弟であるセヴェルの方がずっと優秀だ。
この国では、後継者は当主指名とされている。
そして国王の承認が得られれば、後継者として認められるのだ。
ルドルフはキオナを手に入れる事で、後継者の座を盤石な物にしたかったのだろう。
その為に彼女を手に入れようと言うのが見え見えだった。
どこまでも自分本位の行動しかできないルドルフに、キオナは失望するしかなかった。
「……あなたは最初から私を毛嫌いしていた。婚約者として敬う事はただの一度としてなかったわ」
「す、すまなかったっ 本当に…! だけどこれからは君を誰よりも大切にするっ だから…!」
「…私の言葉には一度として耳を傾けず、私を蔑ろにする度に、あなたへの想いが少しずつ削り取られていくのを感じていたわ。それでも本能があなたを求めていた…」
「キオナ…ッ」
「…だから『番』であるあなたがいては、私は新たな出会いを求める事ができないのよ」
「あ、新たな出会い? な、何を言っているんだ! 僕が君の『番』だ!!」
「鴻鵠って白鳥の別名なの。白鳥ってね、一夫一婦制で相手が死ぬまで添い遂げる鳥なのよ。つまりあなたがいなくなれば、私は他の人を好きになれる」
「え? どういう…」
突然、ぐにゃりと天井が揺れた。
足元から力が抜ける。
ドサリ
力なく地面に倒れ込み、目だけをキオナの方に向けるルドルフ。
今の状況の答えを求めるかのように…
けど答えを聞く前に、ルドルフの視界は暗転した。
「……っ !?」
ゴツゴツと身体に当たる小石の感触で目が覚めたルドルフ。
口には猿轡が噛まされ、手足は縛られていた。
「うーっ! うーっ!」
(な、なんだ?! これは!!)
吹きすさぶ冷たい風。
潮の香り。
海の側なのか?
気が付くと、目の前にはキオナと……セヴェルが立っていた。
「さっきのお茶に睡眠薬を仕込んどいたんだよ。そして兄上が寝ている間に、ここまで運んだんだ。わかる? 兄上がいるすぐ横は、断崖絶壁なんだよ」
今の状況を冷静に説明するセヴェル。
そんな弟を、射殺さんばかりに睨みつけるルドルフ。
だが、セヴェルはそんなことには意にも介していない様子だった。
「この事は父上も母上も了承されている。出来損ないの息子に後継者としての力量はないと判断したようだ」
「!!」
その時ルドルフの脳裏に父の言葉が思い出された。
『後悔するぞ』
「さよなら、兄上」
地面に横たわるルドルフの身体を、足で押し出したセヴェル。
「―――――――――――――っっ!!!」
声にならない声が崖下へと消えていく。
そして、『番』の繋がりも消えた……
「…終わったよ」
「ええ…」
この海は複雑な潮の流れが渦巻いている為、遺体が浮かび上がる事はまずない。
後日行方不明者として警邏隊に届け出し、頃合いを見計らってからセヴェルとの婚約と同時に彼をレイオン伯爵家の後継者として発表する予定だ。
その内、エレーゼも行方不明になるでしょう。
死んでも一緒になれるのだから、良かったわね、ルドルフ。
そしてさよなら…私の『番』…
キオナは広がる海を見ながら、ルドルフへの最後の想いを馳せる。
「やっと真実の愛を手に入れられたわ、セヴェル様」
「キオナ…」
セヴェルがそっとキオナを抱き寄せる。
キオナの赤い瞳が妖しく弧を描いていた……
【終】




