朝起きたら絶世の美少女になっていた俺。いつも通り幼馴染(男)に肩パンしたら「……女の子なんだから、手ぇ痛めんなよ」と赤面されて絶賛大混乱中なんだが!?
俺の股間から、長年連れ添った相棒が家出をしたらしい。代わりに胸には、肉まんが二つ居座っていた。
「……は?」
朝チュン、という爽やかな擬音には似つかわしくない、低血圧極まりない寝起き。
ぼんやりとした頭で布団をめくった俺は、己の股間に広がる『無』と、パジャマの胸元を押し上げる謎の『膨らみ』を前に、完全にフリーズしていた。
え、嘘だろ。寝ぼけてる? いや、でも確かにない。あの、男としての尊厳というか、アイデンティティというか、とにかく大事なアレがない。
代わりに、なんだこの胸の質量は。触ってみる。……柔らかい。いや待て、自分で自分の胸揉んでどうする。
混乱の極致に達した俺は、弾かれたようにベッドから跳ね起き、部屋の姿見の前に立った。
「……誰だ、この超絶美少女」
鏡の中にいたのは、見慣れた冴えない中学2年生男子、日高アキラではなかった。
透き通るような雪国育ちも真っ青の白い肌。色素の薄い、光を乱反射するようなサラッサラの銀髪。そして、吸い込まれそうなほど澄んだ碧眼。
どこぞの北欧から留学してきたのかと言わんばかりの、美少女ゲームのパッケージから飛び出してきたような絶世の美少女が、鏡の中で驚いたように目を丸くしていた。
いやいやいや。おかしい。絶対におかしい。
俺は純度100%の日本人だし、髪は黒の短髪だし、目つきは「ちょっと眠そう」って言われるくらいの平凡フェイスだぞ!?
『昨夜のペルセウス座流星群、皆さんは見られましたか?』
ふと、つけっぱなしになっていたテレビから朝のニュースキャスターの声が流れてきた。
……流星群。そうだ、思い出した。昨日の夜、ベランダで星を見ながら、俺は確かに願った。
『あーあ、俺も息してるだけで周りからチヤホヤされるような人生送りてえなー!』と。
「バカッ!! 流れ星のバカッ!! そこは『イケメンになってチヤホヤ』だろ! なんで性別ごと物理的にひっくり返してんだよ!! 融通効かなすぎだろ神様!!」
俺の絶叫は、しかし、鈴を転がすような、あまりにも可愛らしいソプラノボイスとなって部屋に響いた。自分の声に自分でビクッとする。
「アキちゃーん! 朝ごはんできてるわよー! 早く着替えて降りてきなさーい!」
一階から母さんの声が響く。アキちゃん? なんだその可愛い呼び名は。俺はアキラだぞ。
まさか母さんもパニックを起こしているのではと思い、俺は急いで階段を駆け下りた。
「か、母さん! 大変だ! 俺の体が……!」
「あらアキちゃん、おはよう。今日はポニーテールにする? それとも三つ編み?」
「……え?」
フライパンで目玉焼きを焼きながら、母さんはごく自然に、一切の疑問を抱かずに俺を見た。その視線は完全に『愛娘』に向けるものだ。
……なるほど。これがネット小説でよく見る『認識改変』ってやつか。
俺が女になったという事実が、世界中(少なくとも家族)の常識として上書きされているらしい。神様の無駄なアフターサービスが手厚すぎる。
「……いや、髪はそのままでいい。ていうか制服は?」
「もう、洗面所に置いてあるじゃない。中学のセーラー服、ちゃんとアイロンかけといたわよ」
「セ、セーラー……」
洗面所に向かうと、そこには見慣れた男子の学ランではなく、紺色の可愛らしいセーラー服と、ひだが綺麗なスカートが鎮座していた。
俺は絶望の表情で、それらを身に纏うことになった。
◇ ◇ ◇
「……スースーする」
通学路。春の風が、スカートの裾を揺らすたびに、足元に得体の知れない不安感が襲いかかる。
なんだこの防御力の低さは。股下ノーガード戦法か? 女子って毎日こんな危険と隣り合わせで生きてるのか。尊敬するわ。
「おーい、アキ……ん?」
後ろから、聞き慣れた声がした。
幼馴染であり、親友であり、サッカー部のエースである陽キャ、タケルだ。
こいつとは幼稚園からの付き合いで、毎朝ここで合流してはプロレス技を掛け合うのが日課だった。
よし、俺の姿が変わっていようが、魂はアキラのままだ。挨拶代わりのドロップキックをかましてやろう。
「タケルゥ!! おはよぉぉお!!」
俺は助走をつけ、華麗に跳躍し、タケルの背中に向かって両足を突き出した。
しかし、美少女化した体は予想以上に軽く、体幹もブレブレだった。
「わっ!?」
「うおっ!?」
タケルは反射的に振り返り、飛んできた俺をガシッと両腕で受け止めた。
結果として、俺はタケルにお姫様抱っこされるような、少女漫画も真っ青のロマンチックな構図で着地してしまった。
「お前、朝から何して……って、え? は? 誰……!?」
至近距離で俺の顔を見たタケルの動きが、ピタリと止まった。
おいおい、幼馴染の俺の顔を忘れたのか? まあ、無理もないか。
「何言ってんだよ、俺だよ俺! アキラだよ! いや、今はアキ……らしいけど!」
俺はタケルの腕からポンと降りると、いつものノリでタケルの肩に力いっぱいパンチを食らわせた。
「痛っ……! お前、マジでアキラ、なのか……?」
タケルは肩を押さえながら、信じられないものを見る目で俺を凝視した。そして、みるみるうちにその日焼けした顔を真っ赤に染め上げた。
どうした? 熱でもあるのか?
「おいタケル、顔赤いぞ。大丈夫か?」
俺が心配して顔を覗き込もうとすると、タケルはバッと一歩後ろに下がり、目を逸らした。
「……ばっ、お前、近すぎんだろ! それに……」
「それに?」
「……女の子なんだから、そんな乱暴にすんな。手ぇ、痛めんなよ」
ポツリと、タケルが呟いた。
……は?
え、なに今の。手ぇ痛めんなよ? あの、体育祭の騎馬戦で俺を盾にして突撃してきたあのタケルが?
俺は強烈な寒気を覚えた。キモい。俺の親友が、俺(美少女)に対して無意識にスパダリみたいな対応をしてきて死ぬほどキモい。
「お、おいタケル、お前頭打ったか!? 気持ち悪いこと言うなよ!」
「う、うるせえ! お前が急にそんな……その、すげえ……か、可愛く、なってるからだろうが!」
「可愛……っ!?」
今度は俺の顔が熱くなる番だった。
男友達から面と向かって「可愛い」と言われる破壊力。しかもタケルは無駄に顔がいいからタチが悪い。
やめろ、俺の中のオスとしての尊厳が削られていく音がする!
◇ ◇ ◇
学校に到着し、教室の扉を開けた瞬間、クラス中の視線が俺に突き刺さった。
「え、誰あの美少女……」
「転校生? やば、超可愛いんだけど」
「ハーフかな? お人形さんみたい……」
ザワザワとどよめく教室。無理もない。昨日まで鼻をほじりながらジャンプを読んでいたアキラの席に、こんな銀髪碧眼の美少女が座ろうとしているのだから。
俺はため息をつき、教卓の前に立ってパンパンと手を叩いた。
「えー、お前ら落ち着け。俺だ、日高アキラだ。なんか朝起きたらこうなってた。以上!」
しーんと静まり返る教室。やがて、悪友のケンジが恐る恐る口を開いた。
「いやいや、冗談キツイって。アキラがそんな美少女になるわけ……」
「ケンジ。お前、小5の林間学校で夜中にトイレ行けなくて、布団の中で漏らしたことバラすぞ」
「アキラ様ァァア!! 信じます! だからそれ以上は言わないで!!」
プライバシーを人質に取ることで、あっさりと身分証明は完了した。
しかし、問題はここからだった。
「アキラ……いや、アキちゃん? その、プリント回すよ……」
「お、おう。サンキュ」
斜め前の男子が、顔を真っ赤にしながらプリントを両手で渡してきた。いつもはフリスビーみたいに投げてくるくせに!
「アキちゃん、消しゴム落ちたよ。はい」
「あ、悪い……」
隣の男子が、わざわざ立ち上がって消しゴムを拾ってくれる。いつもなら「お前の消しゴムは俺の物」とばかりに没収して遊ぶくせに!
なんなんだこいつら。俺の中身はアキラだぞ? なのに、ガワが美少女になっただけで、全員が全員、俺を腫れ物……いや、壊れ物のように優しく、そして明らかに下心混じりのデレデレした態度で扱ってくるのだ。
だが、俺の危機は男子だけではなかった。
「ちょっと男子! アキちゃんが困ってるじゃない! どきなさいよ!」
休み時間になるや否や、クラスの女子たちが俺の席を包囲した。
女子のリーダー格であるミホが、俺の手をギュッと握る。
「アキちゃん、ヤバい! 超可愛い! なにこの肌、すっべすべ!」
「ホントだ! 髪もサラサラ! ねぇ、ちょっと編み込みしてみていい!?」
「リップ塗ってあげる! 絶対似合うから!」
「ちょ、おまっ、待て! やめろ! 俺は男だぞ!?」
俺の抵抗虚しく、女子たちの圧倒的な力によって、俺は完全に着せ替え人形と化した。
いい匂いのするハンドクリームを塗られ、髪を可愛くアレンジされ、ほんのりと桜色のリップを引かれる。
男としてのプライドが音を立てて崩れていく。
……でも、四方八方を女子に囲まれ、彼女たちの甘い香水とシャンプーの匂いに包まれているこの状況。
(……悪くないかも)
一瞬でもそう思ってしまった自分を、俺は心の中で全力で殴り飛ばした。
◇ ◇ ◇
4時間目は体育だった。
俺は当然のように「女子はあっちよ」と女子更衣室に連行されそうになったが、流石に理性がそれを許さず、「今日は見学します!」と全力で逃亡した。
結果、校舎の陰でポツンと体育座りをしながら、グラウンドを眺めることになった。
グラウンドでは、男子たちがサッカーをしている。
タケルがボールを持ち、鮮やかなドリブルでディフェンスを抜いていく。
「いけっ、タケル!」
無意識に応援の声が出た。
タケルは強烈なシュートを放ち、見事にゴールネットを揺らした。汗を拭いながら、仲間とハイタッチをするタケル。
太陽の光を浴びて笑うその姿は、同性の俺から見ても、正直言ってすごく……。
「……タケル、かっこいい……」
ぽつりとこぼれた自分の声に、俺はビクッと肩を揺らした。
今の声、めっちゃ乙女だったぞ!? 嘘だろ、俺は男だ! いくら見た目が美少女でも、幼馴染にトキメクとか絶対にありえない!
俺は真っ赤になった顔を両手で覆い、グラウンドから目を逸らした。このままでは、精神まで完全にメス堕ちしてしまうかもしれない。
◇ ◇ ◇
放課後。
心身ともに疲れ果てた俺は、タケルと共に夕暮れの通学路を歩いていた。
いつもなら、この時間はコンビニで買い食いをして、くだらない話で盛り上がる時間だ。しかし今日は、二人の間に妙な沈黙が流れていた。
コンビニの前に着く。いつもなら「肉まんジャンケンな!」と始まるはずが、タケルは何も言わずに店内に入り、すぐに戻ってきた。
その手には、肉まんではなく、コンビニスイーツの新作『贅沢ストロベリーパフェ』が二つ握られていた。
「ほらよ」
タケルはぶっきらぼうに、一つを俺に差し出した。
「えっ……これ、高いやつじゃん。いいのか?」
「いいよ。お前、今日一日……その、色々あって疲れたろ。甘いもんでも食え」
タケルはそっぽを向きながら言った。耳の先が少し赤い。
俺はパフェを受け取り、スプーンで一口すくって口に入れた。
「……っ!! なにこれ、めっちゃ美味しい!!」
濃厚な生クリームと、甘酸っぱいイチゴのハーモニー。疲れた体に、糖分が染み渡っていく。
俺が目を輝かせてパフェを頬張っていると、タケルがチラチラとこちらを見てきた。
「……お前さ」
「ん?」
「その……明日も、一緒に帰るか?」
タケルは、靴の裏で地面の石ころを蹴りながら、照れくさそうに言った。
夕日に照らされた横顔が、なんだかいつもより大人びて見える。
胸の奥で、トクン、と小さな音が鳴った。
「お、おう……。明日も、一緒に帰ってやるよ」
俺がそう答えると、タケルはパッと顔を輝かせ、「おう!」と嬉しそうに笑った。
帰り道。パフェを食べながら、俺は考えた。
元に戻る方法は、今のところ全く分からない。神様はクレーム対応を受け付けてくれそうにないし、周りはすっかり俺を「可愛いアキちゃん」として認識している。
男としての尊厳は風前の灯火だ。幼馴染への妙なドキドキも、正直ちょっと怖い。
でも。
(チヤホヤされるし、タケルに高いパフェ奢ってもらえるし……)
俺は残りのイチゴをパクリと平らげた。
(まあ、しばらく女子のままでもいっか!)
男心は複雑だが、胃袋と承認欲求には勝てない。
絶世の美少女(中身はアホ男子)のドタバタな日常は、まだ始まったばかりである。




