魔王四天王の1番目
ここは魔界。魔王が統治する魔物達の世界である。
魔物と人間の戦いが始まっていくつもの年月が過ぎた。
魔王は魔界をさらに広げるべく、人間界に強力な魔物達を送り込んだ。人間側も魔王を倒すため、勇者をはじめとした実力者達を魔界に送り込んだ。
魔界の中心には魔王城がある。その魔王城を守るように4つの塔があった。
その塔のひとつ、第1の塔の中で魔物と人間が対峙していた。
「お前が魔王四天王の一人、べハルだな!」
白い鎧に身を包んだ人間が剣を構えながら言った。
「ククク……。左様。よくこんな所まで辿り着いたものだ。それだけは褒めてやる。だが、お前の旅はここで終わりだ……!」
べハルと呼ばれた魔物はそう言って高らかに笑った。
黒い髪に赤い目。一見すると人間の青年に見えるが、頭から生えた2本の黒い角が人間でないことを示している。
「終わらない! お前達四天王を倒し、魔王城に辿り着くんだ!」
人間はそう言うとべハルに向かって駆け出した。
「愚かなやつだ! 来るがいい!」
べハルはそう言うと片手を人間に向けて振りかざした。剣と魔法がぶつかり合う音がして、そして――
◇
「いやー、最近じゃ珍しく強い人間だったなー。まさかこの僕が負けるとはねー」
数時間後、そこには椅子に座り、包帯をぐるぐると巻かれている四天王べハルの姿があった。
「マスター。今月で人間に敗北するのは3回目です」
そう答えながらべハルに包帯を巻き付けているのは、四天王べハルの側近、トビメだった。
黒くて長い髪を背中まで下ろした人間の女性のような姿をしている。前髪も同様に長く、顔の右半分は髪に隠れて見えない。
彼女も一見すると人間に見えるが、頭からはべハル同様に大きな黒い角が生えており、顔の右横には大きな目玉がふわふわと浮いている。
「大丈夫さ、トビメ。きっと次の四天王が止めてくれる」
「確かに次の方の実力なら止められそうではありますが。それは別として3回は多すぎます」トビメが冷静に答えた。
トビメは包帯をべハルの角にまでぐるぐると巻き付けている。
手のひらよりも少し長いサイズのべハルの左角に対して、右角は根元から折れている。
これは先程の戦いで折れた訳ではなく、初めから折れていたのをカッコつけるために魔法で折れていないように見せていた。
戦闘前は口調だけでなく見た目もカッコつけていたのである。
「3回も来るのが悪い! なんでみんな最初に僕の所に来るんだよ!」
べハルは急に立ち上がって声を張り上げた。
「それはマスターのいるここの塔の名前が第1の塔だからではないでしょうか?」
「それって単に魔界の入り口に1番近いからこの名前なだけで、四天王の倒す順番じゃないんだぞ。くそ、58の塔とかに改名してやる……!」
「他が2、3、4の塔なのに急に数字上げますね。異質感が凄いですよ」
「……なにしょうもない話をしているのです?」
その声とともに、何もない空間に黒い歪みのようなものが現れた。
瞬く間に歪みは大きくなり、人ぐらいのサイズに変わったかと思うと、次の瞬間には初老の男性がその場に立っていた。
片眼鏡に貴族服を着た高貴そうな見た目。白髪混じりの頭からはやはり2本の大きな角が生えている。
彼の名はヴァイセ。魔王の側近にして、魔王四天王のお目付け役。言わばべハルの上司のような存在だった。
「魔王四天王ともあろう方が3回も人間に敗北しておいて、呑気に世間話ですか。私なら情けなさで思わず顔を覆っているような状況ですよ?」
ヴァイセはギロリとべハルを睨みつけながら言った。
「……聞いてましたか」冷や汗をかくベハル。
「ええ、聞いてましたとも。それどころかあなたが無様に人間に敗北するところから聞いていました。全くもって情けない。そのうちあなたは他の四天王からこう呼ばれるでしょう……。『奴は四天王の中でも最弱』とね」
「ぐぬぬ……」
「それが嫌なら二度と人間に敗北しないことですね。――ほら、また人間が来たみたいですよ」
ヴァイセが指を鳴らすと、何もない空間に塔の入り口の風景が映し出された。
そこには一人の人間が塔の入り口の扉を開けようとしている様子が映し出されていた。
「嘘だろ! また来たのか!」
「ではあなたが見せてくださるのを楽しみにしていますよ。最弱でないところをね」
ヴァイセはそう言い捨てると、また指を鳴らした。
今映し出された入り口の風景が消えると同時に、ヴァイセもまた煙のように消えていった。
「くそ……。嫌味だけ言ってヴァイセ様は去っていくわ、人間はまた来るわで散々だ……」
べハルは頭を抱えた。
「嘆いていても仕方ありませんよ、マスター。人間が来てしまったからには追い返さなくては。とは言え連戦となりますし、私も戦いましょうか?」
トビメがなだめるようにべハルの背に手を置きながら尋ねた。
「……いや、トビメには戦闘後に治療してもらわないといけないから、待機していてくれ」
「……何で人間に傷つけられることを前提にしているのですか……」
トビメが呆れたように言った。
◇
「あーー、最近はどの人間も強いね。この僕がまたも敗北するとはねー」
1時間後、そこには包帯を全身に巻かれミイラのようになったべハルの姿があった。
「やはり私も戦闘に参加した方が良かったのでは?」
その隣では、トビメがさらに追加で包帯を巻きつけようとしている。
「いやはや、とても見応えのない戦いでしたね。期待通りですよ。べハルさん」
そう言って手を叩きながら再びヴァイセが現れた。
「流石に連戦は厳しいです! 仕方ないですよ!」
嘆くようにべハルが言う。
「そもそも何度も人間があなたの元に辿り着いている時点でおかしいです。
知っていますか? あなたを倒した人間は二人とも次の四天王にたどり着く前に、その四天王が飼っているペットに食べられたそうですよ」
「ペットに?!」
「あなたももう少し人間に辿り着かせない工夫をするべきです。ダンジョンを作るとかやってみたらどうですか?」
「……ダンジョン一応塔の中にあるんですけどね……ここの下の階に」
「あんな小さいダンジョンなど足止めにしかなりませんよ。それに先程通りましたが、壁に穴が開いて来客用隠し通路がむき出しになってましたよ?」
「嘘だろ!? 道理でさっきの人間は僕のところに来るまでやたら早かったのか……」
「……塞いできますね。マスター」
トビメが立ち上がった。
「ああ……。来客用通路を通られたってことは食糧庫とかが無事かも見てきてくれ……」
トビメが穴を塞ぎに部屋を出ていった。
「ただの通路と化してたのか、あのダンジョン……」
べハルはダンジョンが機能していなかったことを知り、うなだれた。
「あんなダンジョンだけでなく、塔の周りにもダンジョンを作ってみるのはどうです? 塔周辺はあなたが管轄する領地でしょう?」
ヴァイセが言う。
「簡単に言いますけど……塔の周りって魔物達の街じゃないですか。そんな所にダンジョンなんて作ったら街の住人に怒られますよ」
四天王は塔以外にも与えられた領地がある。
べハルの領地である第1の塔周辺は、魔物達の居住地域となっていた。
ダンジョンなど作れば、通りにくいだの、危ないだのと文句を言われるのは明らかだった。
「そこは上手いことやって下さい。逆に言えば魔物が多く住んでいるということですから、住人達を人間の撃退に活かすこともできるはずです」
「どう上手くやれと……! そもそも人間がよくやって来る昼間って、魔物達はみんな寝てるじゃないですか。活かせないですよ!」
べハルが色々と詰んでいる人間撃退事情について話そうとした時だった。トビメが部屋に戻ってきた。
トビメの後ろには骸骨のような姿の一人の魔物がついて来ていた。
「壁の穴を塞ぐついでに下の階のダンジョンを確認していた所、彼が罠に落ちていました。マスターに用事があって来たとのことです」
トビメが説明する。
トビメに紹介された魔物は、べハルの前に出てお辞儀をすると、片膝をついた。
「べハル様。うっかり罠にハマってしまいましたが、お伝えしたいことがあって参りました」
「何で魔物側が罠にハマってるんだ……。
……まあいい、なんだ?」
「街で問題が起こっておりまして、ある魔物がずっと何かと争っている声が聞こえてくるそうです。うるさくて眠れないと苦情が来ており、止めるのにべハル様の手も貸していただきたく」
「今度は街で何か起こってるのか……」
さらなる問題ごとの気配にべハルはまた頭を抱えた。
「領地内の問題を解決するのも四天王の務めですからね。早く行って差し上げたらどうです?」
ヴァイセが片眼鏡をくいっと上げながら言った。
「はい、行きますよ……。……そっちは指示するだけだから楽で良いですね(小声)」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も言ってません」
べハルは誤魔化すように立ち上がると、下の階に続く階段の方に向かって歩き出した。
「いってらっしゃい。たまには良い結果報告を待っていますよ」
ヴァイセが手を振りながら、嫌味を言った。
◇
べハルとトビメは街中を二人で並んで歩いていた。
魔物達の街の中には夕日が差し込んでおり、魔物達が建物の中でざわざわと話す声が聞こえた。
「いつのまにか夕方ですね。魔物達も起き始めたようです」トビメが言う。
「思ったんだけどさ……。人間は昼に攻めてくるだろ? でも魔物は夜に活動するから夜に問題事が起こるよね?」
「そうですね」
「僕は一体いつ寝れば良いんだ!? 今日も昼間から叩き起こされてる! そろそろ寝かせてくれー!」
「これが解決したらお休みしましょう。……無事解決して、この後何も起こらなければですが」
二人がそう話しながら、報告があった町外れまでやってくると、確かに誰か言い争う声が聞こえた。
「だからオレの家から出ていけと言ってるだろ!」
「いいや、塔の登り方を教えてもらうまで出て行かないよ」
見ると片方は二足歩行のクマのような見た目の魔物で自分の家を守るように両手を広げている。
もう片方はその魔物に剣を向けて毅然とした態度で問い詰めている。魔物らしい特徴はない。どうやら人間のようだ。
「また人間!? いくら何でも魔界に侵入しすぎだろ!?」
べハルが驚いて声を上げた。
「来てくださったのですね! この人間がオレの家に入ろうとした上に、塔の情報を吐けとうるさいのです」
べハルに気づいたクマの魔物が嬉しそうに言った。
人間の方は突然現れた二人の魔物を訝しげに眺めると、二人の方に向き直し剣を構えた。
「また魔物が増えたか……。ボクは四天王を倒しに来たんだ。他の魔物に体力を使っている暇はない! 早く第1の塔の中のダンジョンの踏破方法を教えるんだ!」
「こんな調子でずっと居座り続けているのです。べハル様何とかして下さい!」
クマの魔物はべハルに訴えかけた。
「また四天王狙いの人間か……」
「人間が魔界に来るということは、当然四天王と魔王の撃破を目標にしているはずです。四天王の1番目のマスターが狙われるのは仕方ないことかと」
「だからわざわざ僕から倒す必要は無いんだって……!」
べハルはうんざりした顔をした。
「そうだ! ボクは四天王を倒し、やがて魔王を倒すんだ! ん? 今なんて? べハル……? 四天王の1番目?」
一連の会話を聞いて何かに気づいた人間は、べハルの方をジロジロと眺めた。
「お前……。ミイラの魔物か何かだと思っていたが、四天王ベハル?」
「そういえば全身包帯でぐるぐる巻きだったな」
「こんなミイラ男だとは聞いていないが、四天王べハルが目の前に現れたのなら丁度良い! 覚悟しろ!」
そう言うと人間はべハルに飛びかかって来た。
「くそ! 今日3戦目だぞ!」
べハルは急いで前に手を広げると魔法の触手を召喚し、剣を防いだ。
そのまましばらく両者は争い、やがて――
「珍しく勝てた…………!」
「それ、自分で言っていて悲しくならないのですか?」
数十分後、そこには触手で簀巻きにされて転がされている人間と、驚いたように自分の手を見つめるべハルがいた。
「クソ! やられた!」
簀巻きにされた人間が悪態をつく。
「……くくく、貴様のような実力でこの僕、四天王べハルに挑もうなどと100年早いということだね! 出直して来るがいい!!」
「急に調子に乗りますね。その人、塔のダンジョンの踏破方法を聞いていたあたり、塔のダンジョンすら突破できなかったのでは?」
調子を取り戻したべハルに対してトビメが冷静に分析した。
「塔のダンジョンを踏破できないものの実力など、こんなものということだね!」
「一応は相応の実力がないとマスターの元に辿り着けないよう、ふるいとなっているんですね」
「塔のダンジョンも意味あるんだ!」
足止めにしかならないとヴァイセに言われ、壁に穴が空いていた、ダンジョンが機能していることにべハル達は安堵した。
「……ここまでか!」
人間が悔しそうに、唇を噛んだ。
「せっかく魔界の結界に人が通れるように穴を開けたのに!」
「そっちも穴空いてるのか!? 今日こんなに人間が来るのはお前のせいか!」
「どこもかしこも穴だらけですね」
トビメがぼそりと呟く。
「ああもう……! 急いで塞ぎに行かないと! ついでにこの人間も魔界の外に捨ててこよう」
そう言うとべハルは、人間をより一層きつく縛りあげた。ぐう、と人間が呻き声を上げた。
「穴さえ塞いでしまえば今日ほど人が魔界に侵入してくることもなくなるでしょうね」
トビメが言う。
「やっと寝れるってことだね。昼間に攻めてくる人間のせいで昼夜逆転だよ……」
「今夜はゆっくりお休みしましょう」
◇
しばらく後、魔界の結界から少し離れた人間界側の草むらに、先程べハルに拘束されていた人間の青年が倒れていた。
青年の目がゆっくりと開いた。キラリと青年の体の輪郭が一瞬光ったかと思うと、べハルに縛られていた触手が全てほどけるように消えた。
青年は立ち上がると、自分の顔の皮を引っ張るように剥がした。べリリと音がして皮が剥がれると皮の下から別人の顔が現れた。
彼の今までの顔は変装であり、こちらが本物の顔だった。
「無事魔界から帰って来たのですね、勇者様」
そんな声と共に青年の目の前に杖を持った女性が現れた。
「ああ、偵察が終わったよ。まさか四天王べハルに会うとは思わなかった」
「四天王ベハル。あのしぶといことで有名な奴ですか……」
「そうだ。負けたフリで解放してもらえたよ。
聞いていた話よりもミイラっぽい見た目をしていたし、何故か魔法の威力も全体的に弱かった。弱っているのかもしれない。今から寝るとか言ってたな」
「……となると、奴を攻めるなら今夜がチャンスというわけですね」
「そうだね。結界の穴も、本命の隠し穴の方はまだ気づかれていないようだ。そちらに冒険者や騎士のみんなを配置してくれ」
「わかりました」
その夜、魔界の結界の隠し穴が見つかるまでの間、べハルの元に攻めてくる人間が絶えなかったという。
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