【短編版】チート嫌いの尊厳破壊 ~硬派も努力も全否定のチート勇者になれと女神に命じられた俺が、五千のオークの軍勢に挑むまでの話~
読者の皆さま、はじめまして。
俺の名前は伊勢海人。漢字で書くと伊勢海老みたいな名前をした、キラキラネームを回避したにも拘らずシーフードに片足を突っ込んでしまった、憐れな男子大学生だ。
でもまあ、小学生の頃にからかわれたシーフードの方が、俺的にはまだマシだったんだ。
ターニングポイントは中学生。俺のあだ名は斜め上の方向にアクセルを踏み込んでしまった。
――イセカイ人……「異世界人」だ。
* * *
俺の好きなものはハードボイルド作品。男の美学って言えばいいのかな。かっこいい男ってのはさ、納得いくだけの甲斐性ってのが求められると、俺は思ってるわけよ。
些末な事には心動かされることもなく、愛した者のために……あるいは愛した者を失ってでも、闘いの場に臨み、自分のやるべき役目を粛々と果たす。
悲しみを表に出すこともなく、ただ一人、誰に知られることもなく夜の闇へと消えていく……そういう男の中の男が、俺の憧れだ。
なので、何のバックボーンもない、その辺のボンクラが、不釣り合いにモテたり、最強パワーを行使するのって、正直言って最悪だと思ってる。
第一、そんな強い力もってるのに無自覚気取ってるのも癪だ。カマトトぶりやがって。男のぶりっ子なんて、こっちは求めちゃいねぇんだよ。天下の覇権少年誌の主人公達だって、もっと頑張って困難に立ち向かってるだろうが。
そりゃ俺だって、ボンクラ大学生だよ。親の金で大学通っておいて、出席でとれる単位は、代返ローテで平然とサボってる、ダメ学生だ。
でも、フィクションの中ぐらいさ、ハードボイルドでカッコいい男になりたいって思うもんだろ。
白々しいチートカマトト野郎ってのは、等身大の俺として当事者意識は高まるかもしれないがさ、等身大の俺がズルして強くなる話とか、気持ち悪くて読んでられねぇ。
自己投影ってのはさ、共感できる動機があるなら、別に等身大じゃなくていいわけ。世紀末救世主や、不良のレッテルを張られてる高校生、戦闘民族宇宙人たちが、みんな等身大か?
……んなワケねぇよな。成長中のキッズは「子供らしい純粋さ」を魅力なんて思わねぇ。カッコいい大人に「憧れたい」んだよ。童心は取り違えちゃなんねぇ。
……というあたりが、俺のフィクションに対する持論だ。主人公は「投影」より「憧れ」が基本スタンスってこと。「かっけー!」って思える主人公と自己同一化できた方が気持ちいいって、絶対。
当事者になりたいんじゃない。かっけぇヒーローや仕事人になる夢が見たいんだよ、俺は。
だから、俺はWEB小説の主人公みたいな「憧れ」と程遠い主人公は、大嫌いなわけ。何が異世界転生だよ、まったく。
* * *
「あー、英雄技能破棄は認められませんねぇ……呼び出し側からの要望なので……」
俺の前の女神はそう答えた。ひらひらの布でボディラインちらつかせやがって。挿絵やコミカライズで読者をエロ釣りしようとしてやがるな?軟派女神がよ。
「……つーか、なんで当事者である俺の希望無視なんだよ」
「英雄召喚のための魔法儀式ですからねぇ。使用者側の都合ですよ」
……さて、ここに至る経緯を話したいが、マジで話すこともない。
明日の講義をサボり、バイト代でネカフェに泊まり込んで名作スナイパー漫画を読破する算段を立てていた俺だが、その道中で信号無視のトラックが突っ込んできた。
人生終了だな。異世界転生とか勘弁してくれよ、と思ってたら……なんか、こう、いきなり、周囲が光った。
そして、気付けばなんかこの超然とした転生待ち空間みたいなスペースに来た。トラックにはねられて転生かと思ったが、話を聞くにそうではなく、なんかこの女神の魔法で拉致られたらしい。
「人さらいの上にチート改造とか、やってること悪の組織じゃねぇか」
「と、ともかく……若くして亡くなるところだったあなたにも、ワンチャンあるんですよ!来世では英雄になれるんです!がんばりましょうよ!?」
サボり大学生の俺が英雄と来たか。安い英雄譚もあったもんだ。
つーか、チート野郎に何をがんばれってんだよ。全ては上位存在のレールの上じゃねぇか。
「じゃ、さっそく持たせる英雄技能を決めていきましょうね。表計算のマクロ組んでるんで、ワンボタンで抽出できるんですよ。すごいでしょ?」
「すげぇ、しょうもない自慢」
「それ、ぽちっと」
女神は、手元のマウスを操作し、ノートPCの表計算ソフトのボタンを押した。
「あっ、出ました!じゃあ、あなたに与えられるのはこの三技能です!」
【ランク反転】
ギルド協会の認定ランクが低いほど、対象の能力が強化される!
Fランク冒険者もSSSクラスの能力が使えるぞ!
影の実力者を目指す人にはもってこい!
【無自覚最強】
好きな魔法がいくらでも打てるほどの、膨大な魔力を得る!
あなたを知る者に「強さ」を知られていなければ、その度合いは跳ね上がる!
全力でしらばっくれろ!
【ハーレムバフ】
対象に好意を持つ女性と行動することで、強力なバフがかかる!
愛と絆の力で、強力なパーティーを築こう!
(※)あくまで自由恋愛で女神は一切の責任を負いません。
「あれ?どうされました?頭を抱えて……」
「……あのさぁ、俺に何か恨みでもあるの?」
「いやいや!男の夢でしょ?最強マウントと、ハーレム」
「主語デカすぎ。サンプルが明らかに偏ってるんだよ。東京の街頭でアンケでも取って出直しやがれ」
俺の悪態はどこ吹く風で、女神は3Dソフトを起動した。
……そこに映っていたのは……俺の顔?
「今回は転生じゃなく転移なので、肉体は基本そのままですけど……」
女神が俺の鼻をドラッグすると、俺の鼻もにょきにょきと伸びる。
「うん。顔については、今の顔つきをベースに、少しアイドル風にレタッチしておきますね」
「……おい、暗に俺の顔が悪いって言ってんだろそれ」
「いや、別にそこまででもないですが……ハーレム構築となると、少しは手心も必要じゃないですか」
「……ぜってぇ、ハーレムなんて作らねぇ」
「役目を果たすつもりもないってなったら……多分、現世送還になります。元の場所でトラックでミンチ、即人生終了ですね」
「最悪」
……かくして、バッタ人間もびっくりな魔改造を受けた俺は、女神に背中を押されて魔法陣の上に誘導される。
「じゃ、頑張って世界を平和にしてくださいね~」
「ここまで尊厳破壊されて、モチベ高く維持できる人なんている?」
「まあまあ、せっかくなんで楽しく過ごしてくださいよ。きっといい旅になりますって」
「帰りの切符ねぇだろうが……」
* * *
「というわけでして……どうかこの国を、人間世界を、魔族の脅威から救っては頂けないでしょうか……」
腰の低い王様が、俺に懇願していた。
……正直、全然気が進まないが、他に出来ることもないし、ここで断って送還されて、現世でミンチになりたくもない。
しゃあない……やるしかないな。
「無自覚チート勇者」ってヤツをさ。
うわっ、言ってて気分悪くなってきた。
やっぱり、ミンチの方がマシかも……。
* * *
読者の皆様は、「チート能力」をご存じだろうか。
この物語を読み始めたくせに「何それ?わからないなぁ……」なんて白々しいことを言える人は、カマトト主人公の才能アリだ。今すぐ俺の立場と変わってくれ。
……うん、それで、「チート能力」。
書いて字のごとく、その世界における「不正行為」をする技能だ。元々はゲームの改造とか裏ワザとか、そういう所を源流とするらしい。
その世界で努力してきたり、紡がれてきた家柄を、一撃で踏みにじる、最悪の文脈に相応しい命名だな。
これを授かった俺は、これからこの世界で暴れまわって魔王を倒して来いと、王サマに命じられた。
……このオッサンが元凶かよ。召喚の手はずを整えたであろう、隣の宮廷魔導士も「成功です!」と大歓喜。
反面、側近と思われる貴族連中は、さながら値踏みをしたり、奇異な出で立ちを鼻で笑うような視線を送る。……誘拐してきた初対面の相手にクソ失礼だろ。こっちからすりゃ、ファンタジー気取ったコスプレしてるオッサンどもに、服装のこととやかく言われたくねぇよ。
……とまあ、週末の楽しみを奪われた俺は、使いたくもないチート能力を使って、やりたくもない魔王退治のスタートだ。
多少の救いは、王都の宿泊施設を無料で使えるパスを準備してもらえたことか。直近の衣食住はクリアだ。これで、一生この街から出ずにニート生活してやろうかとも思ったが、まあそれはあんまりだ。
不本意でも勇者として頼られる中でニートをやれるほど神経は太くもない。いくらサボり学生っつっても、進級や就活から逃げるつもりもなかったしな。
……何よりネットも漫画もないこの世界での引きこもりなんて、すぐ飽きることだろう。
そんなわけで、まず俺は王立図書館にやって来た。
そして、めぼしい魔法入門書を一週間ほど借りることにした。
うんうん、こっちの世界に来ても、お勉強は大事だからな。
* * *
「それでは、これよりF等級魔法技師免許試験を始めます。解答を始めて下さい」
俺は、問題用紙のページを開き、羊皮紙の解答用紙を裏返した。
こんな高そうな紙でテストやんのかと腰が引けたが、後から聞いた話だと漂白魔法を使って解答用紙は再利用するらしい。
ともあれ、魔法技師免許だ。俺に必要なのはF等級。最下級の資格まで。
これを取得の上で、チートスキル「ランク反転」を発動することで、最大等級のSSS相当の技能が使用可能になる。Fラン大に受かれば東大相当の学力を得られるみたいなもんだな。
……真面目な大学生だったわけではないけど、一応受験がんばった身としては、心底腹立つ能力だ。
それで、魔法技師免許試験。俺は魔法入門書を図書館で借りて、さっさと挑むことにしたわけだが。
……読者諸兄は、「Cheating」って何を意味するか知ってるか?
「カンニング行為」だよ。……「浮気」って意味もあるらしいが。
……で、だ。
俺はここで、あえて不正行為を活用することにした。
……「何故そんなことを」って?
俺は、好む好まざるとに関わらず、この世界に呼び出され、これからここで暮らすことになった。
その上で「勇者」という役割を演じ、チートスキルを使用して、魔の者と戦ったり、仲間を増やしていくわけだ。
そんな中で、「不正行為なんて、大嫌い!」という気持ちを抱えたままやっていけるか?
……良心の呵責は、立派だよ。
だけど、この感覚を麻痺させないと、俺はこの世界で、まともに生きていくことも出来やしない。
この試験は俺にとって「チート野郎」になるための第一歩だ。
幸いにして「絶対にバレない」不正は既に考えてきている。
「……ステータス表示」
誰にも聞こえない小声。俺の目の前には、「俺以外の誰にも見ることのできない」空中投影のウィンドウが表示された。
異世界転生の王道だよな。主人公の能力値を表示する、ゲーム風のウィンドウ。だが、俺の能力値を見たいわけではない。
んーと……アイテム画面で……あっ、あった。「初等魔導入門」。
このアイテム詳細画面、所有する本のテキスト内容確認できるんだよな。
これに気付いた時、俺は悪魔の発想に至ってしまった。現実世界では、思いついてもやらない行為。
そんなわけで、俺は目下最速で魔法を使用可能になるために、ギルド認定の最下級試験の突破のため「チート」を使うことにした。
この世界において、「チート」は女神のお墨付き。魔王討伐も危急の話だ。
……好きに呼んでもらって構わない。
チート野郎なんて、俺だって大嫌いな手合いの主人公なんだからな。
褒められる方が、むしろ居心地悪いぜ。
………………
………………………………
俺は、全ての問題の記入を終え、答案を裏返した。
* * *
「魔法技師試験を数日で突破するなんて……流石は勇者様ですね!」
宿に試験結果を通達に来た王宮の使い。彼女の賞賛に、俺はばつが悪くなって天井を眺めていた。
俺はあの日、カンニングを……
………………
……しなかった。
……というか、出来なかった。
もちろん、ステータスウィンドウを開くまでの俺は、あの場でカンニングしてやる気満々だった。取り繕うつもりもない。
……だが、その瞬間、周囲の受験者のペンを走らせる音が、試験監督の視線が、俺の胸にグサグサと突き刺さってくるような感覚に襲われた。
……情けないが、結局俺は、この世界に来ても、他人の顔色を伺って、試験でズルをすることに踏み出すことのできない、憐れな小市民だったってわけだ。
……どこまでも、日本人だな。
まあ、実のところ「初等魔導入門」に関しては、試験前にやることも無くて、暇つぶしに読み込んでいた。漫画もゲームもない世界だしな。読書ぐらいしかやることもなかったわけだ。
真面目に勉強しているつもりもなかったが、とは言え魔法の概念については、これから使うんだし知っていて損することもない。
そして、F等級試験は〇×問題。意地悪な引っ掛けもなく、ニュアンスを読むだけで正解できるレベルの物だった。原付試験より簡単だったな。
まあ、そんなわけで、試験合格には何の支障もなし。
「ズルをしなくて偉い!」と自分を褒めるか?
……馬鹿言え。まともな大人は、そんなズルなんて、やろうとも考えねぇんだよ。
……本当、俺ってチートと相性悪いんだなぁ。
「私、必死に勉強して、ようやく文字の読み書きも出来るようになったぐらいなので、勉強のできる方、尊敬します……!」
「……うっ」
王宮より遣わされた世話係の女性は、目をキラキラ輝かせて俺を見る。
カンニングの誘惑に駆られたことは元より、親の金で通ってた大学をサボって遊んでた俺に、死ぬほど刺さる……。
チート以前に、現代日本でぼんやり生きてるガキを、こんな切羽詰まった世界に呼んじゃ駄目だろ。
それに、この子みたいな子が、必死に読み書きや勉強を覚えて、同じ会場で試験受けてたのかもと思うと、本当に死にたくなるな……。
他人の努力を平然と踏みにじる、見下げ果てた人間にならずに済んだことだけは、心底ホッとしたよ……。
まともな感性してたら、いたたまれなくてやってられんわ。
「それでは、引き続きがんばってくださいね、勇者様っ!」
彼女の激励を受けて勇者様は、資格証明書を眺めながら、ベッドに横になった。
……やっぱり、ズルなんてしても心にしこりが残るだけだよなぁ。
チートを使いこなすにも、やっぱ適正ってあるんだろうよ。
見る目の無ぇ女神サマめ。
* * *
読者の皆様は、「ハーレム」をご存じだろうか。
この物語を読み始めたくせに「何それ?わからないなぁ……」なんて白々しいことを言える人は、カマトト主人公の才能アリだ。今すぐ俺の立場と変わってくれ。
……うん、それで、「ハーレム」。
まあ一言で言うと、男の煩悩の極致だよね。
あらゆる容姿容貌の美女を侍らせてさ、くんずほずれつしようっていう。
……まあ、俺も男だしね。気持ちはわからんでもないよ?気持ちだけはさ。
でもまあ、現代日本の倫理で生きてきた俺にとっては、やっぱりどうしても「いや、ダメだろ!」って思いが前面に来るのよ。
俺の好きなハードボイルドものの主人公もさ、女を抱くシーンはあるし、関係にもだらしない所は感じるよ?昭和に書かれてた作品だと特にね。
でも、これもあくまで行きずりの関係って描写でさ。常時女性の人生を束縛しようってわけじゃないじゃん。お互い成熟した男女の関係ってことだし、何より同時に複数人を抱いたりはしないわけ。その辺は最低限の節度もあるよね。
でも、異世界転生はさにあらず。……というか、俺も「モテ男が美女を引き連れ大冒険!」ってラブコメ程度のノリだと思ってたんだけどさ、詳しかった知り合いに聞くと、ガチに複数人と恋愛関係になったり、やることやってしまったり、子供まで妊娠させてしまう話もあるらしくてさ。
……興奮よりドン引きだよ。そこまで行くならもう、エッチな漫画読めばいいじゃん!
……それに、だ。俺の憧れの作品の主人公達だってハーレムなんてうらやま……不誠実なことしないのに、なよなよモヤシチート野郎が好き放題ってのも許せん。
いや、ハーレムを作るような欲に流されない硬派さあってこその、ハードボイルドと言えるのか。
……よし、憧れのハードボイルド主人公たちに誓って、俺はハーレムなんて惰弱なものは作らないぞ!
* * *
「……じょ、女性のみのパーティーですか?」
「うん……その、付与スキルの関係で……」
市街の噴水広場で待ち合わせをしていた、世話係の女の女性から、これより編成するパーティーメンバーの要求を聞かれた俺は、目を逸らしながら答えた。
……正直、クソほど気まずい。唯一と言っていい俺の異世界での交友関係に、ヒビが入る感覚だ。最悪。
滞在中の俺の身の回りの世話や、王宮との連絡役をしている女性「エリス」。
オレンジがかった柔らかい発色のブロンド髪。ウェーブのかかったショートヘアの彼女は、王宮から支給されたであろう飾り気の少ないシックなメイド服を制服として着込んだ、あどけなさの残る女の子だ。
王宮仕えの雑用として奉公に出ていた彼女だが、俺の異世界転移に合わせて、世話係及び案内役として抜擢されたらしい。
現在、冒険への出立に際して前準備として、俺に必要物資やパーティーメンバーの聞き取りをしているわけだ。
彼女は知的好奇心が強い。識字率の低いこの世界でも、独学で文字の読み書きを習得した努力家だ。
最近は仕事の垣根を超えて、俺の現世での暮らしや学業について話したり、テキストで学んだ初等魔法学を噛み砕いて説明したりもした。素直で飲み込みも早い子だが、異世界における「生まれの差」は現世より大きい。
学業に意欲的で、十分な素養も持つ彼女だが、地方農家の出身であった彼女は真っ当な教育を受ける機会にも恵まれず、王宮に奉公に出る形で王都に来た今もなお、出世のためのキャリアは開かれていないらしい。
……現世でも、家庭の事情で高卒で働いてた友人に「立派だなぁ…」と感嘆する所があったが、それをよりハードにしたようなもんだ。思うに、大卒カードを難なく手に入れ、ホワイトカラーが約束されていたに等しい俺の家庭環境も、今思えば十分「チート」だったんだなと、再確認させられる。
それで、だ。そんな健気な努力家のエリスを前に、チート野郎の俺は「じゃあ、早速ハーレムパーティーを作るぞぉ~っ!」なんて姿を見せているわけだ。軽薄極まれりだな。殺してくれ。
「……女神の加護の関係で、女性にだけ戦力を増加する加護を付与するって、転移時に説明を受けてね」
「………………」
「女ひいきなのか、女好きなのか……、とんでもない神様だよ」
……まあ、とんでもない神なのは事実だ。
俺に降りかかる不名誉についても、多少は肩代わりさせておかないと、やってられない。
「確認してみる?」
「えっ」
俺の問いかけに、エリスは意外そうに声を漏らした。
「……いや、お願いしたい。俺も、女神の加護でどうなるか、見たことないんだ。手伝ってくれると助かる」
「でも、私……魔法なんて……」
「この間、手から湧水を出す【水源魔法】が、少し使えたって話してただろう?」
上流階級のメイド向けの生活補助魔法のひとつだ。主人の緊急時に水分を調達する魔法らしい。
元来、こうした魔法は名家出身の者が専門の教育を受けて、初めて使えるものとされているらしい。エリスもまた、独学で挑戦していたのだが、うまくいかずに悩んでいたということで、俺からの初等魔導学のかいつまんだ講義の結果、理解が体系化され、先日ついに使えるようになった、ということだ。
……本当に、頑張り屋だ。及ばずながら、成果が実を結ぶ助けになれて、本当によかったと思うよ。
「一緒に同行してるエリスなら仲間扱いだと思うし、初等魔法がどれだけ強化されるか、確認させて欲しいんだ」
「……でも、私の魔法なんて、お遊戯や手品みたいなものですよ?」
「むしろ、初学者だからだよ。女神の祝福による伸び幅を確認したいし、それに……エリスにしかお願い出来る人もいないんだ」
「……私、だけ?」
「ああ、この世界に来てから間もない俺にとって、信頼できる人なんて、エリスぐらいしかいないんだ。……頼まれて欲しい」
「…………」
そう、相互信頼がバフの条件ということを考えると、条件を満たす女性なんてエリスぐらいしかいない。
それでもイヤというなら、流石に無理強いはしたくないが……
「……わかりました」
「……あ、ありがとう!じゃあ、勢いついて水鉄砲になるかもしれないし、下に向けて、こう」
「で、では……」
彼女は、人差し指を石畳の上に向けて伸ばし、詠唱を唱えた。
「――水源魔法」
――瞬間。彼女の指から高圧洗浄機のような勢いで水が噴出した。
石畳に染みついた黒い汚れは、レーザーのように一直線に伸びた高圧水流にこそぎ取られ、その箇所だけ新品の石材のような白さを取り戻す。
驚いた彼女はバランスを崩し、辺りに水をまき散らしながら後ろに転倒する。俺は慌てて彼女の肩を支えた。
彼女の指先から放出され、上空に打ち上がった水しぶきが大粒の雨のように広場に落ち、周囲の市民はぎょっとしていた。
……幸い俺たちの仕業とは気付かれていないようだったので、俺たちも「なんだなんだ?」と、白々しく上空を見上げ、誤魔化した。きっと、噴水に何か詰まったとでも思われて終わりだろう。
「とんでもない威力の水流だったな……」
「……城の石垣を掃除するのに役立ちそうかもです」
「壁面の高圧洗浄かぁ……平和になったら転職考えようかな。手伝ってくれる?」
「ふふ、勇者様ったら……」
エリスは、俺の冗談で少しだけ笑ってくれた。
俺も……この世界に来て初めてだろうか?笑いが漏れた。
まあ、お互い、少しは打ち解けられたってことで……結果オーライかな。
広場に戻る雑踏。踏み慣らされていく水の跡。濡れ鼠になったまま、その場で談笑する俺たちふたり。
水気を帯びたエリスの髪は、日の光を黄金色に反射して、艶々とした輝きを一層強めていた。
* * *
かくして、エリスを通じて王宮に依頼を出し、国の力自慢とされるパーティーメンバーは集った。
優秀なエリートの卵だが、今回の魔王軍討伐に際して下野し、冒険者ギルドに登録して活動していたらしい。
パーティー構成は勇者である俺、女戦士、女魔術師、女僧侶……そして庶務としてエリスだ。
クセが強いというか、ベクトルの違うエリートの集まりって感じで、みんな我が強い。放っておけば軋轢を起こしそうだ。
……俺、この子らの好感を得ながらパーティー運営しなきゃいけないのか。
ハーレムパーティーとかハードボイルドのやることじゃないと見下してたが、あいつらも存外に苦労人なのかもしれないなぁ……。
* * *
読者の皆様は、「無自覚主人公」をご存じだろうか。
この物語を読み始めたくせに「何それ?わからないなぁ……」なんて白々しいことを言える人は、カマトト主人公の才能アリだ。今すぐ俺の立場と変わってくれ。
……うん、それで、「無自覚」。
自分の力を客観的に評価できていない主人公が、圧倒的力を無自覚に発動し、「俺なんかやっちゃった?」と意図せぬマウントを取ってしまう。これが一連の流れだ。
……いや、さ。
チートとハーレムについてはさ、俺もまあわからなくはないんだよ。才能ってのは脈絡なく発揮されるものだし、魅力的な人間は自然と異性に惚れられるもんでさ。まあひとつの甲斐性の形と言えるよな。
……けど、無自覚ってなんだよ!なんで自分のことが分かんねーんだよ!
多少ならいいよ?テストで八十点取った子が、六十点の子の前で「百点取れないなんて最悪…」って言っちゃうことだって、そりゃあるよ。
でもさ、地形を破壊する大魔法を使って、「俺なんかやっちゃった?」は、ねーだろ!迷惑だしあぶねぇだろ!
つーか、そんな制御不能な危険人物と、誰が冒険したいんだよ!戦略兵器として一生王宮に軟禁されてろや!
そんなわけで、俺の一番苦手なのはこの「無自覚」だ。チートとハーレムの持つ不快度を何倍にも上げる、凶悪なバフのようなものだ。
大いなる力には大いなる責任が何とやら。俺は、絶対に無自覚主人公みたいな舐めた野郎にはならないぞ!
* * *
「何って……初等攻撃呪文だけど……」
極限までセーブした【衝撃魔法】は、危険な野生モンスターの身体を粉砕し、数百メートル向こうの大岩にクレーターを作っていた。
王宮魔術師出身の魔術師は、わなわなと肩を震わせている。そりゃそうだ。何年もまじめに勉強や鍛錬した魔法を、つい先日初等資格取ったばかりの人間に追い抜かれるのは、最悪の気分だろう。しかも、カンニングまでやろうとした奴に。
そんな俺たち、勇者一行の空気を一言で説明しよう。
「お通夜」だ――
* * *
まず、状況を整理しよう。
勇者である俺が授かったチートスキルは【ランク反転】【無自覚最強】【ハーレムバフ】の三点。
各種ギルド協会(及びそれに類する技術集団)の認定ランクを反転した実力を与えるスキル、自身が無自覚であると装うことで無制限に魔法を打てるスキル、好感度の高い女性に戦闘能力を付与するバフスキル。この三つだ。
となると、俺の取るべき戦略は自然とこうなっていくことだろう。
・あらゆる同業者組合の初等資格を取得する器用貧乏になる
・平素からカマトトぶることで「無自覚」を演じる
・パーティーを女性で固めて信頼を獲得し全体の出力を底上げする
……書いててイヤになってきたが、まあもう仕事として割り切ろうと思っている。好きな事だけやって生きていけるほど、世の中って甘くないからな。
しかし、ここに俺の戦略的ミスがあった。パーティーメンバーをエリートで固めたこと。これが噛み合わせ最悪だったのだ。
・【ランク反転】で最低ランクで足踏みする俺を、パーティーメンバーは見下す
・だが、【無自覚最強】と合わせて無神経に努力の成果を蹂躙される
・必然、俺への好感度は上がらず【ハーレムバフ】の影響は最低に留まる
……すべてがかみ合っていない。
ハーレムバフの最大化を考えるなら、駆け出し冒険者でも集めるべきだったのだろうが、そこは王宮としてもメンツはあっただろうし、自国最強のプロフェッショナルの卵を俺に同行させたのだが、完全に裏目に出た。
冒険出立までの間に、剣術道場、大母聖教会、魔術師ギルド、盗賊ギルドなど、冒険技能に関わるところを一通り見学し、初級の検定を受けて回った結果、俺の技能は無意味に彼女たちの技術を越えてしまい、彼女たちのエリートとしてのプライドはズタズタになった。当然だ。
……いや、だからって駆け出しで回りを固めて「キャー!勇者様すごーい!」なんて言われて、お山の大将になって浮かれてる自分なんてマジで想像したくないんだが。ハードボイルドの正反対の軟弱野郎だな。
それに、不意打ちで俺が気絶したり、パーティーで別行動してる時に、基礎力に欠ける味方が全滅なんて悲惨な状況だってあり得るし、俺のチートに依存しきったパーティーを作るべきでもないだろ。
……とはいえ、現実として今のパーティーはギスギスの極みだ。そりゃそうだ。
不正行為と舐め腐り無自覚ムーブ、マジで害悪だな……。
* * *
「なぁ、あの野郎のことどう思う……?」
薪を取って帰ってきた俺とエリス。
その接近に気付かず、焚火を囲んだ三人は会話を続けていた。
「……力量は認めますよ。明らかに私の魔力出力を凌駕してます」
「そうですね……医療系の神聖魔法についても習熟してるようですしね」
「まあ、そうだよなぁ……剣技も多分、私より強いぜ」
……横のエリスは俺の方を見て笑顔を見せた。
「認められてよかったですね」とでも言いたげだが……これ、多分違うよ。
「……じゃあ、どうしてそれに気づいてないみたいに、振舞ってんのかしらね」
「本当に気付いてないとしたら相当な馬鹿、演技なら私らに当てこすりする相当なイヤミ野郎だよな……」
「……まあ、私も気持ちはわかりますよ。あの方、主に対する敬意にも欠けてますし、『なんであんな人が』って気持ちは、拭えませんよ」
「自分から雑用やったりとか、露骨に三下気取ってる卑屈な感じが、なお鼻につくんだよね……」
「『俺について来い!』ぐらいのこと言えるなら、むしろ頼りになるって思えるんだがなぁ……」
――つらい。つらすぎる。
……俺だって、そういうハードボイルドな、頼れる男を演じたいよ!
なのに、なんでよりにもよって【無自覚最強】なんて演じなきゃいけないんだっての!
そんな、やりたくもない、しょーもない役作りに縛られて、腰を低く接しても完全に裏目なんて、どうしようもねぇじゃん!尊厳破壊が過ぎるだろ!
……いっそ、三つのスキルの内【無自覚最強】だけを切るか?
他の二つだけでも十分……
いや、【ランク反転】による身体操作や技量補正に、明らかに魔力が作用してる感覚あるんだよな……。このリソースが【無自覚最強】に依存してるってなると、これを放棄した時点で、俺の戦闘力については、すべて御破算になりかねない。それぞれが足を引っ張り合ってるクソビルド過ぎる。
大体、「今日から頼れる男になるぜ!みんな着いてきてくれ!」とか言い出すのも、それはそれで不気味というか軽薄で気持ち悪いだろ。それに、この盗み聞きを自白するようなもんだ。信頼になんて繋がるかよ。
……第一印象が悪い人間ってのは、やすやすとは立て直せないもんなんだよな。
ふと、エリスに目をやると、彼女たちに食って掛かろうと前のめりになっていた。気持ちは嬉しいが……俺は、彼女の肩を掴んで止めた。
「反論しないでいいよ。逆効果だし、事実だから……」
「でも……」
「いや、本当、みんなの言うとおりだから……、もっと信頼されるように頑張るよ」
「………………」
……何を頑張ればいいんだろうな。
無闇で無神経な才能ってのは、本当に始末に困るもんだよ。
* * *
さて、パーティーを編成して半年。俺たちはどうなったか。
……「解散」だよ。パーティーメンバーはみんな、俺を見限って去って行った。
そこに至る経緯はいろいろあったんだが、一言で言えば「チートスキル」を失い、みんなから見放された。
チートスキル「無自覚最強」と「ランク反転」が機能不全を起こした俺は、パーティーメンバーにそれを伝えた。
だが、その結果として、仲間たちは俺の不誠実さに愛想をつかし、このパーティーの離脱を宣言した。
……さながら「追放系」の文脈だな。メンバーに隠し事をした結果、当然のしっぺ返しを食らったわけだ。
違うのは、追放されたのがリーダーという点。これはもう追放とかじゃなく、「運営失敗」の方がふさわしい。
なので、WEB小説よろしく「他所に行って才能を発揮するかぁ……!」なんてことは欠片も思わない。
能力とリーダーシップの問題で、それが完全に御破算なんだからな。
もとより、「ハーレムバフ」による能力向上は、ごくわずかな物だった。皆の信頼が欠けていたことには驚きもない。
彼女たちは、俺の能力は「ズルの結果」ということは察しつつも、それを見ないように無理をして、俺に付き合ってくれていたんだ。
俺は、半年間の旅の間、能力を失ってでも、共に歩もうとしてくれるだけの信頼を構築できなかった、ってわけだ。
……他人の頑張りを、存在そのもので否定するチートスキル。
これって、何か目的をもって頑張ってる人間にとっては、近づいて欲しくない呪いそのものなんだよ。
ちっぽけな自尊心の充足と引き換えに、「誰かと同じ歩幅で歩み友になりたい」なんて、そんな小さな望みも叶わなくなってしまう。
……何が天才だよ。何がハーレムだよ。何が無自覚最強だよ。
俺は、内心で女神への悪態をつきながら、酒場の安酒を煽る。
結局、俺は一人になった。
力を失った俺を前にして、エリスは、それでも「そばで支えたい」と言ってくれた。
……すごく、嬉しかった。
だが、チートスキルをなくした俺が、非戦闘要員である彼女を護り切れるか?
元より優秀なエリートだった三人が居なくなった、今のパーティーで?
……そりゃ、ずっとそばで護りたいさ。
まだ、彼女と一緒に旅をしたい。
これから、辛いことがあっても、一緒に多くの景色を見たい。……そう、望んでたさ。
……けど、それは叶わない。安易な気持ちで、彼女を危険な旅に同行させるわけにはいかない。
「何も持たない、今の俺にとって、闘えないメンバーの君はもう、『役立たず』なんだよ」
俺は心にもない言葉で彼女を「追放」し、泣きながら立ち尽くす彼女を、置き去りに去って行った。
……この世界に来て、これほど、最悪な気分になった出来事はない。
見限られるべきは俺なのに。なんで、彼女が、こんな、悲しい顔をしなくちゃならない。なんで、傷つかなくちゃいけない。
……俺がこの世界に来なければ。
俺より、もっと上手くやれるチート野郎が、俺の役割を演じていたなら。
彼女は、これほどまでに傷つかずに済んだのだろう。
結局、俺はこの世界で何がしたかったのか。結論は出ないまま、最悪の状況になっちまった。
俺はずっと「頑張った人に報われて欲しい」と思ってたし、「頑張って報われる」自分になりたいとも思っていた。
……それなのに、チートに引き摺られて、自分を鍛錬することに意識が向けず。散々「チート嫌い」を自称しておいて、これに依存していた。人は易きに流れるってことか。
今から、上位クラスに行けるとは思えないが、今後も冒険者として生きていくなら、地力をつけるに越したことはない。
………………
……なんだか、なぁ。
努力、努力ってなんだ。
……世界には頑張りで越えられない高い壁が、社会を覆う手の届かない高さの天井が、存在している。
異世界転生……イヤな立場だとは思っていたが、それでも、自分を変えられる最後の機会として、期待している所はないわけではなかった。
あのロクデナシ女神とは言え、この世界に選ばれた俺は、きっと、何かを成せるんじゃないか、と。
……ああ、なんだろう。
もう、何もかもやる気が無くなってきたな。
大学生の頃の、腐ってたあの時期が、またやって来たみたいだ。
ふと、入り口のドアが勢いよく開き、血相を変えた男が、酒場に入って来た。
男は、同業の露天商と思しき二人に詰め寄り、なにやら話している。
――穀倉地帯は蹂躙され、小麦の値上がりは確実、
――復興に際して奴隷需要も高まるので、今はとにかく買って備えろ
二人は状況を察せていないようで、落ち着いて順を追って話せと、男をなだめる。
――国境線の警備兵が、この街まで撤退し、詰所の兵士と合流している
――他の地方にも連絡魔法で伝達し、騎兵をかき集め部隊の再編を行っている
――事前に情報を入手した大商人は、作物と奴隷を内地に動かしている
――中小富農は損切りでこれらの資産を置き去りに、着の身着のままで脱出した
そんな話。
酔った頭が、ゆっくりと回り始めた。つまり、これは――
――猪妖魔が、五千人規模の猪妖魔の軍勢が、
――人魔の境界線を越えて襲来した
……冒険の情報収集で知っていた。
この街の近郊には穀倉地帯が広がり、農奴を使って麦を栽培し、国内の食料を生産しているということ。
それは、国境を接する猪妖魔に狙われ、いつか越境による略奪が起こるのではないかと危惧されていたこと。
だから、そこでは人権を持たない「奴隷」が労働させられている。「市民」の命を危機にさらさないために。
………………
「勇者……か……」
俺はもう、パーティーを解散して一人の身となった。力を失った今では、もはや国からも期待はされまい。
……だったら、だ。
俺は、きっと、これまでの人生で、一番自由な状況にいるのかもしれない。
居ても居なくても同じ。何をしてもかまわない、そんな自由な存在。
……それなら、俺の望む「勇者」を演じて幕を引くのも、悪くないかもな。
俺は、自分がどんな気持ちなのかもわからないままに、笑っていた。
客室に戻った俺は鎧を着こみ、剣を腰に下げる。
……なんだろう。
チートも、仲間も、期待も、何もかもをなくしたのに。
ようやく俺は、やるべきことに向かって一歩を踏み出せた気がする。
自分の意思で前に進む、その納得感は、ここまで背中を押すのだろうか。
宿を出た通りでは、普段通りの往来の中に、大慌てで走り回る商人たちが混ざる。
俺は、穀倉地帯に向かう足を確保するため、「送迎馬」を扱う駅逓所へと向かって歩き出した――
* * *
――俺は今、開けた荒野を臨む物見やぐらの上にいる。
これは、国軍によって建設された、緩衝地帯から人間領域への魔族の侵入を見張るための設備だ。
……だが、肝心要の国軍はこれを放棄して撤退している。そんなわけで、俺が有効活用している、という次第だ。
眼前には「猪妖魔」の大軍……「数えきれない」と表現したいところだが、それではいささか当事者意識に欠けるというべきか、他人事みたいになってしまう。
……うーん、体育館に入る全校生徒が五〇〇人ぐらいとすると、その十倍……五千人ほどかな。現実味のねぇ数字だ。
軍団はおおよそ五〇〇人の半分……二五〇人ぐらいが一塊になって、綺麗に整列している。
後方の部隊は鎧とか着てる雰囲気ないな……弓とか魔法とかで武装してんのかな?
あとは投石器……接敵中に岩ブン投げられるのは警戒しないとな。味方ごと巻き込んでまで投げて来るかはわからんけど……現代倫理なんて通用しない世界だしな。
あとは、騎兵はいないが、一部の「猪妖魔」や「蜥蜴妖魔」は、ドラゴンというか、大トカゲみたいなのに騎乗している。時々聞こえてくる、地鳴りみたいな唸り声はアイツらの咆哮かな。近所迷惑な連中だぜ。
――乾いた風が頬を撫でる。
昨日、浴びるほど飲んだ酒の酔いもすっかり抜けて、身体は十分まともに動く状況だ。俺は、やぐらの梯子をゆるく掴み、するすると下へと滑り降りて行った。
降りた先の、砂を含む風が流れていく大地。
――隣を任せられる粗暴な「戦士」も、
――砂っぽい空気に文句を垂れる育ちのいい「魔術師」も、
――世を乱す魔族に怒りを燃やすお堅く敬虔な「僧侶」も、
――そして、
――俺の一番信頼していた「あの子」すらも、
――誰一人として、やぐらの下には待ってなかった。
「……はは、寂しいけど自業自得か。こんなになってまで、誰が俺に着いてきてくれるよ」
今の俺には、大切な仲間も、帰る場所も、身を守る「チート」さえ、もはや存在しない。
……ただ、ただひとつ。
実感の薄い空虚な「使命」だけが、俺を、猪妖魔どもの軍勢に向けて、突き動かす。
――けれど、これで良かったのかもしれない。
もとより俺は、WEB小説みたいなチート無双が大嫌いで、ハードボイルドな主人公に憧れていた。人間の魅力は責任の後についてくるものだと信じて、その真に「強い」生きざまに憧れていた。
そう考えれば、俺みたいな元ボンクラ大学生に、こんな晴れ舞台は、出来過ぎなぐらいだ。
だったら、最後まで演じてやろうじゃないか。……「勇者様」を、さ。
俺は、大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
―――― しかと聞けッ!悪しき妖魔の群れよッ!
―――― 我が名はアルフィード王国の勇者「カイト」ッ!
―――― 魔族より人類領域を護る、異世界より遣わされた理外の守護者ッ!
俺の放った「勇者」という単語を聞いた軍勢に、一瞬、どよめきが走る。
無法者が相手とは言え、勇者の雷名は有効というわけだ。
……このまま帰ってくれねぇかな。
……くれねぇよな。
弱気になった自分に内心自嘲を漏らしつつ、俺は再び息を吸った。
―――― この先は人間の世界ッ!貴様らの居場所はどこにもないッ!
―――― 一歩でも境を越え、大地を踏んだ者は、その生命、亡き者と知れッ!
―――― そうと知って尚、我らの安寧を脅かそうというのならば……
俺は、剣を抜いて、俺の名乗りを静聴する軍勢にその切っ先を向けた。
―――― この勇者が、直々に冥府に送ってやるッ!
―――― 来るがいい、魔族どもッ!!
……鬨の声が上がる。
やべぇ、大将首が一人で現れたみたいな空気にして、かえって士気上げちまったかも。
………………
……まあ、いっか。
どの道、帰る算段なんてねぇんだ。もう先に馬も返しちまったしな。
俺の異世界の旅の締めくくり、最後の最後なんだし、ちゃんとカッコつけて幕を引くってのも、悪かないだろ。
――猪妖魔の軍勢が、俺の元に押し寄せる。いよいよ開戦だ。
さて、じゃあ、張り切って……
「……死ぬとするか」
俺は、ロングソードを構え、奴らと向き合った。
* * *
俺の名は「伊勢海人」。
中学、高校のあだ名は「イセカイ人」。
大嫌いなWEB小説よろしく、剣と魔法の異世界に飛ばされた、元ボンクラ大学生だ。
今の俺は……この世界から見て、なんのことはない非力な「異世界人」。
そんな俺は、誰にも顧みられることなく蹂躙される、穀倉地帯で働く奴隷たちの命を救うために……
………………
……いや、違うな。
悪態と衝突を繰り返して、それでも何だかんだ憎めなかった仲間達との、
あるいは、太陽のように眩しく、俺のそばに居て、支えてくれた「あの子」との、
なんだかんだ楽しかった冒険の日々を、「勇者」として過ごした半年間を、
「何もかも無駄だった」と嘘にしないために。
そんな個人的な動機で闘っている俺を、
その中で命を落とすであろう俺を、
恥じることなくこう呼びたい。
――――異世界人の勇者「カイト」と。
――――――【了】――――――
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この話は【連載版】の初期エピソードを簡潔にまとめ、単体で読めるようにシンプルな成長物語として再構成した短編版です。
実際の物語では、より主人公や仲間たちの気持ちが緻密に描かれ、人間勢力や魔王軍の事情など、ディティールが加わり、より長期連載を見越した構成になります。
そして「ヒロイン」も増えるので「ハーレム」の内容を期待される方は、本編の更新をお楽しみにして頂ければと思います。
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