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 「その写真⋯。」沙耶乃が手にしていた写真を見て、俺はそう呟いていた。写真に写っている屋敷には見覚えがあった。いや、見覚えなんていう曖昧なものではなく、それは確かに今まで何度も目にしてきた場所だった。そしてその写真の中央、一人の少女の姿を発見して俺は言葉を失った。彼女のことを、俺はずっと探していたのだ。その写真を見ていると、かつての、その写真に写っている村で過ごした俺の幼少期の記憶がフラッシュバックするように思い出されていく。

 あの頃の俺は今とは全く違い、霊感が人一倍強く、身近に霊の存在を感じながら日々を過ごしていた。俺が生まれた村は、病院も商店も町まで行かなければ無いような不便な場所で、俺が生まれた頃には、元々村に住んでいた人達ももうほとんどが町の方へ移り住んで行ってしまい、近々廃村になるだろうと言われていた。当時、村に住んでいたのはほとんどが老人で、友達もおらず両親も共働きだった俺は、いつも一人ぼっちだった。しかし、今思えば不思議な感覚だが、外を歩いていても、家の中にいても霊が徘徊しており、中には当時の俺と同じくらいの子供の幽霊を見かけることもあった。孤独だった俺は、彼らでもいいから友達になりたいと思い、何度か声をかけたりもしていた。

 「ねえそこの君、良かったら友達にならない?一緒に遊ぼうよ。」

 しかし彼らは、いつも俺に気づく様子はなく、地面だけを見つめブツブツと何かを唱え続けるだけだった。その様子を見ていると、無視されて悲しいというより、幼くして死んでしまった彼らの気持ちを考えてしまい切なくなった。幽霊にすら友達になってもらえず、俺はこのままずっと一人ぼっちなのかなと思っていた。

 そんなある日のことだった。太陽が照りつける真夏の正午すぎ、俺は虫を捕まえて遊ぼうと、初めて一人で山の中へ入っていった。しかし、虫取りに夢中になっていくうちに、段々と自分のいる場所がわからなくなっていき、気づけば完全に迷子になってしまっていた。俺は慌てて元来た道を戻ろうとするが、どこからここへ入ってきたのか全くわからない。方向もわからないまま、目の前の茂みをかき分けていく。すると茂みを抜けた先に少し開けた場所があり、その正面には俺と同い年くらいであろう少女が小さな岩に足を伸ばして座っていた。驚きと安堵が混ざりつつも、

 「⋯君は?」と声をかける。すると少女は、声を発することなく驚いたような表情でこちらを見つめ、その後すぐに笑った。俺のことを歓迎してくれているのだろうか。その無邪気に浮かべる表情の中には、幼いながらも美しさを感じさせた。少女に近づいていき、「俺、一也っていうんだ。君の名前は?」と喋りかけた。しかし少女は困ったような笑顔を浮かべるだけで、返事はない。俺は、少女に迷子になってしまったことを打ち明けると、彼女は岩の上から立ち上がり、山の出口まで案内してくれた。見覚えのない道を彼女に従う様に通っていき、山を抜けると、そこは俺が最初に山に入っていった場所だった。動揺しながら振り返ると、少女はその道を戻っていってしまっていた。この村にあんな子がいるなんて知らなかったが、もしかしたら彼女なら俺の友達になってくれるのではないか、そう思った俺は、その日からあの場所へ毎日の様に通い、彼女と遊ぶ様になった。


 少女は俺と遊んでいるとき、いつも表情豊かだったが、決して喋ることはなかった。後になって彼女も幽霊であるということに気づいたが、その頃は普通の少女として、普通の友達として同じ時間を過ごしていた。彼女と一緒に川遊びをしたこと、追いかけっこをしたこと、俺が虫取りをしているのを虫が嫌いな彼女が後ろで眺めていたこと、頭の中で様々な記憶が浮かび上がっては、弾けていく。あの頃の思い出は、今でも俺の心にこびりついて剥がれずに残っている様だった。今まで一人ぼっちだった俺にとって、彼女は唯一の友達だった。きっと彼女もそうだったのだろう。いつも彼女は一人、山奥にある小さな岩の上に座って誰かを待っていた。俺が来ると彼女はにっこりと笑って迎えてくれる、そんな光景を何度も繰り返すうちに次第に、俺は彼女に初めての恋をしていた。

 

 ある日、俺は買い物をしに行く両親について町へ行っていた。両親は買い物に夢中になっていたが、退屈だった俺はトイレへ行くと嘘をついてこっそり一人でスーパーの外へ出た。目的もなく歩き、何か面白そうなものはないかと辺りを見回していると、丁度目の前、横断歩道のない道路を当時の俺以上に小さな男の子が渡ろうとしていた。

 「大丈夫かな⋯。」と俺は心配しながらその様子を眺める。しかしその瞬間、両手にグローブをはめたガタイのいい男の霊が、その男の子に襲い掛かろうと走り寄っているのが見えた。

「まずい!」その男の霊は、明らかに異常だった。今まで幾つもの霊を見てきたが、その男の放つ存在感、生きている人間以上に生きていると感じさせるほどのオーラは、生まれて初めて感じるものだった。俺は反射的に男の子を守ろうと駆け出していた。この距離なら俺の方が近い。その幽霊が男の子に触れる瞬間、俺はそれよりも先に男の子の体を掴み、手前に強く引っ張った。しかしその反動で俺の体が前に飛び出し、ムキムキボディの幽霊とぶつかるかと思った瞬間、俺は横から車に撥ねられていた。

 

 

 目が覚めるとそこは病院で、体を起き上がらせ、最初に目に入ったのはベッドに顔を埋めて泣く母親の姿だった。医者によると、車と衝突したにもかかわらず奇跡的に無傷で、今日中に退院して構わないとのことだった。一緒にいた男の子も無事だったらしい。

 無傷。あの瞬間、俺ははっきりと大きな衝撃を感じたはずなのに、無傷。そのことを不思議に思った俺は、衝突した瞬間のことを思い出していた。あの時、幽霊は男の子に襲いかかっていた、と俺は認識していたが、その後起きたことを考えればむしろその逆であったのかもしれない。

「あの幽霊も、男の子のことを助けようとしていただけなのかもな⋯」それに、車に衝突したのに無傷というのは、もしかしたらあの瞬間、幽霊が俺のことを守ってくれたのかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、俺は、まだあの幽霊が近くにいないだろうかと辺りを見回した。しかし、そうしたところで彼の姿は見つけることはなかった。

それどころか─

 そこで俺は、大きな違和感に気づいた。

 

 家に帰り、遅くなってしまった昼御飯を食べる。今日は安静にしてなさいと母親が言うが、俺には今日中にでも確かめなければならないことがあり、その言葉に従う気はなかった。「ごちそうさまでした。」と言った直後に俺は駆け出し、家の外へでた。後方から母が俺の名前を叫ぶ声が聞こえた気がしたが、俺の脳内はあの少女のことでいっぱいで気にもならなかった。いつもの道、もう何度も何度も通い続けたこの道。横には数年前まではおばあさんが住んでいたらしいが今は無人となっている屋敷がある。いつもならそこは集会所のように集まっているのに⋯。目的地へ近づくにつれ嫌な予感は大きくなっていく。走り続けて体も限界と言わんばかりに息が荒れるが、それでもあの場所へ着くまでスピードは下げない。

 病院で意識が戻ったとき、俺はいつもなら少なくとも四、五人は見えていたであろう幽霊が一人も見えなかったのだ。病院から出た後も、家へ着いた時も、気配すら感じなかった。おそらく事故の影響なのだろうが、もしかしてあの子も見えなくなってしまったのではないか、当然そんな考えが浮かんでしまい、俺は今全速力で走っている。

 茂みの前まできて、足を止める。いつもならこの先で彼女が笑いながら出迎えてくれる。その光景を頭に浮かべながら、くらむ頭を押さえ、吐き気を抑え、一歩ずつ茂みに入っていく。視界が開ける。ああ、やはり─。

 そこに彼女の姿はなかった。

 いくら探しても、「おーい!」と声を上げても彼女の姿は現れない。

 翌日もその翌日も、毎日の様に彼女に会いにこの場所へ訪れたが、その日以来二度と彼女に会うことはなかった。

 

「⋯その後は、村は廃村の話がどんどん大きくなって、俺達が引っ越した後にはとうとう廃村になったと聞いてる。俺はあれから十年経った今、少しでも彼女への手がかりが欲しいがために心霊写真部を作ったんだ。」と言うと、沙耶乃は考え込む様に地面を見つめていた。

「えっとつまり、この写真の屋敷は桜木さんが昔住んでいた村にあって、おばあさんが住んでいた屋敷?っていうのと一緒なんですね?」と、沙耶乃が話を整理する様に尋ねる。

「それで、この少女は桜木先輩が昔遊んでいた幽霊の少女と一緒、ってことですか⋯」と今度は山岸君が言った。俺は黙って頷いた。


 いや、山岸君⋯?

「うわっ!山岸君いつの間に!?」俺は自分でも大袈裟だと思うほどに驚いていた。彼は可笑そうに「途中からずっと隣にいたじゃないですか。」と言う。話すのに夢中になっていたせいか、全く気づかなかった。沙耶乃の方に視線を送って見ると、沙耶乃も「いましたよ。」と一言。自分の過去を長々と話していたせいかなんだか恥ずかしい気持ちになった。とはいえ俺も今までの話から整理する。「まあ現状で言えるのは、この写真はおそらく俺が生まれる前に撮られたものっていうこと、そして撮られた場所は俺が昔住んでいた村であるということ、この少女は写真を撮ったのと大体同じ時期に亡くなって幽霊になってしまったということ、くらいかな。」言いながら、自分自身の胸が高鳴っているのを感じていた。ずっと求めていた彼女への手がかりが、突然俺の前に現れたのだ。「一つ聞きたいんだけど、沙耶乃さんは一体どこでこの写真を手に入れたの?」俺は一番の疑問であるところの、この写真と沙耶乃の関係を知りたかった。昨日沙耶乃を我が部に勧誘した時、彼女は、亡くなった祖母のためにとある写真の屋敷を探していてそんな暇がない、というざっくりとしたことしか言っていなかった。昨日までの俺はそれで納得していたが、今日は違う。その写真は、沙耶乃だけでなく俺の求める手がかりにもなっていたのだから。すると沙耶乃は、「⋯この写真は祖母の遺品整理をしているときに見つけたもので、写真に写っている家族は私の家族です。昨日桜木さんに、祖母のためにこの写真の屋敷を探していると言ったのは⋯」と、沙耶乃は、祖母が成仏できていないこと、自分には人の憎しみを感じる力があること、その力で祖母に触れた時にこの屋敷が見えたこと、少女はおそらく自分の姉ではないかと思っていること、しかしその事を今まで教えてもらったことがないこと等、今までの経緯を詳しく話してくれた。そして

 「桜木さん、」と俺の方へ体を向き直り、「この場所へ連れて行ってください。」と、沙耶乃は心の底から懇願するような表情で言った。

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