表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

 相変わらず目覚めの悪い朝だ。祖母が亡くなってから、丁度一週間経過し、祖母の葬式等も終わって落ち着いた日々に戻り始めたというのに私は毎晩祖母の夢を見ては目をはらしながら起きていた。平日は学校で時間もなかなか取れなかったため、今日こそは遺品整理を行おうと決めていた。とはいっても、祖母は昔から私の世話ばかりでこれといった趣味もなかったため物は少ない。それでも、今日私に気合が入っているのは、例の映像の件で手がかりになるものがあるかもしれないと思っていたからだった。平日の間、どう調査をしようか考えていたが、結局のところ頭の中に映像があると言ってもそれを言葉にして人に尋ねるというのも至難の業であるし、あの屋敷がどこにあるのかも調べようがなかった。そのため、祖母の遺品から関連するものを探すくらいしか方法が思いつかなかったのである。淡い期待を寄せながら、あれやこれやと物を分別していく。わずか二時間程度でほとんどのものが分別し終えてしまったが、一向に手がかりがない。あとは難しそうな書類がまとめて入れられた箱が残っているが、この書類の分別はまた後日父親と相談したほうが良さそうだった。念のため一応確認だけしておこうと書類の束を手に取る。読んでみるが、権利書やら昔の言葉遣いで書かれた(私からすれば、)得体の知れない書類ばかりで、手がかりにはならなさそうだった。パラパラと流し読みするように紙をめくっていると、ふと小さな紙切れのようなものが落ちた。「あらら。」と慌てて拾うと、それは一枚の古びた写真だった。気になった私は、その写真を見てみる。いかにも田舎の村のような場所で撮られた写真で、中央には、まだ元気だった頃の祖母、私が生まれる前に亡くなったらしい祖父、今よりずっと若々しい父親、そして母。そして何と言っても、背景には私が祖母に触れた時に見えたあの屋敷が写っていた。興奮で心臓がドクドクと鳴り始め、手が震え出す。ようやく手がかりに辿り着けた、そんな気持ちだった。しかし次に目に入ったそれで、その興奮は困惑に変わった。

「⋯私?」


 写真の中央の下、私の両親に挟まれるように五歳ほどだろうか、幼い少女が立っている。それはまさしく二人の娘であることを示しているようだった。一瞬この少女は私かと思ったが、そうなるとおかしな点がいくつもある。第一、私が生まれてくる前に祖父は亡くなっているはずだし、私が物心着いた時には祖母と父と私の三人暮らしだったはずだ。そしてそもそもこの場所を、私は知らないのだ。そこでふと、昔祖母から聞いた話を思い出した。祖母は、母が死んでしまったことをきっかけに、この家へ私の世話をするために越してきたのだが、その前は亡くなった祖父と住んでいた家があり、その時に手放したと。この屋敷が、その家なのだろうか。様々な疑問が頭の中で続々と湧いてくる。写真から推察するに、私の両親もその家に住んでいた時があったのだろうか。それともたまたま訪れた際に撮った写真なのか。どちらも大いにありえることだった。おそらく父親に電話をかけて直接聞いてみるのが早いとは思うが、一番の疑問であるこの謎の少女が誰なのか、もし父親や祖母が私に何かを隠していたのだと考えれば、今ここで直接尋ねることは憚られた。ひとまず写真を丁寧にクリアケースにしまい、ポケットへ入れる。自分でこの屋敷を探そう。そうするしかないと思い、出かける準備をする。目的地は、図書館だ。


 自転車にまたがったまま、信号が変わるのを待つ。家から隣町の図書館までは自転車で片道三十分ほどの距離がある。図書館は祖母が入院していた病院の近くにあり、面会ついでに寄っていくことがたまにあった。いつもは何の目的もなく入っていたが、今日は違う。青い空の中、雲に隠れることもなく全貌を晒している太陽の日差しの暑さで、私は少し汗ばんでいた。これから本格的に夏になって更に暑くなる、そう考えると憂鬱な気持ちになった。信号が変わり、ペダルを強く踏み込む。目的地までは後少し。進んでいくと、前方に図書館が見え始め、道路を挟んだ反対側には通い慣れた病院があった。自転車のブレーキをつかみ、静止する。もう通う必要のなくなったその病院の方を見つめながら、「やっぱり、多いなあ⋯」そんなことを思う。人が亡くなる場所というのは必然的に霊も多い。単純に病院で亡くなって、未練を抱えたままここに残ってしまう霊もいれば、おそらくそれにつられて他の場所から集まって来たのであろう霊もいる。そしてその中でも、ぼんやりとした白い気配のみを感じる霊、強い憎しみを持っているのであろうはっきりと実体が見える霊、と、私の中で二通りの見え方があった。そのまましばらく見つめていると、少し病院から離れたところにぽつんと一つの気配が、何かを探すように彷徨っているのが見えた。なんなんだろう⋯と、遠目に観察してみる。そうしていると、だんだんと、だんだんと⋯その気配が私の知っているものだということに気づき始めた。

 「おばあちゃん⋯?」言葉を発したときには、それは確信に変わっていた。間違えるはずもない、あの気配は今までずっと彼女の優しさから感じていたものと同じだった。祖母は成仏していない。そのことがショックで、私は自転車のハンドルを握ったまま呆然としていた。ただその気配は真っ白で、それは彼女の未練が恨みや憎しみの念ではないことを表していた。祖母を成仏させてあげたい。そんな思いで、ポケットに手を伸ばす。きっとこれが彼女の未練に関わっているのだろう。何としてもこの写真の屋敷を見つけ出さなくては。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ