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21話 「海」

 夢も見ずに深い眠りから目覚めた。


 拠点の中にミリーとグロムは居ない。どうやら初めて俺が最後に起きたらしい。


 流石に自分の身体にも疲労が溜まってきた事を感じる。


 連日歩き続け、戦闘を繰り返し、常に辺りを警戒。気が抜けるのはこうして拠点に守られている時だけだ。一歩地上に出れば、寝起きのように霞がかった意識ではいられない。




 荷物を持ち、軽く警戒しながら拠点の外に出る。


 するとミリーが鍋の前で朝食の用意をしていた。




「あ、カイおはよう」


「おはよう。早いな」


「カイが遅いんだよ多分」


「ミリーにそんな事を言われるとはな」




 この子もかなり疲弊しているはずだ。


 魔物との戦闘は無いのでその点は違うが、同じ距離を歩き、同じ飯を食らっている。


 俺の方がへたれていては、面目が無いな。




「この鍋はミリーが作ったのか?」


「うん。そうだよ。上手いでしょ」


「あぁ。正直驚いた。火をつけるのは分かるが、繊細な事も出来るんだな。実は結構魔力があるんじゃないのか」


「いや、全然そんな事ないよ」


「弱い魔物なら倒せるんじゃないのか」


「うーん……?どだろね」




 小さく繊細に作るのには、そこそこな魔力がいる。


 下手すれば準B級くらいはありそうなもんなんだがな。


 ミリーからスープがよそわれ、口にした。




「おいしい?」


「いつも通りだな」


「だろうね」




 食事を進めていると、グロムが帰ってきた。




「おう、起きたのかねぼすけ君」


「仕事に遅刻しまくってたお前には言われたくないな」


「あれは起きてんだよ。起きた上で行きたくねぇなって葛藤があったんだよ」


「余計駄目なんじゃないか」




 ミリーが小さく笑う。


 日差しが差し込んで、暖かくなる。


 悪くない朝だ。朝飯までミリーに作られたらとうとう俺達の出る幕はない。


 あの子が1人で生きていけるように……なんて考えていたが、そんなものは少女には簡単な事で、俺達が心配しすぎていただけなのかもしれない。




「にしてもすげぇな。その歳で魔術が使えて、こんな食器も作っちまうなんて。これを売るだけで生きていけんじゃねぇの」


「えー無理だよ。魔術師なら簡単に作れるから、あんまりそういうの売れないよ」


「いんや簡単じゃねぇって。俺も手から水出してぇって思う事はあるが、人生で一度も成功した事がねぇ」


「グロムさんは、剣が凄いからいいじゃん」


「お?そうか?凄いって思うか?」


「うん。カイに聞いたよ。軍でも相当腕が立つほうなんだって」


「カイお前マジか!」


「言ってない。ミリーの妄言だ」




 前言撤回。うるさい朝だ。


 グロムは心底嬉しそうに笑う。分かりやすい奴。




 だがグロムは恐らく、人生に深い劣等感を持っていた。


 それを心の奥底にしまい込み仕事をして、旅を始めた日にそれは決壊した。


 今のグロムを無垢な少女が肯定するのなら、きっとそれ以上の特効薬はないだろう。


 グロムとミリーはコロニー003で、仲良くやっていければいいが。




ーーー




 少し風が強くなってきた事を感じて、海がすぐそこである事を実感する。


 海は、地上世界の7割を占める地上の象徴だ。地上を失った人類からしてみれば、手の届かない物の象徴でもある。




 耳鳴りのいい音が聞こえてきて、それが波によるものだと分かるまで少し時間がかかって。


 小高い丘を越えると広い砂浜と、果てなく続く水があった。




「すごい……」




 ミリーが感嘆の息を漏らし、俺とグロムも驚きから黙ってしまう。


 今にも空と一体化しそうな水が、呼吸をするように揺れている。




「流石に、今までのもんとはスケールがちげぇな」


「あぁ、想像以上だ」


「ねぇ、ちょっと触ってみてもいいかな」


「問題ないはずだ」




 ミリーは水にそっと触れ、靴を脱いで水に入ってみせる。


 周りを見渡すが、魔物もいなそうだ。とても穏やかで時の流れを忘れさせる。




 きっと地上には、こんな感動がほかにも眠っているのだろう。


 ヴェイルヴィンドの建物もそうだ。


 近づけばたちまち火を噴く山らしい山。


 ほとんどの生物は干からびるらしい砂漠。




 危険だからやめた方がいいのだろうが、少女を送り届けた後も地上を練り歩くのが趣味になってしまいそうだ。




 きっとミリーもそうやって、楽しんでくれているはずだ。


 そう、思っていた。




 ミリーの動きが止まっているのがわかる。


 どうしたのだろう。


 様子が変なのは昨日からだが。


 すると少女はゆっくりと振り返り、口を開いた。




「ねぇ、カイ」


「なんだ」


「……もし今から言う事が言っちゃいけない事だったら、聞かなかった事にしてほしいんだけど」




 一々そう前置きすると、震えた呼吸をして、次の言葉を吐いた。




「行きたくない……」




 行きたくない?




「どういう事だ」


「……コロニー003に、いきたくないなって⋯⋯」




 振り返った少女の顔にははっきりと、一筋の涙が通っていて。


 動揺と、昨日少し様子がおかしかったミリーを思い出した。




「なぜだ」


「……わかんないけど、やだ」




 時が止まるような波の音。


 ミリーの心情が読み解けない。


 それはミリー自身もそうなのか。


 もしくは分かっているが、罪悪感からそれを言えないのか。


 今から旅をチャラにしたいなんて言葉を吐くだけでも、ある程度の罪悪感はあるだろう。




「なぜか言ってくれないと、わからないだろ」


「……いいたくない」


「否定しないから言ってみろ」


「いいたく、ない」


「……帰りたくなったのか」




 ミリーは曖昧に頷いた。


 旅は折り返し地点まで来ている。


 今更帰りたいなんて言われても俺にはどうする事も出来ない。




 婆さんにも合わせる顔が無い。グロムがコロニー003に定住しようかって話も下手すれば1人で行かせることになる。アルヴァンとの関係も悪化するだろう。


 この旅は色々な大人の補助で成り立っている。それをわがままに潰されては、かなわない。


 少女の感情に寄り添いたい気持ちはあるが、その決断はあまりにも合理性に欠けている。




「地上の魅力に惚れ込んだのか?人生は長い。ここでコロニー003に行ったからって、二度と地上が見れないなんてことは無いと思うぞ」


「……」


「不安か。アルヴァンの元に行く事が」


「……」


「なぜ何も喋らない?」




 ミリーは全くもって口を開こうとしない。




「この旅にどれだけの人の想いがかかってるか、理解しているのか?」


「……ごめん。やっぱり聞かなかった事にして、そうしよ」




 ミリーはそう謝ると、海沿いに歩き出す。


 コロニー003まで行く、という事だろう。




「何度も言うが、俺はこの旅が終わったら128に戻る。もしどうしても嫌なら、アルヴァンに話を通した上で帰ろう」




 それは俺が最大限の優しさを持ってかけたつもりの言葉だった。


 ミリーは薄く笑って見せると、うんと一言返事をしてまた歩き出す。




「んん?なんだったんだ今の」


「俺にも分からん。お前はミリーが何を思っているか分かるか」


「さぁな。全く。ただこんな広い海を見て、怖くなっちまったんじゃねぇの。故郷に帰りてぇって」


「……どうだろうな」




 ミリーは勇敢な子だ。少し危うさを感じるほどに。


 地上に出るときも恐怖を口にせず、命の危機にさらされた日でも翌日には明るい。




「おめぇが異常なだけで、13歳でいつもの家族と別れて独りぼっちって、相当つらいと思うぜ。少なくとも俺は15で辛かった」


「まぁ……そうだな」




 少女が初めて泣いたのは死んだコロニーを見た夜。


 海を見た事か、滅んだコロニーを見た事か、死体を見た事か。


 なにかのトリガーから、少女を追い込んでしまっている。


 案外しばらくすれば立ち直るのかもしれないし、それが深い傷となってその人間を滅ぼすかもしれない。




 少女を守るように、また3人で歩き出す。




 少女の明るさの裏には、どこか悲しみがある。


 それを理解する事は、できなかった。


 だが、旅を続けて深く信用してもらえれば、いずれ心中を話してもらえるだろう。

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