18話 「家族の証だね」
本来なら街中の家を宿にしたい所だが、いかんせん入り組んだ作りで魔術を使いづらい事を考慮すると、今夜もいつもの拠点が妥当だろう。
そう思いいつもの拠点を作ったのち、蛇を焼いた焼け野原で佇むグロムに声をかけた。
「まだ何か気になる事でもあるのか?」
「いんや?多分街に潜んでる魔物はあれで全部だな」
「じゃあなぜそう立ち尽くしているんだ」
「いや別に……お前が拠点作ってる間やる事なんてねぇしな」
普通に崩壊した都市に観光気分なだけらしい。
そこは嘘でも街からの奇襲を警戒しているとか言っておけばいいだろうに。
まぁ、この失われた文明に目を奪われてしまう気持ちも分かる。地上に出たことは何度もあっても、こんな場所を見る事は初めてで、刺激的だ。
そう思っていると、花畑側に居たミリーに後ろから声をかけられる。
「ねぇカイ。ちょっとこっち」
手招きしてきた。
なんだろうか。特段深刻そうには見えないが。
俺は焼け野原と花畑の境界線に立ち、その数歩先に居るミリーと向かい合う。
「どうしたんだ」
「その、これ、あげる」
後ろに回した手を前にして見せられたのは、大きな花の着いた指輪だった。
この辺に生えてる奴の中でも特段綺麗なピンクのものが大きく括り付けられ、草の部分がそれを指輪としてはめれるように仕上げている。
よくできている。草の部分は何重にもなっており、壊れにくく、且つ見た目も邪魔していない。ミリーの趣味だったりするのだろうか。
「今作ったのか?」
「うん」
「凄いな、よくできてる。何度も作った事があるのか?」
「うん。私内層の人のキラキラしたアクセサリーとかいいなって思ってて、よく草で作ってた」
そういえばコロニー128に居た頃、やたらこの子は服を汚してくるとか言ってたな。
それはこの趣味が原因か。
コロニー内にこんな可憐な花畑はなく、しっかりと育った草を取ろうとすれば畑付近に行く必要がある。服が汚れるのも当然だろう。
「これね、こうやって左手の薬指につけるんだよ」
ミリーが既に付けていた左手の指輪を見せつけてくる。
「なぜ左手薬指なんだ」
「カイ知らないの?内層の人はそうやってお揃いで左手に指輪つけててね、すっごく可愛いんだよ」
「……?結婚指輪の事か?」
「ん……?ケッコン?」
ミリーが小首をかしげる。
結婚時に指輪を送る風習は内層において定着しているもので、外層民には馴染みがない。
歳も歳だ。勘違いしていても無理はないだろう。
「左手薬指にする指輪は、結婚する時に伴侶に送るものだ。だから皆お揃いで付けてるし、大切にする」
「……」
ミリーの時間が止まり、その後かーっと顔を赤くした。
夕日による赤さではない。間違いなく少女の羞恥心による熱がこちらにも伝わってくる。
見ていて面白い。婆さんがこの子に少しいじわるを言う心理も分かる気がする。
「やっ、えっと違くて、えと、グロムさんにも渡して皆でお揃いにしようかなって、それでどの指に着けてもよくて」
俺と目が合い、ミリーの言葉が止まる。
そんなに焦らなくてもいいだろうに、手元にあった俺に渡すはずの指輪はまた後ろ手に回され、渡すのか渡さないのかよく分からない事になっている。
少しフォローした方がいいだろうか。
「普通に指輪をプレゼントする事だって勿論あるぞ。深い意味のないプレゼントの方が世の中には多いから、そんなに慌てなくていい」
「え」
ミリーが少しむっとした表情になる。
深い意味のないプレゼントというのが引っかかる言い回しだったか?
このプレゼントに大した意味はないんだろうというのは、渡す側としては不服だっただろうか。
「あ、今のは」
「そういう指輪って、家族になる時に送る物なんだよね」
こちらの謝罪を前段階で遮り、ミリーは喋る。
「……そうだな」
「じゃあこれは、家族の証だね。ほら、凄いプレゼント」
もう一度指輪を見せてくる。
さっき顔を赤くした時にギュッと握ってしまったので少しよれているが、大きな花を携えた指輪は前より数段魅力的に、そしておぞましく見えた。
……家族の証。
「俺じゃなく、向こうのアルヴァンらに渡すべきなんじゃないか。そっちの方が家族としては近いだろう」
ミリーは再び顔をしかめた。
「いや、カイに作ったんだよ、これ」
「俺はお前を送り届けたら128に帰るって言っただろ。家族の証なんて大切な物は、もっと長い関係になる奴に渡してやれ」
「えー……」
そんなに不満なんだろうか。
いやそりゃ、これだけ精巧な指輪だ。
頑張って作った事も伝わる。
それを拒否されれば、不満にもなるか。
「やっぱり、カイに受け取ってほしいんだけど」
「……分かった。じゃあ家族の証としてじゃなく、指輪のプレゼントとして受け取る」
「なんでそうなるの!」
「なんでって……逆になぜそんなに家族に拘るんだ」
俺とミリーは会って1か月も経っていない。
変な意地の張り合いが始まってしまっている。
「だって、カイとはいずれ離れ離れになるんだから、家族になれた証みたいのが欲しいじゃん」
「要らない。そもそも家族になった気はない」
少し、語気を強めてしまった。
家族だとか、軽薄な言葉は嫌いだ。
軽い気持ちで大切な人を持つ事は、こんな世界じゃ悲劇を増やす事に他ならない。
そもそも俺に、家族なんてものを持つ資格はない。
脳裏に、赤子を抱えた幼い日がよぎった。
「……悪い、少し言い過ぎた」
「いや、ううん……私も、ごめん。ちょっと舞い上がってた。でもせっかく作ったんだから、やっぱり受け取りはして。別に家族としての意味は、なくていいから」
ミリーが手を差し出す。
それでもまだ、心を抉る何かを感じる。
だが向こうが折れた妥協点がそこなら、これ以上駄々をこねるのも間抜けだろう。
一息ついて花畑の方に歩み寄り、ミリーからそれを受け取って、はめてみせる。
「どう」
「……よくできてるな。内層でもこんないいアクセサリーは中々ないだろう」
「そっか」
少女の声色は少し嬉しそうだ。
指輪は男物としては可愛すぎるが、これで翌日外して文句を言われても面倒だ。
少女を送り届けるまで。そのくらいなら、つけておいてやるか……。
「グロムにも渡してやれ。あいつは何渡しても喜ぶ」
「え、あ、まだ作ってない」
「多分そこの草一本取ってプレゼントにしても喜ぶぞ」
「それはグロムさんを馬鹿にしすぎなのでは……?」
渋々といった様子だがどこか楽しそうに、次の指輪を作っていく。
お揃いのそれは美しかったが、同時におぞましさを感じさせた。
ーーー
7日目終了
移動距離28km
残り191km
ーーー
皆が目を覚まし、軽い食事を摂りながら8日目の目的を明確にする。
「今日は、中継地点であるコロニー236をのぞく。もし旅に使えそうな物があれば調達して、なければ先を急ぐのが今日の予定だ」
「わかった!」
「こっからすぐそこなんだろ?そのニヒャクなんだかは」
「あぁ。恐らく1時間程で辿り着く」
「そうか、ならとっとと行こうぜ」
休憩なら人の住むコロニー内ですればいいという判断なのだろう。
片手に指輪を付けたグロムが荷物をしまいはじめようとし、俺は土魔術の家を消して後片付けを済ませていく。
男2人と少女1人が女物の可愛い指輪をつけている。なんだか間抜けだな。
そう思っていると、なにやらミリーがグロムを制して、荷物の収納を始めていた。そういえば昨日の飯も手伝いたいとか言って率先してやってくれたな。
今朝は彼女の寝起きの悪さから俺が用意したが、何かミリーの中に心情の変化があったのだろうか。
「ミリーはなんて?」
「私がやるっつって追い払われちまった。なんか役に立ちてぇんじゃねぇの」
「そうか」
昨日の大蛇との戦闘において、少し自己嫌悪に陥っていたミリーを思い出す。
自分に出来る事からするという事だろう。
褒めるべきか、今後も任せてみるべきか。
今はやる気でも、後に義務感になったら少しもったいないな。
ミリーには1人で生きていける自信を、少しでもつけてほしい。それは小さな願いだ。
鬱屈としたこんな世界で生きるには、きっとある程度の自信と強さがいる。
ミリーを軽く褒めて、俺達はコロニー236の入り口へと向かった。
ーーー
コロニー236。その簡素な入り口に辿り着くと、太陽の鳥が一羽こちらを覗き込んでくる。
そして自身に括り付けられた茶色の箱のような物を渡してきた。
「私達になのかな?」
「アルヴァンの手紙にあった、支援かもな」
ミリーを向こうで引き取るアルヴァン・フローラは中継地点となる場所に太陽の鳥を送り、こちらを支援するアイテムを寄こすと言っていた。
直径40cm程度のその箱を開けると、目立つのはいくつもの袋と手紙、そしてよく分からない魔道具だ。
ひとまず手紙を手に取る。
「なんて書いてあるの?」
「待ってくれ。読み上げる」
拝啓 カイラス・ヴァレンティア殿
これを読んでいるという事は、ひとまず中継地点まで旅を終えたのだろう。
危険な旅路を超え、ここまで辿り着いてくれた事に感謝している。
さて、物資についてだが、袋の中身は保存食だ。
少し多めに用意した為、荷物を圧迫するようならば置いて行って構わない。
そしてもう1つの黒い魔道具についてだが、これは魔力を込めると強く発光する効果のあるものだ。恐らく、コロニー内部を探索する時に使えるだろう。
君の耳に入っているかは分からないが、コロニー236は2年ほど前に連絡が途絶えたコロニーだ。
太陽の鳥の指導が出来る人間が居ない可能性や、少しの生き残りが食いつないでいる可能性はあるが、高確率でそのコロニーは滅んでいる。
その為、この魔道具が役に立つだろう。
現状私達が他の場所に太陽の鳥を送る気はないが、もし何か必要な物があれば送り届ける場所と必要な物を裏に書き、手紙を入れた太陽の鳥を送り返してくれ。
太陽の鳥を手に乗せて高く放てば、コロニー003まで飛び立つよう訓練されている。
私達は君の支援を惜しまないつもりだ。些細な物でも直ぐに用意し、太陽の鳥を飛ばそう。
幸運を祈る。
アルヴァン・フローラ
「だそうだ」
「……おい、コロニーが滅んでるっつったか……?今」
「そうだな」
婆さんから、小耳に挟んだ情報として聞いていた。
情報の出所は定かではないが、コロニー236は、滅んだコロニーであるという話。
太陽の鳥を送り連絡を試みても一向に返信はなく、きっと魔物に滅ぼされたのではないか。と。
袋を荷物に詰め、魔道具を手に取る。
「カイ……知ってたの?」
「少しな」
「なんで、言ってくれなかったの」
「不確定な噂でしかなかったからだ。だがアルヴァンがそう断言するのなら、それが真実らしい」
正直、考えたくもない。
コロニー128も、いずれ滅ぶんじゃないかという皆の心配は絶えない。
だがどこかで、そんな事は起きないんじゃないか。
ありえないという考えで心を平静に保とうとする。そうやって生きてきた。
だがこうして実際に滅んだコロニーというのを聞けば、否が応でも現実の無情さを見せつけられる。
「俺は少し中を見てくる」
「え、なんで?」
「中に生き残りが居た場合、何かしてやれるかもしれん。食料に関しては無理でも、水や炎を提供する事は出来る。それにここから先の魔物に関しての情報が薄い。出来れば、情報収集がしたい所だ」
「……そっか。じゃあ、私も行く。皆で行こう」
「俺もそれがいいと思うぜ。中に魔物が居ねぇとも限らねぇし、入り組んだ場所なら俺がいた方がいいだろ」
「あぁ、そうだな。分かった」
入口の重い扉を開く。
旅をして、どこか自分は閉鎖空間に囚われておらず、自由のような気分になっていた。
相応の過酷さはあれど、それに見合った発見と感動もあった。
だが今目の先にある骨の死骸は、ここで生きた人間の無念が集約されているようで。
否が応でもこの世界に溢れかえった負の感情を思い出してしまう。
見えたコロニー内部は暗く、光が無い。
人の気配は無く、これからの過酷さを証明するかのようだった。
第3章 本物の太陽 -終-
次章
第4章 崩壊したコロニー
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【あとがき】
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