第1話 王女アルマ
そこは、柔らかなアイボリーの色合いを基調とした部屋だった。
壁と絨毯にはうっすらと美しい模様が刻まれており、高級感が感じられる。配置されている絢爛な家具は、シャンデリアの灯りによって華やかに照らされている。壁には幾つかの絵画が掛けられており、それぞれが独自の世界を描き出していた。
部屋の中心には大きなテーブルがあり、その側にあるふかふかのソファには、一人の少女が緊張した面持ちで腰掛けている。
中肉中背の、可愛らしい顔立ちをした少女だ。灰がかった桃色の長髪は、緩くウェーブしながら腰の辺りまで伸ばされている。綺麗な形をした瞳は、優しく物憂げな赤紫色に染まっていた。
少女の向かい側にあるもう一つのソファには、両親が座っている。二人とも少女と同じく、どこか重々しい表情を滲ませていた。
少女は太ももの上に置いてある手をぎゅっと握り、意を決したように口を開く。
「それで……お父様、お母様。大事なお話とは、一体何でしょうか?」
両親は顔を見合わせ、代表するように父親が話し始めた。
「いいか、アルマ。どうか、余り驚かないで聞いてほしい」
「勿論です、お父様。わたし、心の準備はできています!」
「そうか、それはよかった。実は君に……とある方と結婚して貰いたいんだ」
「えっ、ええええええええええええええええ!?」
口をあんぐり開けて叫んだ少女――アルマに、両親はさっと耳を塞ぐ。
叫び声が終わった頃に、父親が手を下ろした。
「……なあ、アルマ。さっき、『勿論です』とか『心の準備はできています』とか言っていなかったっけ? 引くほど驚いているじゃないか」
「だ、だってだって! わたしと恋愛フラグの立っている殿方、今のところゼロですよー! 普段お話しする異性と言ったら、お父様とお兄様だけですよー!」
大きな身振りと共に言うアルマに、父親は目を閉じて頷く。
「まあ、君は王女だからな。余りそういった知り合いもいないだろう」
「ということはつまり、わたしはこれからお父様かお兄様と結婚する、ということですよね……!?」
「ちがーう! 違うアルマ! どうしてそうなるんだアルマ!」
「はっ、違いましたか。二人でないとなると、次に交流のある異性は……城の庭園で暮らしている、猫様ですね! ……と、ということは!?」
「待て待てアルマ! 明らかにおかしい結論を導かないでくれアルマー!」
頭を抱えた父親に、アルマはおろおろと手を伸ばしながら、「だ、大丈夫ですか……!?」と声を掛ける。父親は顔を上げると、母親に声を掛けた。
「と、というかレミー! 君からも何か言ってやってくれよ! それはおかしいって!」
「ええ、確かにそうね。いいかしら、アルマ?」
「はい。何でしょう、お母様!」
「あの猫を一番可愛がっているのは私よ。実の娘だとは言え、あなたには渡さないわ」
「いやいやいや! そこじゃないレミー! もっと重要なところがあるだろうレミー!」
「恋のライバルが実の母親、ということですか……! くっ、燃えてきますねー!」
「まさかの対抗心! はあ、やっぱり天然って遺伝するのかな……」
肩を落とした父親に、アルマと母親はきょとんと首を傾げた。
「取り敢えず、アルマ。結婚の話が出ているのは、僕でも兄のマキアでも猫でもない」
「そうなんですね。そうすると皆目見当もつかないんですが、わたしは誰と結婚するんでしょうか?」
「今度こそ余り驚かないで聞いてほしいんだが、大丈夫そうか?」
「はい、今度こそばっちりです! 今なら火事が起きても、冷静に微笑みながら燃え盛る炎を見つめていられますよー!」
「いいかアルマ、火事が起きたらすぐ逃げなさい。それはさておき、結婚の相手は――」
一拍置いて、父親はアルマを真っ直ぐに見つめた。
「――魔族の王子、ティルゼレア=タシェラートだ」
その名前を聞き終えたとき、アルマのくりっとした瞳は一段と丸さを増し、
「えっ、え、えええっ、ええええええええええええええええええええええええええ!?」
先程の叫び声よりもさらに大きな悲鳴が、シルヴェークス城に響き渡ることとなった――
◇
アルマが住んでいるのは、ファルザシスと呼ばれる国だ。
豊かな自然と人々の生きる町が共存しており、人間以外にも様々な獣が生息している。はっきりとした四季があり、花々や色彩が綺麗に移ろう様を楽しめる。
そんなファルザシスの最大の特徴は――二つの種族の人間が暮らしていることだ。
別の国々から移り住み、美しいファルザシスを愛した「雪桜の民」。
魔法と呼ばれる奇跡の力を行使し独自の文明を築き上げてきた、ファルザシスの先住民「魔族」。
しかし、雪桜の民と魔族の関係性は芳しくなく、かつて何度かの争いを経た後で交流を絶ってしまう。雪桜の民はファルザシスの西側であるシルヴェークス地方に、魔族は東側であるレモナゼル地方に住むこととなった。
アルマはそんな雪桜の民の王族――シークレフィア家に生まれた少女だった。