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中編

 私は、そっと、手紙を出した。


 サローイン様が移動教室でいなくなっているときに、そっと彼の机に手紙を忍ばせたのだ。



『昔から、貴方をお慕いしていました。


 とても大切な方だと思っています。


 末永く、寄り添いたいと願っています。


 様々な方に愛を囁く貴方。


 お手紙だけでいい、貴方とつながっていたいのです。


 もしよろしければ、A教室のQ席に、お返事をくださいませ』




 心からの本心を書き綴り、名を入れることはせず、ただ一つ、私と同じ瞳の色の封蝋を押し当てて。


 手紙を彼の机の中に忍ばせた。


 翌日には、返事は私の机の中に戻ってきた。


 白地に、あの人の瞳と同じ色の封蝋のされた、とても整った姿の手紙には。


 小さな頃に見た時のままの、拙さも愛おしいあの人の筆跡で、愛の言葉が綴られていた。




『初めまして、美しい文字の君。


 君の気持に、僕の心はとても温かくなった。


 綺麗な字を綴る君は、清楚で儚げで、慎ましやかな美しい人なのだろう。


 こんな僕で良ければ、手紙を君に送ろう。


        レダン伯爵家 サローイン』




 ご丁寧に家名まで書かれたその手紙に、私はただ、涙した。


 この方は、私が在籍する教室も、席も何も知らずにいるのだ。自らは家門を示し、家門の封蝋まで押しているのに。


 私の家の家門の封蝋にさえ、気が付かないのだと。


 それでも「美しい文字の君」と私を褒めてくれた彼を信じ、私は心を込めて手紙を綴った。





『貴方とつながる事が出来てとても嬉しい。


 向かい合わなくても、声を聞けなくてもいい。


 文字だけでもいいから、貴方とお話がしたかったのです。


 貴方は今、何をお感じになられていますか?


 何を見ていらっしゃいますか?


 貴方は楽しく過ごしておいでですか? 幸せですか?』




 私は今、素直な気持ちを、白い便箋に丁寧につづり、綺麗に折りたたみ、封蝋を押して、彼の机に忍ばせる。


 相手が私だと気づかないまま、彼の手紙は翌日に戻ってくる。




『美しい文字の君。


 その君の慎ましさが愛おしく、僕の胸のときめきは止まらない。


 声を交わさずとも、文字だけでいいなんて、君はなんて心の美しい人なのだろう。


 僕は今、自由を感じている。


 自由な学園で、自由に学友たちと語り合い、堅苦しい世界から抜け出し、世界が広がったんだ。


 何のしがらみもない自由な世界で、楽しい未来を見ているよ。


 あぁ、僕は幸せだ。


 そして、愛する人を見つけ出したいと思っているよ。』




 手紙のやり取りは、半年ほど続いた。


 その間にも、彼は様々な女性と浮名を流した。


 その為、徐々に彼の家に何かが起こり始めたこと、父が何度も話し合いに行っていることを、私は母伝手に聞いていた。


 そして、そろそろ心の整理をするように、とも言われていた。


 事態が変わったのは、とある令嬢が婚約破棄になったといううわさが出た時だった。


 私は父に呼ばれ、我が家のサロンで、静かに貴族としての責任について説かれた。


 その日の夜、私はサローイン様へ、いつものように丁寧に手紙を綴った。


 其処には、父からの言葉を織り込んだ。




『サローイン様。


 貴方はいま、自由を謳歌なさっているのですね。


 そしてお幸せでいらっしゃるのですね。


 貴方は自由がとても素晴らしい物なのだと、私に教えてくださいました。


 そして運命の恋を信じていらっしゃることも、貴方が様々な女性と広く交友をお持ちになり、


 手の広がる範囲にある、明るさの上の幸せを摘もうとなさっていることも。


 私は、貴方とつながっているだけで幸せでした。


 美しい文字の君と、語り掛けてくださる事が嬉しかった。


 本当に、嬉しかったのです。


 そんな、文字の君と貴方が呼ばれる、私から一つだけ、筆の戯れと思い、お受け取りください。


 『It's no use crying over spilt milk.(零れたミルクを嘆いても仕方がない)』


 ですが、零れる前でしたらまだ、間に合うかもしれません。


 ミルクを零さないように、どうぞ、今、手にある物を大切になさってくださいませ。


 私は、貴方の幸せを心から祈っているのです。』




 もしかしたら、彼は怒って返事をくれないだろうか。


 それだけを心配しながら、そっと封蝋を押す。


 それでも、彼は手紙をくれた。


 そしてその内容は、いつもと違う物だった。




『あぁ、美しい文字の君。


 君は僕の噂を聞き、僕の身を案じてそう言ってくれるのだね。


 ありがとう。 本当に君は、心優しく、愛おしい人だ。


 美しい君の言葉は、僕の心に染み入っているよ。


 そう、零れてしまったミルクのようにね。


 ふふ、ちょっと嫌味が過ぎたかな?


 いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。


 君が心配してくれることが、心から嬉しいんだ。


 ここのところ、僕の気持ちを無視するようなことが続いていたからね。


 ……あぁ、君は一体誰なのだろうか。


 出来れば美しい文字の君、僕は君に会ってみたい。


 声を聴いて、語り合ってみたい。


 美しい声なのだろうか。


 文字のように、慎ましやかで美しい女性なのだろうか。


 美しい文字の君、どうか、僕と会ってくれないだろうか。


 君が運命の相手かも、知れないんだ。


 僕を助けてくれるのは、優しい君しかいないかもしれないんだ。』




 そう拙い文字で綴られた手紙には、学園のとある場所と時間が指定されていて、私は静かに読み終わると、父に会いに部屋を出た。

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