やくそく、とける。
「ねぇ、……あの、ごめん、……もっかい、言ってくれるかな」
「ふふ、頭真っ白になっちゃったの?かわいいわね」
そのままの場所でささやかれるから、頭の中、溶けちゃう。髪、腰のあたりからなぞるように撫でられる。体、熱くなって、そのままバクハツしちゃいそう。
「だって、こんなの、とけちゃう……っ」
「ふふ、いいのよ、……もう一回言うね」
「ぅ、うん」
「お礼は別にいいから、……あなたの時間、私に頂戴?」
言葉は聞こえた、言ったことも、わかった。でも、それって、どういうことなのか、まだぼうっとしたままの頭じゃうまくつかめない。……こころの時間って、どういうこと?あげられるものなのかな、そんなのって。……でも、ちょっとだけ、思いついたかも。
「ぇ、……っと、あの、……それって、その……、こころと、デートしたいってこと……?」
「ふふ、……ええ、そういうことよ。……お泊まりできるなら、もっといいのだけど」
「お泊まりか……、寮住まいだから、お泊りって届け出さないといけないんだよね、それに入ったばっかりだとできないみたいだし……」
「そっか、それなら仕方ないわね、いつがいいかしら?」
それでよかったんだ、結局。でも、……それって、ホントに、デートしちゃうってこと、なんだよね。それはそで、頭の中、考えるとヘンになっちゃいそう。出会ったばかりでこんなのって、そういうの、あんまり、よくない、……よね。でも、でも、……ひとめぼれ、しちゃってるのかも。じゃなかったら、胸の奥、こんなにドキドキしてるの、説明できない。髪の毛、まだ触られてる。今度は、頭の後ろのとこ、ぽんぽんってなでられる。
「今度のおやすみでいいよ、あんまり先延ばしにしたくないし」
「そう?……なら、土曜にしようかしら」
「うん、わかった。……あのね?」
ぐるぐるになった頭の中、今さらみたいに、初めて会った時に教えあったクラスと名前以外、何も知らないこと、思いだす。
「その、連絡先、交換してくれない?待ち合わせるなら、迷っちゃうかもだし」
「ぁ……ええ、そうね、初めて会ったときも、迷子になったあなたを送ってあげたものね」
なんか、ためらうような声。ケータイとか、持ってない……とかじゃないよね。高校生だし、ここって、お嬢様学校だし。
「なんか、ダメだったりするかな……」
「ううん、そうじゃないわ、あんまり、慣れてないだけよ」
「なんか意外かも、すっごく、人づきあいとか得意そうなのに」
「そうかしら?……私も、考えごとばかりになっちゃうのよ」
体、離れる。こころ、なんか熱くなっちゃってる。まだ、頭ぽんぽんってしてもらったみたいに、ふわふわしてる。スマホをポケットから出す手つきも、おぼつかなくなってく。余裕ありげなとこ見てると、もっと、余裕なくなっちゃうよ。
「よかった、ラインやってるんだ」
「それくらいはね?……きせかえもかわいいのね」
「えへへ、そうかな……」
「そうよ、……本当にかわいいわ」
……ふわふわするの、治まらない。足はずっと、地面についてるのに。夢みたいで、夢じゃないの、こころがいちばん分かってる。
コードを撮りあって、『友だち』になって、……そんなんでも、嬉しくなっちゃってる。なんか違うような気もするのに、そんなのも、どうでもよくなっちゃう。
前髪、かき上げられたと思ったら、顔も近づいて、むき出しにされたおでこに、ふにって、しっとりしたのが当たる。もしかして、おでこに、ちゅーされた……?
「……ひゃ、……ねえ?」
「ごめんなさいね、……ちょっと、魔が差したの」
「ううん、大丈夫。……その、……ちょっとだけ、びっくりしちゃっただけだから」
「そう?……優しいのね」
前髪をかき上げた手が、頭のてっぺんに上がる。そのまま、ぽんぽんって優しくなでなでしてくる。ひざの力、抜けちゃいそう。
「……じゃあ、また土曜日ね、九時に学園前駅とかでいいかしら?」
「うん、今からだけど、楽しみ、だね」
「ええ、……じゃあ、またね」
頭に乗っかってる手、離れちゃいそう。なんか、寂しいかも、なんて。もうちょっと、いっしょがいいな。
「……ねえ、帰るまで、手、つないでもいい?」
「もちろんよ。……おいで?」
「ありがとう、」
つながった手、最初に会ったときより、汗でじっとりしちゃってそう。……好き、……かも。恋なんてもの、本とか想像の中でしかないけど、……あこがれたような気持ちと、こころの中にあるもの、一緒みたいな。
一歩一歩、ゆっくり。『もうちょっとだけ』ってわがままを、何度も何度もくり返す。言葉なんて、今、出てこないや。
「じゃあ、また、だね、……蘭、さん」
「ええ、またね、こころさん」
どうやって言えばいいかもわからなくて、名前を呼ぶのもつっかえて、それでも、おんなじように、名前を呼んでくれる。……三つも年上なのは分かってるけど、すっごく、オトナって感じ。
自分の席に戻ったのに、まだ、胸の中ドキドキしたまんま。……夢みたいなのに、夢じゃない。分かってるけど、わかんないよ。