ふくらむ、こころ。
映画が始まるのはもうちょっと先なのに、もう、ドキドキで頭も体もいっぱいになってて。普段もあんまり観ないからっていうのもあるけど、やっぱり、デートしてるせいっていうのが一番かな。服とか髪とかでオトナっぽく見せても、こういうとこ、まだ、子供のまま。蘭さんはいろんなこと知ってるみたいなのに、
飲み物も、結局一番大きいサイズにしちゃった。食べ物はまだお腹いっぱいだからいいけど、始まる前にまたトイレ行っておかなきゃ。
カップルシートなんて初めて座ったけど、思ったより狭くて、ふかふかで、こんなのでずっととなりにいるって、映画よりもドキドキしちゃうよ。
「映画始まる前に、お手洗い行ってきていいかしら?」
「分かった、……荷物見てるから、終わったらわたしも行くね」
いなくなって、ほっと一息つける。ドキドキするの、止まんないよ。だって、キレイすぎるんだもん。すたすたと歩いてく後ろ姿だって、とっても。一人だけ、スポットライトが当たってるみたいに。出口に向かうとこまで、目でおいかけちゃう。
落ち着かないのは分かってても、ゆっくりした息を繰り返してみる。『恋』っていうには、まだつぼみみたいな気持ち。『すき』から先に進めないまま、熱とドキドキだけはふくらんでく。「好き」って言われたこともないのに、デートなんてして、それっぽいこともいっぱいしちゃってる。……どういう関係って言えばいいんだろう、こういうのって。
「ただいま、いいわよ、行っても」
「うん、……ありがと、行ってくるね」
声も、なんかオトナって感じで、しっとりしてて。どんなにさわがしくても、この声は分かっちゃいそう。時間もあんまりないし、ちょっと急いでみる。間に合ったのはいいけど、個室の中で、ほっと一息とはちがうため息がこぼれる。こころだけなのかな、こんなに舞い上がってるの。
一人でいられる時間は、あんまり多くはとれない。戻らなきゃ、そろそろ始まっちゃうけど、反対側のほう行っちゃった。
「あれ、こころちゃん?」
「あ、紗彩さん……」
そういえば、一緒の時間に映画見るって言ってたっけ。紗彩ちゃんも加奈子さんも。カップルシートの近い距離感も似合ってて、うらやましくなっちゃう。
「自信もっていいよ、蘭さんにとっても、多分初デートだから」
「そうなの?……そんな風には全然見えないのに」
その先のオトナなことも知ってそうなのに、デート、したことないんだ。想像とかできないけど、紗彩さん、蘭さんと友達って言ってたし。そうなのかな。
「うん、……だから、がんばっておいでね」
「ありがと、じゃあね」
「うん、じゃあね」
じゃあ、きっとそうなんだろうな。……相変わらずきれいで、オトナっぽくて、こころと真逆みたいな人なのに。
「あら、おかえり、……もうすぐみたいね」
「楽しみだね」
「ええ、そうね」
電気、消えちゃった。もうすぐ始まっちゃうんだ。久々の映画だから楽しみだけど、それ以上に、ドキドキのほうが強い。デートだってこと、思い出させてくるみたいに、すぐとなりに感じるぬくもりのせいで。




