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小太郎、失踪

登場人物

松平麻津乃まつだいら・まつの・・・旗本はたもと(幕府直属の家臣(上級))の娘、剣客けんかく

早瀬小太郎はやせ・こたろう・・・御家人ごけにん(幕府直属の家臣(下級))の息子、ひ弱な少年

銀五郎ぎんごろう・・・町奴まちやっこ(町人の不良)

から・・・町奴

近川布由ちかがわ・ふゆ・・・御家人の娘、小太郎の許嫁いいなずけ

近川景末ちかがわ・かげすえ・・・御家人、布由の父

火山十兵衛ひやま・じゅうべい・・・旗本奴(旗本、御家人の不良)

酉蔵とりぞう・・・町奴

甲州屋こうしゅうや・・・大商人

 数日ののち

 麻津乃は、銀五郎と、唐、小太郎、布由を屋敷に呼んで、ささやかな茶会を催した。

 その席にて、小太郎が、訊く。

 「布由どのは、わたしより、銀五郎さんが、お好きですよね」

 「そ、そうですが」

 顔を赤らめつつ答える、布由。

 「では」

 小太郎は、言う。

 「銀五郎さんを婿に迎えられては、いかがですか?」

 「俺でいいのかッ?」

 興奮する、銀五郎。

 「待て。小太郎。銀五郎」

 麻津乃が、介入。

 「家同士の事情もある。そう簡単には、行かぬぞ」

 「そうだよ」

 唐も、むきになり、

 「銀ちゃんは、町人なんだからね。お武家のお嬢さまの布由さまと、一緒になれる訳無いじゃないか!」

 「そういうものですか……?」

 と、小太郎。

 「好き合っても、一緒になれないなんて、悲しいですね」

 「そうだな……」

 麻津乃が、呟いた。

     *

 「さっきの話だが……」

 麻津乃は、小太郎を送る道すがら、たずねた。

 「おぬし、布由どのの事は、嫌いではないのだろう?」

 「そうですが……」

 小太郎は、

 「布由どのは、わたしの事が、お好きではない様ですし、それに……」

 「それに?」

 問いかける、麻津乃。

 「わたしは、武士に向いていませんから」

 と、小太郎。

 「そうか……。しかし、おぬし。侍にならぬのなら、何になる?」

 麻津乃の三度目みたびめの問いに、

 「戯作者げさくしゃになります!」

 突然明るくなる、小太郎。

 「そうか。そこまで決まっているのなら、布由どのの父上に、伝えてみるかな」

 麻津乃は、言った。

 「おぬしの書いた絵草子を読んでみたいしな」

     *

 翌日。

 近川家を、麻津乃が、尋ねた。

 「旗本の松平さまのご息女が、わたしの様な貧乏御家人に、何の御用ですかな?」

 布由の父・景末が、訊く。

 「ご息女の縁組の件ですが」

 「布由と小太郎どのとの事ですか?」

 「左様さよう

 と、麻津乃は、一呼吸おいて、

 「実は、ちと問題があるのです」

 「問題とは?」

 「布由どのは、小太郎を好いておりませんし、小太郎は、小太郎で……」

 そこまで、聞き、

 「布由!」

 怒鳴る、景末。

 「何です?」

 あらわれた、布由は、

 「おや、まあ。麻津乃さま」

 と、麻津乃に、挨拶あいさつ

 父の景末が、

 「布由。そなた、小太郎どのとの縁組が嫌じゃ、と申したのか?」

 訊くと、

 「はい。申しました」

 「他に、好いた男でもおる、と申すか?」

 「おります」

 「どこの誰じゃ?」

 「銀五郎どのです」

 「何者じゃ?」

 「町奴です」

 布由は、答え、

 「なんと!」

 景末は、絶句した。

 「まあまあ。近川どの」

 なだめる、麻津乃。

 「銀五郎なる男、町奴なれど、中々の好青年よきおのこ。少なくとも、小太郎よりは、侍に向いております」

 「麻津乃どの。その銀五郎とやらも、銀五郎とやらで、問題ですな」

 景末は、麻津乃を見送った。

     *

 別の日の夕暮れ時である。

 銀五郎は、麻津乃から訊き出して知った、近川景末宅の前を、行ったり来たりしていた。

 「銀ちゃん」

 と、何故か付いて来た、唐。

 「さっきから、何やってんのさ?」

 「何、って……。町奴の俺が、お武家の布由さんの家の戸を、気安く叩く訳には行かねぇじゃねぇか」

 「だからって。これじゃあ、変態だよ」

 「うるせぇ!」

 悪態をつく、銀五郎。

 「いてんのかよ?」

 「馬鹿! 妬いてなんかいないよ!」

 唐が、怒鳴った時、

 「そこの町人」

 と、出て来たのは、景末である。

 「おぬし、ひょっとして、銀五郎か?」

 「そうで」

 答える、銀五郎。

 すると、景末は、

 「布由が、小太郎どのに呼び出されて出かけたきり、帰らん。何か、知らぬか?」

 「布由さんが、行方不明ゆきがたしれずだって? 探してみるよ」

 「おぬしが連れ帰ったら、小太郎どのとの縁組を解消して、おぬしを婿むこにする」

 との景末の宣言に

 「お。おお。待ってな!」

 勇み立つ、銀五郎。

 「婿って……」

 一瞬、唖然あぜんとなった、唐も、

 「今は、妬いてるどころじゃないや」

 銀五郎を追って、駆け出した。

     *

 同じ頃。

 小太郎の様子を見たくなった麻津乃が訪ねた、早瀬宅も、上を下への大騒ぎであった。

 「いかがなされた?」

 問う、麻津乃に、

 「小太郎が、戻らないのです!」

 小太郎の母は、泣きつかんばかり。

 「何ッ?」

 麻津乃が、驚いた、その時、

 「お。麻津乃さん」

 銀五郎と、唐が、駆け付ける。

 「布由さん、来てねぇか?」

 「来ている訳が、無いでしょう!」

 叫ぶ、早瀬夫人。

 「小太郎は、布由どのに呼び出されて、出て行ったのですよ!」

 「もしや。銀五郎!」

 麻津乃、訊く。

 「布由どのは、小太郎に呼び出されて、帰らんのでは?」

 「そうだけど」

 「すると、これは……」

 ひらめく、麻津乃。

 「二人とも、同じ奴に、かどわかされたのだ」

 「小太郎をかどわかしても、うちの様な貧乏御家人からとれる、身代金みのしろきんなんて、たかが知れていますよ」

 と、早瀬夫人。

 「近川さまのところも、同じ様なものです」

 「恐らく、身代金目当てではないのであろう……」

 麻津乃が考えていると、

 「じゃあ、犯人は、酉蔵だ」

 今度は、銀五郎が、閃く。

 「あいつの飼い主の甲州屋は、娘にも小僧にも手を出す、両刀使いの変態野郎だ。二人は、甲州屋のりょう(別宅)に、連れ込まれたに違ぇねぇ!」

 「案内あないしろ!」

 麻津乃は、叫んだ。

     *

 その頃、甲州屋の寮では、

 「親分。いい若衆だ。それに、娘も。よくやってくれたね」

 甲州屋の主人が、酉蔵に、ご褒美ほうびの小判を渡して、ねぎらっていた。

 長脇差で脅され、無理やり連れて来られた、小太郎と布由は、絶望して蒼ざめている。

 「なんでも、こいつらは、許婚だとか……」

 酉蔵、語る。

 「そう聞くと、余計にそそられますでしょう」

 「ああ。お武家の許婚を、並べてれるのだから、たまらんなぁ」

 と、甲州屋。

 「娘の方は、飽きたら、あっしにも抱かせて下さいやし」

 「坊やの方は、あたしにもなぶらせなよ」

 酉蔵と、甲州屋の内儀ないぎ(妻)らしい中年女が、言った、その時、

 「変態ども。そこまでだ!」

 りんとした女の声が、響いた。

     *

 「誰だッ?」

 と、甲州屋。

 「松平麻津乃、推参すいさん!」

 「町奴・桜吹雪の銀五郎でぇ!」

 「同じく、喧嘩小町の()唐!」

 麻津乃を先頭に、銀五郎、唐が、乗り込む。

 「麻津乃さま!」

 「銀五郎どの!」

 小太郎と布由は、嬉し涙を流して庭に走り出、それぞれ、恋しいお方に跳びついた。

 「小太郎。安心しろ!」

 麻津乃が、叫ぶ。

 「おぬしは、わたしが、守る」

 「布由さんは、この銀ちゃんが、お守りするぜ!」

 と、銀五郎。

 「()唐ちゃん。妬いてんなら、加勢しなくても、いいんだぜ」

 「妬いてない、って言ったら、うそになるけどね」

 唐は、

 「町奴・銀ちゃんの、最後の大喧嘩。このお唐さんが、華を添えなきゃね」

 と、啖呵たんかを切った。

     *

 「親分ッ」

 と、甲州屋。

 「てめぇら」

 酉蔵が、子分たちをどやす。

 「たたんじまえ!」

 「先生」

 甲州屋に、呼ばれ、

 「うむ」

 用心棒らしい浪人者が、出て来て、刀を抜いた。

 「酉蔵。町奴たちは、任せた」

 と、浪人。

 「女侍は、わしが斬る」

 「斬れるかな?」

 落ち着いた声で返す、麻津乃。

 「生意気な女め」

 浪人は、上段から、斬り込んでくる。

 「小生意気な男め」

 麻津乃が、愛刀で受け流した。

 その頃には、銀五郎と唐も、酉蔵たちとの斬り合いをおっ始め、寮の庭は、やいばの交わる音で一杯になった。

     *

 暫くして、

 「酉蔵」

 銀五郎が、呼んだ。

 「もう、子分は居ねぇぜ」

 「いいだろう」

 と、酉蔵。

 「一対一さしで、勝負だ」

 銀五郎は、

 「聞いたな。()唐。ここから先は、手出し無用だ」

 「分かってるよ」

 唐が、答える。

 「町奴・銀ちゃんの最後の大喧嘩、この目に、しっかり、焼き付けとくからね」

 すると、

 「わりいな。()唐。お前の好きな銀五郎は、俺さまの手に掛かって、死ぬのよ」

 酉蔵は、大振りして、掛かって来た。

 「貰ったぜ!」

 銀五郎の長脇差が、酉蔵の胴を、切り裂いた。

 「銀五郎どの!」

 武家娘のたしなみも忘れて、布由が、抱き付く。

 (さよなら。銀ちゃん……)

 唐は、心で呟いた。

     *

 麻津乃と浪人の戦いは、まだ続いていた。

 「おぬし。女だてらに、やるではないか」

 何合目かの打ち合いの最中さいちゅうに、浪人。

 「剣に、女も男も無い」

 麻津乃は、返した。

 「そうかな? おぬし。小僧のために、斬り込んで来たのであろう」

 「それがどうした?」

 「小僧の体が目当てだな」

 との浪人の台詞せりふに、

 「無礼なッ!」

 切れた麻津乃の一撃。

 浪人は、後退あとずさる。

 そこへ、上段に構えた麻津乃が、

 「夢刀流むとうりゅう天之雷てんのいかづち!」

 叫んで、斬り込んだ。

 「う……」

 浪人は、ばたりと倒れた。

     *

 「ど、どうか、命だけは……」

 震えながら、異口同音に命乞いする、甲州屋夫婦に、

 「無闇に、人は斬らん」

 と、麻津乃。

 「有難うございます……」

 「が、おぬしらの罪は重い」

 麻津乃は、刀の下げ緒で、悪党夫婦を、縛った。

 「町方に伝えておく」

     *

 後日。

 近川景末宅で、布由と銀五郎の祝言しゅうげん(結婚式)が、行われた。

 麻津乃、小太郎、唐の三名も、呼ばれる。

 「麻津乃どの。さあさ、一献いっこん

 祝宴の最中さなかに、酒を勧められた麻津乃。

 「わたしは、お酒は、どうも……」

 と、断ったものの、

 「祝いの席ですぞ」

 無理やり飲まされ、酔っぱらい、

 「()唐さんも、小太郎も、振られてしまったなぁ」

 と、言わなくて良いことを、口走ってしまう。

 これを聞いた、唐は、

 「べらんめぇ! 銀ちゃんなんか、のし付けて、くれてやらぁ!」

 と、息巻き、まだ少年だというのに酒を飲まされ、おかしくなった、小太郎は、

 「大丈夫です。わたしには、麻津乃さまが、いて下さいますから」

 答えた。

 「そうか」

 小太郎の言葉の意味を、理解しているのか、いないのか、麻津乃は、

 「これで、万事ばんじ、めでたし、めでたし、だな!」

 とある春の江戸であった。


          完

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