「第八話」道之、キレる
森に入り口なんてものはない。どこからでも入る事が出来るし、何処からでも抜けることができる……ただしここで勘違いしてはいけないのが、入るのは簡単だが抜けるのは運が無いと無理だという事だ。
何が言いたいかというと、俺たち三人組は迷った。
「何か、言いたいことはあるか? 真護」
「顔が怖えよ『金獅子』ィ! ……ま、まぁ? ほら! さっき襲ってきた猪はアタシが倒したし、今日はこいつを焼いて……」
「まーもーるーくぅん? 僕が言いたいことはね、お腹が空いたとか寒いとかそういう事じゃないんだ……一体どうして、何があって、だ、れ、の、せ、い、でっ! こんな事になっているかなんだよ」
「……ごめんなさい」
――そう、俺たちは森の中で迷ってしまった。この土蔵真護の突発的な行動のせいで……こいつは森の中の『夢喰い』を見つけるや否や、印もつけずに森の中に突っ込んでいってしまったのだ。俺たちはそれを追いかけた。結果、迷った。森に入る前は有り余っていた体力も、出口を探したり大声を出すうちにへとへとになってしまったという訳だ。
「まぁ、依頼されていた『夢喰い』は倒せたし、いいんじゃないか?」
「獅子雄くん、何で僕が朝早くから集まってなんて言ったと思う? それはね、なるべく早く任務を終わらせて君にご飯を奢りたかったからなんだよ……ああくそっ!」
開かれた瞳孔が真護に突き刺さる。肩が大きく上下する……気のせいか、嗚咽まで聞こえた。無理もない、長時間の正座に加え、怒った道之が想像以上に怖すぎた。これまでいろいろな奴らの罵声やら怒声やらを聞いてきたが、やはりいつも笑っている人間が怒ると怖い。正直、俺もこの空間にいたくないのである。
「うう、うう。猪あげるから許してぇ」
「道之、なんだか可哀そうになってきた。やめよう」
道之の目がさらに細まる、溜息。……表情筋が緩まり、薄くはあるが笑ってくれた。
「過ぎた事を悔やんでもしょうがないか。よし! 完全に暗くなる前に火を付けちゃおう! ライター持っててよかった……二人は、何か燃えそうなものを探してきて!」
「分かった。ほら、行くぞ真護」
「ぐすっ、うん」
気のせいか、道之の睨むような視線を感じた。俺はそそくさ逃げるように……少しだけ森の奥へと足を踏み入れた。きちんと印を付けながら、目印になるような石や色の付いたゴミなどを置く。
「乾いた木の棒とか、細かい奴をたくさん集めるんだ。水分が抜けきってる奴なら、葉っぱでもいい」
「うん」
元気がすっかりなくなってしまった真護は、小さい動きで木の枝を探していた。暗くなれば、手探りでこれをやらなければいけない……手早く集め、目印が見えるうちに帰らなければ。
「怖かったな、道之」
「うん」
「挽回しなきゃな」
「……」
答えはしなかったが、深く頷いてくれた。手にいっぱいの枝やら葉っぱやらを抱えた真護が、勢いよく立ち上がった。本調子ではなさそうだが、顔は笑っていた。
「……戻ろうか」
「おう」
目印を辿り、足場に気を付け……俺たちは道之のいる、森の中の小さなスペースに戻ってきた。――そこには刀を握り占めた道之と、対峙する人に近い形をした……しかし異形な、黒い変質した『夢喰い』が立っていた。
「――逃げろォォォオオオオッッ!!」
直後、体の隅々と脳幹を揺さぶる衝撃が、森全体を揺らし、響かせた。