第八話 新人冒険者イクノス
いくらヨルム・ヒロイットの手腕が凄くても末端冒険者の品性まではどうにもならなかったか……
まぁ、流石にそこまで要求するのは無理があり過ぎるな。
むしろこういった奴等がこの領地でどんな影響をもたらすかを見たくて俺も冒険者になったわけだからコレはコレで予定通りではある。
「おいおい、凄ぇビビってるぜこの新人。 『勘弁して下さい』だってよ?ギャハハッ!!」
「「しきたりを知らないんですぅ〜』って、アホだぜコイツ」
「しきたりもクソも無い、 貴様が舐めた態度を取るから後悔するハメになった。ただそれだけのことだ」
無駄口はいいからサッサと金品を要求しろ。
有り金全部を渡してやるからそれを受け取って帰れよ。
とは言え、見た感じコイツらは俺を馬鹿にする時間を愉しんでいるらしいし放っておいたらいつまでも頭の悪い会話を延々と続けそうだな。
「あ、あの少ないかもしれませんがコレはお詫びの気持ちという事で受け取っては頂けませんか……」
これだけ下手に出れば満足だろ?
お前達みたいな人種は目先の我欲を優先してすぐに目的なんて忘れるんだからな。
「……おい、テメーは俺たちを舐めてんのか? なんだそのふざけた態度は?」
「もういいだろガルド。コイツ殺しちまおーぜ」
「そもそも殺すつもりで来たのだから無駄話をする意味がない」
「こ、殺すって……なんで」
コイツらは馬鹿か?
普通の奴が殺しなんてしたら【血印の天秤】が反応して犯罪者に早変わりするって理解出来ないのか?
「何で自分が殺されるかって? テメーみたいなポッと出のド新人がアライアちゃんと親しげにしてチョーシに乗るからだ!」
「あの女はガルドが半年前から狙ってたんだ。それを鼻の下伸ばしてヘラヘラしてりゃあ殺されたって文句は言えねぇだろ?」
「自業自得だ、諦めろ」
「で、でも! 俺を殺したら適性検査で使ったあの板が!」
たかが受付嬢にどうしてそこまで入れ込めるんだ?
確かに愛想の良い子だったが、女なんて他にもいるんだし殺人までする価値は無いだろ。
というか、だんだんコイツらの相手が面倒になって来た。
沢山いる冒険者の内、たかが三人減ったからといってヨルム・ヒロイットの邪魔にはならないだろうし、始末するか?
「あ〜、テメーみたいなド新人は知らねぇだろうが、あの判定には抜け道が在るんだよ。だから俺たちがテメーを殺しても判定には引っかからねぇ。残念だったなぁ?」
「なっ!? だ、だってアレは国の秘匿技術だって……」
あの技術は国が厳重に管理している代物なのに何でこんな冒険者如きが抜け道を知っているんだ?
それにあの抜け道は知っているからといって簡単に出来る事でもないんだが……
「そんなヌルい考えだからテメーは無警戒に一人で森に入り、俺たちに殺されるんだよ」
「そういう事だぜ! 世の中にはテメーの知らない黒〜い部分が沢山あんのさっ!!」
「我々はただの冒険者では無いという事だ」
……ふむ、冒険者が一人で活動するとこういったトラブルを招きやすいと。
それは参考にさせてもらおう。
悪目立ちしない為にも今後はある程度は横の繋がりも構築しておくべきだな。
さてと、これ以上の問答はそれこそ意味が無いしそろそろ魔獣駆除を再開させるか。
「……まぁ、大体の事情は理解した。それで? お前達は俺を殺す気でその意志は変わらないと考えて良いのか?」
「はぁ? なんだコイツ? 急にイキり始めたぞ?」
「ビビり過ぎて気が狂ったんじゃね?」
「む……?」
状況判断の鈍い奴等だな。
「一応最後通告はしたからな……」
「ぺっ!?」
「ぽっ!?」
「ッ!!ヌグゥ………ッ!!!」
「おっ?」
ヤルと決めたら迅速かつ確実に。
いつもの様に軽く剣を振り三人の首を刎ねるつもりだったが、一人だけギリギリで防がれた。
コイツは三人の中で一番控えめな態度だった奴だな。
「ググゥッ、まさかこうも容易く三大禁忌を犯すとは……貴様は馬鹿か?」
「先に殺そうとしていたクセに何を言ってるんだ?」
「分からないのか? お前はこれで全冒険者からお尋ね者になったんだぞ?」
「俺から言わせればお前が馬鹿だ。さっきの話を聞いた俺が躊躇なくコイツらの首を刎ねたんだぞ? それはつまり俺も抜け道を知ってるって事だと考えが至らないのか?」
「ッ!? あ、あり得んっ! 何故貴様の様な素人が抜け道を知っている!? 大体あの方法は知っていてどうにか出来る方法では無いっ! この心泥石を使って罪に対して意識を鈍らせない限りは不可能だっ!!」
心泥石?
……ああ、あの不良品か。
アレは文字通り思考を鈍らせる事が出来るが、使い続けると廃人になる代物だ。
暗殺ギルドみたいな闇組織では捨て駒なんかに使って汚れ仕事をさせていると聞いた事がある。
「生憎だが俺は生まれた家が特殊だからな。そういった訓練は物心つく前から叩き込まれていて、お前達みたいにオモチャに頼る必要なんて無いのさ」
「じ、自力で……だと? それこそあり得ん! そんな馬鹿げた事をするのはあの最低最悪のバンディットぐらいだっ!!」
「まぁ確かにウチは最低最悪だが、嫉妬で人を殺そうとするお前らも大概だぞ?」
「……な、なんだ、……と?」
「どうした? お前の言う最低最悪のバンディットだって教えてやったんだ、ちゃんと聞いとけよ」
別に名乗る必要も無いが、これは……まぁ、あれだ。
幾ら演技で人畜無害の新人冒険者イクノスを演じていたとはいえ散々見下されて馬鹿にされたコトヘの仕返し的な?
その悪名を知る人間にとってバンディットと対峙することはこの世の終わりと同じぐらいの絶望感らしいからな。
「な、何で……何で此処にバンディットがっ!? いや、何でバンディットの一族が冒険者なんかをやってるんだっ!! ふざけるなっ!!」
「別にふざけてないさ。俺が冒険者をしているのはこのヒロイット領でやる事があるからだ。合理的な行動だろ?」
「何故バンディットがこのタイミングで……長年の計画が成就目前だというのに!!」
ん? 計画?
……成る程、一人だけ毛色の違う奴だと思っていたが何かしらの裏がありそうだ。
そもそもコイツ本当に冒険者か?
喋り方や立ち姿に粗野な感じがしないし、貴族の子飼いだと言われた方がしっくり来る。
……やはり冒険者ギルドの招致はヨルム・ヒロイットにとって劇薬になりかねないみたいだな。
「さてと、俺はこの後もスピードラビットの駆除が残ってる事だしサッサと終わらせるか」
「ま、待ってくれっ!! 知っている事なら何でも話すっ!! それに我々に協力してくれるなら報酬は言い値を払う。だからどうかその剣を収めてくれ、頼むっ!!」
俺がバンディットだと素直に認め、現状で出来うる限りの最善を尽くそうとするその姿勢は嫌いじゃ無い。
だが残念なことに俺の正体をバラしてる時点で既にコイツを生かすつもりは無い。
コイツ自身が言っていた『我々』という言葉からコイツを消しても計画とやらに支障は無いだろう。
「お前は此処で死ぬ。それから何でも話すと言っていたがそれを知りたいのは俺じゃなくヨルム・ヒロイットなんだろ? だったらお前を生かす理由にはならないな」
「い、一体貴様は何がしたいんだ……?」
「ん? 俺の目的か? ……そうだな、お前らの計画とやらにあのヨルム・ヒロイットがどう対処するかを特等席で見てみたい。そのついでで彼女との距離を縮めたいってトコだ」
「……本当にふざけた存在だなバンディットというのは。聞きしに勝る最低最悪さだ」
それがコイツの最後の言葉になった。
よほどバンディットの名前が堪えたらしく最後は無抵抗だったが、やはりあの潔さは冒険者のそれじゃないし、ましてや傭兵でも無い。
貴族の子飼い……多分騎士だろうな。
ふむふむ、なんとも初日からきな臭さが漂ってきた。
今後の展開が楽しみだ。
「……今後の為というなら一応コイツらの身元も調べてみるか。とくにこの騎士っぽい奴の飼い主を調べておけば最悪の展開を避ける為に役立つだろうしな」
コイツの血には汚さはあっても醜さは感じなかった。
その事からも今回のヨルム・ヒロイットの取った行動が大きな唸りを呼び込む予感を裏付けるのだった。