第七話 新人冒険者の第一歩
まさか世間では真面目すぎても目立つなんて思わなかった。
こういった常識も追々学んでいかないといつかボロが出て下手したらバンディット家に嗅ぎつけられる。
最悪他者との軋轢は力尽くで何とか出来るがバンディット家は流石にどうにもならない。
発見、連行から処分までの流れが確定する。
せめてヨルム・ヒロイットの中身を知るまでは俺の自由は絶対死守だな。
「えーと、それじゃアライアさん、俺にはどんな依頼がオススメです……オススメなんだ?」
このぐらいの塩梅でどうだ?
「……フフ、まさか普通に喋るだけの事に苦労する人が居るなんて思いませんでした。本当にイクノスさんは面白い方ですね? えーと私としては先ずは新人の力量を測る意味でもスピードラビットの駆除なんかがオススメですね。期限は今日一杯で駆除証明として前歯を持ち帰ること。その本数でその人の初期評価と報酬が決まりますのでジャンジャン駆除しちゃって下さい!」
「なるほど、分かりまし……分かった。ちなみに初期評価とは?」
傭兵の事ならある程度のしきたりは知っているが冒険者は流石に専門外過ぎる。
知っているのはバンディット家が奪った知識の表面的な触りの部分だけだ。
「そうですね、そこも説明しておくべきでした。冒険者には個人評価として三段階の階級と特別な称号を設けています。一番下が下層冒険者、次に中層冒険者、そして一番上の上層冒険者です。後はあまり新人さんには関係の無い特別な称号として【勇者】なんてカッコいい称号を授けられるほんの一握りの冒険者も居るんですよ」
「はあ、……【勇者】ですか。それはまたなんとも……」
恥ずかしい称号だな。
とは口が裂けても言っては駄目なんだろうな。
なんだよ【勇者】って。
だったら魔王は何処に居るんだって話だ。
……いや、実家に二人ほど居たな。
親父とジェネレイティ姉さんは間違いなく最強で最凶だ。
あの二人に勝てる人間が存在するとは思えない。
アライアの話ぶりだと【勇者】の称号を持つ冒険者は複数人いる様だが、何十人束になってもあの二人には勝てないだろうな。
一方的な蹂躙で死体の山が出来るだけだ。
「まぁ、【勇者】の称号は国の承認も必要なほどの名誉で中々授かれる様なものでも無いですし今は気にしなくても良いですよ」
「いやいや、俺なんかが一生気にする必要はないさ。……こんな感じでどうかな?」
人に与える印象をコントロールするのは本当に面倒臭い。
なんか自分で勝手にハードルを上げている気もするが、何事も経験だと思ってこれすらも楽しむのも一興だ。
「………プッ!〜〜〜んんっ! 少しだけツボりました! 私、イクノスさんの事が気に入りましたので今後はなるべく私の所で依頼を受けて下さいね」
「ああ、俺も見知った人の方が助かるしコチラこそよろしく」
よく分からないが、どうやらこんな感じで良いらしい。
出だしは好調。
このまま暫くは人畜無害なイクノスを演じ、冒険者という劇薬をヨルム・ヒロイットがどう使いこなすのかを見定める。
彼女が薬として使いこなせるのか、それとも処方を間違えこの領地にとって毒になるのか。
どちらにしても何のツテも無い俺がヨルム・ヒロイットに近づくには冒険者という肩書きが一番利用しやすいだろうからな。
冒険者ギルドを出て街の南側に広がる森へと向かう。
この森の木には良質な木材として使える種がかなり自生しているが魔獣が多種多様に住み着いているせいで全くの手付かずだ。
そのせいかギルドでもこの森の魔獣駆除を推奨している。
恐らくヨルム・ヒロイットからの要望もあっての推奨だろうな。
人口を増やし、経済を回し始めたなら今度は外貨を稼ぐ。
つまり領地以外から金を引っ張ってくる。
その為には売れるものが必要だ。
その為に一番手っ取り早いのはこの森の木材。
しかも森の中には他にも資源が眠っている可能性もあるし冒険者という人海戦術を使えば森の開墾だって早く出来るだろう。
中々に考えているな。
「おっと、十二匹目」
今の所は感心する事ばかりだと思いながらスピードラビットを発見しては投石で始末していく。
こんなすばしっこいだけの魔獣を駆除してどんな評価が出来るのかは知らないが、これが新人に課せられたノルマだというならサボるわけにはいかない。
……それにギルドを出た直後から三人の冒険者が一定の距離を保ちながら俺を見張ってる。
これは新人の事故を防ぐ為の安全策と余所者がちゃんと仕事をするかを確かめる監視の為か?
これだけ離れた位置から魔力感知と気配察知だけで監視が出来るんだからそれなりに手練れの冒険者なんだろう。
俺のイメージでは冒険者なんて力で我を通すゴロツキだと思っていたんだがこの様子だとその考えは改めないと……ん?
なんだ?
三人揃って近付いて来くるが、もしかして俺の何かが問題で注意でもしに来たか?
「やーやー、どうも勘違いヤローの新人くん。張り切ってウサギ狩りしてますかぁ?」
「そうですね、今のところは十二匹です。一匹でも多く仕留めれば評価と報酬が上がるらしいので頑張ってます」
一応素直な受け答えはしたが、投げかけられた台詞と三人の顔には俺を蔑む要素が多分に含まれている。
それに三人とも剣を抜いているが……
……俺が思っていた展開とは違うようだ。
「……ぷっ!!『頑張ってます』だってよ? な〜にを勘違いしちゃってるんだろうねぇ、この新人は? ちょ〜っとアライアちゃんにチヤホヤされたからって浮かれすぎだろ? しかもスピードラビットを十二匹〜? 話を盛りすぎだっつ〜の! どんなけアライアちゃんに気に入られたいんだよこのキモ童貞はっ!!」
……あぁ、なるほど。
コイツらは俺がイメージしていた通りのゴロツキ冒険者か。
新人を見守る先輩冒険者だとか良い方向に考え過ぎだったな。
多分ヨルム・ヒロイットへの期待度が高まり過ぎて、この領地で起こる出来事全てが善性を元にしたものだと勝手に勘違いしてしまったらしい。
今の台詞で大体の流れは分かったし、サッサと終わらせよう。
「あ……俺の何かが気に障ったなら謝ります。なにぶん今日が初めての新人なもので此処のしきたりなんかを知りませんでした。今後は気を付けるので勘弁して貰えませんか?」
だからサッサと溜飲を下げて帰ってくれ。
最終的に『金を寄越せば見逃してやる』とかそんな展開になるんだろうし無駄な会話なんてせずに金品を要求してこい。
俺は今、知りたい事を知る自由ってやつを全力で楽しんでいる。
だからお前達みたいな下らない雑事は煩わしいだけだ。