第五話 ヒロイット領の現状
自分の家族が嫌になったのなら家を出れば良いんだと気付き、その日の内に実行したあの日から既に半年。
第一目的である家族との繋がりを断つ事が出来た俺は折角だからと目的の切っ掛けになってくれたあの女に出会う為に各地を回り、ようやくあの時の女が暮らしているであろう領地へ訪れる事が出来た。
「此処がヒロイット領……噂通り寂れた雰囲気が漂ってるな」
あの時襲撃した敵本陣はゼントラル王国の陣営。
そこを足掛かりにあの時戦争に関わっていた貴族を割り出し、天幕内の会話から指揮官補佐をしていたであろう貴族を調べていく過程で、この辺りの領地事情にもそれなりに詳しくなった。
この地はいわゆる貧乏領主であるヒロイット家の領地。
先々代辺りから徐々に過疎化が進み今や税収もギリギリ、人手不足からくる魔獣駆除の遅延などで荒廃に向かって一直線らしい。
それをなんとか留めている理由の一つがヒロイット家の本家であるヘリアル家の財政支援なのだが、それも焼石に水というか現状を維持するので精一杯。
現在この地を支えているのは本家からの支援とヒロイット家の才女であるヨルム・ヒロイットの手腕だと聞いた。
ヨルム・ヒロイット。
恐らく彼女があの時の女で間違いない。
行商人などから聞いたヨルム・ヒロイットにまつわる逸話などを聞く限り、相当に優秀らしく我が身可愛い貴族にしては珍しく慈愛に満ちた精神の持ち主らしいからな。
「さてと、いきなり屋敷に押しかけて話をしようとしても常識的に考えて無理だろうし、どうするかな……」
力尽くなら余裕だろうが、それでは俺の印象は最悪になり会話は出来たとしても本音を聞けない可能性が高い。
俺は彼女の飾らない本音を知りたいのだからこの案は早々に却下とした。
一応、この領地に来るまでに何パターンかは考えていたが、どれも決め手に欠けるというか実際に現場を知らないとどうにもならないと思って結局具体案は一つも思い浮かばなかった。
「腹も減ったし、取り敢えず情報収集も兼ねて領主街の酒場にでも行ってみるか」
ヒロイット家のお膝元なら何かしらの有益な情報があるはずだ。
……………
………と思って領主街まで来てみれば、思っていた状況とは少し違った。
もっと寂れて活気のない雰囲気をイメージしていたが、意外と人通りは多く、しかも歩いている奴等の中には剣や槍を持ってる奴等がそれなりに混じっている。
……傭兵か?
半年前の戦で使っていた傭兵達がそのままこの領地に流れて来たなんて噂は聞いてないし、傭兵が特定の領地に留まるなんて事はあり得ない。
「まぁその辺も酒場で聞いてみるか」
悪目立ちしないよう自然なフリをして人の流れに乗って街の様子を見渡すがやはり武装した連中が目につく。
そしてそんな奴等の進行方向は大きく分けて二つ。
一つは街の外に向かって。
もう一つは街の西側、領主館の反対方向へと向かっていた。
気付いたついでに西側に何があるのかを確認しても良かったが、道中で酒場を見つけたので取り敢えずは酒場を優先してそちらに足を向ける。
「いらっしゃい」
「まだ昼間なのに結構混んでるんだな?」
店内のテーブルは全部で五つ。
その全てのテーブルは埋まっている。
そしてその席に座っているのは全員街で見かける武装した奴等と似たような雰囲気を持つ奴等ばかり。
元々テーブルに座るつもりも無かったのでカウンターの中でグラスを磨いている店主らしき男の前に座る。
「見かけない顔だな? アンタもヨルムお嬢様の招致に乗っかった口か?」
「招致? ……いや、俺はたまたまこの領地に来ただけの根無草だ。それより招致ってなんの事だ?」
大体の想像はつくが、念のために現地の人間から詳しく聞いた方が色々と都合が良いだろう。
情報料代わりにエールとつまみの代金とほんの少しだけチップを上乗せして渋めの店主に渡す。
「三ヶ月ほど前だったか、この領地を立て直そうと頑張っていらっしゃる領主様の御息女ヨルムお嬢様が冒険者を招致して大規模な魔獣駆除を始められたんだ」
「冒険者?……確かに魔獣駆除なら冒険者に頼むのが一番だが、招致する程のことか?」
傭兵ではなく冒険者か……
厄介な連中を呼び込んだもんだな。
冒険者は国ではなく【冒険者ギルド】という組織が管理している戦闘集団で性質的には傭兵団と似たり寄ったりだが、傭兵団と違ってその行動にはあまり制限はかけられていない分、トラブルの元になる事もザラにある。
街の治安的な意味で言えば、国に登録し管理されて定期的に各地をたらい回しにされている傭兵団の方がリスクは少ないんだがな。
まぁ傭兵団がお行儀良くしているのは戦時以外だからその反動で戦場だとシャレにならない様な事を平気でするが。
「その招致にこそヨルムお嬢様の狙いがあったんだよ。冒険者を優遇する条件の代わりに永住権を必須にされたりギルドの設置で治安を維持したまま人口を増やし経済を回そうとされてるんだ。随分と大胆な政策を取ったもんだよヨルムお嬢様は」
店主の口ぶりからしてもヨルム・ヒロイットが領民に慕われているのが伝わってくる。
流石は俺が気になる血の色をした女だ。
やっぱりその中身は綺麗で高潔なんだろう。
だが、領地を支える手腕という話は多少尾ヒレの付いた噂だったのかもな。
冒険者を招致するなんてのは領地にとっては諸刃の剣だ。
破滅するとはいかなくても危険な賭けになりかねない。
しかも賭けるチップは領民の安全だ。
果たしてヨルム・ヒロイットにはその未来さえも見えているのだろうか……