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第四話 トトのお嬢様観察日誌

 



 窓辺に座り物思いに耽るヨルムお嬢様の横顔はいつ見てもトトの琴線をジャンジャカと掻き鳴らす。


 はうぁ……なんとお美しいそのお顔。


 先日の戦では賊の凶刃から下らない生き物(本家のバカ息子)を庇って真っ二つにされかけ、更にはその賊によって連れ去られる様な波瀾万丈ではございましたが、こうして無事に戻って来られてその美しさが損なわれていない事に安堵いたしております。


 あの時はこの世の終わりだと絶望しましたが、今こうしてトトの前で生きているヨルムお嬢様を観察……もとい、お世話させて頂ける事に心より感謝いたします神様!!



 ……しかしあの賊はいったい何者……いや、何者()だったのでしょう。


 ヨルムお嬢様が斬られた直後は単独の暗殺者かと思いましたが、連れ去られたタイミングで協力者らしき者に行手を阻まれお側に馳せ参じる事が叶いませんでした。


 遠目からでも致命傷だと分かる傷が何故か塞がり尊い御命は救われましたが、あれはトト最大の失態でした。


 立場はヨルムお嬢様の侍女ですが、これでも護衛を兼ねたスーパーメイドだと自負していたのにその自信も粉微塵です。

 裏方の護衛とはいえトトもまだまだ修行が足りませんね。


 というか表だった護衛であるガッテン卿が役立たず過ぎて殺意が湧きそうです。


 あのボンクラ騎士め……

 いつもはヨルムお嬢様をいやらしい目で見る癖に、肝心な時に限って目を離すなんて生きている価値すら無いのでは?


 嗚呼ァァ、あの時の事を思い出すと己の失態も含めた全てが腹立たしい!



「トト、何を思ってそんな険しい顔をしているのかしら? もし先日の事を悔いているのなら、私もこうして無事だったのだし貴女がそれ以上気に病むことはありませんよ?」



 おっと、ネガティブになり過ぎてヨルムお嬢様にも気付かれるぐらい顔に出ていましたか。

 これも反省ですね。



「申し訳ございませんヨルムお嬢様。卑賤の身を掬い上げていただいた恩を返せなかった事が歯痒くて思わず……」


「余り自身を責めなくてもいいのよ? 戦場であればあの様な事は起こりうるものだし、そういう意味では私にも油断があったのでしょう。今回の件はお互いにとって良い教訓となりましたね」



 はわわゎ〜

 流石はヨルムお嬢様!!


 トトの様な者にも優しいお言葉を下さるこの方こそヒロイット家の至宝!!

 この身を挺してでも御守りすることこそがトトの天命でございますぅ〜!



「ところでトトに聞きたい事があるのだけども……少し話辛い内容かもしれないけど、聞いてもいいかしら?」



 ……はっ!!

 許容範囲を越えるあまりの多幸感で天命を全うする前に天へと召されるところでした!!



「あの……トト聞いてる?」


「はいはい、何でございましょうか? 何でも聞いてください! スリーサイズにヨルムお嬢様を好きな理由! 何でも答えます!」


「アハハ……それはまた今度で。あ、あのね? ……えー、とね?私が斬られた時の事なんだけど……」


「……斬られた時の事」



 ヨルムお嬢様の言葉であの場面がフラッシュバックする。



「なんだか死にたくなって来ました……」


「だからもう自分を責めないでってば!! 私が聞きたいのはあの時の方はまだ見つかってないのかって事が聞きたいの!!」



 ……あの賊を捕まえたいのでしょうか?

 いえ、ヨルムお嬢様は()()()()()と仰いました。


『あの時の方』というのは憎しみを持つ者に向ける表現ではありません。

 確かに心優しいヨルムお嬢様ならたとえご自分を殺そうとした相手であってもその慈悲深いお心でお赦しになってしまうことがあり得なくもありませんが、これはそんな話ではない様な……



「念の為にお聞きしますが、ヨルムお嬢様はあの時の方……いえ、あの時の賊を見つけたいと?」


「い、いえ、いえいえ!! そ、そ、そ、そんなもう一度お会いしたいだなんて、そんなはしたない事は思っていません!!」


「ええ〜〜〜マジですかぁ………」



 言葉で否定しながら本音がダダ漏れてますよ?

 なんで頬を赤らめながら恥ずかしそうにイヤンイヤンしてるんですかぁ?

 可愛いじゃないですかコンチクショー。



「あの〜ヨルムお嬢様は殺されかけたんですよ? しかもあの賊は卑怯にも顔を隠して凶行に及んだ暗殺者、もっと分かりやすくシンプルに言うなら敵です。それなのに何故そのようにお気にされるのかトトには理解出来ません」


「……あの方が敵なのは十分に理解してはいるの。でも、それでも、どうしても気になってしまうの! 顔を覆面で隠してはいたけど確かにあの方と私は目が合った。その瞬間、この身体を今まで感じた事の無い衝撃が走ったのを自覚したわ」


「ヨルムお嬢様、貴方様の感じた衝撃はあの賊が放った斬撃です。決して乙女が感じる甘酸っぱいモノではございません」



 まぁ、確かにあんなに派手な袈裟斬りを受けるなんて未体験の衝撃だったでしょうけども!!


 というか、命は助かったといってもその玉の様なお肌がっ!

 この世のあらゆる芸術品も敵わない様なその美しいお身体にあの時斬られた傷が大きく残っているのですよ?


 女性としてその事をもっと嘆くべきです!!

 トトはその事実を受け止める為にどれだけ血の涙を滝のように流したことか!



「私の命が救われたのもきっとあの方のお陰なんだわ。薄れゆく意識の中で感じたほんの僅かな温もりは決してあの方が悪人ではないと証明しているもの」


「え……? 温もりって何ですか? 初耳なんですけど? え? なんで恥ずかしそうに唇に指を這わせちゃったりしてるんですかっ!!? ま、まさか……」



 麗しのヨルムお嬢様はその美しいお顔からも分かる通り品行方正で慈愛に満ちたヒロイット家の御令嬢。


 ですが残念な事に、ひじょーに残念な事に少々おバカさんなのではと心配になる場面がチラホラと。

 今回もその心配な面がかなり前面に出て来ている様でトトは心配を通り越して驚愕でございます。



「うふふ、これ以上はあの方と私だけの秘密なの。例えトトでも教えてあげる訳にはいかないわ」


「いぎゃーーーーーっ!!!!!!!」



 訂正。

 驚愕すら三段飛ばしで飛び越えて青天の霹靂でございます。



「と、とにかく!私は恐らくあの方に斬られはしたものの助けられたのもまた事実。であればヒロイット家の人間としてお礼の言葉ぐらいは直接述べたいのです」


「……まぁ、百歩譲ってヨルムお嬢様のお言葉通りに従うとしてもそれは少々難しいのでは? 何せヒロイット家には人探しに回せるようなお金などありませんからね」


「ぐっ……それは十分過ぎるほどに理解していますが、侍女である貴女がそこまであけすけに言うものでは……」



 確かにトトはヒロイット家で侍女をしていますが正式にはヨルムお嬢様専属。

 というかヨルムお嬢様に直接仕えている身なのでヒロイット家に対する忠誠だとかは二の次なので事実は事実としてちゃんと口に出して言いますとも。



「ですからヒロイット家を経由しないトトの個人的なツテを頼って調べられる範囲でなんとかしてみますよ」


「ト、トト……」


「ぶっちゃけ今のヨルムお嬢様には人探しなんかよりも、もっと大事な事が山積みだとは思いますが、領地再興の為とはいえ戦にすら出向くヨルムお嬢様には少しぐらいご褒美があっても良いとトトも思いますから」


「あ、ありがとうトト!! 流石は私の侍女であり親友ね。大好きトト!!」


「ゴハッァァッ!!!!!」



 ヨルムお嬢様の『大好き』という言葉の破壊力に思わず吐血してしまいそうになりました……


 本音を言えば昔のツテなんて使いたくも無いのですがヨルムお嬢様の控えめながらも嬉しそうにしている顔を見ればトトの個人的感情など、それこそ二の次だと思えるのです。




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