第三十話 意外な幕引き
……結論から言おう。
俺はやり過ぎた。
そしてやらかした。
「騎士団長閣下! お気を確かにっ!! くっ、な、何故だ、何故回復魔法が効かないっ!!?」
「どう言うことだ、テード! 何故元に戻らない!?」
「そんな……回復魔法が効かないなんて……それじゃあ閣下は、このまま……」
「ば、馬鹿な事を言うなっ!! 必ず、必ず私が治してみせる!」
「う、うぅぅ、冒険者さん! 酷いっス!!」
「くっ! 冒険者ぁ! これが貴様のやり方かぁ!!」
……そうだな、これが俺のやり方かと問われれば断じて否だが、結果的には俺の仕業だ。
「アバ、………アバババッ………アバッ!!」
ちょっとした俺の手違いで、ラウンドのおっさんが正気を失ってしまった……
「アバッ!!」
この目の前でアバアバ言って目の焦点が合ってないおっさんが、かつての騎士団長かと思うと不憫で仕方ない。
「結局貴様は何がしたいのだ? 答えろ冒険者!!」
「アーベント……」
「確かに私達はポリオス様や騎士団長閣下の決定に逆らう事が出来ず分かりきっていた悲劇から目を背けていた。それは認めよう! だがしかし! この様な行為に正当な理由が無いのであれば私は貴様を許す事など出来そうに無い!」
……ああ、なんか色々と面倒になって来たな。
俺だってこんなつもりじゃ無かったさ。
ただ、おっさんを身動き出来ない様にしてから徐々にぶつける殺気の濃度を上げてどこまで耐えられるかを試して遊んでいただけなんだ。
だって、人の邪魔をした挙句に散々偉そうにして最後には実力まで疑いだしたんだぞ?
確かに俺も変なテンションになって拷問みたいな真似事はした。
だが、こんなに早い段階で壊れるとは思わなかったんだ!
仮にも騎士団長と呼ばれる奴が、本気の殺気をぶつけられた程度でこうなるなんて思いもしなかった。
……って、説明しても無駄だろうな。
「もう、面倒だから証拠隠滅も兼ねて全員殺すか?」
「な、なんて物騒な事を言ってるんっスか冒険者さん!!」
「……それからジル、お前はなんでもう回復してるんだ? 結構ボロボロだった筈だが?」
「え?……いやぁ、それ程でも……っス!」
別に褒めてない。
全く褒めてない。
「これは一体何事ですかっ!! 屋敷では大事な会議があるから演習は控える様にと通達していた筈ですが、どういう事でしょうかアーベント卿?」
「ヨ、ヨルムお嬢様……こ、これはその……あの……」
本気で証拠隠滅を考えていたが、最悪の展開になって来た。
まさか此処でヨルム・ヒロイットが登場するとは……
「大体、演習をするのはこの際良いとして、こんなに怪我人を出すほど熱を入れられては困ります。騎士団の皆様にはもちろん危険な任務もあるでしょうが、だからと言ってご自身を粗末に扱って良い理由にはならないのですから」
「はっ! ……まことに申し訳ございません。 し、しかし、今回は……その、……」
「……? どうされたのですかアーベント卿? いつもの貴方らしくない様な……それにこの一大事にラウンド騎士団長はどちら……に……」
「アバ!………アバババ………」
お前の探している騎士団長は既に居ない。
そこでアバアバ言ってるのはかつては騎士団長だったモノの抜け殻だ。
非常に拙い。
今すぐ逃げたいが、流石にソレをやると取り返しのつかない事態になりそうで迂闊な真似が出来ない。
「アーベント卿……私は何か悪い夢でも見ているのでしょうか?」
「……いえ、これには訳がございまして……」
夢であって欲しいのは俺の方だ。
「……一体何があったのでしょう? アーベント卿を責めている訳では無いので、包み隠さず経緯を説明して頂けませんか?」
「それが……ですね? ……その、襲撃に合いました……」
「……襲撃? 騎士団がですか? まさかその様な暴挙に出る人がこの領地に居ただなんて……それでその者は?」
「ヨルムお嬢様、この冒険者さんっス!! この人が一人で大暴れした挙句に騎士団長閣下をおかしくしたっス!!」
おい、ジル!
お前は余計な事を言うな!
理由は分からないがせっかくアーベントが言葉を濁していたんだぞ!
「え!?冒険者の方がですか!?」
「はい、この人っス!」
人に指を刺すなって親から襲わなかったのか?
俺は教わってないが、それでもその程度の常識は知ってるぞ。
「何故この様な……ことを……」
「ど、どうも……」
ほら見ろ、お前が余計な事を言うから俺が犯人だとバレたし、ヨルム・ヒロイットまで固まったじゃないか。
「おい冒険者、非常に不本意だが騎士団長閣下がああなられてしまった以上は我々騎士団だけでこの領地を護りきれん。故に、……非常に不本意だが貴様等冒険者ギルドを頼らざるを得ん」
「……俺は今、そんな事よりこの場を凌ぐ方法を考えるのに忙しいから話は後にしてくれ」
「馬鹿が! だから不本意ながら貴様を助けてやる。それに我々騎士団はヨルムお嬢様を支持すると言っているんだ!!」
「……何故急に態度を変える?」
展開が俺の予測をあらゆる意味で上回って理解出来ん。
「悔しいが、貴様の言っていた事は全て正しい。我々はこの領地の為を思うならたとえ仕える領主様が相手であろうとも間違っている事なら正さなくてはならなかった。それこそが本当の忠誠なのだと胸を張って進言するべきだったのだ。それを気づかせたのは貴様なのだからその責任は取ってもらう」
「……成る程、いまいち良く分からないが俺に取って都合が良いなら大歓迎だ」
この際、都合が良くなるなら多少の誤差は飲み込もう。
俺の目的はヨルム・ヒロイットの中身を知ることだ。
今のままでは最悪の印象が彼女に植え付けられてしまい物理的にも精神的にも距離を取られて俺の目的が叶わなくなる。
それが回避出来るなら、俺は悪魔にでも魂を売り払う覚悟だ。
ちなみにヨルム・ヒロイットは未だに固まっており現実世界に帰ってくる気配はまったく無い。