第三話 人の中身
……正直に言うと助かったことが素直に喜べない。
この後の展開が分かっている俺としては全然嬉しくない。
なんだったら俺のピンチはまだ続いているとも言えるので喜べる訳がないんだ。
「ジェネレイティ姉さん助かったよ。それじゃあ俺は自分の部屋で休むから……いつか会うその日までさようなら」
助けてもらった事にはちゃんとお礼をいって一刻も早くこの場を去る行動に移す。
早く部屋に帰って鍵を掛けてドアの前には家具でバリケード。
それでも不安だから窓から脱走して暫く完全に気配を消す!
ここでミスると地獄が待ってる。
それだけは何としても避けなければ!!
「ちょっとイクニス、何で私から逃げようとするの?せっかく久しぶりに会ったんだからもっとお話ししましょ?」
「グッ!?」
……掴まれた腕がへし折れそうだ。
本人的には慌てて弟を呼び止めたぐらいの認識なんだろうが、こんな馬鹿力で掴まれたら常人なら握り潰されてるぞ。
だけど、それをジェネレイティ姉さんに伝える訳にはいかない。
もし姉さんがその事にショックを受けて我を忘れたら間違いなく俺は死ぬ。
死ぬ時は無駄な足掻きなんてするつもりは無いが、ただの癇癪で殺されるのは流石に理不尽とかそんな次元じゃないので勘弁して欲しいからな。
「……ね、姉さん? 話なら……明日にでも……姉さんも久しぶりに親父と言い争いをして少し興奮してる……だろうし、今日はゆっくり、しなよ」
……こうして会話をしている最中も掴まれた腕からミチミチだとかギリギリだとかパキッだとかあまり聞きたくない音がしてるのでこれ以上姉さんを刺激出来ない。
「逆にあんな事があったから私はイクノスが心配なのっ!! どうして私の言ってることを分かってくれないのっ!!」
「イッ!!!……お、俺なら大丈夫。……それに心配、してるのはお互い様……だ、レティ姉さん」
今、間違いなく骨が逝った!
いくらバンディット一族は自然治癒能力が異常に高いといっても俺の場合は痛覚コントロールまでは出来ない。
これ以上の激痛を我慢するのは無理だ。
「……は、はわわ! また昔みたいにレティ……って。 ……嬉しい! 私とイクノスは同じ想いを重ねる姉弟だもね?」
「そうだよ、俺達は姉弟だ。たとえ会話は無くても分かり合えてる。そうだろ?」
だからどうか俺が痛みに悶えていると伝わって欲しい。
「……うん、そうだね。分かった、明日はたくさん話そうねイクノス。おやすみ!」
ようやく納得してくれた姉さんが、掴んでいた手を離し明日を楽しみにしながら自分の部屋の方へと去っていく。
姿が見えなくなったのをしっかり確認してから掴まれていた腕をみるとその部分だけドス黒く変色していた。
どうやら無意識に魔力を流されていたらしい。
バンディットの魔力は毒にもなる。
特に姉さんの毒は特別で、流された側は痛みもなく気が付いたら致死量に達するというタチの悪さだ。
俺の全力の抵抗が姉さんの無意識に歯が立たないのは分かっていたけど、ここまで差があるなんて同じバンディットでも本当に俺は出来損ないなんだなと実感する。
「……こんな劣等感はいつもの事なのに何で今日に限ってはこうも堪えるんだろうか? この家で俺みたいな出来損ないが生かされてるだけマシだって納得していたはずなんだけどな」
自室に戻りベットに身を投げ出す。
瞼を閉じると脳裏にはあの色が今も鮮明に浮かぶ。
見慣れたモノの筈なのに何であんなにも別モノに見えてしまったんだろう?
「……やっぱり、もう一度会ってみたい」
こんなにも俺の心を掻き乱すあの色の持ち主に今度はちゃんと会って話をしてみたいという欲求がかま首をもたげる。
会って話をすればあの綺麗な中身の理由が分かるかもしれない。
今まで見てきた血はどれもこれも汚く醜かった。
もちろん全ての人間がそうだとは思わない。
世の中には善良な奴は幾らでも居るだろうし、あの女以上に綺麗な中身をした人間だって居るだろう。
だがそれは居ると理解はしても興味が湧くわけではない。
俺はあの女だからこそ中身がどうしてあれほど綺麗なのかその理由が知りたいんだ。
「あの綺麗な色はバンディットの色とはまるで正反対だった」
今日、親父の血を久しぶりに見たが、俺には相変わらずこの世の怨みが全て詰まった様な恐ろしい色に見えて背筋が凍った。
親父だけじゃない、ラムレイス兄さんもそうだが俺を助けてくれたジェネレイティ姉さんだって気味が悪い色をしてる。
後は次男のジンテノスと母さんの色は生理的嫌悪感が凄い。
流石は最低最悪のバンディット一族だ。
家族揃ってろくでもない奴ばかりが勢揃いしている。
そして出来損ないとはいえ俺もバンディットの血を引いたろくでもない奴の一人だ。
当然自身の血を見たことなんて何度もあるし、その度に俺の血が一番最悪な色をしていると思い知らされる。
そんなろくでもない中身ばかり見て育ち、たまに外の世界に出たとしてもやっぱり見るのは汚く醜い中身ばかり。
……だから余計にあの綺麗な色に惹かれるんだろうな。
強烈だった。
輝いていた。
美しかった。
血の一滴だけでもこの世のどんな宝よりも価値があると断言出来る。
こうして瞼を閉じれば、今でも鮮明にあの色が脳裏に浮かび上がってくる程のインパクトだった。
『……本当に綺麗な色だった』
多分、俺は疲れていたんだろう。
この日は長男に無視され親父には殺気を向けられ姉さんにいたっては助けられた後で無意識に殺される所だったんだから当然だ。
だから、こうして……いつもなら安眠なんて……出来ない我が家で、こうも容易く……睡魔に身を…委ねるなんて………
………………
……………
…………
………
「……そうか、この家を出ていけば良いんだ」
久しぶりにぐっすりと眠れたせいか俺はとてもシンプルで簡単な解決策を天啓の如く閃いたのだった。