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第二話 家族の価値

 



 断崖絶壁。

 命を枯らせる死の風。

 自殺志願者御用達の峡谷。

 神の怒りが降り注いだ大地。


 こんな感じで忌み嫌われているこの場所に好んで住まうのはバンディット一族くらいなものだろうな。



「屋敷に帰るのにわざわざ崖を飛び降りなきゃならんとか利便性が悪すぎるだろ」



 いつもならこんな場所にも慣れてしまって不平不満など口にしなかったのに今日に限っては何故かこの不毛な大地に苛立つ。


 ……多分この苛立ちはこの景色とは真逆のモノを見たからだ。


 とても綺麗だった。

 生きてきた二十五年間の中で間違いなく一番綺麗だと確信が持てるほどに。


 もちろん今まで綺麗な景観や屋敷に飾ってある美術品に目を奪われるなんて事は何度もあったが、あの()から噴き出した血はソレら過去の価値観をぶち壊すほどに強烈で鮮やかな色彩を放ち輝いて見えた。


 ……また見たい……


 などと狂気じみた欲求は無いと思うが、出来る事ならどんな人物かを知りたいと思う程度には興味を持った。

 まぁ、俺なんかに興味を持たれても困るだろうけどな。


 それに綺麗な思い出はいつまでも胸の中ってのが美談だと何かの本で読んだ気もするし、このまま二度と出会うことの無い人生をお互いに歩むだろうさ。



 数日前の衝撃を思い出しながら屋敷の廊下を歩いていると、前方より出会いたくない人物の一人が歩いて来ていた。



「……ラムレイス兄さんが屋敷に居るなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?」



 バンディット一族の長男にして次期家督のラムレイス兄さんは自身で立ち上げた傭兵団の運営で最近はあまり屋敷に居ない。


 家族の中で三番目に苦手な人なのであまり顔を合わせたくは無いのだが、合わせてしまった以上は挨拶をせざるを得ない。



「……………………」



 おいおい、無言で通り過ぎて行ったけどこれはいわゆる無視ってやつだよな?

 人を視界に入れてなおかつ声をかけられてもあそこまで微動だにせず無視出来るって凄いな。


 過ぎ去って行くラムレイス兄さんの背中を眺めながらその胆力に勝手に感心してしまう。


 バンディット一族の繁栄という重圧をその両肩に背負う我が家の長男は、個としての強さには早々に見切りを付けて傭兵団という集団での強さに固執するようになりその頃から屋敷にはあまり寄り付かなくなってしまった。


 昔、ジェネレイティ姉さんと本気で戦って負けたのがよほど悔しくて受け入れられないものだったんだろう。


 なんとも生き方の下手くそな長男である。



「おっと、そんなことよりサッサと親父に報告して少し休もう。疲れては居ないけどたまにはゆっくりしたいしな」



 ぼんやりと眺めていた廊下には既に誰も居らず俺一人。

 こんなところで無駄な時間を過ごしていたら親父にまた皮肉を言われかねない。



 …………


 イカついドアをノックして親父の許可を待って部屋へと入る。



「イクノスです。無事にノルマを達成して戻りましたのでご報告に参りました」



 心の中では尊敬の『そ』の字もしていない親父に形式的な敬語を使って課せられたノルマについての報告をする。



「……以上です」



 今回のノルマはあの戦争をなるべく早く終わらせたいという依頼を敵主力傭兵部隊の殲滅と解釈して親父から課せられたノルマだ。

 俺なりにきちんと言われた通りにしたのだが親父の反応がいつも以上に悪い。


 これは良くない事が起きる前触れだ。



「……俺様はいつも言ってるよな?無駄な事はするな、言われた事だけしろ、お前の意思など興味も関心もない。と」


「……ええ、肝に銘じています」



 ……マズい。

 この感じだと俺が勝手に敵本陣を襲撃した事がバレてる。


 そしてその事を親父に告げ口したのはさっきすれ違ったラムレイス兄さんだな?

 おおかた傭兵団の誰かに俺を監視させていたんだろう。

 俺の警戒を潜り抜けるなんて随分と優秀な団員を派遣したもんだな、我が家の長男は!!



「……申し訳ありません。その場の判断で敵勢力に関わるパイプを断つのも有益だと判断しました」



 一応、当たり障りのない言い訳はしておく。



「お前が言うその場の判断とやらには自分で斬った相手にご丁寧にバンディット一族秘伝の回復薬を飲ませて助けることも含まれているのか?」



 あー、そこまでバレてるのかぁ。

 あの時は一番周囲への警戒をしていたのに、本当に優秀な団員を派遣されていたもんだな。


 そう、俺はあの名前も知らない綺麗な血をした女を助けた。


 咄嗟に防御魔法を使っていたらしく、即死は免れていたが確実に致命傷で、バンディット一族の回復薬でなければ間違いなく死ぬと判断して人目のない場所に連れて行き意識のない相手に無理矢理口移しで飲ませて助けてしまった。



「俺様はいつも言ってるよなぁ? バンディット一族は奪う事はあっても奪われるなんて事は断じて許さんと。お前の軽率な行動でもし秘伝の回復薬が存在するなんて情報が世に出回ったらどう責任を取るつもりなんだイクノス?」



 ヤバいっ!!

 俺の名前を呼ぶ程にキレてる!


 俺だってその辺の事はちゃんと考慮して一刻を争うあの時に人目の無い所まで運ぶって手段をとったけど……


 まぁ、この親父にそれを説明しても納得なんて全然してくれないだろうな!



「……一族の()()()()()でも一応は血の繋がった息子だからと大目に見てきたが、もう我慢ならねぇ……イクノス、お前はここで処分だ」



 ここで薬の存在はバレていないと抗議するのは簡単だが、ここまでキレた親父は止まらないだろう。


 それに俺は他の奴らと違って生にしがみつくなんてみっともない真似をしたくはない。


 ……まぁ、出来損ないにしては二十五年もよく生きたもんだと思って諦めるか。


 目の前で国すら滅ぼす悪鬼が殺意全開で立ち上がる。

 ガタイが良いとか筋骨隆々だとかそんな次元じゃ収まらない体躯から溢れる魔力は俺が1に対して軽く見積もっても10はある。


 親父の手刀が降り上がる。

 この手刀は鉄すら易々と斬り裂く魔剣だ。

 俺を殺すだけにここまで本気を出すなんて大人気ない親父だな。



「……死ね」



 さよなら人生、出来れば来世は平穏なものであります様に。

 全てを諦め、そっと目を閉じ最後の時を迎える。


 …………………

 ……………


 うん?

 痛みも衝撃も来ない。


 死ぬってこんなにアッサリなのか?


 恐る恐る目を開けてみると、親父の手刀は目の前ギリギリで止まっていた。



「イクノスは殺さないって約束したよねパパ……」


「………チッ」


「ジェネレイティ姉さん……」



 親父の腕にはジェネレイティ姉さんの愛剣が突き刺さっていて手刀が振り下ろされるのを阻止している様だ。


 どうやら姉さんが俺を助けてくれたらしい。



「私がちゃんと役目を果たしている間はイクノスの生命は保証するって約束したのに何でこんなコトするの?」


「……確かに約束したが、それでも我慢の限界ってのがある。コイツは一族の財産を垂れ流そうとしたんだから殺されても文句は言えんはずだ」


「……だったらここで私と殺し合う?」



 目の前で一族の頂上決戦が始まろうとしている。


 今日で世界が崩壊するかもしれないんだが?



「……ああ、分かった分かった!今回は俺様が折れてやる! ただし、次にまたナメた真似をしたらそん時はレティ、テメーがオトシマエ付けろ、良いな?」


「……フンッ」



 なんとか世界が破壊され尽くす事態は避けられたらしい。



「行くわよイクノス」


「あ、ああ……ありがとう姉さん」



 姉さんに刺された傷がみるみる塞がっていく間も俺を視線だけで殺そうとしてくる親父に背を向け俺達は部屋を出た。





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