交差点のまもりびと
子供達の声が賑やかな朝に、黄色い旗が揺れる。
誘導するおじいさんに挨拶をしながら、子供たちが元気に横断歩道を渡っていく。
歩行者信号が赤に変わり、おじいさんは横断歩道の手前で旗を横へ広げた。子供たちが前に出すぎないよう、声をかけながら辺りを見渡す。
その中に見知った顔を見つけて、笑みが深くなる。
「ゆうた、おはよう」
「じーちゃん、おはよー」
孫のゆうたが、おじいさんへと駆け寄る。ゆうたが起きるよりもずいぶん早く出ていくので、交差点でいつも朝の挨拶をするのだ。
おじいさんは、ゆうたの自慢だ。
しゃんと伸びた背筋も、優しげな笑みも大好きだが、なにより旗をもって交差点に立つ姿に、妙な迫力と安心感がある。おじいさんが立つ交差点では、今にいたるまで事故が起こったことはない。
雨の日も、台風がきても、雪が降っても、おじいさんはそこにいる。
一度、ゆうたは聞いてみたことがある。
どうしてそんなに頑張るの?、と。
すると、少しだけ寂しさを滲ませた笑みで、おじいさんは答えたのだ。
「じいちゃんはな、昔大切な人を守れんかった」
それから、その話を詳しく聞いたことはない。
おじいさんの大切な人って、誰だろう。
おばあさんも、ゆうたの両親も健在だ。そう考えると、なんとなくそれ以上聞くことはできなかった。
「おかえりなさい」
帰宅を柔らかく迎えたおばあさんに、おじいさんは笑顔で返した。
黄色い交通安全旗と、蛍光色の反射ベストを置いた彼に、おばあさんはふふっと笑った。
「そっちの方が、よく似合ってるわ」
鋼の鎧と、伝説の剣よりも。
小さく呟いた言葉に、おじいさんは苦笑する。
彼は、かつて勇者として名を馳せる存在だった。若かった彼は、傍若無人な王国が許せず、剣を向けた。
酷い扱いを受けていた王の一人娘を救いだしたが、できたのはそこまでだ。
王国の力は強大だった。追われるように逃げ出した二人は、いつしか異世界へと辿り着いた。
「伝説の剣で守れるものなど、一握りじゃな」
実際、彼は守れなかった。
国を追われ、異世界へ逃げて、ようやく掴めた平穏。かつて一国の姫だった彼女には、多くのことを諦めさせたはずだ。
それでも。
「私は、今のあなたも好きだわ」
考えを見透かしたように、彼女は笑う。
いつかのように彼は跪いて、彼女の手の甲に口づけた。
真っ黄色の旗とベストを着て、明日も彼は交差点に立つのだろう。
今彼に守れるものは、その小さな世界の中だけだから。