#1. 追放されました
初日2回投稿の原則
目の前にいるのは見上げるほど大きなドラゴンだ。
軽く喉を震わすように唸り声を上げるだけで、僕たちの間に緊張感と警戒をもたらす。
まともに一撃を貰えば、幾らSランクパーティーとして名を馳せる僕たちといえども無事では済まない。
そういう存在と僕たちは闘っていた。
「レッドグレイブ、まだか!」
「今やってるよっ! 魔法陣、起動」
リーダーであるアゼルの言葉に僕――アルフォンス=レッドグレイブはすぐさま魔法陣を使うために片手で1つ適当な魔術を選び出して構築する。
魔術は強くなれば成程撃つのが遅くなる。
ドラゴンは目に見える脅威を前にして僕の方へと攻撃を向ける。
それをアゼルはドラゴンを何度も叩くことで注意を引き、僕から攻撃を遠ざけた。
「状況反映」
僕の紡いだ詠唱に応えるように空中に魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣はドラゴンの頭上に大きく、その体躯が入るくらいの大きな円を描かれていく。
構築形状はレイン
「展開【クリスタルブレード】!」
空中に作り出された大きな魔法陣から氷の刃を形成し、ドラゴンの鱗を削ぎ落とすようにして降り注ぐ。
通常の鱗のある生き物とは違って、ドラゴンの鱗は下から上に向かって生え揃う。
体の大きさが他よりも大きく、ドラゴンを上から攻撃する存在などほぼ存在しないからだ。
硬い鱗を持ち、頑丈な防御を突破する手段は実際に乏しかった。
だからこそ、その事実はドラゴンが単純な戦闘能力において最も強いことの証明に他ならない。
ドラゴンが飛び去ろうと距離を開けようする。
その時、僕らは地面に縫い付けられるように距離を詰めて攻撃を繰り返した。
そうやって、ドラゴンの持つ硬い鱗を削ぐように時間を掛けている。
戦いも既に佳境だ。
時間を掛けて攻撃を繰り返していた時、好機は訪れた。
パーティーの1人、エルフのシールが放った毒を塗った弓矢が硬い鱗をもつドラゴンの体を軽く突き刺した。
毒を盛られたドラゴンがすぐに動けなくなる訳じゃない。
あれほどの大きさにもなると、毒が回るのにだって時間がかかる。
だけど、矢が刺さった場所は鱗が剥がれた場所を明確に指し示す。
ドラゴンの心臓に近い、鱗が剥がれた!
「おい、プリエラ!」
「わかっていますっ!」
アゼルが自身の大剣を持ちながら、自身の大きな獲物に似合わない速度で飛び出すように動き出した。
仲間の作り出した好機をしっかりと逃さぬように。
ドラゴンは突っ込んできたアゼルに対してカウンターでブレスを叩き込もうとする。
普通のパーティーがドラゴンのブレスをまともに食らおうとすれば骨も残らない。
だが、普通じゃないことが出来るから。
この僅かな勝機を逃さないからこそ、僕たちは『最強』なんだ。
ただ、神官のプリエラがアゼルに向けて杖を構える。
そうして、祈るように魔術を使う。
「耐性付与【炎】」
「グルゥアアアアアアア」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
肉が焼ける音がした。
仲間の悲鳴に思わず耳を覆いたくなる。
大剣を振るう彼の腕は落とされてはいない。
彼の体は残っているから、僕らのリーダーの目はまだ死んでいなかった。
「百撃一閃ッ!」
「ガアアアアアアアアッ――」
アゼルの大剣から繰り出された一閃の後、まるで100回斬りつけたような衝撃の音が鳴り響く。
それとともにドラゴンは大きく悲鳴のような咆哮を上げる。
ドラゴンは死んではいない。
簡単に死ぬようなら、頂点に立つような種族ではない。
冒険者の中ではこういう語り草がある――ドラゴンは死ぬ間際が1番強い。
ドラゴンは死に瀕した時、自分の誇りをかけて逆鱗に触れたように怒り出す。
その時のブレスは普通に吐く時の10倍は強力だ。
生命力の強いドラゴンを一気に消滅させることが出来なければ、この一撃を放つことは止められない。
「任せてください、防衛ッ!」
プリエラが張った防壁がブレスを一時的に食い止める。
「くぅっ――すみません! もたないんで早めにお願いします!」
叫ぶようにして頼むプリエラの声がこちらの方にも聞こえてくる。
アゼルは既に怪我をしてて前線離脱状態。シールも今の状況を覆すほど手はない。
「了解。最終術式展開」
名前の示す通り、これは僕の必殺技というやつだ。
魔法陣の利点というのは複雑な工程を留めておくことが出来る。
その代わりに待機させている魔法陣の数だけ継続して魔力消費が発生する。
魔術師というやつは複雑な魔法を少しだけ待機させて置く。
自分の代名詞とも呼べる魔術。
これが魔術師の奥の手、最終術式だ。
ドラゴンの姿が周囲に展開された無数の魔法陣によってを覆い隠されていく。
その魔法陣からは生み出されるのは先ほどの大きな氷の刃とは違って頼りないような小さな針だ。
千にも届く氷の針がドラゴンに向けて放たれる時を待っている。
「投射【その氷は崩れ落る】」
僕がその氷が撃ち出したとき、小さな針はドラゴンの肉体を凍らせ始める。
刺さった場所から温度を奪い、マグマのような赤い体は真っ白に染まってその体は瞬く間に崩壊する。
ドラゴンの氷像は瞬く間に形を保てず崩れ落ちた。
「――あはは、雰囲気悪くない? もっと気楽に行こうよ、クエスト自体は成功出来たじゃないか」
「……あぁ、そうだな」
――ドラゴンの素材は殆どが使い物にならなかったけどね。
とはいえ、報酬単体でもお金の入りはいい。
アゼルが焼かれた防具も買い直せるだろう。
この依頼だってドラゴンの素材が目当ての依頼じゃなかった。
ただ、人喰いドラゴンが危ないから討伐の依頼が出されていただけで、別にドラゴンの素材がなくても依頼の趣旨には則っている。
「また別のクエストに行けば良いじゃないか、僕もまた貰ってくるよ。今度はいい仕事相手が「――なぁ、レッドグレイブ」」
「どうしたんだい、アゼル?」
アゼルが僕をレッドグレイブと呼び出したのは何時位からだっただろうか。
その頃から既に予兆はあった。
「お前、クビだ」
――だから、少し納得してしまった。
何何だと周りのパーティーがざわめき出す。
そりゃそうだ、有名パーティーが急に仲間割れを始めたら誰だって気になる。
ましてや、ここは人も多いギルドの中だ。
「ちょっと何言ってるの! そんな言い方ないでしょ!?」
「じゃあ、お前はこいつの言動にイラついたことがないって言うのかよ!」
「そ、それは……」
ちらりとこちらを見るシールの姿に僕は少し溜め息を吐いた。どうやら、みんながみんな不満を溜めているらしい。
正直に言おう。
気が付かなかった訳じゃない。
だけど、こういう状況になってまで僕はここに居たかった。
冒険者として素材を切り売りする者として残ったものが使い物にならない最終術式しか手札がない今の僕でも。
幾ら冒険者として慣れていて、気持ちを押し殺すことが出来るとして、皆と過ごした時間とやらはそれなりに大事だったらしい。
だから、僕は僕に出来ることをやったつもりだった。
その結果がこれか。
「どうだろう? ここらで1つ溜め込んでるもの吐き出して、楽にならないかい?」
もう僕はここに居られない。
というか、冒険者ギルドの方からあんまりよろしい目で見られてないのは自覚していた。
そりゃそうだ、高い値の付く素材を市場に下ろさないようなパーティーに対して一体誰が喜ぶって言うんだ。
最近ではもうまともにギルドからクエストを受けていない。
「あぁ、そこまで言うなら言わせてもらうよ」
推測だがパーティーリーダーとして、アゼルはギルドマスターからねちねちと何か言われ続けていたんだろう。
それがここで爆発した。
「あぁ、好きに言うといい」
「ちょっとあんたまで煽らないの!」
「どうせ僕は居なくなるなら言うだけならタダだぜ?」
「良いのではありませんか?」
「……プリエラ?」
最後の最後まで何とか場を取り持とうと頑張っていたシールに対して、プリエラはただ淡々とそう呟いた。
「好きに言えばいいじゃないですか、アルが良いって言ってるんですから」
「だ、そうだ」
「でも、仲間なのにそんな」
「はははは、シールってそんなこと気にするんだ」
「はぁ!? あんたは自分の状況わかってるの!」
「わかってる。だからこそ言ってるんだ」
逆にこのパーティーにとって僕が抜ける悪影響を最小限まで抑えるのであれば、それは今しかないということだ。
「さぁ好きに言うといい」
いつでも笑ってみんなが前を向いて歩けるようにする。
――その為の僕だ。
「お前に言いたいことは主に3つだ。お前がこうなってから俺らは自分のランクにあった成果を出せた記憶が無い」
「確かにな」
今日のドラゴン討伐がいい例だ。
みんなボロボロ、賞金は半額以下上がりたてのSランクパーティーでもこうはならない。
とてもじゃないがギルド頂点のSランクパーティー様が上げる成果ではないよな。
「次だ、俺はお前のそのヘラヘラした笑い方が何よりも気に食わねぇ!」
「酷いなぁ……」
処世術の1つなのだけど常に笑顔でってね。
これのお陰でいい関係築けている人は多いと思うよ?
「最後に今のお前に合わせていたんじゃ、俺たちはこれ以上先に進めない」
「あぁ、僕は君のそういうとこ《《嫌いだな》》……」
初めて会った時からそうだった。僕と君がパーティーを組んで共に夢を語って、今の今まで一直線で駆け抜けてきた。
このパーティーがここまで来られて本当に良かった。
僕は君のそういうとこ嫌いじゃないよ。
「はぁ……俺ばっかり言ってるじゃねぇか、他のやつ何かないのか?」
そこまで言って漸く少し頭が冷えたらしい。
アゼルは他のやつに話を振るが答える奴がいるとすれば……いや、どうだろうか?
少しの間、場を沈黙が支配する。
シールは何も答えなさそうだよなぁ……仲間ってものを神聖視してる節あるし。
「では私から言いましょう。アルさんが怪我してから私の負担が増えましたね」
「そうだな」
それは逆に考えればプリエラがいつもカバーしてくれているということだ。
料理下手ばかりのこのパーティーで料理作るのが、1番美味かったからいつも料理役を押し付けるなんてこともしてたかな。
「アゼルと貴方の怪我も増えましたし、近頃はこちらでのリスク管理が難しくなってきているなとは思っていましたよ」
「ごもっともだ」
今の僕に対応力がない。
氷魔術一辺倒なのだから、僕の魔術が使い物にならない時だってある。
神官として後ろに立って体力の管理を、時に周りを指示することもある立場だから負担はより増えたかもしれない。
「後、女性関連にだらしないところが駄目ですね」
「はっ?」
「他にあげるとすれば、そうですね……」
「いやいや、ちょっと待てよ何の話だ?」
もっと冒険に関する不満とかあるでしょ。
というか女性関係にだらしないって? そんなこと1度も聞いたことねぇわ。
何なら僕自身付き合ったことも手を出したこともないよ、師匠じゃないんだから。
「まぁいいや、シールは?」
その問いにシールから言葉が返ってくることはない、1人俯いて顔を伏せたまま。
「黙りか?」
本当にこの困ったちゃんはこれだから……ほんとに仕方ない。
「あのさシール、1つ言わせてもらうわ」
「……何?」
「お前にとってヘラヘラ上辺面だけ見せているのが仲間なのか?」
「いや、あんたに言われたくないんだけど?」
ごもっともです……ってそうじゃない。
「仲間のご機嫌とって、仲良しこよしで進んでいける程甘くはない」
「何よ庇ってやってるのに……」
僕も庇ってくれるのは嬉しいし感謝もしてる。
シールは優しいよ。
けど、その優しさは甘さでもあると僕は思う。
「そんなのこっちから願い下げだよ」
「……あんた辞めさせられるのよ?」
「はははは……まっ別にいいさ」
「またあんたは自分見せないで――ッ!」
「だから、向いてないって言ってるんだよ僕と一緒に辞めるか?」
優しさというのは美徳と同時に冒険者にとってのは致命的な欠点だ。
冒険者は体を酷使するからボロが出やすい。
それ故に長くは続かないし仲間が死ぬことだってある。
だから、1つのパーティーから仲間がコロコロ変わっていくっていうのは珍しい話じゃない。最初期のメンバーが誰もいなくてこれ誰のパーティーだっけ? なんて言って名前が変わるパーティーもある。
長く続けていくっていうならどこかで割り切った諦観こそが自分の心を守る上で重要な事だ。
このパーティーしか入ったことがなくて、何事もなく無事にここまで来られてしまったこの子にはそれがない。
他の仲間を危機に晒さない為に時としてリーダーは怪我した冒険者を追放するなんて界隈を見れば事例はある。
この子はそれを経験してなかっただけだ。
経験豊富なプリエラを見ろよ、すっごい冷たい目でこっちを見ている。
こっわ。
「……ッ! あんたね、ふざけないでよ! あのね、毎回毎回思ってたけど、最近ちょこちょこ動き回るから弓の射線入って打ちにくいのよ!」
「うんうん、他には?」
「それで……私より弱いのに先輩ぶって上から目線で説教垂れてもううんざりよ」
「そうかー、悲しいなあ」
索敵して1番最初に敵見つけてくる役はいつもシールだった。
野営する時も、自分が新米だからって馬鹿真面目に1人買ってでるくらいにはいい子だ。
「変に優しいとことか嫌い! 最近はヘラヘラヘラヘラ、あんたの笑っているとこ何て見てない! 嫌い嫌いッ!」
「うーん、フラれちゃった」
泣かせてしまって僕の心も痛い。
新人教育みたいなものは、元々冒険者経験が豊富だからリーダーのアゼルじゃなくて僕がやっていた。
指導役が僕ということもあり、この子との付き合いもそれなりに長い。
……情の1つや2つだって湧くさ。
聞き忘れていたことがあったから、最後に僕はアゼルに尋ねた。
「アゼル聞きたかったことがあるけど、僕が居なくなった席は誰が埋めるの?」
「もう何人か既に腕のいい魔術師と壁役に声をかけている。多分、好感触だったしいい返事も貰えそうだ」
「そっか……」
そこまで決まっているなら、もう大丈夫かな。
ありがとう、そしてさようならだ。
僕が立ち上がろうとした時、プリエラは僕を呼び止めた。
まだ何かあるのだろうか?
「それで貴方からは何かありませんか?」
「はっ?」
「私たちだけ色々言わせてはい、じゃあさようならでは不平等じゃありませんか?」
「――はは、何にもないかな」
それは本心だ。
辛いことがあったし、悲しいことがあった。
けど、恨み節を残す気にはなれないくらい、いいパーティーだった。
「……そうですか、最後まで本心を語ってはくださらないんですね」
「うーん、本心だよ?」
少なくとも僕はそう思っている。
願わくば――これ以上はいいかな。
「じゃあ、本日限りでこのパーティーを脱退させていただきます。今までありがとうございました!」
そう言って僕はギルドを出ていった。
ギルドを出て今日は1人歩く、雨が降る空はどこまでも青い。
さーて、次の職には何に就こうか。