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西都ヴァルゴ*下



西に位置するヴァルゴは、方位的に国内でも日没時刻の遅い地だ。


夕刻と言えど4月という時期もあり、まだ十分な明るさを残す。



その一方で更に明るい日中に迷子となり、離れ離れになったカインとアリウス。


幸いにも何とか再会し、闇が落ちる前に揃って目的地に辿り着くことができた。



中心街に建つ貴族屋敷だ。建物はもちろん庭も広大で、アリウスは声も出せずに面食らった。隣でカインはあっさり語る。



「ここがその幼なじみの屋敷だ。何も気にせず休むといい」



気にせずとは無理な話。伯爵家と聞き彼女は身分の違いに逃げ出したくなった。


しかし王子たちが気がかり。用件さえすませたら宿泊は宿屋にと早々に決めた。



玄関でカインは使用人たちと親しく話し出した。公私に渡って何度も来ており顔馴染みなのだ。



暇になったアリウスはやはり広い玄関ホールに関心しきり。その視線が不意に停止した。


階段から下りてきた人物に驚いた。迷子の際に酒場の前で助けてくれた恩人だった。



「あなたは……」


「おや男装のお嬢さん」



つい数時間前の出来事、当然彼も覚えていた。「世間は狭い」と呟いて、愉しいのか呆れているのか判断し難い表情を浮かべる。



ターバンをほどいただけの未だ男装の麗人も、思いがけない再会にひたすら驚くのみ。


神の力が動いたのではと、人間以外の存在を持ち出したほどだ。



驚嘆しつつもしみじみ思う。どうせ永遠の別れと干渉を避けたが、こんなに短い別れならもっと会話を交わすべきであった。


共通の知人カインの名を出すことで、この恩人が目的の幼なじみだと察した可能性もあったのに。


とはいえそれは後付けに過ぎない。たいして時間のロスもないし、終わり良ければである。



ふたりの関係を不思議がるカイン。友人のために説明を始めたのはカーラントで、アリウスもこのとき初めて恩人の名を知った。



しかしながら訪問者側に長々とこんな話をする余裕はない。夕食の誘いを制して王子たちの所在確認だ。



詳細を知られるわけにもいかず、勘も鋭い幼なじみなのでカインは慎重さを心がけた。


しかしそれより早く別の声が頭上から降り落ちた。一同聞き覚えある声だ。3人の視線が一斉に階段に注がれる。



現れた人物は年頃の娘。賑やかな来客が誰なのか好奇心からの行動であったが、何気ないそれが彼女にとって想定外の事態を生んだ。



「カーラント、お客さ……えっ!えーっ!う、嘘ぉっ!ど、どどど、どうしてアリウスがっ!」


「王女!」



どちらがより驚いたのか、一別以来の女ふたりは名前を呼び合ったきり絶句。


けれど動揺は王女フレアの方が激しく、階段の途中でくるりと背を見せた。



「パウル、パウル!」



部屋に残る兄王子の名を懸命に叫ぶ。そうでもしなければ声も出ない。



聞き慣れぬ絞り出すような声に、だが焦りは見せず王子も姿を現した。



「うるさいなあ。伯爵の屋敷なんだから遠慮…ん?」



初めは強気だった彼も来客を知ってからの反応は妹と同様であった。



「うわっ逃げろ!」



まるで生き霊でも見たかの反応。部屋に逆戻りの兄の後を慌てて王女も追った。



階下では勇敢なはずの剣士がポカンと珍しい表情をさせて肩を並べる美女に確認を求めた。



「あの異常な反応は一体何なんだ?」


「さ、さあ?私にもよくわからないわ」



首を傾げるアリウス。男女は顔を見合わせると、王子たちが消えた方向に怪訝な眼差しを向けたのだった。





バタバタと室内に飛び込んだ双子の兄妹は、ベッドに仲良く飛び乗って休みなく緊急会議の開始だ。



「何でカインたちがいるんだよ!?」


「知らないわよ!」



唇を尖らせてフレアも怒鳴る。彼女とてこの予期せぬ展開に焦る身だ。原因を聞かれたって答えようもない。



どうせ徒歩だしカインたちの来訪はまだ先とふたりとも過信していた。


まさか途中から馬車を使用したなんて知るよしもなく、カインたちにとっては効率よい行動を選んだまで。



自分たちの甘さを認めつつ計画の失敗をパウルは残念がる。しかしこうなったからには次を考える番だ。



「ふたりともあと2日は来ないと思ったのに。で、どうする?」


「何が?」


「オレたちの今後!このままだとすぐに城に戻されるぞ」


「えーっ!あと一週間はいたいのに」


「だからそれを考えるんだよ。理由付けしてここに残れるよう仕向けよう」



パウルも趣味の魚釣りが実現するまでは国都への帰還を阻みたい。


王子とてまだ16歳の少年だ。勉学、所作、剣技の他に自由に遊ぶ時間を好むのだ。



フレアも同意を示したが少々胸が痛い。今回の事件のきっかけといい、アリウスたちに嘘偽りばかりだ。


でも……。



「たくさん騙しちゃうね。……ん?あ!アリウスの恋はどうなったのかな。カインと仲良くなれたかなあ」



そうなのだ。何より優先すべきは大切な世話役アリウスの恋路を実らせる点にある。


気落ちしかけたフレアにメキメキとやる気がみなぎった。


もともと活発で楽観的な性格であるが。




この事件の発端はアリウスとカインを結びつけること。彼らをただ騙したのではなく、そのためにこのヴァルゴまで足を運んだのだ。アリウスの笑顔が見たいから。



フレアはウズウズと落ち着きをなくした。これまでの道中で何があったかを本人から聞き出したくなった。


大人の男女の旅路におかしな妄想が浮かんでしまう。



ひとりでドキドキ・ニヤニヤする妹の百面相がパウルには恐い。


声も掛けづらく時間を置こうとしてノックの音を聞いた。



「王子、王女よろしいですか?」



アリウスの訪問に彼らはまた焦った。肝心な話し合いは何もできぬまま。


けれどここで拒否しては怪しまれる。覚悟を決めて入室を許可した。



姿を見せたのは女ひとり。カインは友人と早めの晩酌だと言う。


「主君に対して礼儀知らずね!」と王女はブツブツ文句をこぼしたが、いかにもカインらしくてそれ以上は語らない。


憤慨も本気ではないし、むしろ「晩酌につきあいたいなあ」と飛び出したくなった。



王子も王女も現れた世話役の鬼っぷりはよく承知だ。今も説教されるのではと身を縮めて第一声を待った。



けれど自分たちを温かく見つめるアリウスは涙に瞳を潤ませて声を詰まらせている様子。


パウルたちも胸がジーンとしてきて、もらい泣きをしてしまった。どれだけ大切にされているか実感した。



姉のように親身になってくれる身近な、本当に信頼できる存在。故に謝ったのは彼らの方だ。



「オレたちを追って来たんだろ?心配かけてごめん」


「ごめんなさい。アリウス大好き!」



臣下の身で恐れ多いとしながらも、22歳の若い世話役は感激にポロポロと涙を零して王女に肩を抱かれた。



心優しい王女たち。よくぞ無事にこのヴァルゴまで辿り着いてくれた。


もしこのふたりを失っていたらアリウスは橋から身投げしていたかもしれない。


再会できて本当に良かった。当たり前の日常の素晴らしさ、平穏の愛しさを身を持って学んだのであった。





落ち着きを取り戻したパウルたち。


住み慣れた国都の城内であるかのように、今はリラックスしてこれからの日程確認だ。


ただしこの兄妹には都合の悪い話題。墓穴を掘らぬよう神経を集中させる必要があった。



おかしな緊張にドキドキが止まらないふたり。そして早速アリウスが難題を持ち出してきた。



「コンピ山にはもう行かれたのですか?」



事件の始まりは国王リゲルの隠し子騒動。12歳になるその姫君を一目見るために王子たちはコンピ山に向かい家出した。


これら全ては国王親子の騙りであったが、アリウスは王より直々に追跡を命じられた経緯もあって完全に信じ切っていた。



コンピ山はこの西都のさらに奥。故に世話役は確認したのだが、フレアたちの計画では単にアリウスとカインを更に遠出させたくて選んだ場所。


なのにこうして再会してはもう誘き出すこともできない不要の地。


そのうえフレアはコンピ山の件をすっかり忘れていた。指摘されて思い出し慌てて言い繕う。



「え?まだ。明日にしようかな」



隣でパウルが「行くのかよ!?」と顔に出した。彼はここらで偽装を白状しようかとも考えていたのだ。


フレアも失敗を悟ったがすでに遅い。訂正しようかと行動に移しかけ、それすらも遅かった。


彼らの大切な世話役がきっぱりと言い放つ。



「私も同行します。身の回りのお世話が私の仕事です」


「息抜きしなよ」


「いいえ!王女が目の前にいらっしゃる限り私に休暇はありません」



勘を取り戻したのかいつもの真面目で毅然とした、ちょっぴり怖いアリウスだ。




マズい事態である。このままではわざわざ山に登り、いもしない隠し子のために騒ぎを起こしたことが知られてしまう。理由だって追求される。



まさかカインとの恋路のためなどと言えるはずもない。言うが最後「余計なお世話です!」と怒鳴られるに決まっている。それだけは回避したいふたりだ。



何とかごまかさなくてはならない。騒動の発案者フレアはそれを考案した時の閃きさながら、今も言葉巧みに愛想よく誘導尋問を試みた。



「ね、ね、カインとずっと一緒だったんでしょ?何かあった?」


「何かって、何もありません。王女、話をそらしても無駄ですよ」


「カインに告白するチャンスじゃない」


「どうしてそれを!」



冷静さを吹き飛ばしてアリウスは叫ぶ。



今回の道中すでに愛を告白した身。ただし王女がそれを知るはずがない。


アリウスもそこは分別しており、よって驚いた理由は王女に恋心を感づかれていた点にある。



すまし顔でフレアは話を進めた。年頃の乙女は恋愛話に興味津々、心も弾む。



「だってアリウスいつもカインのこと熱っぽく見てたし、互いの会話中も恥ずかしそうにして動揺が激しいし」


「え、そんな態度だったかしら!?」



視線は宙を泳ぎオドオドとうろたえる。そんなアリウスがとても可愛らしい。


それに彼女は否定しない。他者に対しても恋心を認めたのだ。



これで応援もしやすくなる。今回の事件の本当の意味も伝えやすい。フレアの誘導作戦は功を奏したようであった。



そして動揺するアリウスに不意打ちとなる出来事が。


王子たちの視線が戸口に向かったと気づかず、彼女は背中で第三者の声を聞いた。



「アリウス殿」


「きゃあっ!」



冷静さを欠いた彼女は扉の開閉音に気づかなかった。


声の主が動揺の対象である意中の男だったこともあり、本人の意思を離れて悲鳴は大きくなった。



入室したカインも意外な悲鳴に一瞬声を失った。何事が生じたのかと戸惑ったほどだ。



「すまない。そんなに驚くとは思わなかった」


「あ、いえ。こちらこそ……」



年上の男女のやりとりを眺めパウルが妹に耳打ちする。



「なんかいい雰囲気じゃない?」


「うん。まだ堅苦しいけどお似合いだよね?旅をして少しはお互いを知れたのかな」



前途多難と感じつつ好感触に喜ぶフレア。ただし甘い考えであったと翌日思い知らされた。


恋愛は望み通りとはいかぬ、難解で容赦のない生き物なのであった。



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