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西都ヴァルゴ*上



ファジィ国第2の人口を誇る都市にして、商業・軍事など様々なジャンルにおける西の拠点ヴァルゴ。


この都の伯爵家に昨日から王子パウルと王女フレアが極秘滞在していた。



怠惰な王族とのイメージに反し、16歳になるこの双子の朝は早い。


テキパキ着替えをすませると、部屋を出て屋敷内の使用人に気さくに挨拶。


それから中庭で深呼吸をし、朝食までの時間仲良くおしゃべりだ。


話に花を咲かせる中でふと不満を漏らしたのは、珍しいことに王子の方だった。



「あー!せっかくのヴァルゴなのに遊びにも出られない!」


「あ、そっか。パウルは魚釣り好きだもんね。我慢我慢」



大都市ながら自然豊かで河川も多い西の都。外出できぬ訳あり状態が憎い。



慰めつつ兄以上に活発なフレアも残念極まりない。


流行りの仕立て屋でドレス用の生地巡りをしたかったのだ。



ただし機嫌回復にはもってこいの出来事が。目ざとくある青年を室内に認めた。


伯爵の長男カーラント。彼女のお気に入りの人物だ。



「おはよう!もう食事!?一緒に食べましょう!」



朝から元気な王女様に夜型のカーラントは苦笑いだ。けれど爽やかな気分にさせてくれる。窓際で快く頷いた。



食事はとても美味しかった。けれど今のフレアは不機嫌そのもの。


理由は単純、カーラントが食後の団らんに加わることなく早々と退室してしまったからだ。



大好きな彼ととにかく四六時中を共にしたい積極的なフレア。客室に戻ると様々な口実に頭を回転させた。


城にいた時は午前中を外国語の勉強に費やしており、今回その教師役を依頼することに決めた。足を弾ませて彼の部屋に赴く。



「失礼するわね!カーラント、勉強をみてほしいの。今いいかしら」



すると青年は忙しく動かしていたペンを止めて紙面から秀でた顔を上げた。



「よろしいですよ。何の勉強でしょうか。語学?歴史?天文学?」


「語学!いいかしら‥…って、何を一生懸命書いていたの?」


「小説です。私は空想作家になりたいのでね」


「え-っ!嘘っ!初耳だわ!」



大きな瞳を更に見開かせて王女は立ち尽くす。


初耳というよりその職種に驚いた。趣味でなく職業作家になりたいらしい。



なかなか似合いで応援したいが彼は伯爵家の長男。果たして許されるのか。周囲の反応はどうなのだろう。



「家督はどうするの?伯爵家を継がないの?」


「弟がいますし、跡継ぎはそちらに譲りますよ」


「え-っ、弟!それも知らなかったわ!秘密主義ね!」



口を尖らせて拗ねるフレア。何でも話してほしいし、色んなことを知りたいのに相手がこの態度では無理矢理聞き出すしかない。


勉強は二の次だ。この時間を利用して会えなかった2年分の溝を埋めるべく趣味趣向、プライベートの数々を徹底的に問いつめる決意を固めた。



しかし決意も虚しくさっそく水を差された。



「一時間後には出かけますが夕刻には戻ります。夜に続きをしましょうか。それまで王女・王子は屋敷でおとなしくしていてください」



出鼻を挫かれるもめげない王女だ。『夜の勉強』との妖しい響きにドキドキと機嫌を良くし「はーい!」と返事。


無邪気さにカーラントは満面の笑顔を披露した。



お転婆王女の行動を牽制した腹黒い男だが、無礼ながら可愛い妹のような存在。危険回避を兼ねての安全策であった。





剣士カインの大切な主君フレアと友人カーラントが雑談という勉強に時間を費やしている頃。


彼と、同行者アリウスは王女たちを追いレトの街に足を踏み入れていた。



昨夜カインに恋心を告白した彼女だったが返事はなく、気がかりは多々あれど内に秘め平静を装った。


カインもあえてそこには触れず、何日かぶりの屋根付きで身を休めた。



旧知の貴族の隠居屋敷である。さっそく王子たちが立ち寄ったのかを質すと。



「おいでになられましたよ?短い滞在でしたが楽しそうで。昨日の朝に立たれましたが、まだ城にはお着きになられておらぬのですか?」



どうやらこの温厚な老貴族には「遊びに来た」と話していたらしい。


無用な心配を与えたくないのでカインも話題をあわせ王子たちは無事と伝えた。




アリウスの待つ部屋に戻り何気なしに扉を開けて、彼はドキリと鼓動を鳴らした。


男装用のターバンをほどき長い髪を垂らした彼女はあまりに美しい。


昨夜も見た光景だが日中の明るさの中ではまた別だ。告白された件もあって意識してしまう。



「カイン様、王女様たちの情報は得られましたか?」



彼女の方が冷静である。それをありがたく思いつつ報告だ。


同じソファに腰を下ろすと肩が触れあいそうなほど近く、今度は彼女が少し意識した。



カインの報告にアリウスは涙を浮かべて喜んだ。盗賊にも襲われず無事が確認できたのだ。



「良かったわ……良かった……」



口元を両手で覆い瞳を潤ませる。責任を感じていただけに本当に安堵したのだ。




しかしながら今回の王子たちの家出騒動。ここにきてカインは多少の疑問を持ち始めた。


国王直々の追跡命令だったのでその時は違和感を得なかったが、まず徒歩でとの命令はおかしい。


次に追跡者がたったの二名だけ、それも女性のアリウスというのも妙な話だ。



相手が王子・王女なので秘密裏にとの理解はできるが、あまりの手抜きに感じられる。



そう、もとはと言えば国王リゲルの隠し子の存在が原因で、母子共にコンピ山に滞在中と聞いた。だがこれも妙だ。


コンピ山は王族の避暑地として名高い土地。貴族たちの出入りも激しい。そんな目立つ地に重要人物をかくまうだろうか。



様々な疑惑を抱えながらもさすが忠誠を誓う剣士。国王への不信感は募らせない。


命令通り王子たちと合流し、無事に城へ帰還させ任務を遂行できればいい。



とはいえアリウスの純粋な涙と安堵を見ていると、この涙を無にしない結末であってほしいと願う。


頑張る彼女に何かしてあげたい。カインは自分用の客室に戻って頭を悩ませた。



アリウスが喜ぶことと言えば今は王女たちとの再会だ。


何せ悩みを見抜けなかったと責任を強く感じている。見ていて気の毒なほどだ。早く不安を取り除いてあげたい。



やがて思考を固めた。実行のため協力を得ようと家主にちょっとした頼み事である。部屋を足早に退いた。





交渉はあっさり成立した。老貴族は無償で頼みを聞き入れてくれ、カインの精悍な顔に笑みを滲ませた。


固く握手を交わして感謝を表し、そのまま次の行動に移した。



慌ただしくはあるが、またもアリウスの部屋を訪ねた。


続けての吉報に彼女も笑顔を浮かべてくれるはずだ。



「アリウス殿、用意ができ次第ここを出立しよう。軽馬車を借りた。徒歩との命だがやはり時間が惜しい。王子たちに追いつけそうだ」


「本当!ああ急ぎましょう!?用意ならすぐにすませるわ!」



晴れやかな表情で興奮気味にまくしたてて素早く腰を上げた。


子供のように一直線な行動にカインはフッと笑う。


気づいた彼女は頬を真っ赤に染めて急ぎ顔を逸らした。



照れ隠しに身の回りの整理をどんどん進めるが、動揺は見え見えだ。


いじらしい人だな、とカインは微笑ましく見つめ、やがて自分も準備を始めた。



両者とも荷物などないに等しく準備はすぐに完了。


王子たちより遥かに短い、わずか数時間の滞在であったが、世話になった謝礼をし男女は馬車に乗り込んだ。




目指すは西都ヴァルゴ。順調にいけば夕刻前には到着するはずだ。


手綱を操りカインは正面で風を受けながら背後の座席に向けて叫ぶ。



「ようやく希望が見えてきたな!ヴァルゴは大都市で貴族も多く王女が立ち寄りそうな場所に心当たりがある。まずはそこを目指そう」


「ヴァルゴで再会したいわ」


「祈っててくれ!あなたの祈りならきっと神に通じる」


「カイン様……」



何気なしに語る彼の発言に胸がジンと熱くなる。


下心を感じないだけに慕情は高まり、恋心に歯止めがきかなくなる。アリウスの視線は男の広い背中に釘付けだ。




こうして舞台は西都ヴァルゴへ。カインたちには待望の、何も知らず呑気にランチを待つ王子たちには予期せぬ再会が待ち受けているのであった。



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