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近くて遠い人*下



春とはいえ朝晩には気温も下がり、夜風が冷気と共にとある臭気を若い男女のもとに運んだ。


剣士カインは精悍な顔の眉間にしわを寄せて呟く。



「……血の臭い」


「まさか王子たち!?」


「やめろ!縁起でもないことは言うな!オレが見てくる。ここにいろ。絶対に動くな!」



念を押してカインは早口に忠告するが、相手はショックに血の気を引かせて真っ青な顔のアリウス。


もっと優しく接するべきだったと、内心で「くそっ!」と悔やむ。


けれど彼とて神経をピリピリ尖らせて余裕を失くしていた身。剣士としてまだまだ未熟だなと後に省みたものである。




愛用の剣に手をかけながら気配を静めて前進。


戦場経験はないものの盗賊団の討伐などで人を殺めた機会は何度もある。戦闘と血の臭いには慣れている。自慢にもならないが。



そして見つけた死体は二体。中年男だ。剣で斬られ無造作に林に捨てられていた。


十字を切って死者を弔いながらも、正直な感情として王子たちでなかったと胸を撫で下ろす。


アリウスにも早く報告して安心させてあげたい。復路の足取りは軽く早かった。



「安心しろ。旅人の死体だった。おそらく盗賊にやられたんだろうな。レトの街も近いというのに物騒なことだ。先を急ごう、王子たちが心配だ」



鼻につく血生臭さはまだ新しいことを意味する。近くに盗賊が潜伏している可能性も無きにしもあらず。


カインの心配はもっともだ。安心も束の間、浮かれてばかりはいられずアリウスも気持ちを引き締める。



「いつオレたちも盗賊とはち合わせるかわからない。先刻のように相手がひとりとも限らない。側にいろ。離れるな」



きっぱりと断言する剣士の姿にアリウスは絶大なる信頼を寄せた。この人なら絶対に守ってくれると心の支えとした。



旅を続けるうちに短気な性格を知り、恋愛感情に迷いを持ち始めた。



だがこのような勇敢さこそが彼なのだと迷いを払拭させた。


性格の一部が短気やイタズラ好きなのであって、人間味があり好感が持てる。


恋愛対象としては頼もしくて強くて優しくて、最高の男ではないかと再評価した。



城にいた時の憧れ通りの人だと認識し嬉しくなった。例え片思いであろうとカインに恋して良かったと喜びを感じた。



王子たちの追跡という密命が生んだ結果だが、いま彼を身近に感じられる。それはとても幸せなこと。


だから早く王子たちと再会したい。良き出来事が続いてほしいと健気な世話役は願う。




隣で剣士は中断していた今夜の宿の思案に忙しい。


下した決断は野宿。もちろんもう少し進んでからだが、我が儘も苦言も語らぬアリウスの体力は恐らく限界。これ以上歩かせるわけにはいかなかった。



20分ほど歩き野宿の地を定めた。口外せずもカインは徹夜の構えだ。


寝たフリの間に彼女も寝てくれるだろう。それから見張りの開始である。



そして実行。やはり疲れていたのか彼女の寝息はすぐに耳に入った。




一言も愚痴を零さず歩き続けた彼女をカインは誉めてあげたかった。


気は強いが素敵な女性で、命をかけて守りたいと寝顔を見つめ剣に誓う。



剣を握りしめ静かに立ち上がる。近辺を巡回して安全確認を始めた。




驚いたのはアリウスだ。何となく空気の動きを感じて目を覚ました。


隣にいるはずのカインの姿が見当たらない。慌てて辺りを見回すが、人影は視界のどこにも映らず闇と薄気味悪い物音に心細さは募るばかり。


時間がとても長く感じる。彼に限ってと思うが安否が気掛かり。すぐに戻るつもりで場を外した。




そのすぐの間にカインが戻ってきた。彼は血相を変えて立ち尽くした。無人であった。



眼前に広がるのは闇夜の森。折れた枝が人の座っていた形跡と温もりを残す。


側には外套が所在なさげにただ置かれるのみ。一心不乱に周囲を見回すが男装の麗人の姿は視界にない。



場を離れた己を悔やみつつ捜索にと長身を翻すと、ガサガサという音と同時に枝葉の影から姿を現したアリウスと対面。


安堵したくせに、自他ともに認める短気な剣士は第一声でまず怒鳴りつけた。



「離れるなと言っただろ!」


「でも」


「うるさい!あなたに何かあったらオレはどうすればいい!?頼むから側にいてくれ!」



意識せず声音は乱暴になる。それが心配の大きさを物語り、カイン自身も漠然とだが彼女への気持ちに感づきかけた。




乱暴ながらも発言内容にアリウスは呆然とした。


まるで愛の告白のようなそれにドキドキとした緊張感を覚えた。



「あの……今のどういう意味?」



自惚れでもいい。夢が見たいと期待を強める。怖さ半分、真意を質した。



無意識とは言え今さらながら己の発言に戸惑うカインだ。


もしかしてオレは彼女が……としながらも、まだ認めたくない自分がいる。


正義感か好意か。真実が何であるのか、見極めきれていない自分がいる。


よって態度に示したのは照れ隠しも含めての投げやりで高圧的な物言いだった。



「自分で考えろ!オレみたいな男に温かい感情なん……」


「好きだった。ずっとあなたが好きだった」


「……え?」


「あなたを見てるといつしか胸が痛んで……。まずは友人になりたくて、けれどきっかけもなかったから」



王女フレアが評した奥手のアリウスの姿はそこにはなかった。存在するのは恋に前向きなひとりの女性。


溢れる思いを止められず、もう隠しきれない隠したくないと、積極的に愛を告げたアリウスである。



何かを吹っ切るように頭部のターバンを無造作にむしり取った。バサッと長い髪が背中に落ちる。


服はそのまま男装でも、もはや男と偽りきれぬ夜目にも目立つ美しい顔立ち。真っ直ぐ相手を見つめ、彼女は真摯に愛を告白する。



「カイン様、ずっとあなたが好きだった」



カインと出会ったのは世話役として城勤めを始めた2年前だ。王子パウルから「オレの剣術指南役!」と紹介された。


初対面の印象は『背の高い人』だった。その後毎日のように城内で顔を合わせた。


彼は必ず挨拶を交わしてきて、アリウスも普通に返していた。



社交的で笑顔の素敵な人。城内での評判も良く、王子たちにも慕われ、自身の剣術練習も怠らず……。


当時まだ20歳の若く真面目なアリウスが優等生の彼に恋心を抱いたのは当然だった。




いつしか普通の挨拶すら返せなくなった。恋に臆病で、自分を知られるのが怖くて、せっかく話しかけられても話題がプライベートに及ぶと言い訳を作りそそくさと逃げ出す始末。



そんな生活がこの旅の前まで続き、そして今を迎えた。


旅の途中短所も含め新たに彼の一面を知った。でもそれらすべてを受け入れ、それすらも愛したいと思ったのはつい先刻のこと。


必死の愛の告白。彼の方でもこの愛を受け入れてくれるだろうか。




思いがけず飛び込んできだ告白に正直カインは困惑だ。


好意は嬉しく、彼女への友愛は認めるが恋愛や交際となれば話は別だ。



ふたりきりの旅の途中であり、彼女が望めば肉体的な関係を持つことはいつでも可能だろう。


でも口づけにすぎなくとも彼女とのそんな関係は望まないし、何よりまだ続く旅のあいだ気まずくなることがわかりきっている。


真剣な恋心もないくせに交際など性にあわない。ここは申し訳ないが……。



「アリウス殿、明日も朝は早い。よく寝て疲れを癒やしてほしい。ターバンも付けた方がいいだろう。物騒だからな」


「あ……はい」



はぐらかされた、と明らかに落胆のこもるアリウスの返答。


悪い方向へ、つまりフラれたのではと思考が傾いた。



こんなときに限って、とある女の存在を脳裏に思いおこす。


出立前にカインと親しく会話していたご令嬢。後で会おうと彼らは約束していた。


信頼の眼差しでカインを見つめていた男爵令嬢。その後再会したのだろうか。どんな関係なのだろう。


一方的な告白なんて彼の迷惑でしかなかったのでは。アリウスは己を責める。




落胆に気づいていようとカインに慰めや中途半端な受諾はできない。それが男らしい善意と彼自身は捉えている。


ただしこれは女心を理解せぬ彼の怠慢だ。一言「フッたんじゃない。考えさせてほしい」とさえ口に出せばよかったのだ。




アリウスはそっと移動してもとの位置に腰を下ろした。


髪をアップにしターバンを巻くと、外套を頭からすっぽり被って動かなくなった。



泣かせたかな、と青年剣士の後味も悪い。ドカッと片膝を立てて地に座る。不器用な己が憎らしく苛立ちに体が熱い。


守ると誓った彼女の心までは守りきれず、傷ついたであろう心。明朝には疲労と共に癒されていればいいのだが。



次の瞬間険しい表情を滲ませた。都合の良い思考に大きな舌打ち。


ますます己に立腹のカインであった。



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